2021年01月22日
「お梅人形」本文vol,8(全10記事)
江戸川乱歩「一寸法師」より【お梅人形】VOL,8
「表面に現れている点だけでいえば、この際一番疑わしいのは小間使いの小松です」
明智は一段声を低くしていった。
「彼女にとって、お嬢さんは恋の敵(かたき)だったのです。
それに小間使いなればいつだって誰にも疑われないで、お嬢さんのお部屋に出入り出来ますし、お嬢さんのいらっしゃらないことを第一に発見したのもあの女だったのです。
そして、それ以来病気だと言って一間に、閉じこもっているのも変に取れば取れないこともありません」
「イイエ、あれに限ってそんな恐ろしいことを致すはずはございません」
山野夫人はあわてて明智の言葉をさえぎった。
「あれは不幸な娘でございます。
両親とも亡くなってしまって、ひどい伯父の手で、恐ろしい所へ売られるばかりになっていましたのを、主人が聞き込んで救ってやったのでございます。
そしてもう四年というもの、娘分同様にして養ってきたのでございます。
当人もそれをひどく恩に着まして、口癖のようにご主人のためなれば命も惜しくないなどと申しまして、それはまめまめしく働いていてくれるのでございます。
それに気質もごく優しい娘(こ)ですから、どの様な事情がありましても、三千子をどうかするなんてあろうはずはございません」
「そうです。
僕も小松がそんな女だとは思いません」
明智は頭の毛を指でモジャモジャやりながら、
「ただ、表面の事情があの女に嫌疑のかかる様な風になっていることを申し上げたのです。
だが、小枩に罪のないことはよく分かっていますが、罪はなくても何か知っていることがあるかも知れません。
この間も僕は、あの女の寝間へ行って、色々尋ねてみたのですが、何を聞いても知らぬと言うばかりで、顔さえも上げられないのです。
強いて尋ねるとしまいにはしくしく泣き出すのです。
あの女は何かしら秘密を持っていることは確かです」
明智は山野夫人のどんな微細な表情の動きをも見逃すまいとする様に、彼女の青ざめた顔をのぞき込んだ。
そして、ごく平凡な調子で次の話題に進んでいった。
「この事件には、妙な不具者が関係している様に思われます。
俗に一寸法師という奴です。
もしやそんなものにお心当たりはありませんか。
多分お聞き及びでしょうが、小林君も先夜そんなものを見たということですし、今度の百貨店の事件にもどうやら同じ一寸法師が関係しているらしいのです。
夕夜(ゆうべ)真夜中に問題のお梅さんという人形の側でそいつがうごめいている所を店員が見たというのです」
「マア」
山野夫人は真から気味悪そうに身震いした。
「小林さんから聞きました時は、あの人が何か見間違えたのだろうと思っていましたが、マア、ではやっぱり、そんな不具者がいるのでございましょうか。
イイエ、私少しも存じませんわ。
小さい時分見世物で見ました外には、一寸法師なんて久しく見たこともございませんわ」
「そうでしょうね」
明智は夫人の目を見続けていた。
「それについて妙なことが在るのですよ。
小林君は一寸法師が養源寺へ入る所を確かに見たのですが、お寺でもそんなものはいないといいますし、近所の人も見た事がないというのです。
今度も又それと同じことが起こったのです」
明智は話し続けた。
「そうして店員が夜中に一寸法師を見たにも拘わらず、その前日も翌日もそんな不具者が出入り口を通った様子が無いのです。
といって、窓を破って出入りした跡もありません。
いつの時も、彼奴(あいつ)は消える様になくなってしまうらしいのです。
そこに何か意味がありはしないかと思うのですが」
明智は何かしら知っていた。
知りながら態(わざ)と何食わぬ顔をして、いわば不必要な会話を取り交わしているような所が見えた。
彼は最初から一つの計画を立てて、お芝居をやっているのかも知れなかった。
★引用書籍
江戸川乱歩著
「一寸法師」
1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21
「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」
同時連載本文より引用。
「表面に現れている点だけでいえば、この際一番疑わしいのは小間使いの小松です」
明智は一段声を低くしていった。
「彼女にとって、お嬢さんは恋の敵(かたき)だったのです。
それに小間使いなればいつだって誰にも疑われないで、お嬢さんのお部屋に出入り出来ますし、お嬢さんのいらっしゃらないことを第一に発見したのもあの女だったのです。
そして、それ以来病気だと言って一間に、閉じこもっているのも変に取れば取れないこともありません」
「イイエ、あれに限ってそんな恐ろしいことを致すはずはございません」
山野夫人はあわてて明智の言葉をさえぎった。
「あれは不幸な娘でございます。
両親とも亡くなってしまって、ひどい伯父の手で、恐ろしい所へ売られるばかりになっていましたのを、主人が聞き込んで救ってやったのでございます。
そしてもう四年というもの、娘分同様にして養ってきたのでございます。
当人もそれをひどく恩に着まして、口癖のようにご主人のためなれば命も惜しくないなどと申しまして、それはまめまめしく働いていてくれるのでございます。
それに気質もごく優しい娘(こ)ですから、どの様な事情がありましても、三千子をどうかするなんてあろうはずはございません」
「そうです。
僕も小松がそんな女だとは思いません」
明智は頭の毛を指でモジャモジャやりながら、
「ただ、表面の事情があの女に嫌疑のかかる様な風になっていることを申し上げたのです。
だが、小枩に罪のないことはよく分かっていますが、罪はなくても何か知っていることがあるかも知れません。
この間も僕は、あの女の寝間へ行って、色々尋ねてみたのですが、何を聞いても知らぬと言うばかりで、顔さえも上げられないのです。
強いて尋ねるとしまいにはしくしく泣き出すのです。
あの女は何かしら秘密を持っていることは確かです」
明智は山野夫人のどんな微細な表情の動きをも見逃すまいとする様に、彼女の青ざめた顔をのぞき込んだ。
そして、ごく平凡な調子で次の話題に進んでいった。
「この事件には、妙な不具者が関係している様に思われます。
俗に一寸法師という奴です。
もしやそんなものにお心当たりはありませんか。
多分お聞き及びでしょうが、小林君も先夜そんなものを見たということですし、今度の百貨店の事件にもどうやら同じ一寸法師が関係しているらしいのです。
夕夜(ゆうべ)真夜中に問題のお梅さんという人形の側でそいつがうごめいている所を店員が見たというのです」
「マア」
山野夫人は真から気味悪そうに身震いした。
「小林さんから聞きました時は、あの人が何か見間違えたのだろうと思っていましたが、マア、ではやっぱり、そんな不具者がいるのでございましょうか。
イイエ、私少しも存じませんわ。
小さい時分見世物で見ました外には、一寸法師なんて久しく見たこともございませんわ」
「そうでしょうね」
明智は夫人の目を見続けていた。
「それについて妙なことが在るのですよ。
小林君は一寸法師が養源寺へ入る所を確かに見たのですが、お寺でもそんなものはいないといいますし、近所の人も見た事がないというのです。
今度も又それと同じことが起こったのです」
明智は話し続けた。
「そうして店員が夜中に一寸法師を見たにも拘わらず、その前日も翌日もそんな不具者が出入り口を通った様子が無いのです。
といって、窓を破って出入りした跡もありません。
いつの時も、彼奴(あいつ)は消える様になくなってしまうらしいのです。
そこに何か意味がありはしないかと思うのですが」
明智は何かしら知っていた。
知りながら態(わざ)と何食わぬ顔をして、いわば不必要な会話を取り交わしているような所が見えた。
彼は最初から一つの計画を立てて、お芝居をやっているのかも知れなかった。
★引用書籍
江戸川乱歩著
「一寸法師」
1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21
「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」
同時連載本文より引用。
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