2021年01月25日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,30
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,30
当時のナオミは、並んで立つと背の高さが私よりは一寸くらい低かったでしょう。
断って置きますが、私は頑健岩(いわお)の如き恰幅ではありましたけれども、身の丈は五尺二寸ばかりで、まず小男の部だったのです。
が、彼女の骨組みの著しい特長として、胴が短く、脚の方が長かったので、少し離れて眺めると、実際よりは大変高く思えました。
そしてその短い胴体はSの字の様に非常に深くくびれていて、くびれた最底部のところに、もう十分に女らしい圓(まる)みを帯びた臀(しり)の隆起がありました。
その時分私たちは、あの有名な水泳の達人ケラーマン嬢を主役にした、「水神の娘」とかいう人魚の映画を見た事がありましたので、
「ナオミちゃん、ちょいとケラーマンの真似をして御覧」
と、私が言うと、彼女は砂浜に突っ立って、両手を空にかざしながら、「飛び込み」の形をして見せたものですが、そんな場合に両腿をぴったり合わせると、脚と脚の間には寸分の隙もなく、腰から下が足頸を頂点にした一つの細長い三角形を描くのでした。
彼女もそれには得意の様子で、
「どう?譲治さん、あたしの足はまがっていない?」
と言いながら、歩いて見たり、立ち止まって見たり、砂の上へぐっと伸ばして見たりして、自分でもその恰好を嬉しそうに眺めました。
それからもう一つナオミの身体の特長は、頸から肩にかけての線でした。
肩、・・・・・・私はしばしば彼女の肩へ触れる機会があったのです。
というのは、ナオミはいつも海水服を着る時に、
「譲治さん、ちょいとこれを嵌(は)めて頂戴」
と、私の傍にやって来て、肩についているボタンを嵌めさせるのでしたから。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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