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2021年01月23日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,22


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,22



「ナオミちゃん、帰って来たよ。角の自動車が待たしてあるから、これからすぐに大森へ行こう」

「そう、じゃ今すぐ行くわ」



と言って、彼女は私を格子の外に待たして置いて、やがて小さな風呂敷堤を提げながら出てきました。

それは大そう蒸し暑い版の事でしたが、ナオミは白っぽい、フワフワした、薄紫の葡萄の模様のあるモスリンの単衣を纏って、幅の広い派手な鴇(とき)色のリボンで髪をむすんでいました。



そのモスリンはせんだってのお盆に買ってやったので、彼女はそれを留守の間に、自分の家で仕立てて貰って着ていたのです。

「ナオミちゃん、毎日何をしていたんだい?」



車が賑やかな広小路のほうへ走り出すと、私は彼女と並んで腰かけ、心持ち彼女の方へ顔を摺り寄せるようにしながら言いました。

「あたし毎日活動写真を見に行ってたわ」



「じゃ別に寂しくは無かったろうね」

「ええ、別に寂しいことなんてなかったけれど、・・・・・・」



そう言って彼女はちょっと考えて、

「でも譲治さんは、思ったより早く帰って来たのね」



「田舎に至ってつまらないから予定を切り上げて来ちまったんだよ」

やっぱり東京が一番だなァ」





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊



次回に続く。

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