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2020年06月30日

プラナリア 山本文緒 文春文庫

カバーに「現代の『無職』をめぐる心模様を描いて共感を呼んだ」と書いてあるが、ワーキングプアの話ではない。確かに五編の短編の中で共通するのは『無職』だが、作者はこの言葉で何かを象徴しようとしていない。あるのは『無職』という状況だけだ。専業主婦だって無職、精神的疾病を抱えて働くに働けない人も無職、世間から逃げてひきこもっている人も無職。その状況に振り回されたり振り回されなかったりしながら人々は物語を紡ぐ。

私も今までの人生の中で無職だったことが1年ほどある。大学を中退して、さりとて自分のやりたいことは先が見えず、生活費や遊ぶ金のために刹那的にアルバイトをしていた。フリーターなんて言葉がなかった時代だ。辛かった。社会的に機能していない自分は罰せられるべきだと思った。今思うと健康的だったんだな、とも思う。それに比べると本作に登場する人々は病的だ。

健康的であろうが病的であろうが、人は物語を紡ぐ権利を持つ。そして、そこに価値の優劣はない。

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史上最強の内閣 室積光 小学舘文庫

北朝鮮が、核を搭載しているとされる弾道ミサイルを日本に向けて発射する準備をしているという非常事態の中、現内閣は打つ手なしと退陣してしまう。その替わりに、国家の有事の時のために秘密裏に京都に隠れていた「本物の内閣」に政権を譲る。「本物の内閣」は北朝鮮を止めることができるのか。その実力やいかに。

ハチャメチャのエンタテインメントかと思いきや、意外と骨太。スピーディーな展開の中で、現代日本の抱える問題を易しく解説してくれるし、日本人の反戦意識を意外なものを通して紐解く様は思わず膝を叩いた。閣僚の名前や発言など細かいところにシャレがきいていて、最後にホロリとさせる場面もある。ベースにあるのが平和を希求する気持ちだから、読んでいて爽やか。

文句なしに面白い。

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妻の超然 絲山秋子 新潮文庫

あらすじを記すような作品ではないだろう。

タイトルからして、壮年期の夫婦を襲う決別の危機、そして邂逅、みたいな話を想像して買った。いやー、とんでもなかった。不勉強で、作者が芥川賞を受賞していることも知らなかったし、もちろん作者の他の作品も読んだこともなかった。タイトルだけで買うとこういうことがあるね。

三編の中編から成る作品集。その三編の中で「超然」という言葉は重要ではあるが、その「超然」の意味が語られるだけかというと、そうではない。読み進めるほどに「超然」という言葉の意味は解体されていき、そして再構成されていく。古典的な学問と現在の学問が遠く離れてしまっているのと同義かもしれない。ただ、作者はどうしようもなく言葉の強さを信用しているんだな、と思う。その証拠に、読者を圧倒する強い言葉がそこかしこに存在する。

よくこんなに濃縮された物語を紡げるもんだ、と思う。普通なら気が狂うだろ。というわけで、狂気の一冊。(←一応誉め言葉です(笑))

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クライマーズ・ハイ 横山秀夫 文春文庫

1985年に実際に起こった日航機墜落事故を背景に、全権デスクに任命された地元紙の記者悠木和雅と、そのまわりの記者たちや家族などの激しく揺れ動くドラマを硬質な筆致で描く。

優れた企業小説であり家族小説。こういう物語の主人公として、「なにかの理由で閑職に追いやられている信念の人」という類型があるが、悠木はある程度そこに合致している。だから、非常に読みやすい。ただ、その類型に比べると、物語中盤まで悠木は肝心の信念の部分が揺らいでいる。まあ、39だか40だかの男としては当たり前と言えば当たり前で、いくら不惑といっても惑ってばかりなのが実際だ。揺れ動き逡巡する様は、読んでいて嫌らしいまでに共感を覚える。それが物語に深みを与えているが、そういう意味では悠木の成長物語とも読める。主人公の設定が絶妙なところで、作者の勝ちはほぼ決まっている。

カバーにも書いてあるが、これぞ渾身の傑作。映画化されているらしいが、もし原作に忠実に作られていたらきっと泣いてしまうので、見ない(笑)。

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ALONE TOGETHER(アローン トゥギャザー) 本多孝好 角川文庫

カバーに書いてあるのでネタバレでないのがありがたい。主人公は他人の波長にシンクロする能力を持っているが、同時にそれは人を傷つける呪いでもある。心とは?人とは?そして、特殊な能力を持つ主人公は人として生きていく資格があるのか。

行きつ戻りつする独特の文体と相まって幻想的かつ哲学的で、言葉遊びのようでもありながら本質を突いているようでもある。物語内に幻が二体現れるが、それらは我々の誰もが親しみを持って知っている幻だ。共同幻想を通して読者と物語もシンクロする。その先には何があるのか。愛か。恐怖か。

読んでいて筒井康隆の七瀬シリーズを思い出した。本作より七瀬シリーズの方がいくぶんグロテスクだが、どちらも人の異様さ、そして異様であるのが人の本質であることを表している。

自分の心の底へ底へと降りていく時に、何かに対して感じた畏怖の念を思い出させる一冊。かなりキケンです。

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公開処刑人 森のくまさん 堀内公太郎 宝島社文庫

宝島社でわかる通り「このミス」関係の一冊。ポストモダンというかサブカル風というか、ポップなタイトルで手にした。

クリスティーの「そして誰もいなくなった」をはじめ、ミステリーと童謡や童話の親和性は高い。そのへんは作者も当然意識していて、十分に効果を出している。最後に「何故、森のくまさんでなければいけなかったのか」が判明すると、凄惨な物語であるに関わらず小さな笑いがわき起こる。いわゆるシリアルキラー物であるが、その小さな笑いが、救いにもなり、また、断崖から落とされることにもなる。背反するものを描くということは、すなわち人間を描くということだろう。

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小さいおうち 中島京子 文春文庫

タキおばあちゃんが、昭和初期に女中奉公に出てから終戦をむかえるまでを回想する形で物語は進む。東京郊外のモダンな一軒家の平井家には、真面目な旦那様、美しく若い奥様、一人息子のぼっちゃんが住んでいる。タキはそこに女中として世話になる。山形の田舎から出てきた身には東京は華やかで、平井家の人々も良くしてくれるので、タキはこのモダンな小さいおうちにずっといたいと願う。戦争で世相が暗くなっていく一方で昭和モダンを生きる人々を清澄な筆致で描く。

太平洋戦争によってすべてが灰塵と化すまでの、ある意味浮かれていた昭和初期が生き生きと描かれている。新しいものがどんどん入ってくる時代がタキと時子奥様の関係を中心に語られるが、その根底にあるのは優しさだ。終戦後の高度経済成長という狂乱の時代の以前には、優しき人々の時代があった。舞台は戦争に向かう時代ではあるが、物語全体に暗さはない。優しき人々は清く強き人々でもあったんだろう。

今は亡き母親に、もっと昔の事を聞いておきたかったと思った。

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こころのつづき 森浩美 角川文庫

いろいろな家族の形を描いた短編集。

作中の会話文がすごい。本当の家族でなければ出てこないんじゃないかと思われる深みが感じられる。ちょっとした仕掛けがあるものの、そんな仕掛けよりも作者が家族というものに向ける愛のある視点を読み取るのが愉しい。短編集なので一編が30分ほどで読めてしまうんだけど、読み始めた途端に30分後に読み終えてしまうのが惜しくなる作品ばかり。珠玉。

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2020年06月29日

家族トランプ 明野照葉 実業之日本社文庫

主人公風見窓子は33歳のOL。独身で実家通い。父母から早く結婚しろと急かされるのを鬱陶しく思っている。友人としての異性はいるが、結婚は考えていない。さりとて、仕事もそこそこで、仕事に生きるつもりもない。ある日、上司のキャリアウーマン有磯潮美に声をかけられてから、窓子の日常は変わっていく。

何も変化のない毎日にうんざりしていて、だけど激しく変わるのも望んでいない。ほんのちょっとの、人から見たら取るに足らないことでも自分にとっては大変なこと、そんなことが起こることを夢見るような人にはこの本は面白いかもしれないです。とにかく善人しか出てこない、朝のテレビ小説のような物語。お茶うけにどうぞ。

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永遠の0(ゼロ) 百田尚樹 講談社文庫

真実はひとつではない。「数学は答がひとつだから面白くない」と戯れ言を言う子供がいるけれど、音楽は音で世界を表し、哲学は言葉で世界を表し、数学は数式で世界を表す。そんな数学が、答がひとつであるわけがない。

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主人公佐伯健太郎は、祖母の死をきっかけに、祖母には太平洋戦争の特攻で亡くなった前夫がいたこと、そして自分達の母親がその前夫と祖母の間に生まれた子であることを知ってしまう。姉に頼まれ、また、母親のためにもと、健太郎は祖母の前夫宮部久蔵のことを調べ始める。

作中には、太平洋戦争のことで、知っていること知らないこと知った気になっていることなどがたんまり出てくる。かなり綿密に資料を調べたんだろう。その膨大な情報を、鮮やかな語り口でどんどん読ませる。ノンフィクションではないので、エンタテインメントとして成立させるために、対立項としての人物を配置したり、ミステリーのようなカタルシスのための仕掛けがあるが、それが不自然にならずにあたかも現実にあったことのように錯覚させる。これがデビュー作とは、まったく畏れ入る。

今年の冬に映画化されるらしい。いろいろな情報操作で太平洋戦争が見えにくい今、どのような形で映画化されるだろう。現在の、太平洋戦争は仕方がなかった、アメリカの経済制裁のせいだ、天皇陛下は悪くない、などの風潮ばかりで良いだろうか、と思う。真実はひとつではない。それぞれの真実があるはずだ。日本人なら誰しも、太平洋戦争がどういった戦争だったかを知りたいと思ったことがあるはずだ。

本作品のテーマは重い。そして、簡単に反戦を唱えてしまう気分を諌めてもくれる。

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