2021年01月22日
「お梅人形」本文vol,7(全10記事)
江戸川乱歩「一寸法師」より【】お梅人形】VOL,7
「では、僕はこれで御暇(おいとま)しますが、今日までに調べましたことをニ三御報告しておきましょう」
明智は少し考えてから続けた。
「先ず例の衛生人夫の行方です。
ゴミの中へお嬢さんの身体を隠して持ち去ったかもしれないという、あの衛生人夫ですね。
僕はあの翌日一杯かかって、出来るだけ調べたのですが、吾妻橋の東詰(ひがしづめ)までは、色々な人の記憶を引き出して、どうにかこうにか跡をつけることが出来ましたけれど、それから先は、橋を渡ったのか、河岸(かし)を厩橋(うまやばし)の方へ行ったのか、それとも左に折れて業平橋の方に向かったのか、どう手を尽くしても分からないのです。
現に唯今でも僕の配下の者が一人その方の捜索にかかり切っている様な訳ですが、まだ何の吉報もありません。
もう一つは、お宅の蕗屋という運転手です」
明智はなにやらニヤニヤ笑って夫人の顔を見た。
「奥さんはお隠しなすっていた様ですが、それは御無理とは思いませんが、お隠しなさるということはどちらかといえば却って人に穿鑿心(せんさくしん)を起こさせるものです。
僕は早速蕗屋のことを調べました。
そして、恐らく奥様以上に詳しい事情を知ることが出来たのです。
お嬢さんと蕗屋との間柄は、双方真面目だった様ですが、どちらかといえばお嬢さんの方が一層熱心だったかも知れません。
これは多分あなたもご承知だろうと思います。
ところが蕗屋はそれ以前から小間使いの小松(あの朝お嬢さんの寝台が空っぽになっているのを発見した女ですね)この小松とかなり深い関係があった。
つまり一種の三角関係という様なものがあったのです。
その蕗屋が丁度お嬢さんの行方不明と前後して、御暇(おひま)を頂いて郷里へ帰っているというのは、御主人が御考えなすった通り、何か意味があり相に見えますね。
で僕も御主人と同じ道を取って、蕗屋のあとを追って見たのです。
四月二日以後の彼のあらゆる行動を調べてみたのです。
ところが、彼は三日の夕方突然御主人に御暇(おひま)を願って、その晩の汽車で彼の郷里の大阪へ立っています。
その時彼が単身で、女の同行者などなかったことは、沢山の目撃者(多くは同業者ですが)が口をそろえて証明しております。
御主人は大阪で蕗屋にお逢いなすっているのではありませんか。
お目にかかってその模様をお伺い出来ないのは残念ですが、蕗屋はお嬢さんの今度の変事には、恐らく何の関係もないのでしょう。
ただ、彼は何かを知っているかも知れませんがね」
明智はそういって、山野夫人をじっと見つめた。
夫人は青ざめて、涙ぐんで、さいうつむいているばかりだ。
明智は彼女の表情から何事をも読むことが出来なかった。
★引用書籍
江戸川乱歩著
「一寸法師」
1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21
「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」
同時連載本文より引用。
「では、僕はこれで御暇(おいとま)しますが、今日までに調べましたことをニ三御報告しておきましょう」
明智は少し考えてから続けた。
「先ず例の衛生人夫の行方です。
ゴミの中へお嬢さんの身体を隠して持ち去ったかもしれないという、あの衛生人夫ですね。
僕はあの翌日一杯かかって、出来るだけ調べたのですが、吾妻橋の東詰(ひがしづめ)までは、色々な人の記憶を引き出して、どうにかこうにか跡をつけることが出来ましたけれど、それから先は、橋を渡ったのか、河岸(かし)を厩橋(うまやばし)の方へ行ったのか、それとも左に折れて業平橋の方に向かったのか、どう手を尽くしても分からないのです。
現に唯今でも僕の配下の者が一人その方の捜索にかかり切っている様な訳ですが、まだ何の吉報もありません。
もう一つは、お宅の蕗屋という運転手です」
明智はなにやらニヤニヤ笑って夫人の顔を見た。
「奥さんはお隠しなすっていた様ですが、それは御無理とは思いませんが、お隠しなさるということはどちらかといえば却って人に穿鑿心(せんさくしん)を起こさせるものです。
僕は早速蕗屋のことを調べました。
そして、恐らく奥様以上に詳しい事情を知ることが出来たのです。
お嬢さんと蕗屋との間柄は、双方真面目だった様ですが、どちらかといえばお嬢さんの方が一層熱心だったかも知れません。
これは多分あなたもご承知だろうと思います。
ところが蕗屋はそれ以前から小間使いの小松(あの朝お嬢さんの寝台が空っぽになっているのを発見した女ですね)この小松とかなり深い関係があった。
つまり一種の三角関係という様なものがあったのです。
その蕗屋が丁度お嬢さんの行方不明と前後して、御暇(おひま)を頂いて郷里へ帰っているというのは、御主人が御考えなすった通り、何か意味があり相に見えますね。
で僕も御主人と同じ道を取って、蕗屋のあとを追って見たのです。
四月二日以後の彼のあらゆる行動を調べてみたのです。
ところが、彼は三日の夕方突然御主人に御暇(おひま)を願って、その晩の汽車で彼の郷里の大阪へ立っています。
その時彼が単身で、女の同行者などなかったことは、沢山の目撃者(多くは同業者ですが)が口をそろえて証明しております。
御主人は大阪で蕗屋にお逢いなすっているのではありませんか。
お目にかかってその模様をお伺い出来ないのは残念ですが、蕗屋はお嬢さんの今度の変事には、恐らく何の関係もないのでしょう。
ただ、彼は何かを知っているかも知れませんがね」
明智はそういって、山野夫人をじっと見つめた。
夫人は青ざめて、涙ぐんで、さいうつむいているばかりだ。
明智は彼女の表情から何事をも読むことが出来なかった。
★引用書籍
江戸川乱歩著
「一寸法師」
1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21
「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」
同時連載本文より引用。
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