2021年01月22日
「お梅人形」本文vol,2(全10記事)
江戸川乱歩「一寸法師」より【お梅人形】VOL,2
そんなうわさ話が生まれる程あって、この人形共は何だか死物(しぶつ)とは思えないのだった。
昼間はそ知らぬ振りをして、作り物の様な顔ですましていて、夜になるとムクムクと動き出すのではないかと疑われた。
事実夜の見回りの時に、人形のすぐ前に立って、じっとその顔を見つめていると、突然ニコニコと笑い出し相な気がされた。
今番頭たちの行く手には、その三つの人形が、遠くの電燈のおぼろな光を受けて、真っ黒く見えていた。
「ちょっと、ちょっと、いつの間に、あんな子供の人形を置いたのです。
ちっとも知らなかった。」
少年店員がふと立ち止まって、番頭の袖を引いた。
「エ、子供の人形だって、そんなものありゃしないよ」
若い番頭は怒ったような調子で、小僧の言葉を打ち消した。
彼は怖がっているのだ。
「だって御覧なさい。ホラ、お松さんとお竹さんが、子供の手を引いているじゃありませんか」
小僧はそういって、人形の方へ懐中電灯を差し向けた。
遠いためにはっきりとは見えないけれど、そこには、お梅人形のかげになって、確かに一人の子どもが立っていた。
どう考えても、そこに子供人形のあるはずがなかった。
変だぞと思うと、無上に怖くなってきた。
「オイ、スイッチをひねるんだ。
あの上のシャンデリアをつけて御覧」
若い番頭は、ワッといって逃げ出したいのをやっと踏みとどまって少年店員を急(せ)き立てた。
少年店員は、スイッチを押しに行ったけれど、面食らっている為に、急にはそのありかが分からない。
番頭はもどかしがって、少年の手から懐中電灯を奪って、それを怪しい人形に差し向けながら近づいて行った。
長い陳列台を一つ廻ると、一寸空地(くうち)が出来ていて、その真ん中に三人の人形が立っていた。
懐中電灯の丸い光が、おずおず震えながら、床を這い上って行った。
人形の周囲にめぐらした鉄柵、人造の芝生、お松さんの足、お梅さんの足、お竹さんの足、と次々に円光の中に入って行った。
そこで丸い光はしばらく躊躇(ちゅうちょ)していた。事実を確かめるのが怖いといった風に戦8おのの)いていた。が突然思い切って、空を切って、光が飛んで、パッタリ動かなくなった箇所には、世にも不思議なものの姿がクローズ・アップに映し出されていた。
その者は鳥打帽を冠(かぶ)り、何か黒いものを着て、さっき少年店員がいった通り、一寸すまし返ってお松お竹の両婦人に手を引かれていた。
だが、一見してそれは子供でないことが分かった。
大きな顔に大きな目鼻がついて、頬の辺りに太い皺が刻まれていた。
俗に言う一寸法師だった。
大人のくせに子供の背丈(せたけ)しかなかった。
それが懐中電灯の円光の中に、胸から上を大写しにして、私は人形ですという顔をして活人画のようにまたたきさえしないでいるのだ。
昼間、太陽の光でそれを見たなら、美しい生人形と畸形児との取り合わせが余り変なので、だれでも大笑いをしたことであろう。
だが夜、懐中電灯のおぼろげな円光の中に浮かび上がった畸形児のすました顔は、すましているだけに一層気違いめいて、物すごく感じられた。
「オイ、そこにいるのはだれだ」
若い番頭は思い切って怒鳴りつけた。
引用書籍
江戸川乱歩著
「一寸法師」
1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21
「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」
同時連載本文より引用。
そんなうわさ話が生まれる程あって、この人形共は何だか死物(しぶつ)とは思えないのだった。
昼間はそ知らぬ振りをして、作り物の様な顔ですましていて、夜になるとムクムクと動き出すのではないかと疑われた。
事実夜の見回りの時に、人形のすぐ前に立って、じっとその顔を見つめていると、突然ニコニコと笑い出し相な気がされた。
今番頭たちの行く手には、その三つの人形が、遠くの電燈のおぼろな光を受けて、真っ黒く見えていた。
「ちょっと、ちょっと、いつの間に、あんな子供の人形を置いたのです。
ちっとも知らなかった。」
少年店員がふと立ち止まって、番頭の袖を引いた。
「エ、子供の人形だって、そんなものありゃしないよ」
若い番頭は怒ったような調子で、小僧の言葉を打ち消した。
彼は怖がっているのだ。
「だって御覧なさい。ホラ、お松さんとお竹さんが、子供の手を引いているじゃありませんか」
小僧はそういって、人形の方へ懐中電灯を差し向けた。
遠いためにはっきりとは見えないけれど、そこには、お梅人形のかげになって、確かに一人の子どもが立っていた。
どう考えても、そこに子供人形のあるはずがなかった。
変だぞと思うと、無上に怖くなってきた。
「オイ、スイッチをひねるんだ。
あの上のシャンデリアをつけて御覧」
若い番頭は、ワッといって逃げ出したいのをやっと踏みとどまって少年店員を急(せ)き立てた。
少年店員は、スイッチを押しに行ったけれど、面食らっている為に、急にはそのありかが分からない。
番頭はもどかしがって、少年の手から懐中電灯を奪って、それを怪しい人形に差し向けながら近づいて行った。
長い陳列台を一つ廻ると、一寸空地(くうち)が出来ていて、その真ん中に三人の人形が立っていた。
懐中電灯の丸い光が、おずおず震えながら、床を這い上って行った。
人形の周囲にめぐらした鉄柵、人造の芝生、お松さんの足、お梅さんの足、お竹さんの足、と次々に円光の中に入って行った。
そこで丸い光はしばらく躊躇(ちゅうちょ)していた。事実を確かめるのが怖いといった風に戦8おのの)いていた。が突然思い切って、空を切って、光が飛んで、パッタリ動かなくなった箇所には、世にも不思議なものの姿がクローズ・アップに映し出されていた。
その者は鳥打帽を冠(かぶ)り、何か黒いものを着て、さっき少年店員がいった通り、一寸すまし返ってお松お竹の両婦人に手を引かれていた。
だが、一見してそれは子供でないことが分かった。
大きな顔に大きな目鼻がついて、頬の辺りに太い皺が刻まれていた。
俗に言う一寸法師だった。
大人のくせに子供の背丈(せたけ)しかなかった。
それが懐中電灯の円光の中に、胸から上を大写しにして、私は人形ですという顔をして活人画のようにまたたきさえしないでいるのだ。
昼間、太陽の光でそれを見たなら、美しい生人形と畸形児との取り合わせが余り変なので、だれでも大笑いをしたことであろう。
だが夜、懐中電灯のおぼろげな円光の中に浮かび上がった畸形児のすました顔は、すましているだけに一層気違いめいて、物すごく感じられた。
「オイ、そこにいるのはだれだ」
若い番頭は思い切って怒鳴りつけた。
引用書籍
江戸川乱歩著
「一寸法師」
1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21
「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」
同時連載本文より引用。
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