2021年01月22日
「お梅人形」本文vol,5(全10記事)
江戸川乱歩「一寸法師」より【お梅人形】VOL,5
「ねえ、伯母さん、あれ本当の人間の手だね」
小学生は遂に一人の婦人をとらえて彼の発見を裏書きさせようとした。
「まあ、いやだ。
そんなことがあるものですかよ」
婦人は何気なく打ち消したけれども、でもどうしたわけか、問題の手首を、まるで食い入る様に見つめていた。
「訳はないわ、あんたそんなに確かめたけりゃ、柵の中へ入って触って見ればいいんだわ」
別の婦人が、からかう様にいった。
「そうだね、じゃ僕確かめて来よう」
いうかと思うと、小学生は柵を乗り越えてお梅さんの側へ走り寄った。
兄が留めようとしたけれど間に合わなかった。
「こんなもんだよ」
小学生はお梅さんの右手を引き抜いて、高く見物達の方へふりかざした。
それを見ると、ワワワワワワという様な一種のどよめきが起こった。
今まで着物の袖で隠れていた手首の根元の方は、肘の所から無残に切り落とされて、切り口には、赤黒い血のりが、ベットリとくっついていた。
百貨店でお梅騒動のあった同じ日の午後、明智小五郎は山野家の玄関を訪れた。
丁度山野夫人が居合わせて、彼は早速例の洋館の客間に通された。
一寸あいさつが済むと、明智は何か気せわしく会話の順序を無視して突然要件に入った。
「三千子さんの指紋が欲しいのですが、もう一度お部屋を見せて頂けないでしょうか」
「サア、どうぞ」
山野夫人は先に立って二階の三千子の部屋に上って行った。
書斎も化粧室も、この前見た時に比べて、まるで違う部屋の様に、綺麗に片付いていた。
三千子の指紋を探すのは少しも骨が折れなかった。
先ず書斎の机の上に使い古した吸い取り紙があって、それに黒々と右の親指の指紋が現れていた。
化粧室では、鏡台や手函などは綺麗に掃除が出来ていて、指紋なぞ残っていなかったけれど、鏡台の抽出しの中の、様々の化粧品の瓶には、どれにもいくつかのハッキリした指紋があった。
「この瓶を拝借して行って差支えありませんか」
「ハア、どうか。お役に立ちましたら」
明智はポケットから麻のハンカチを出して、選(よ)り出した数個の化粧品容器を、注意してその中に包んだ。
客間に変えると、明智はテーブルの上に、今の化粧品の容器類と、吸い取り紙と、外に一枚の紙きれとを並べた。
この最後のものには、何者かの片手の指紋がハッキリと押されてあった。
明智はそこへひょいと一つの虫眼鏡(むしめがね)を放り出していった。
「奥さん。
この紙切れの五つの指紋と、御嬢さんのお部屋にあった吸い取り紙や、化粧品の指紋と比べて御覧なさい。
虫眼鏡で大きくすれば、素人でもよくわかりますよ」
「マア」
婦人は青くなって、身を引く様にした。
「どうかあなたお調べくださいまし。
私には何だか怖くって・・・・・・」
「イヤ、僕はもうさっき調べて見て、この両方の指紋が同じものだってことを知っているのですが、奥さんにも一度、見て頂く方がいいのです」
「あなたが御覧なすって、同じものなれば、それで十分ではございませんか。
私などが見ました所で、どうせよくはわからないのですから」
「そうですか・・・・・・ではお話しますが、奥さん、びっくりしてはいけません。
お嬢さんは何者かに殺されなすったのです。
こちらのはその死骸の片手から取った指紋なのです」
★引用書籍
江戸川乱歩著
「一寸法師」
1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21
「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」
同時連載本文より引用。
「ねえ、伯母さん、あれ本当の人間の手だね」
小学生は遂に一人の婦人をとらえて彼の発見を裏書きさせようとした。
「まあ、いやだ。
そんなことがあるものですかよ」
婦人は何気なく打ち消したけれども、でもどうしたわけか、問題の手首を、まるで食い入る様に見つめていた。
「訳はないわ、あんたそんなに確かめたけりゃ、柵の中へ入って触って見ればいいんだわ」
別の婦人が、からかう様にいった。
「そうだね、じゃ僕確かめて来よう」
いうかと思うと、小学生は柵を乗り越えてお梅さんの側へ走り寄った。
兄が留めようとしたけれど間に合わなかった。
「こんなもんだよ」
小学生はお梅さんの右手を引き抜いて、高く見物達の方へふりかざした。
それを見ると、ワワワワワワという様な一種のどよめきが起こった。
今まで着物の袖で隠れていた手首の根元の方は、肘の所から無残に切り落とされて、切り口には、赤黒い血のりが、ベットリとくっついていた。
百貨店でお梅騒動のあった同じ日の午後、明智小五郎は山野家の玄関を訪れた。
丁度山野夫人が居合わせて、彼は早速例の洋館の客間に通された。
一寸あいさつが済むと、明智は何か気せわしく会話の順序を無視して突然要件に入った。
「三千子さんの指紋が欲しいのですが、もう一度お部屋を見せて頂けないでしょうか」
「サア、どうぞ」
山野夫人は先に立って二階の三千子の部屋に上って行った。
書斎も化粧室も、この前見た時に比べて、まるで違う部屋の様に、綺麗に片付いていた。
三千子の指紋を探すのは少しも骨が折れなかった。
先ず書斎の机の上に使い古した吸い取り紙があって、それに黒々と右の親指の指紋が現れていた。
化粧室では、鏡台や手函などは綺麗に掃除が出来ていて、指紋なぞ残っていなかったけれど、鏡台の抽出しの中の、様々の化粧品の瓶には、どれにもいくつかのハッキリした指紋があった。
「この瓶を拝借して行って差支えありませんか」
「ハア、どうか。お役に立ちましたら」
明智はポケットから麻のハンカチを出して、選(よ)り出した数個の化粧品容器を、注意してその中に包んだ。
客間に変えると、明智はテーブルの上に、今の化粧品の容器類と、吸い取り紙と、外に一枚の紙きれとを並べた。
この最後のものには、何者かの片手の指紋がハッキリと押されてあった。
明智はそこへひょいと一つの虫眼鏡(むしめがね)を放り出していった。
「奥さん。
この紙切れの五つの指紋と、御嬢さんのお部屋にあった吸い取り紙や、化粧品の指紋と比べて御覧なさい。
虫眼鏡で大きくすれば、素人でもよくわかりますよ」
「マア」
婦人は青くなって、身を引く様にした。
「どうかあなたお調べくださいまし。
私には何だか怖くって・・・・・・」
「イヤ、僕はもうさっき調べて見て、この両方の指紋が同じものだってことを知っているのですが、奥さんにも一度、見て頂く方がいいのです」
「あなたが御覧なすって、同じものなれば、それで十分ではございませんか。
私などが見ました所で、どうせよくはわからないのですから」
「そうですか・・・・・・ではお話しますが、奥さん、びっくりしてはいけません。
お嬢さんは何者かに殺されなすったのです。
こちらのはその死骸の片手から取った指紋なのです」
★引用書籍
江戸川乱歩著
「一寸法師」
1926(大正15),12/8〜1927(昭和2),2/21
「東京朝日新聞」・「大阪朝日新聞」
同時連載本文より引用。
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