ウィーンに生まれたハーゼノールは非常に人脈に恵まれていたと思います。まず、ウィーン大学でボルツマンに理論を学びます。その後、ライデン大学のローレンツの下で研究をします。そして、シュレディンガーらに物理学を伝えます。この話を知るまでは、シュレディンガーは独自に理論を作り上げるタイプの物理学者だと思っていたのですが、理論の土台をハーゼノールが与えていたと知り、個人的には何となく納得してしまった部分がありました。定式化の方法が似通っている部分が多いと思えたのです。
研究の上で特筆すべきはE=mc2と同じ形の式を1904年に発表していた事です。興味深い話なので後程、とりあげます。第一次世界大戦が始まると、オーストリア・ハンガリー帝国陸軍に志願し、南チロルでイタリア軍と戦って40歳で戦死します。残念な事ですが運命に対峙した結果だったのでしょう。
ハーゼノールは空洞で生じている放射現象の中で「輻射(放射)を担う波」に着目して、その慣性についての論文を1904年と1905年に発表しました。この理論では電磁質量によって物質の慣性が大きくなると論じたのです。 この話を整理して考えた、ラウエは様々な形態の「エネルギー」に対して「慣性」の確立をアインシュタインに帰し、彼が相対性理論との関連でその等価性の深い意味合いを初めて理解したと考えています。
実際の所は現代の視点で考えてみた時に、質量エネルギーの等価性はハーゼノールのように電磁気学的側面から整理理解していった方が実感できてくるものだと思えます。例えば、ボルツマンが明らかにしていったように熱が伝わる性質をエネルギーが伝わる現象ととらえる事は万人に分かり易い定式化でしょう。エネルギーを基軸に考えて「熱」、「電磁波」、「静止質量」、「慣性質量」、、、、といった概念を分かり易くつなげていった結果がE=mC^2という定式化だと考えられるわけです。科学史の観点から考えて明らかに言い切れることはハーゼノールもアインシュタインも20世紀初頭に同じ頂点(理論的帰結)を乗り越えていたという事実です。全く違う人生を歩んだ二人が同時期に同じ材料を使って考察して其々に結果を出していた事実を知る事はある意味心地よいです。そして、その二人に其々何らかの示唆を与えていたローレンツの力量にも改めて敬意を払います。人を育てる事は素晴らしいですね。
〆
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2022/01/02_初稿投稿
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