2021年01月25日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,29
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,29
いや、そればかりではありません。実を言うとその三日間は更にもう一つ大切な発見を、私に与えてくれたのでした。
私は今までナオミと一緒に住んでいながら、彼女がどんな体つきをしているか、露骨に言えばその素っ裸な肉体の姿を知り得る機会が無かったのに、それが今度は本当によくわかったのです。
彼女が初めて由比ガ浜の海水浴場へ出かけて行って、前の晩にわざわざ銀座で買ってきた濃い緑色の海水帽と海水服とを肌身に付けて現れた時、正直なところ、私はどんなに彼女の四肢の整(ととの)っていることを喜んだでしょう。
そうです、私は全く喜んだのです。
なぜかと言うに、私は先(せん)から着物の着こなし具合か何かで、きっとナオミの身体の曲線はこうであろうと思っていたのが、想像通り中ったからです。
「ナオミよ、ナオミよ、私のメリー・ピクフォードよ、お前は何という釣り合いの取れた、いい体つきをしているのだ。
お前のそのしなやかな腕はどうだ。その真っすぐな、まるで男の子の様にすっきりした脚はどうだ」
と、私は思わず心の中で叫びました。そして映画でおなじみのあの、活発なマックセンネットのページング・ガールたちを思い出さずにはいられませんでした。
誰しも自分の女房の体のことなどを餘り委(くわ)しく書き立てるのは厭でしょうが、私にしたって後年私の妻になった彼女に就いて、そう言うことを麗々しくしゃべったり、多くの人に知らしたりするのは決して愉快ではありません。
けれどもそれを言わないとどうも話の都合が悪いし、そのくらいのことを遠慮しては、結局この記録を書き留める意義がなくなってしまう訳ですから、ナオミが十五の年の八月、鎌倉の海辺に立った時に、どういう風な体格だったか、一通りはここに記しておかねばなりません。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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