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2021年01月22日

「お梅人形」本文vol,10(全10記事)

江戸川乱歩「一寸法師」より【お梅人形】VOL,10(全10記事)





明智は夫人が出て行ってしまうと、又包みを解いて中の物を取り出し、暫く眺めていた。



よほど注意しないと、皮膚がズルズルとめくれてきそうだった。



それは若い女の左の手首だった。



これと百貨店にさらされたものとが丁度一対をなしているのではないかと思われた。



彼は棚の上にあった硯箱をおろして墨をすると、手帳の上に、注意深く、腐りかかった五本の指の指紋を取った。



そして、それを元通り包み直し箱の中に納めて、目につかぬ部屋の隅に置いた。



いうまでもなく、彼は木箱や包み紙や、箱の表面の宛名の文字などは、残る所なく綿密に調べた。



それから、先程のハンカチを解いて、三千子の化粧品の容器類を取り出し、それの表面に残っている指紋と、今手帳に写した指紋とを虫眼鏡でのぞき比べた。



「やっぱりそうだ」



彼はため息と一緒に、低い声で独り言を言った。



箱の中の手首は三千子のものに相違ないことが分かったのだ。



それから、何を思ったのか、彼は再び三千子の部屋に上って、暫く何かしていたが、やがて降りてくるとそこに書生の山木が待ち受けていた。



「奥様からお調べがすみましたら失礼ですが御随意にお引き取りくださいますように申し上げてくれということでした。

それから警察の方への届けなんかも、よろしくお計らいくださいます様に」



「アア、そうですか。

それはご心配の無いようにお伝え下さい。

ですが、一寸でいいから御主人に御目にかかれないでしょうか」



「イエ、それも大変失礼ですが、主人はお嬢さんのことで、非常に神経過敏になっておりますので、出来るだけは、色々なことは耳に入れないで置きたいとおっしゃって、凡て秘密にしてありますので、この際なるべくならお会い下さいませんようにということでした」



「そうですか。

じゃ僕は買えることにしますが、この箱は君がどこかへ大切に保存して置いて下さい。

いずれ警察から人が来るでしょうから、それまでなるべく手をつけないようにね」



明智は化粧品のハンカチ包みを大切相に懐中して立ち上がった。書生の山木と小間使いのお雪とが玄関まで彼を見送った。



その時廊下の小暗い所でお雪が小さな紙切れを明智に手渡したのを、先に立った山木は少しもきづかなかった。





★引用書籍

江戸川乱歩著

「一寸法師」

1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21

「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」

同時連載本文より引用。




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