2021年01月21日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,18
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,18
が、ナオミのために田舎から送ってよこしたのは、女中を寝かす夜具でしたから、お約束の唐草模様のごわごわした木綿の煎餅布団でした。
私はなんだか可哀そうな気がしたので、
「これではちょっとひど過ぎるね、僕の蒲団と一枚取り換えてあげようか」
と、そう言いましたが、
「ううん、いいの、あたしこれで沢山」
と言って、彼女はそれを引っ被って、独り寂しく屋根裏の三畳の部屋に寝ました。
私は彼女の隣の部屋、同じ屋根裏の、四畳半の方へ寝るのでしたが、毎朝毎朝、眼をさますと私たちは、向うの部屋とこちらの部屋とで、蒲団の中に潜りながら、声を掛け合ったものでした。
「ナオミちゃん、もう起きたかい」
と、私が言います。
「ええ、起きてるわ、今もう何時?」
と、彼女が応じます。
「六時半だよ、今朝は僕がおまんまを炊いて上げようか」
「そう?昨日あたしが炊いたんだから、今日は譲治さんが炊いてもいいわ」
「じゃ仕方がない、炊いてやろうか。面倒だからそれともパンで済ましとこうか」
「ええ、いいわ、だけど譲治さんは随分ずるいわ」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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