2021年01月08日
真・地名推理ファイル 絹の道をゆく-3 高丸コレクション
■プロローグ Vol.3
演武による慰霊
「チエェェェェーイ!」
甲高い奇声が生麦商店街の路地裏にこだまする。猿叫(えんきょう)、薬丸自顕流の独特な気合である。
慰霊祭を終えたあと、参加者一行は、場所を生麦事件参考館前の路地に移動した。
参考館の門の前には、白い道着に紺の袴の男性七名と女性一名が並ぶ。全員が素足で、通常の木刀を更に太く長くした棒(ゆすの木で拵えた木刀)を手にしている。
先頭の若者が、その木刀を天に向かって突き上げ、腰を落としたかと思うと、猿叫を発しながら、目の前の立木に向かって駆けて行き、その蜻蛉(とんぼ)と呼ばれる独特な姿勢から、続けざまに立木に向かって棒を打ち下ろす。
初めて生で見る自顕流の立木打ち(横木打ち)。その迫力たるや凄まじい。
「薩摩の初太刀をはずせ」と、新撰組の近藤勇も恐れた自顕流の打ち込みは、この単調な稽古を一日に何千回と繰り返すことによって生み出されたのである。
立木打ちに続いて、長棒との組み手「槍止め」の演武があり、最後に「抜き」と呼ばれる技が披露された。
腰に差した状態から、一瞬の素早さで斬り上げる。『抜き・即・斬』、すなわち、抜いたときには、すでに相手を斬っているという電光石火の早業だ。
最初に六名が、ゆすの木刀で、次に上級者らしい二人が、真剣で「抜き」を披露した。目の前で刀を抜かれると、さすがにゾッとする。
リチャードソンが負った致命傷もこの「抜き」によるものである。実践に即した剣法、端的に言ってしまえば殺人剣だ。もちろん、彼らが人を斬るために、自顕流を習っているわけではない。
「気概」の養成、「長幼の序」の精神、真髄を探求し、先人の「遺風」を後人に伝える。自ら「充実」して他人を犯さず。といった心得を実践するために、日々精進しているのは、その顔つきを見てもわかる。
すべての演武を終了すると、参加者だけでなく、何事かと見物にきた近所の方からも、拍手がわき上がった。
自顕流によって命を落とした英国人リチャードソンの慰霊祭で、こうした激しい演武を行うのはいかがなものか?と眉を顰める人も確かにいる。
だが今回、自顕流の演武を実際に目撃できたことは自分にとっても、慰霊祭に参列した人たちにとっても、意義のあることだったと思う。
なぜなら、生麦事件こそ「尊皇攘夷」をスローガンに掲げていた幕末の志士たちが「開国」へと180度舵をきりかえた端緒となった重要な出来事だからである。
だからこそ、開国博でやってほしかった!
「開国は、一滴の血を流すこともなく平和に行われた」と嘯くプロデューサー氏に見てもらいたかった。
近代国家成立の原点
故、吉村昭氏の著書「生麦事件」の解説に、「生麦事件こそ、明治維新への六年間の激動のかたちを作った原点であり…歴史の特定の事件をこえて、一般の、普遍的な戦争、政争、人間の生き方について考えを及ぼす契機をもつ」と記されている。
「桜田門外の変を、歴史を躍進させた事例として評価する」
幕末に起きた様々な暗殺事件を否定しながら、こう語ったのは、故、司馬遼太郎氏である。そういう意味では、この生麦事件も歴史の流れを変えた事例として評価すべき出来事だといえるのではないだろうか。
吉村氏の著書は極めてフィクションが少ない。綿密な取材に基づいた事実のみが淡々と書き記されているだけである。それでいて、読者を疲れさせないのは、リアルな臨場感と登場人物の細かい感情の動きまで描写されているからだろう。
「生麦事件」のあとがきには、生麦事件の地道な研究者である浅海武夫館長を評価する文が記されていた。
生麦で酒屋を営んでいた浅海さんが生麦事件の資料を集めるきっかけになったのは、鹿児島の男性からの一通の手紙に書かれていた「日本の近代国家成立に至る重要な事件なのに、資料館がなぜないのか」という質問であった。
以来、仕事の合間に、神田の古書店に通い、地元で起きた歴史的大事件の資料や文献を探して歩くようになった。
事件を報じたイギリスの新聞があると聞けば、ロンドンの古書店に連絡し、それを入手。先月号で書いた『甦る幕末 ライデン大学写真コレクション』の表紙の写真は、オランダの博物館に交渉し、十ヶ月かけて取り寄せた。
二十年間で集めた資料は約一千点。平成六年に、自宅を改造し、集めた資料を展示する参考館を開設した。
それだけではない、還暦を過ぎ、酒屋の経営を退いたあと、早稲田大学で十年、大阪市立大学で二年、近代日本史を勉強されたというから畏れ入る。
絹の道をゆく-4 へ続く
この記事は、青葉区都筑区で約7万部発行されていた地域情報誌に2009年8月より10年間連載されていた「歴史探偵・高丸の地名推理ファイル 絹の道編」を加筆編集した上で再アップしたものです。
地名推理ファイル 絹の道編 目次
演武による慰霊
「チエェェェェーイ!」
甲高い奇声が生麦商店街の路地裏にこだまする。猿叫(えんきょう)、薬丸自顕流の独特な気合である。
慰霊祭を終えたあと、参加者一行は、場所を生麦事件参考館前の路地に移動した。
参考館の門の前には、白い道着に紺の袴の男性七名と女性一名が並ぶ。全員が素足で、通常の木刀を更に太く長くした棒(ゆすの木で拵えた木刀)を手にしている。
先頭の若者が、その木刀を天に向かって突き上げ、腰を落としたかと思うと、猿叫を発しながら、目の前の立木に向かって駆けて行き、その蜻蛉(とんぼ)と呼ばれる独特な姿勢から、続けざまに立木に向かって棒を打ち下ろす。
初めて生で見る自顕流の立木打ち(横木打ち)。その迫力たるや凄まじい。
「薩摩の初太刀をはずせ」と、新撰組の近藤勇も恐れた自顕流の打ち込みは、この単調な稽古を一日に何千回と繰り返すことによって生み出されたのである。
立木打ちに続いて、長棒との組み手「槍止め」の演武があり、最後に「抜き」と呼ばれる技が披露された。
腰に差した状態から、一瞬の素早さで斬り上げる。『抜き・即・斬』、すなわち、抜いたときには、すでに相手を斬っているという電光石火の早業だ。
最初に六名が、ゆすの木刀で、次に上級者らしい二人が、真剣で「抜き」を披露した。目の前で刀を抜かれると、さすがにゾッとする。
リチャードソンが負った致命傷もこの「抜き」によるものである。実践に即した剣法、端的に言ってしまえば殺人剣だ。もちろん、彼らが人を斬るために、自顕流を習っているわけではない。
「気概」の養成、「長幼の序」の精神、真髄を探求し、先人の「遺風」を後人に伝える。自ら「充実」して他人を犯さず。といった心得を実践するために、日々精進しているのは、その顔つきを見てもわかる。
すべての演武を終了すると、参加者だけでなく、何事かと見物にきた近所の方からも、拍手がわき上がった。
自顕流によって命を落とした英国人リチャードソンの慰霊祭で、こうした激しい演武を行うのはいかがなものか?と眉を顰める人も確かにいる。
だが今回、自顕流の演武を実際に目撃できたことは自分にとっても、慰霊祭に参列した人たちにとっても、意義のあることだったと思う。
なぜなら、生麦事件こそ「尊皇攘夷」をスローガンに掲げていた幕末の志士たちが「開国」へと180度舵をきりかえた端緒となった重要な出来事だからである。
だからこそ、開国博でやってほしかった!
「開国は、一滴の血を流すこともなく平和に行われた」と嘯くプロデューサー氏に見てもらいたかった。
近代国家成立の原点
故、吉村昭氏の著書「生麦事件」の解説に、「生麦事件こそ、明治維新への六年間の激動のかたちを作った原点であり…歴史の特定の事件をこえて、一般の、普遍的な戦争、政争、人間の生き方について考えを及ぼす契機をもつ」と記されている。
「桜田門外の変を、歴史を躍進させた事例として評価する」
幕末に起きた様々な暗殺事件を否定しながら、こう語ったのは、故、司馬遼太郎氏である。そういう意味では、この生麦事件も歴史の流れを変えた事例として評価すべき出来事だといえるのではないだろうか。
吉村氏の著書は極めてフィクションが少ない。綿密な取材に基づいた事実のみが淡々と書き記されているだけである。それでいて、読者を疲れさせないのは、リアルな臨場感と登場人物の細かい感情の動きまで描写されているからだろう。
「生麦事件」のあとがきには、生麦事件の地道な研究者である浅海武夫館長を評価する文が記されていた。
生麦で酒屋を営んでいた浅海さんが生麦事件の資料を集めるきっかけになったのは、鹿児島の男性からの一通の手紙に書かれていた「日本の近代国家成立に至る重要な事件なのに、資料館がなぜないのか」という質問であった。
以来、仕事の合間に、神田の古書店に通い、地元で起きた歴史的大事件の資料や文献を探して歩くようになった。
事件を報じたイギリスの新聞があると聞けば、ロンドンの古書店に連絡し、それを入手。先月号で書いた『甦る幕末 ライデン大学写真コレクション』の表紙の写真は、オランダの博物館に交渉し、十ヶ月かけて取り寄せた。
二十年間で集めた資料は約一千点。平成六年に、自宅を改造し、集めた資料を展示する参考館を開設した。
それだけではない、還暦を過ぎ、酒屋の経営を退いたあと、早稲田大学で十年、大阪市立大学で二年、近代日本史を勉強されたというから畏れ入る。
絹の道をゆく-4 へ続く
この記事は、青葉区都筑区で約7万部発行されていた地域情報誌に2009年8月より10年間連載されていた「歴史探偵・高丸の地名推理ファイル 絹の道編」を加筆編集した上で再アップしたものです。
地名推理ファイル 絹の道編 目次
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