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2021年01月20日
高千穂ノ峯の傳説地 その9
塵袋引風土記は偽書 その3
平安朝京師學者の手になれる日本紀私記に、襲國を解して、「今日向國に囎唹郡あり」などとある。
以て例とすべし。
然れども風土記は、各其の國の國司が命を奉じて、現代の地理に就きて撰録せる書なり。
如何ぞさる粗忽なる誤謬ありとせんや。
されど假りに事~代に屬するが故に、當時大隅の域内なる囎唹郡の地に冠するにも、なほ舊稱によりて日向の名を以てしたりきとせんか。
宜しく古語のままに「日向の襲の高千穂」といふべく、「日向國囎唹郡」とは書くべからざるにあらざるや。
況んや他方には當時の行政區劃によりて、明かに薩摩國閼馳郡の名を標出するに於てをや。
思ふに本書は地理の實際に暗き中央人士が、私記に囎唹郡を今も日向の中なりと思へるが如き漠然たる思想よりして、輕卒に記述せしものならんなり。
平安朝京師學者の手になれる日本紀私記に、襲國を解して、「今日向國に囎唹郡あり」などとある。
以て例とすべし。
然れども風土記は、各其の國の國司が命を奉じて、現代の地理に就きて撰録せる書なり。
如何ぞさる粗忽なる誤謬ありとせんや。
されど假りに事~代に屬するが故に、當時大隅の域内なる囎唹郡の地に冠するにも、なほ舊稱によりて日向の名を以てしたりきとせんか。
宜しく古語のままに「日向の襲の高千穂」といふべく、「日向國囎唹郡」とは書くべからざるにあらざるや。
況んや他方には當時の行政區劃によりて、明かに薩摩國閼馳郡の名を標出するに於てをや。
思ふに本書は地理の實際に暗き中央人士が、私記に囎唹郡を今も日向の中なりと思へるが如き漠然たる思想よりして、輕卒に記述せしものならんなり。
タグ:祖唹
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