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2019年05月23日

THE SECOND STORY 俊也と真梨 <9 告白>

告白
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叔父の許可が出て最初の土曜日、真梨と食事の約束をした。大手をふって僕の家で手料理を作ってくれた。お定まりの肉じゃがだった。叔母好みの牛肉の甘辛味だ。大阪育ちの僕の口に合った。真梨と結婚すると、こんな特典もついているのだと嬉しかった。

食後、決まりごとのようにセクシーな雰囲気になった。僕は結構必死の思いで話を切り出した。顔が引きつっていたかもしれない。「真梨、知ってるかもしれんけど。ちゃんと聞いてもらう話がある。」こう切り出したとき真梨の顔は緊張した。

「僕は母の連れ子で父親は田原の父じゃない。実父は四国にいる。」と言うと、真梨は「なんだ、そんなこと知ってるわよ。びっくりした。隠し子でもいるのかと思った。」と答えた。

「何で?誰に聞いた?」

「聡ちゃん、聡ちゃんも悩んでたから。おばちゃん、お兄ちゃんばっかり怒るから。聡ちゃんも辛かったのよ。覚えてる?いつか、私が膝小僧にけがをして大騒ぎになったことあったでしょう?あの時、聡ちゃんは一生懸命兄ちゃんは悪くないって言おうとしてたんだって。でも、ちゃんと説明できなかったでしょう?聡ちゃん、自分がお兄ちゃんに嫌われてるんじゃないかって、すごく辛かったの。」

「聡一が辛かった?」

「うん、聡ちゃんはお兄ちゃんは自分のせいで家を出るんじゃないかって辛かったのよ。」

「いつ頃の話?」

「聡ちゃんが中学生の時。私が高校に上がったころ。」

僕が大学進学で東京へ来た頃だった。僕が田原の家がしんどくて逃げ出したころ、聡一は聡一で何かを感じ取っていたのだ。その相談相手が真梨だったという話は初めて聞いた。

一番言わなければならないことは実父に犯罪歴があることだった。それも、母を刺して逮捕された、僕がそんな人間の子供だということだった。

「真梨よく聞いてほしいけど、その四国の父には犯罪歴がある。母親を刺した。命にかかわるレベルの刺し方をした。僕の目の前で。」といったとき、真梨は驚いて大きな目を見開いたまま動かなくなってしまった。

「お兄ちゃん、見てたの?いくつのとき?」

「4歳の時、何が起きたかわからんかったけど。」といった時には、真梨の目は赤くなって鼻をひくひくさせていた。「お兄ちゃん、怖かったよね。怖かったよね。」といった。

いきなり、本当にいきなり僕の両頬を手のひらで包んで目を覗き込んだ。「その時のこと、誰かに話した?」と聞かれたので「誰にも話してない。その時、なにも思い出せんかった。それを思い出したんは小学校の4年生ぐらかな?それまで、その光景は、すっかり記憶から抜けてた。」と答えた。

「小学生がそんなつらいこと思い出したの?それ誰かに話した?」真梨に両頬を押さえられたまま昔の記憶をたどっていた。「普通はね、小学生が苦しくて辛い時にはママにいうのよ。叔母さんに言った?」なぜか真梨に叱られているような雰囲気になった。

「だって、ママそんな雰囲気じゃなかった。僕はいっつも我慢ばっかりしてた。僕怒られてばっかりでママは僕の味方じゃなかった。」僕は涙を流していた。一瞬、小学生に戻ったような錯覚をしていた。

「お兄ちゃん、小学生の時から我慢ばっかりだったよね。聡ちゃんが一番気にしてた。おじちゃんも、うちのパパもママも気にしてた。でも、みんな分かってたのよ。それがおばちゃんの、お兄ちゃんへの愛情だって。おばちゃんにしてみたら自分がお兄ちゃんに厳しく当たったら、その分、みんなお兄ちゃんにやさしくなるっていう作戦だったのよ。みんな、それが分かってたのよ。ホントはそんな作戦必要ないんだけど、おばちゃんはそれがお兄ちゃんのためになると思ってたの。周りはみんなそれをわかってたの。でも、お兄ちゃんが一人で孤独と戦ってることは誰も気が付かなかったのよ。」

いつの間にか真梨が僕の頭を抱いて髪を撫でていた。「ごめんね、ごめんね。小学生の俊君ごめんね。みんな気づかなくて。」真梨は小学生の僕の姉のようだった。「俊君、その時のことちゃんと話して。その時のこと私におしえて。」と耳元で優しく声をかけてくれた。

いままで誰にも話さなかった辛くて苦しい思い出。忘れたかったが忘れられるわけもない思い出を真梨に話した。話しても真梨は僕を嫌いにならない、そんな確信があった。

その日、いつものように母に連れられて保育園に行こうとした。母と二人自転車を置いている路地に入った時、待ち伏せていた父が突然僕たちの前に立ちはだかった。「帰ろ。家へ帰ろ。」と父は母の手を引いたが母はそれを振りほどいて「もう、来んといて。もう、ほっといて。二度と帰らへんから。」といった。

その時、父が持っていた袋から包丁を取り出して母の腹を刺した。一瞬だった。母が僕をかばって前のめりになると今度は背中を刺した。父は何度も何度も「死んでくれ。死んでくれ。」と喚いた。

僕は、母が死んでしまうのではないかと恐れおののいた。もう怖くて怖くて何が何だかわからなくなっていた。

気が付いたときは救急隊の人が母をタンカにのせていた。警察官が父を取り押さえていた。父は、そのアパートのすぐ近くに交番があることを知らなかったのだ。

真梨は僕の説明を聞いて一緒に泣いてくれた。人の涙が自分の耳たぶに滲みだすのを初めて経験した。驚くほど熱い涙だった。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんのお父さんは、おばちゃんを殺そうとしたんじゃないのよ。おばちゃんと一緒に死にたかったのよ。死んでくれって、一緒に死んでくれってことなのよ。」と真梨に言われて初めて気が付いた。

あの時父は母を殺そうとしたと思っていた。しかし、父は母に無理心中を仕掛けたのだと今になって気が付いた。

どのみち大けがをさせたのだから大した違いはないのだけれど、ほんの少しだけ父を許せる気がした。父は母に執着していたのだと思った。執着心を愛と呼んでもいいのなら父は母を愛していたのだ。

真梨は、もう一度僕の頭を抱きなおして、「お兄ちゃん、もし今お兄ちゃんが私以外の人となんか有ったら私だって、きっと、お兄ちゃんに一緒に死んでっていうと思う。ひょっとしたら、お兄ちゃんを刺すかもしれない。」真梨は、見た目から想像もつかないような恐ろしいことを言った。

「お兄ちゃん大丈夫よ、お兄ちゃんの悲しい気持ち、私がちゃんと引き受けたから。もう大丈夫。私がいるからね。」と言った。いつの間にか真梨はまるで姉さん女房のような口調になっていた。

「おばちゃん、お兄ちゃんの上におおいかぶさったんでしょ?それがすべてなのよ。わかるでしょ。」と真梨に言われて、その通りだと思った。拗ねることはないのだ。

その日は抱き合った時から、なにか今までとは違う緩やかな時間が流れた。真梨は僕が思っていたよりもうんと大人の女だった。真梨は愛が何かを知っている。いままでセックスに慣れた女が大人の女だと思っていた。でも、そうではないことが今日分かった。大人の女は人を愛する方法を知っているのだ。

なんとなく要領よく浮気止めの釘をさされた気がしないでもなかった。真梨が僕に対して執着心を持ってくれているのが分かった。情熱だけとは違う、静かな落ち着いた満足感が僕を満たした。

もちろん、その日のうちに送っていく。叔父が婚約もしていないのに何事だと怒る姿が目に映った。


続く



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