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2019年05月26日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <12 実父>

実父

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真梨が大学を卒業した年、僕は会社を辞めた。この年僕と真梨の本当の意味の結婚生活はスタートした。会社を辞めて2カ月ぐらい生まれて初めて無職になった。

最初の一週間は暇で暇で毎日がウキウキした。次の一週間は暇で暇でまるで主夫のように夕飯を作って真梨が返ってくるのを待っていた。カレーとチャーハンとチキンライスを二巡して自己嫌悪に陥った。次の一週間は暇で暇でもう何もすることがなかった。

叔父が四国の父に会いに行くように言ってくれた。生まれ故郷を訪ねて来いと言ってくれたのだ。叔父は「父親の生きざまを見たら人生観が変わる」と教えてくれた。真梨は一緒に行きたいといったが僕は断った。みじめな実父の姿を新婚の妻に見られるのは恥ずかしかった。

僕の仕事以外の一人旅はこれが最後になった。車は止めて飛行機と鉄道を使った。本当に田舎だった。僕がすっかり忘れていた生まれ故郷の町は海産工場の町だった。父が作業をしている横で遊んでいた記憶がよみがえってきた。母も作業をしていた。

そして、祖父が母を叱り飛ばす声もよみがえった。祖父は「とっろいのお。何やらしても役にたたんわ。」と皆の前で母を罵倒していた。今思えば母は激しい嫁いびりにあっていたのだ。父は母の肩を持つでもなく黙々と作業をするだけだった。

そのころの母の姿をぼんやりと思い出した。おなかが大きかった。そうだ、母はあのころおなかが大きかったのだ。その子はどうなった?海産物問屋や小さな工場が点在する漁港町を歩きながら、おもわず立ち止まってしまうほどの衝撃だった。

父の乾物屋は商店街のはずれにあった。間口が狭くてアルミサッシの戸が閉まった店だった。「本山乾物店」と看板があがっていた。それは僕の生家の屋号だった。午後2時を過ぎた店内には客はいなかった。「こんにちは」ガタつくアルミサッシの戸を開けて声をかけた。

中から白髪頭のオヤジが出てきた。ヨレヨレのポロシャツと作業ズボンに黒の長靴を履いていた。オヤジはしばらく呆然と僕を見つめた後、穏かな声で「俊也か?」と聞いた。よう、わかったな。」という僕に「俺に似て、ええ男やからな。」と答えた。

涙の再会を予想していたが静かで穏やかな再開になった。「上がるか?ゆっくりできるんか?」と聞かれたので、「うん」と答えて店の奥の畳の間に上がった。

何もない。殺風景だが掃除は行き届いていた。「ビールいけるか?」と聞かれたので「まだ商売あるんやろ。お茶でええよ。」と答えた。「いくらなんでも店閉めるわな。こんな日、もう一生けえへんわ。」という返事だった。

そして、立ち上がって店の入口の細いシャッターを降ろした。冷蔵庫から缶ビールを取り出して畳の上にトンと置いた。店の売り物らしい干物を焼いてくれた。

「実は2年前に結婚して今は東京住まいや。」「おう、田原さんから手紙来てる。お嬢さんらしいな田原さんの。ようお嬢さんもらえたな。」と言った。僕は「うん、向こうが僕を望んでくれた。」と言うと、父は「お嬢さんが惚れてくれたんか?」と聞くので「うん」と自慢した。父は苦笑いをしたが嬉しそうだった。

父が大きなアルミ製の菓子箱を出してきた。その中には、たくさんの手紙が入っていた。輪ゴムで丁寧に整理されていた。差出人は田原聡のものもあったし、田原真一のものもあった。

「二人とも手紙出してるのん自分だけやと思たはる。さすが双子や。」と父が言った。
若いころから驚くほどよく似た顔をした二人を父は双子だと思っていたようだ。

小学校、中学校、高校の入学式の写真があった。東大の正門前で撮った写真もあった。当然のように結婚式の写真もあった。継父と叔父は顔が似ているだけではなくすることもよく似ていた。「俺は一回も返事ださんよ。奥さん方に知れたら悪いからな。」と父は言った。父は自分の妻だった女を「奥さん」と呼んだ。涙が出そうになった。

「お前が、どんどん立派になっていくよってに俺もまじめにがんばれたわ。田原さん約束守ってくれた。」と静かにほほ笑んだ。昔、母に重傷を負わせた男は、今は穏やかな老人になっていた。

「なあ、お母さんのおなかの子はどうなったん?」と気になっていたことを尋ねた。「覚えとったんか?無理さしたさかいに死産してしもた。その一週間後に実家へ帰ったんや。頼りない亭主に見切り付けたんや。

実家ゆうても父親も母親もうちの使用人やった。連れ戻されるのんが嫌やったさかいにお前連れて大阪へ逃げたんや。たぶん母親が逃がしたんやと思う。」と答えて「すまんことしたなあ。」と謝った。

夕方まで話してその日は帰った。帰り際に「しんどい日は電話してくれ。嫁さんも、お父さんのことわかってる。気兼ねするな。」と声をかけた。父は「ありがとう。別れはいっつもつらいのう。」と言って初めて涙ぐんだ。僕の親権を渡した日、父は泣いたのだろうと思った。

その年のクリスマスには真梨が父に手紙を書いて毛布を贈ってくれた。クリスマスのプレゼントは3年間継続されたが4年目の8月に父は帰らぬ人となった。リンパ腫だった。

遺された預金は予想外に多く800万円に上った。通帳には僕の名前の付箋が貼ってあった。別れた年から細々とためられていた。親を甘く見てはいけない。



続く


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2019年05月25日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <11 結婚式>

結婚式
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結納は東京から大阪の田原家に行われた。家は東京の叔父が最近建てた家の近くに買うことになった。会社から車で20分ぐらいの場所で大きくはないがきちんとした家だった。

大阪の田原家からは家財道具の代金が贈られた。実際には真梨と僕が選んだ家具の代金を大阪が払うというものだった。真梨は余り高価な物を選ばなかった。自分が使っていたものも新居に持ち込んだ。叔母の躾だとおもった。

結婚式は東京で行われて式費用も両家折半だった。叔母と真梨は結婚式の衣装合わせに夢中になった。二人で何度も会場のホテルに足を運んだ。こういうことに無頓着そうに見えた叔父も衣装合わせの写真を見ては、きれいだきれいだと喜んで、結局レンタルで済ませる予定だった衣装を買い取ってしまった。夫婦で盛り上がって楽しそうだった。

結婚式には当然親戚が出席したのだけれど一つの親族が集まるだけだから大規模にはならなかった。会社関係の招待客はごくわずかだった。

僕は新婚旅行の代金だけを出した。ここでも真梨は贅沢を言わなかった。というよりも言えなかったのだろう。僕の貯金はごくわずかだった。結婚のセレモニーはすべてこなしたが、どれも地味なものだった。

驚いたのは浅田隆一からの祝儀があまりにも大金だったことだ。浅田隆一は大阪の田原家と古い付き合いのある政治家だった。今は引退して選挙とは無縁になっている。さすがに政治家だ。目立つところには大金を使うのだと感心した。

真梨との生活は、お気楽そのものだった。サラリーマンとして一花咲かせたかった僕は毎日遅くまで働いた。真梨からクレームが付くかと思いきや、何のことはないしっかり実家の世話になって大学を卒業した。

真梨は結婚を機に大学をやめるのかと思ったが以前より熱心に勉強しだした。もともと教育学部で児童心理学を専攻していたのが婚約を機に勉強に熱が入りだした。子供の教育を見据えての話なのだろう。

真梨の服装は相変わらず紺色や白、グレーなど学生のようでしかも相変わらず優等生タイプだ。家の中はきちんと片付き食事も栄養バランスのいいものだった。紙製の栞のように思えた色気のない少女はいつの間にかしっかり者の良妻になっていた。そして夜は新妻らしくセクシーだった。


続く



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2019年05月24日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <10 継父>

継父
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真梨が納得してくれたことを叔父に報告した。叔父は穏やかな表情で喜んでくれた。そして小さな声で「女ってすごいだろ?」と聞いた。「はあ、予想外の反応で、なんとなく尻に敷かれそうな気がします。」というと叔父は珍しく「はっはっは」と大声で笑った。

そして「問題は聡だ。」と言った。僕は「いや、父は喜んでくれると思います。」といったが叔父は「結婚は喜ぶが、お前が東京に残ることは納得しないと思う。聡の中で長男はお前だ。お前が田原興産を継がないことを聡は納得しない。」といった。

確かにそうだった。継父はよく、僕と聡一を並べて家の事業の話をした。その時に、いつもそれとなく、僕が後を継いで聡一が補佐をするような話しぶりをした。母はその様子を好ましく思っていなかった。おばあちゃんに申し訳ないといった。この家の惣領は聡一なのにとよく言ったのだ。

祖母は、そんな、そぶりを微塵も見せることはなかった。祖母の本当の気持ちは今は分からない。ただ、継父は僕を長男としてとらえていたのはよくわかっていた。

だからと言って叔父が真梨を大阪へ出すわけもなかった。叔父の中では僕が婿に入るのは決定事項だった。僕も、それが両家にとって一番いい形だろうと思っていた。母も一息つけるだろうとも思った。ただ継父がこれを簡単に納得するとも思えなかった。

最初に継父に結婚の話を切り出すのは僕の仕事だろうと思うけれど、継父が納得するまで説明してくれるのは叔父だと思った。叔父と継父の間には特別な何かがあるように感じていた。

真梨と僕で大阪に行った。結婚したいという気持ちを伝えるためだった。もちろん両親はとても喜んでくれた。「真梨ちゃんやったらいつでも歓迎や。何ならこのまま大阪に住んだらどうや?」とのっけから継父に先制攻撃をされてしまった。とにかく、その日は結婚の許しをもらうという形にした。その日一泊して東京へ帰った。

それから改めて叔父夫婦と僕で大阪へ行った。叔父は継父に向かって珍しく改まったものの言い方をした。服装もスーツにネクタイだった。叔父は「この度は、結婚を認めてもらってありがとう。真梨も本当に喜んでいる。俊也君なら間違いないし僕も本当に安心した。」とまずは頭を下げてくれた。二人の間で頭を下げるなどは、ついぞないことだった。

叔母も「俊君が真梨と結婚してくれるのんホントにうれしい。これ、真梨の初恋成就やねんよ。」とにこやかに話した。

叔父が口火を切った。「知っての通り真梨はうちの一人娘だ。真梨を外に出すわけにはいかない。ついては俊也君をうちの婿にいただきたいんだが。」といった。僕が立ち上がって「僕もそのつもりをしております。」と挨拶した。継父に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

僕の実父との約束を果たすべく一生懸命僕を養育してくれた父だった。僕をこの家の跡継ぎにすることは継父の意地に近いものだったと思う。

父と母は母の離婚が成立する前に始まった関係だった。他人から見れば不倫だ。僕の養育に本気で力をそそいでくれたのは継父の贖罪的な気持ちも働いていたことだろう。それを婿養子に出してしまえば、継父の贖罪は未完成のままになってしまう。そんな気がした。継父はまぎれもなく僕の人生の大恩人だった。

継父は苦い表情をした。「そういうことを言われるとは思ってた。でも真梨ちゃんは、うちにも良く慣れてるし大阪住まいが嫌やったら東京に住んでもええ。俊也は婿には出されへん。うちの惣領や。」といったまま口を開かない。

同席していた聡一が「じゃあ僕が真梨ちゃんの婿になったろか?僕は東京住まいでもかまへんよ。」といったとたんに、叔母や母が大げさに笑い出した。叔母が「無理、無理、わがまま娘と生活するのん大変やから。真梨がのぼせ上ってる俊君しか無理。」というと、母が大げさに笑った。聡一は「ええ〜、僕、もうふられたん?」と大げさに驚いて見せた。そんなこんなで笑いに包まれて大団円、とはいかなかった。

皆がことさらに大声で笑う中、継父が苦虫をかみつぶしたまま黙りこくっていたからだ。叔父も言葉の接ぎ穂がなく黙ってしまった。聡一の体を張った懐柔策は見事に失敗に終わった。

その時叔母が継父の心臓めがけて大きな矢を放った。「7人中6人が賛成してる話に1人だけ反対しても無理やから。よう考えてみて。ヨリちゃんが凄い気兼ねしながら子育てしてきたこと。俊君がその気持ちを読んでしんどがってたこと、聡君はそれで悩んでたこと、全部わかってるんでしょ?それで意地はったら友達なくすよ。」と。

みんなが呆気に取られていると継父が微笑んだ。「おねえ、兄ちゃんと結婚して女らしなったと思たけど中身はオヤジのままやないか、久しぶりにオヤジ節聞いた。」といった。

「僕が俊也を放したくないのは意地や約束のためやないよ。俊也がいると楽しかった。俊也と聡一と三人で話すのが楽しかったからや。そこは、兄ちゃんも、ねえもわかっといてほしい。兄ちゃんやから僕は了承するよ。幸せにしてやってくれ。頼む。」継父は花嫁の父のように頭を下げた。

話し合いが終わって帰り際、母がこっそりと僕に話しかけた。「真梨ちゃん、事情全部知ってやるの?昔のこと。」と聞かれたので「うん、全部話した。わかってくれた。」と答えた。「そう、よかった。おめでとう。」という短い会話だった。不器用な母の精一杯の愛情表現だった。

帰りの新幹線の中で叔父が「凄いね、あんなに揺さぶられたら、誰だって嫌だって言えない。やっぱり昔取った杵柄だね。」というと、叔母が「交渉のプロよ。」と自慢した。

「え、叔母さん交渉事強いんですか?」と聞くと、叔父が「田原興産で一番売り上げを上げていた営業マンだよ。」と笑った。僕が子供のころ叔母が黒のレンジローバーに乗っていたことを思い出した。叔母の天然が素なのか演技なのかわからなくなった。


続く


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2019年05月23日

THE SECOND STORY 俊也と真梨 <9 告白>

告白
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叔父の許可が出て最初の土曜日、真梨と食事の約束をした。大手をふって僕の家で手料理を作ってくれた。お定まりの肉じゃがだった。叔母好みの牛肉の甘辛味だ。大阪育ちの僕の口に合った。真梨と結婚すると、こんな特典もついているのだと嬉しかった。

食後、決まりごとのようにセクシーな雰囲気になった。僕は結構必死の思いで話を切り出した。顔が引きつっていたかもしれない。「真梨、知ってるかもしれんけど。ちゃんと聞いてもらう話がある。」こう切り出したとき真梨の顔は緊張した。

「僕は母の連れ子で父親は田原の父じゃない。実父は四国にいる。」と言うと、真梨は「なんだ、そんなこと知ってるわよ。びっくりした。隠し子でもいるのかと思った。」と答えた。

「何で?誰に聞いた?」

「聡ちゃん、聡ちゃんも悩んでたから。おばちゃん、お兄ちゃんばっかり怒るから。聡ちゃんも辛かったのよ。覚えてる?いつか、私が膝小僧にけがをして大騒ぎになったことあったでしょう?あの時、聡ちゃんは一生懸命兄ちゃんは悪くないって言おうとしてたんだって。でも、ちゃんと説明できなかったでしょう?聡ちゃん、自分がお兄ちゃんに嫌われてるんじゃないかって、すごく辛かったの。」

「聡一が辛かった?」

「うん、聡ちゃんはお兄ちゃんは自分のせいで家を出るんじゃないかって辛かったのよ。」

「いつ頃の話?」

「聡ちゃんが中学生の時。私が高校に上がったころ。」

僕が大学進学で東京へ来た頃だった。僕が田原の家がしんどくて逃げ出したころ、聡一は聡一で何かを感じ取っていたのだ。その相談相手が真梨だったという話は初めて聞いた。

一番言わなければならないことは実父に犯罪歴があることだった。それも、母を刺して逮捕された、僕がそんな人間の子供だということだった。

「真梨よく聞いてほしいけど、その四国の父には犯罪歴がある。母親を刺した。命にかかわるレベルの刺し方をした。僕の目の前で。」といったとき、真梨は驚いて大きな目を見開いたまま動かなくなってしまった。

「お兄ちゃん、見てたの?いくつのとき?」

「4歳の時、何が起きたかわからんかったけど。」といった時には、真梨の目は赤くなって鼻をひくひくさせていた。「お兄ちゃん、怖かったよね。怖かったよね。」といった。

いきなり、本当にいきなり僕の両頬を手のひらで包んで目を覗き込んだ。「その時のこと、誰かに話した?」と聞かれたので「誰にも話してない。その時、なにも思い出せんかった。それを思い出したんは小学校の4年生ぐらかな?それまで、その光景は、すっかり記憶から抜けてた。」と答えた。

「小学生がそんなつらいこと思い出したの?それ誰かに話した?」真梨に両頬を押さえられたまま昔の記憶をたどっていた。「普通はね、小学生が苦しくて辛い時にはママにいうのよ。叔母さんに言った?」なぜか真梨に叱られているような雰囲気になった。

「だって、ママそんな雰囲気じゃなかった。僕はいっつも我慢ばっかりしてた。僕怒られてばっかりでママは僕の味方じゃなかった。」僕は涙を流していた。一瞬、小学生に戻ったような錯覚をしていた。

「お兄ちゃん、小学生の時から我慢ばっかりだったよね。聡ちゃんが一番気にしてた。おじちゃんも、うちのパパもママも気にしてた。でも、みんな分かってたのよ。それがおばちゃんの、お兄ちゃんへの愛情だって。おばちゃんにしてみたら自分がお兄ちゃんに厳しく当たったら、その分、みんなお兄ちゃんにやさしくなるっていう作戦だったのよ。みんな、それが分かってたのよ。ホントはそんな作戦必要ないんだけど、おばちゃんはそれがお兄ちゃんのためになると思ってたの。周りはみんなそれをわかってたの。でも、お兄ちゃんが一人で孤独と戦ってることは誰も気が付かなかったのよ。」

いつの間にか真梨が僕の頭を抱いて髪を撫でていた。「ごめんね、ごめんね。小学生の俊君ごめんね。みんな気づかなくて。」真梨は小学生の僕の姉のようだった。「俊君、その時のことちゃんと話して。その時のこと私におしえて。」と耳元で優しく声をかけてくれた。

いままで誰にも話さなかった辛くて苦しい思い出。忘れたかったが忘れられるわけもない思い出を真梨に話した。話しても真梨は僕を嫌いにならない、そんな確信があった。

その日、いつものように母に連れられて保育園に行こうとした。母と二人自転車を置いている路地に入った時、待ち伏せていた父が突然僕たちの前に立ちはだかった。「帰ろ。家へ帰ろ。」と父は母の手を引いたが母はそれを振りほどいて「もう、来んといて。もう、ほっといて。二度と帰らへんから。」といった。

その時、父が持っていた袋から包丁を取り出して母の腹を刺した。一瞬だった。母が僕をかばって前のめりになると今度は背中を刺した。父は何度も何度も「死んでくれ。死んでくれ。」と喚いた。

僕は、母が死んでしまうのではないかと恐れおののいた。もう怖くて怖くて何が何だかわからなくなっていた。

気が付いたときは救急隊の人が母をタンカにのせていた。警察官が父を取り押さえていた。父は、そのアパートのすぐ近くに交番があることを知らなかったのだ。

真梨は僕の説明を聞いて一緒に泣いてくれた。人の涙が自分の耳たぶに滲みだすのを初めて経験した。驚くほど熱い涙だった。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんのお父さんは、おばちゃんを殺そうとしたんじゃないのよ。おばちゃんと一緒に死にたかったのよ。死んでくれって、一緒に死んでくれってことなのよ。」と真梨に言われて初めて気が付いた。

あの時父は母を殺そうとしたと思っていた。しかし、父は母に無理心中を仕掛けたのだと今になって気が付いた。

どのみち大けがをさせたのだから大した違いはないのだけれど、ほんの少しだけ父を許せる気がした。父は母に執着していたのだと思った。執着心を愛と呼んでもいいのなら父は母を愛していたのだ。

真梨は、もう一度僕の頭を抱きなおして、「お兄ちゃん、もし今お兄ちゃんが私以外の人となんか有ったら私だって、きっと、お兄ちゃんに一緒に死んでっていうと思う。ひょっとしたら、お兄ちゃんを刺すかもしれない。」真梨は、見た目から想像もつかないような恐ろしいことを言った。

「お兄ちゃん大丈夫よ、お兄ちゃんの悲しい気持ち、私がちゃんと引き受けたから。もう大丈夫。私がいるからね。」と言った。いつの間にか真梨はまるで姉さん女房のような口調になっていた。

「おばちゃん、お兄ちゃんの上におおいかぶさったんでしょ?それがすべてなのよ。わかるでしょ。」と真梨に言われて、その通りだと思った。拗ねることはないのだ。

その日は抱き合った時から、なにか今までとは違う緩やかな時間が流れた。真梨は僕が思っていたよりもうんと大人の女だった。真梨は愛が何かを知っている。いままでセックスに慣れた女が大人の女だと思っていた。でも、そうではないことが今日分かった。大人の女は人を愛する方法を知っているのだ。

なんとなく要領よく浮気止めの釘をさされた気がしないでもなかった。真梨が僕に対して執着心を持ってくれているのが分かった。情熱だけとは違う、静かな落ち着いた満足感が僕を満たした。

もちろん、その日のうちに送っていく。叔父が婚約もしていないのに何事だと怒る姿が目に映った。


続く



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2019年05月22日

THE SECOND STORY 俊也と真梨 <8 素性>

素性

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叔父に父の話をする時、僕は卑屈になった。「僕は実父の素性も犯罪も知っています。こんな素性の男が真梨と結婚していいのかどうか。叔父さんが本当は認めたくないんじゃないか、そのことが気になってしょうがないんですが。」と切り出した。

叔父が「僕は妾の子だよ。正真正銘の不始末の子なんだ。そのうえ母は、ほかの男と結婚して、その男と心中してしまった。人の出目をとやかく言える立場じゃない。それに好きでそうなったわけじゃない。人間、そうとしか生きられない時ってあるもんだよ。」と言った。

僕は叔父の出生の話を聞いて言葉が継げなくなってしまった。裕福な出身でないことはなんとなく知っていた。しかし叔父の母親にそんないきさつがあるのは初めて知った。サラッとした言い方だったが結構ドラマチックな話だ。

叔父は「梨花は全部知ってる。だから家の中では僕は気楽だよ。梨花に、その話をして付き合いが始まった。真梨はその娘だよ。知らされなければ怒る。知らされたら理解する。そんなに馬鹿には育てていない。真梨には君から説明してやってくれ。それが礼儀だろ?」といった。

叔父は父が今は商店街で乾物屋をやっていることを知っていた。大きくはないが繁盛している。そんな中でも再婚もせず独身生活を続けているらしい、と教えてくれた

「本山さんがお前の親権を渡したのは聡に会ったからだ。聡と話したからだ。聡がお前や依子さんを幸福にできる男だと悟ったからだ。辛かったはずだ。泣いて頼まれたよ。それでも、お前たちの将来を考えて親権を放した。あの時、お前たちを幸福にできる唯一の方法だったんだ。親を甘く見るな。それより、まだ婚約してないんだから、呼び捨ては変だろう。呼び捨ては婚約してからだ。」と厳しく叱責された。なんとなしに不機嫌だったのはこれだった。

僕は、叔父に感謝した。叔父は父の消息を見ていてくれたのだった。真梨には父や母のことを話しておかなければならなかった。世間知らずで一途な真梨に、そんなおどろどろしい話をして冷静でいられるだろうかと心配だった。

一番怖かったのは婚約をやめたいといわれることだった。けっこう、いろいろなことを決心しなければならなかった。近い将来サラリーマン生活に区切りをつけることも決心した。多分、婿養子になるだろうことも決心した。

婚約破棄で最も困ることは真梨への執着心の持っていきどころがなくなってしまうことだった。叔父は「真梨はそんなに馬鹿ではない」といった。でも、恋人の父親が犯罪歴を持っていることが分かって婚約をやめることがそんなに馬鹿だとは思えなかった。


続く


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2019年05月21日

THE SECOND STORY 俊也と真梨 <7 プロポーズ>

プロポーズ

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真梨は度々僕の部屋に来るようになった。真梨の学校はあと2年残っていた。そろそろ就活に入るころだ。僕はだんだん焦りだしていた。真梨の頭の中には避妊という言葉はなかった。僕は真梨にそれを言い出せなかった。なぜか傷つくだろうという気がしていた。

叔父に「妊娠しました。結婚させてください。」は通用しないだろう。出来るだけ早く婚約までこぎつけなければならなかった。

僕は、いい家の息子だった。そしていい学校を出ていい会社で働いていた。容姿だってそれなりのはずだった。子供の時にはきれいな子といわれて育った。一見非の打ちどころのない男だった。

でも実際はちがった。僕は母の連れ子で実父は母を刺して殺人未遂で逮捕された男だ。母と離婚し僕の親権を渡すことを条件に大金を受取った男だ。誰も僕に話さないが僕はその程度のことを調べる手立ては知っていた。

叔父や叔母はこの経緯をよく知っているはずだ。そんな男を叔父が愛娘の婿として認めるとは思えなかった。

それに真梨と結婚するということは真梨の家の事業も継承することになる。それはそれで面倒なことだった。叔父がコツコツと積み重ねてきたものを壊すわけにはいかない、けっこう荷の重い仕事だった。僕はサラリーマンとして出世したい欲も有った。仕事には手ごたえを感じていたのだ。

なぜ、あの時真梨を縛り付けるような言葉を言ってしまったのだろう。真梨から見れば立派なプロポーズだ。言葉では真梨を縛り付けていたが現実に縛られているのは僕だった。

僕は独占欲が少ない子供だった。いつも弟のことを考えていた。母がいつも弟のことを考えていたからだ。弟を大切にすることが僕の存在そのものだった。いつだって弟あっての僕だった。少なくとも母の中ではそうだった。

僕は人目を惹く大学を選んだ。そして外資系という、ちょっと特別感のある就職をした。田原の家で最も序列が低いことへの劣等感の裏返しだった。

真梨は親族の中でも、たった一人の女の子だった。親族の集まりでは、はにかんであまりしゃべらないのに、いつも話題の中心だった。そんな女の子を独占したいと思ったのだろうか?

あの時、突然、真梨に対する執着心がむくむくと湧いてきた。真梨が他の男とこんな時間をもつのは耐えられない。ただ、そう思った。

真梨は僕と結婚することが当たり前だと思っていた。それしか考えていなかった。僕は見事に真梨のトラップにハマって出られなかった。あの時真梨は「初めてはお兄ちゃんがいい。」と言ったけれど結局のところちょうどいい男を捕まえて逃れられないようにしてしまった。困ったことに僕はこのことに幸福感を感じていた。

ある日、夕飯が終わってみんなでゆっくりしているときに「ちょっとお願い事があるんですが。」と切り出した。余りにも硬い雰囲気で言い出したので叔父は仕事の話か何かと思ったようで、「ちょっと飲もうか?」と言ってウィスキーを取り出した。

「いや、真梨ちゃんのことなんですが、学校あと2年残ってますよね。」というと叔父は「せっかく合格できたんだから卒業したらどうかと思ってるんだ。勉強自体が嫌なわけじゃないんだし。俊也にも心配かけるね。」といった。

「真梨ちゃんは将来どうするのかなと気になって・・・。」というと叔父は「あの時は俊也のおかげで助かった。今後のことはゆっくり考えればいいと思ってるよ。とにかく今は卒業が目標じゃないかな?ね、真梨」と話が違う方向へ向いてしまう。

僕は話題を戻そうとして「卒業はもちろん大切なんだけど、真梨ちゃんは他の道も考えてるんじゃないかなと思って。」というと叔父は怪訝そうな顔をして「真梨、なにかしたいことが見つかったのかね?」と聞いた。

僕が「恋愛とか」と言いかけただけで叔父は嫌な顔をした。「まだまだだよ。卒業してからでも十分間に合う。そんなこと急ぐことじゃないじゃないか。俊也何が言いたいんだ?」ともう怒りだしそうになっている。僕は一気にひるんでしまった。

真梨が「パパ あのね、わたしがお兄ちゃんをだましてレイプしたの。」と口を挟んだ。叔母は「えっ、レイプ?」と目を三角にして立ち上がった。僕は真梨に「ちょっと、真梨、ややこしくなるから黙ってて。」と言った。

途端に「何が黙れだ!お前一体何をしたんだ、本当のところを詳しく説明しろ!さっきから何をぐずぐず言ってるんだ!」叔父は完全に噴火していた。真梨はまた大声で「だから、わたしがお兄ちゃんをだましたの!無理やり抱きついたのよ!」と怒鳴った。

叔父は、きょとんとして黙っていた。叔母は両手で顔を覆って肩を震わせていた。なんだかえらい修羅場になってしまった。僕は「叔母さん、すみません。必ず幸せにします。申し訳ないです。」と謝った。

自分でも、なんで謝っているのかわからなかったが、とにかく叔母に泣き止んでもらいたかった。叔母は涙を流していた。そして、声を殺して嗚咽しているように見えたが次の瞬間、もう耐えられないとばかりに笑いだした。

叔母の大笑いで叔父の顔が一気に緩んだ。「なんで、もっと早く言わないんだ。もう長いのか?」と詰問口調になった。僕が「すみません。なんとなく言いにくくて。」と答えると、叔母は叔父に「おんなじよ。おんなじなんよ。」といった。

途端に叔父は軟弱な煮え切らない顔になって「だいたい、なんで急に真梨なんだ。いままで真梨ちゃんだったじゃないか。とにかく、きちんと婚約してくれ。心臓が持たん。」といった。


続く


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2019年05月20日

THE SECOND STORY 俊也と真梨  <6 復習>

復習
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真梨は翌日の昼前にサンドイッチをもってやってきた。なんとなく気恥ずかしそうなもじもじした態度だった。無理もなかった。恐ろしく露骨な誘い方をした男の誘いに乗ったのだから。

僕はコーヒーを淹れていたが、だんだんもどかしくなって、「真梨ちゃん、昨日の復習を先に済まそう。」といって、そのまま真梨の手を引いて寝室まで連れて行った。情けないほど自制心が吹き飛んで呼吸が早くなっていた。これでは真梨が怖がるだろうと思った。また昨夜の繰り返しになってしまった。ただ、性急に事を進めただけだった。

「もう一回いい?今度こそちゃんと勉強しよう。」と言っていた。真梨はまた、こっくりとうなづいた。今度は、優しく、丁寧に、ゆっくりと真梨の表情を見ながら動いた。真梨は最初は苦痛そうに、はにかみながら、やがては上気して美しい吐息を漏らした。

「今度はどうだった?」確かめる自分が嫌になった。真梨は微笑んだまま僕にしがみついてきた。何か熱いものが胸の中に押し寄せてきていっぱいになった。

僕は真梨に「僕以外の男とするな!一生僕以外の男とはするな!わかった?」と念を押した。落ちたとおもった。真梨も落ちたかもしれなかったが深みにはまってしまったのは自分だという自覚があった。

僕が高校生の真梨に持っていた印象は「栞」だった。よく地方のお土産になっている紙でできた花嫁人形の栞が僕の中の真梨だった。細くて平たいかわいらしく素直な子だった。素直といえば聞こえがいいが親の言いなりに育った、要は面白みのない女子高生だった。

それが誰も知らない間に豊かな胸を持つ情熱的な女に育っていた。多分叔父も叔母も自分の娘が実はずいぶんグラマラスな体つきで、その上自分から男に関係を迫る情熱をもっているとは夢にも思っていないだろう。

真梨は親の留守中に自分がこれと決めた男をひっかけて、ものの見事にものにしてしまったのだ。考えてみれば悪い女だ。それなのに外見は世間知らずの目立たないお嬢様だった。僕は、この巧妙な仕掛けに抵抗することができなくなっていた。


続く


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2019年05月19日

THE SECOND STORY 俊也と真梨  <5 作戦>

作戦

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真梨は、この年単位不足で留年した。叔父か叔母と一緒でなければ外出ができなくなっていた。友人関係は、ほとんど切れてしまったようだった。残ったのは幼稚園から付き合いのある2人だけだった。

友人たちの逮捕劇が終わって真梨は大学へ行くようになったが寄り道は一切しなかった。親しい友人が時々家に遊びに来るだけになっていた。

叔父は心配して時々僕に真梨を食事に連れ出すように頼んだ。僕は、この世間知らずの従妹のお守りに少し疲れていた。そのころ会社の同僚の女性との付き合いが始まっていた。

その日も真梨のお守りを頼まれた。叔父と叔母が仕事関係の宴席に出るというので、夜二人で留守番をしていた。真梨は長時間一人で家にいることができなかった。

僕がテレビに夢中になっていた時に、突然真梨の部屋から軽い悲鳴が聞こえた。「お兄ちゃん、来て!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」と呼ばれて、慌てて二階の真梨の部屋へ駆け込んだ。

真梨がこちらに背中を向けてベッドの横の何かを見ていた。ゴキブリか何かだろうと思って僕もそばへ行った。その時いきなり真梨が振り向いた。僕は、前へつんのめって真梨にかぶさるように倒れてしまった。慌てて身体を離そうとしたが真梨の腕が僕の腰に巻き付いていて離れることができなかった。

「どうした?こんなとこ叔父さんに見られたらどんなことになるかわかってるか?」僕は、こんなようなことを言ったようだが、それよりも先に感情に呑まれてしまった。

「わたしのこと嫌い?わたしのこと嫌い?」真梨は何度も同じことを聞いた。そんなことは考えたこともなかった。子供の時から知っている小さな従妹だった。それでも僕は自分を制御することができなかった。

真梨は外からの印象よりも豊かな体だった。「いつの間にこんなに大人になってたの?こんな悪い作戦、誰が考えたの?」と聞くと真梨は「海外ドラマでやってたの。どうしても、初めてはお兄ちゃんがよかったの。」と答えた。

真梨に「ホントの初めて?」と聞くとこっくりうなづいた。僕は戸惑った。僕は全く初めての相手との経験はなかった。でも、その時の僕は真梨の胸をもっと感じたくて真梨を強く抱きしめていた。

真梨は僕が戸惑っていたとは気付くはずもなかった。家庭教師なら、ちゃんと教えてくれると思っているのかもしれなかった。

真梨は抱きしめられたまま身体を固めて動かなかった。僕はずいぶんてこずってしまった。結局のところ僕にはなんだか消化不良のようなモヤモヤが残ってしまった。「感じた?」と聞くと、真梨は涙まみれの顔で「わかんない。」と答えた。「このままでは終われない」奇妙な未達成感が湧いてきた。

僕は「明日僕の部屋へおいで。もっとちゃんと丁寧に勉強しよ。」と誘った。真梨はまた、こっくりとうなづいた。全く初めてで男をだまして関係を持って誘われたら家にも来る。真梨の大胆さに驚いた。

世間知らずなのか生まれついての奔放なのか僕にはよくわからなかった。ただ、突然降ってわいた濃厚な蜂蜜の誘惑に勝てるほど僕は成熟していなかった。

僕は、いつも通りリビングでコーラを飲みながらポテトチップスを食べた。真梨は部屋の空気を入れ替えて明かりを消したあとリビングに降りてきた。二人並んでホラー映画をみた。二人とも無表情を作った。

僕は叔父夫婦が帰ってきてすぐに叔父の家を出た。外に出たときにホッとして大きなため息が出た。泊まっていけと勧められたが、明日約束があるといって帰宅した。明日の約束とは、さっきかわした真梨との約束だった。

本当は、会社の同僚の女の子と会う約束をしていた。僕は真梨とその子を両天秤にかけた。僕の天秤はものの見事に真梨に傾いて倒れた。20代の僕には、これからデートを重ねて親密になるように努力しなければいけない相手と、自分から身を投げ出してくる相手なら後者の方が圧倒的に魅力的だった。

突然親が上京することになったと嘘をついて会社の子との約束をキャンセルした。その子とはそれっきりになってしまった。


続く


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2019年05月18日

THE SECOND STORY 俊也と真梨  <4 叔父の怒り>

叔父の怒り
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真梨の家のリビングに入ると叔父は見たこともないような顔をして待っていた。真梨は普段通りの甘えた声で「遅くなっちゃった。ごめんなさい。」と頭を下げたが叔父の表情は和らがなかった。

真梨ではなく僕を見据えていた。叔父の血相が変わっていた。僕は、また疑われて殴られる覚悟を決めていた。悔しい宿命だった。

叔父が僕の襟首をつかんだところで真梨が大きな声を出した。「トカゲさんが出てきて、真梨が勝手に転んだ。お兄ちゃんが助けてくれた。」真梨は幼いころと同じように僕をかばった。

叔父は一瞬面食らったような顔になって僕の襟を放した。叔母に「俊君、ややこしい、こういう時は真っ先に弁解しなさい!誤解されるような態度とったらあかん。話が無駄に長引くのよ。」と怒られた。

叔父は「そのトカゲどこにいる?」と聞いた。顔は青ざめて目が座っていた、声は普段の柔らかさを無くして本当にやくざ者のように思えた。

「いや、おじさん、大人数やし行っても危ないだけやから。」と止めたが止まらない。継父から叔父は休火山だと聞いていた。もう噴火していて止めようがなかった。大人数と聞いて余計に頭に血が上ってしまったようだった。

「赤坂だけど」僕はまた襟首をつかまれて、「連れていけ!」といわれたが必死で抵抗した。叔母が近づいてきたので、これで止まると思った。

しかし、あろうことか叔母は出刃包丁をタオルで包んでいた。「ぶった切ってやればいいのよ。」と叔父に渡したのだった。

叔父は、タオルにくるんだ出刃包丁を受け取って玄関まで行ったが、そこで止まった。2、3度首をかしげてからUターンして戻ってきた。

叔父が「梨花、これじゃこっちが逮捕されちゃう。」というと、叔母は「なんで、切ってやればいいのよ。そんなもんついてるから、悪いトカゲになるのよ。」と怒鳴った。叔父が「梨花、ちょっと違う。」といった。この時はもう、普段の叔父になって叔母の肩を抱いて優しくけん制した。

上品な叔母が怒りのあまり特大の天然ぼけをさく裂させたのだった。まあ、それで、叔父の噴火は落ち着いたのだが。叔母は知ってか知らずか「正しい噴火の鎮め方」を実践した。

「真梨、俊也に礼を言いなさい。かわいそうに、いいとばっちりだ。」僕は自分の正当性が認められて安心した。僕は弁解を聞いてもらえないことが多かった。黙ってむくれながら怒られるのが癖になっていた。これからは、真っ先に弁解しようと思った。

叔父は真梨に「パパにしっかりトカゲの説明をしてほしい。」といった。真梨は音楽サークルの友達に誘われて、よその大学の学生との交流会に参加した。酒を飲まないので、一次会で帰るつもりをしていた。

最後に友人に強く勧められたのでできるだけ弱いカクテルを飲んだ。それから足が立たなくなって無理にタクシーに乗せられたそうだ。記憶が飛んではっきり覚えていないらしい。

僕が見つけたときには泥酔状態だった。今酔いがさめているところを見ると、強い酒にごく軽い鎮静剤のようなものを混ぜられていたようだ。頃合いの量、足が立たなくなって動けなくなる、完全に失神しない程度の量だ。

叔父は「そうか、それじゃトカゲ退治をしなくちゃいけないね。」と言った。「とにかく着替えて来なさい。」と言われた真梨は二階へ引き上げた。叔母も真梨について二階に上がった。

叔父と二人きりになった時、叔父は僕に確かめた。「何もされていなかったか?」と聞かれた。僕は「服装は全然乱れてなかったから、その点は大丈夫です。」と答えた。叔父は少し落ち着いた様子で「落とし前はつけてやる。なめんなよ。」とつぶやいた。

叔母が二階から降りてきて、叔父に「大丈夫、お酒を飲まされただけで済んだみたい。俊君がいなかったら今頃どうなってたかわからへん。ホントにありがとう。よく、見つけてくれたねえ。どうも、女の子に騙されたみたいやね。また、泣き出してしもて。しばらく泣かしとかなしょうがないわ。」といった。

僕から見れば一番質が悪いのは真梨をだました女友達だ。この女を、このままにしておいてはいけないと思った。「そっちも落とし前を付けなければいけない。自分が何をしたかわからせてやればいい。」と思った。

叔父の怒りの怖さを思い知ったと同時に自分が叔父に似ていることに気が付いた。叔父は叔母や真梨を危険な目に合わせたものを許さない。僕も僕の大切な人を傷つけたものを許さないだろう。

僕は、僕を二次会に招待した男の名前と住所を叔父に報告した。真梨は自分をだました女友達の名前を父親に報告した。叔父は、その後、何カ月も何の連絡もしてこなかった。何か自分に対して依頼事の一つぐらいはあるかもしれないと思っていた。

何事もなかったのように数カ月が過ぎたころに医者の不良グループが逮捕された。その中の一人は麻酔医だった。同時に逮捕された女子大生の中には真梨をだました女も含まれていた。女は、2カ月前に20歳になったばかりだ。叔父は女が20歳に成るのを待っていたのだ。

逮捕の事実は新聞に比較的大きな見出しで報道された。逮捕者の名前、年齢、職業も記載された。その中で悪質と特筆されたのが麻酔医の存在だった。

翌週の週刊誌には「文科省の幹部の子息(麻酔医)が乱交パーティーを主催」と派手に書き立てられた。婦女暴行の事実も暴かれた。ここでも真梨をだました女の名前が記載された。

真梨はこの記事を見て「パパ!この人たち逮捕されてる。」と大騒ぎをした。叔父は「こんなことが、いつもでも続くわけないんだよ。悪いトカゲが退治されてよかったね。」といつものいいパパの話し方をした。叔母が新聞を引き裂いてこの話は終わった。


続く

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2019年05月17日

THE SECOND STORY 俊也と真梨   <3 パーティー>

パーティー

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大学を卒業して就職してからは叔父の家族とは少し疎遠になった。社会人第一歩を踏み出して緊張していたし、会社の同僚の女の子と親しくなりかけていた。

久しぶりに大学の友人達と会ったその日、二次会にさそわれた。酔った勢いで行った店には女の子も集まっていた。なんとなく閉鎖的な感じのする高級店だった。直感的に怪しいと感じた。秘密めいた犯罪的な感じがしたので早々に帰ることにした。

僕は、いい加減な男だったが違法な集まりには参加しない。こういうところに居れば下手をすれば一生を棒に振ると感じていた。

何気なく店の隅の方に目をやった瞬間ぞっとした。真梨がいる。心臓が止まりそうになった。もう酩酊状態に見える。女の子たちのグループにまぎれているが、ほとんど寝ているような感じだった。放っておけば男たちのいい餌食になるのは眼に見えていた。

慌てて真梨のそばへ行って抱き上げた。よろめいて立てない状態だったが無理に立たせて外へ連れ出そうとした。

「おい、いきなり、それはないだろう田原。もうちょっと、みんなと仲良くなってからだよ。」と押しとどめられた途端に手が出てしまった。相手の顎に一発お見舞いしていた。

一瞬大騒動になりそうだったが店の人が外へ連れ出してくれた。「お知合いですか?」「ええ、僕の妹です。」と答えた。真梨の身元がわかってはいけないと思った。真梨を抱いてタクシーに乗りかけたときに店の人が「お忘れ物です。」といって真梨のバッグを持ってきてくれた。

その人は、これから何が起こるのかわかっているのだろう。揉め事はお断りだ、さっさと帰ってくれと言われている気がした。

とにかく僕の部屋に連れて帰った。真梨は半分眠りながら泣いていた。ソファに横になったまま起きることができなかった。2時間ぐらいすると真梨の意識がはっきりしてきた。

しくしく泣きながら「強いお酒飲まされたの。友達に。」と言った。「女友達か?」と聞くと泣きながらうなずいた。質の悪い話だった。女友達なら油断しても無理はないと思った。

服装は乱れていなかったので、それ以上のことはなかったのだろう。何もなくてよかった。「お兄ちゃん、すごく頭痛い。」「アルコールが完全に抜けんと治らんなあ。水を飲むしかない。」といってスポーツドリンクを渡した。

お腹が空いたというので、冷凍のオムスビを出した。意外なことに一個ペロリと平らげた。すると急にしっかりしてきた。

この子はいつからあんな質の悪い連中と遊ぶようになったんだろうかと腹が立ってきた。自分がちょこちょこ紹介していた中には、あんなレベルの低い奴はいないはずだった。
今日、僕を誘ったやつも、まともな社会人だ。確か父親は霞が関だったはずだ。本人も医師だ。

「もう2時過ぎてる。叔父さん半狂乱で待ってるぞ。とりあえず送っていく。」困った奴だと思った。真梨の携帯電話には何度も着信記録が残っていた。多分そのまま叔父の家に泊まることになるだろう。思いっきり説教を食らうだろう。うんざりした。


続く


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