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2021年01月27日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,33


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,33





■■五■■



察しのいい読者のうちには、既に前回の話の間に、私とナオミが友達以上の関係を結んだように想像する人があるでしょう。

が、事実そうではなかったのです。それはたしかに月日の立つに従って、お互いの胸の中に一種の「了解」というものが出来ていたことはありましょう。



けれども一方はまだ十五歳の少女であり、私は前にも言う通り女にかけて経験のない謹直な「君子」であったばかりでなく、彼女の貞操に関しては責任を感じていたのですから、滅多に一時の感情に駆られてその「了解」を越えるようなことはしなかったのです。



勿論私の心の中には、ナオミを措(お)いて自分の妻にするような女は居ない、会った所で今さら情として彼女を捨てる訳には行かないという考えが、次第にしっかりと根を張ってきていました。



で、それだけになお、彼女を汚(けが)すような仕方で、或いは弄ぶような態度で、最初にその事に触れたくないと思っていました。

さよう、私とナオミが初めてそういう関係になったのはそのあくる年、ナオミがとって十六歳の年の春、四月の二十六日でした。



と、そうはっきり覚えているのは、実はその時分、いやずっとその以前、あの行水を使いだした頃から、私は毎日ナオミに就いていろいろ興味を感じたことを日記に付けておいたからです。



全くあの頃のナオミは、その体つきが一日一日と女らしく、際立って育って行きましたから、ちょうど赤子を生んだ親が「始めて笑う」とか「始めて口をきく」とか言う風に、その子供の生い立ちの様を描き留めておくのと同じような心持で、私は一々自分の注意を惹(ひ)いた事柄を日記に誌(しる)したのでした。



私は今でもそれを繰(く)って見ることがありますが、大正某年九月二十一日・・・・・・即ちナオミが十五歳の秋、・・・・・・の条(じょう)にはこう書いてあります。





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊



次回に続く。
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