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2019年06月17日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <32 軽い仕返し>

軽い仕返し
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僕はそろそろ始めてもいい時期だと思った。長谷川をこのまま放っておく気はなかった。
「自分が何をしたか思い知らせてやる。」という気持ちはずっと続いていた。

することは簡単だった。あの病院が不正を働いていないことはあり得ない。調査会社を使って調べた。

結果的には脱税もしていたし保険の不正請求もしていた。長谷川の病院の職員は金を受取って調査会社にいろいろなことをしゃべった。経営が行き詰っている会社の従業員は会社に対する不満でいっぱいだった。

長谷川病院の場合は経営者の長谷川が従業員から憎まれていた。

調査会社の報告内容を税務署や厚生局に通報した。内容を詳しく記載した通報内容は調査の対象になった。内部通報と受け取られたようだ。

しばらくして小樽の長谷川病院が倒産したことを知った。内容があまりにも悪すぎたと地方紙に出ていた。その後長谷川がどうしたかまでは興味がなかった。ほんの軽い仕返しだ。

彼らは跡取り跡取りと騒いだが、僕たち夫婦にとっても初孫だということを忘れていた。
娘を不幸のどん底に落として大切な孫の命を軽く扱った連中を許すほど僕は優しくない。



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2019年06月16日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <32 父親の絵>

父親の絵
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純一は就職活動を始めた。日本の就職制度では純一はいわゆる新卒採用の枠から外れていた。地方に本社のある会社も視野に入れていたので時々泊りがけで出かけることもあった。

純一が面接を受けるために大阪へ行った、その時の飛行機で大阪の従妹の隆君にあったらしい。隆君は聡一と美奈子さんの長男だった。純一とは同い年だ。戸籍上は従妹だが実の兄と弟なのだし意気投合しても無理はない。

大阪の田原の古い屋敷には母がお手伝いさんと暮らしていた。我が家の子供たちは、その家を都合よく利用していた。母は、たまにやってくる東京の孫に甘かった。

その日は隆君の勧めで聡一の家で夕食をごちそうになったらしい。美奈子さんは隆君と純一が似ているのに不信感を持たなかっただろうか?

僕と聡一は、それとなく子供たちが会う機会を作らないようにしていた。美奈子さんは初めて純一を落ち着いて見たのだ。従妹同士なのだから似ていても不思議ではない。が、隆君と純一は似すぎていた。

このことが縁で隆君と純一は頻繁にあうようになった。田原の母の家で会ったり隆君の家で会ったしていた。

田原の母に純一が絵梨の顛末を話したらしい。姑にいびられたという話を聞いて母は怒り心頭だった。美奈子さんはますます気を使わねばならなくなった。

絵梨のことをきっかけにして、いままで距離を詰めることができなかった母と美奈子さんが一気に近づいた。母は美奈子さんの誠意のある対応に驚いたようだった。

その上、隆君と純一が頻繁に母の家に泊まるので美奈子さんも放ってはおけないようだった。

それ自体は喜ばしいことだったが不安材料もあった。高齢の母が純一のことを美奈子さんに話してしまわないか?聡一もこのことを心配していた。

純一は結局大阪で就職を決めた。僕は一時的に大阪で暮らすのもいいだろうと思っていた。絵梨と距離を取る意味でもそれがいいと思った。真梨も他人の釜の飯を食うのもいい経験だと言っていた。

僕たち夫婦は純一の大阪暮らしをT不動産の社長になるための勉強だと考えていた。

純一は優秀だったし最近は人格も信頼していた。以前の放蕩は一時的な気の迷いというものだったのだろう。家庭を持ってくれればいいと思っていた。

純一は生涯絵梨のことが好きだろう。思春期に美貌の姉に一時的に興味を持っても不思議はない。それはいずれは肉親の愛に変化するのだろう、やがては純一に見合ういい人に出会うのだろう思っていた。

僕は自分に都合のいい絵をかいていた。父親は夢のように鈍感だった。

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2019年06月15日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <31 再渡米>

再渡米

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東京へ帰ってからも、みんなで絵梨から目を離さないようにした。真梨は3カ月間休職することになった。純一も家に居て絵梨に付き添ってくれた。その間も勉強をした。純一は変わった。落ち着いた青年になっていた。

絵梨は、時々遠くを見てボーっとしていることもあるが、少し明るさを取り戻していた。保育士になりたいと勉強を始めた。もともと専門家なので保育士試験は難しいものではないのだろう。

子供にかかわることが辛くはないかと心配した。しかし絵梨の子供好きは天性のものだった。純一が我が家へ来たとき赤ん坊なのに孤独の影をまとっていた。その純一を明るく元気な子供に育てたのは真梨の努力もさることながら絵梨の影響が大きかった。

夏の暑い盛りに純一はアメリカに帰っていった。帰り際に真梨と僕に丁寧にあいさつをした。「もう一年行かせてもらいます。軽率に帰ってきてすいませんでした。」と謝った。
真梨は「純一がいてくれて力強かったわよ。帰ってきて大正解。来年の今頃には帰国できるよね。待ってるわよ。」と送った。絵梨も「待ってるよ。」といった。家族で空港まで送った。純一の大人らしい挨拶に少し驚いた。

絵梨は近所の保育園でパートタイマーとして働いた。毎日が楽しそうだった。久しぶりに明るい笑顔を見るようになった。真梨は職場に復帰していたが以前のように朝から晩まで働くようなことは無くなっていた。そろそろ引き時だと考えているようだった。娘と過ごす時間が楽しそうだった。

僕は相変わらず忙しかった。それでも絵梨と食事をする時間を大切にしていた。娘の笑顔は僕の心を大いに癒した。

純一は翌年の秋になってから帰ってきた。一段と大人っぽくなって。ますます聡一に似てきた。もともと叔父
と聡一がよく似ていたので家族としての違和感はなかった。真梨は自分の父に似ている息子をかわいがった。

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2019年06月14日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <30 離婚>

離婚
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その夜、大阪の聡一と美奈子さんが小樽へ行くという連絡が入った。僕も、もう一度小樽へ行くことにした。

ホテルで長谷川の姑と婿、聡一夫婦、僕たち夫婦で会うことになった。美奈子さんとはあまり面識がなかったが品のいいおとなしそうな人だった。

向こうの言い分は離婚だった。それはこちらも同じだったが謝罪を要求された。大事な跡取りを死なせておいて、勝手にいなくなるとはどういう了見だと婿が激しく絵梨を罵った。僕たち夫婦は怒りを通り越して余りにも悲しくて言葉が出なかった。

最初に口火を切ったのは意外にも美奈子さんだった。「長谷川さん、なに、その派手なネクタイ、それにお母様も大きな石の指輪。跡取りなくしたって言われる割には無神経な格好ですこと。その無神経さで絵梨さんにひどいことされたんやないの?学会って何?どこのアホボンが妻が流産で泣いてるときに学会でぼんやりしてるのよ?もうちょっとしっかりした人かと思ってました。」いきなり、関西弁の大砲がさく裂して僕たちはあ然となった。

長谷川の姑も息子も言葉が出なかった。「長谷川さん、お母さんが無神経なら間に入って調整するのが夫の役目でしょ!あなた一体何をしてはったの?えらいコキつこうてくれはったらしいですわね。お知り合いの間で有名ですよ。流産の責任、そちらのお家にあるでしょ。謝罪で済ます気はありません。弁護士立てて慰謝料請求させてもらいます。」
と一気にまくし立てた。

僕も「こちらには、証言してくれる人もいます。お金の問題ではないけれど責任は取っていただきます。絵梨の体に今後この流産がどのように響くかわかりませんし。特に長谷川君、君には本当に失望しています。もう少し、まともな男だと思っていた。娘を任せるんじゃなかった。本当に後悔しています。責任は取ってもらうよ。」と言って解散した。

僕はこの時、美奈子さんと叔母を重ねていた。普段穏やかでおっとりした感じなのに大事なところで大砲がさく裂する。関西弁だから似ていると感じるのだろうか?予想もしない方向から突然ゆさぶりをかけて交渉を勝に持って行くスキルは僕にはなかった。このスキルが叔母にそっくりだった。

聡一は、もともと、この縁談の内容にあまり詳しくないらしく、きょとんとしていた。ただ「お前んちの叔母さんに似てるやろ?真梨ちゃんもこうなるで。」といった。真梨は帰りの車の中でもハンカチが離せなかった。

僕は、今、この瞬間、純一と絵梨を二人きりにしたことを後悔していた。純一は絵梨の弱り切った姿をみて冷静でいられるだろうか?

早く真梨と相談しなくてはならなかったが、それもなんだか空恐ろしかった。真梨は純一を大切な一人息子としていつくしんで育てたのだ。

数年間の純一の女遊びは女親には堪えただろう。絵梨の流産で気持ちはずいぶん落ち込んでいるだろう。そこへ純一が絵梨を愛しているという話をするのは余りにも酷だった。真梨にとっては二人は仲良し兄弟だ。

ホテルの部屋へ帰る時、僕は少し躊躇した。純一は絵梨の前で取り乱すことが多かった。たいていは悪態をつくのだが、それが恋心の裏返しだったことが昨日分かった。もしも純一が取り乱していたらどうしていいかわからなかった。

だが、ホテルの部屋では絵梨がソファーに腰かけたまま居眠りをしていた。純一はホテルのテーブルでPCを触っていた。静かに付き添っていたようだ。僕には純一が病床の妻をいたわる夫のように見えた。

絵梨をそのままにして純一も僕たちの部屋に移った。純一は「姉ちゃん、まだ不安定になる。時々急に泣き出すんだ。僕怖くて一人にできない。」といった。普通の姉思いの弟だった。

美奈子さんは「私がお世話した縁で絵梨ちゃんに苦労させてしもて。ホントに不調法で申し訳ございませんでした。」と土下座しそうになった。真梨がかろうじて美奈子さんの上体を支えた。


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2019年06月13日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <29 弟の恋>

弟の恋
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ホテルで日がな一日のんびりする暮らしは退屈だった。ある日朝食の後ウトウトしていると純一から電話が入った。「ああ、僕、純一。姉ちゃんどうしてる?」「だいぶ回復した。あと4,5日で東京に帰れる。今お前どこからかけてる?」と聞くと、「家から。誰もいないからどうしたかなと思って。ママ電話に出ないし。姉ちゃん、大丈夫か気になって。」といった。東京にいると聞いて驚いた。急きょ帰国していたのだ。

もともと仲良しの姉のことだ。気になるのは無理もないと思った。それなら、こちらへ来て僕と代わってほしいと頼んだら二つ返事で引き受けた。会社もそんなにほったらかしでは済まない。もしも長谷川の人間が来た時に男がいたほうが安心だと思った。それにしても、あの婿野郎は一回も電話もよこさないじゃないかとむかっ腹が立った。

絵梨が可愛そうで仕方なかった。馬鹿な我慢をする質ではなかった。ダメだと思えば、すぐ見切りをつけて帰ってくると思っていた。その娘が、こんなことになるまで我慢し続けたことが理解できなかった。

純一は僕たちのホテルに到着して絵梨の顔を見るなり大粒の涙を流した。「姉ちゃん、姉ちゃん」と泣いた。まるで子どもの父親のように見えた。真梨は「純一、疲れたでしょう。今日はゆっくりしなさいね。」とねぎらった。

翌日、僕は純一と入れ替わりに東京へ帰った。真梨は絵梨のそばを離れなかった。僕は家で一人の夜を過ごした。絵梨も純一も久しぶりの帰宅だ。掃除をしておこうと思った。絵梨の部屋には衣類もなにもなかった。ただ独身時代に使っていた家具があるだけだった。
若い娘らしい少女っぽい趣味だった。高価なものは何もなかった。

純一の部屋には衣類も少し残っていた。いつでも帰ってこられるようになっていた。ほこりだらけだったので掃除機をかけた。純一の本棚には、たくさんの風景写真が飾られていた。あいつ、こんなに風景写真が好きだったのかと意外な気がした。

あやまって写真立ての一つを落として割ってしまった。そして、しばらく呆然としてしまった。写真立ての中には絵梨の成人式の写真が隠されていた。ほかの写真立てを全部調べてみた。

すべての写真立てに絵梨のスナップ写真が隠されていた。二階の窓から絵梨が出かけるときの何気ない様子を撮ったものだった。どれも絵梨は撮られているのを知らないようだ。明らかに隠し撮りだった。

わざわざプリントアウトして丁寧に写真立てに隠してあった。その作業を楽しんだとしか思えなかった。僕は軽く震えが来た。

机の袖の引き出しには、たくさんの会計系の本が積まれていた。そしてその下の箱には、絵梨から贈られた誕生日プレゼントが丁寧にしまわれていた。若者向けの、おとなしいブランドだったので覚えていた。純一は絵梨を愛しているのだと悟った。

あのバカ、何を考えてやがるんだと腹が立った。その一方で、純一の気持ちがよくわかりもした。赤ん坊だった純一が不安におののきながら我が家へ来て、笑顔の多い元気な子供に育ったのは絵梨の働きが大きかった。可愛がってかまいまくった姉だった。

絵梨の流産を聞いて矢も盾もたまらなくて帰国したのだ。やつれた絵梨の顔を見たとたんに涙を流した。思春期の気の迷いなのか?本気なのか? その夜は夕食を取りそびれた。あと2日でみんなが帰ってくる。僕はどんな顔をして純一と会えばいいのだろう。


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2019年06月12日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <28 真実>

真実
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しばらくして、お手伝いさんが着替えを持ってきた。そして僕に手紙を渡すと、そそくさと帰っていった。絵梨がウトウトしだしたので真梨と一緒に手紙を読んだ。

「若奥様は、いつも独りぼっちでした。旦那様は三日に一度帰ってこられればいい方です。
帰ってきても食事がすめばすぐ大奥様と病院経営の話でした。この病院は赤字経営です。それを若奥様には内緒にしていたため若奥様はいつも蚊帳の外でした。

大奥様は家事は一切なさいませんでした。若奥様と私で全ての家事をしておりました。
旦那様は、とても神経質でこだわりの多い方です。気に入らなければ外食に出てしまわれます。すると大奥様が若奥様を厳しく叱責されます。若奥様は私どもと同じ家事労働担当でした。

ここしばらく、ろくに食事ができないご様子でした。疲労とストレスでとても大変だったと思います。私が若奥さまの病室に長居をしたりおしゃべりをしたら、必ず大奥様に知れてしまいます。この病院にはスパイのような人がいっぱいいます。どうぞ早く、よそへお移り下さいませ。どうぞ、この手紙は病院の外で破り捨ててくださいませ。お願い申し上げます。」

僕と真梨は怒りに震えた。絵梨に退院の手続きをすることを伝えた。真梨は「流産は普通、一日入院したら、すぐ自宅療養よ。絵梨ホテルに移りましょう。」といった。すぐに絵梨の着替えをさせた。長居は無用だった。早く別の場所でゆっくりさせたかった。

絵梨は泣きながら「そうよね。逃げて当たり前よね。なんで逃げなかったんだろう?」といった。 真梨が「ひとりで抱え込むと正常な判断ができなくなるのよ。」といった。
2人は、そのまま、僕たちが泊まっているホテルに行った。

僕は、その足で事務センターに行った。「どうも、精神的に不安定なんで、しばらくこちらでゆっくりさせます。」というと事務長という人が出てきた。

応接室へ通されたので事務長に声を落として「自死の心配をしています。もしものことがあったら病院にも長谷川さんのお家にもどんなご迷惑がかかるか。しばらくは、こちらで預かって様子を見ます。もちろん大奥様には先程ご了解をいただきました。ご安心ください。」と穏やかに紳士面をして話した。

事務長は信用してくれた。自死という言葉にインパクトがあったようだ。明らかに厄介なことから逃げようとする態度だった。そして「精算の方は、どういたしましょうか?」ときいたところ直ぐに計算を済ませるということだった。話が長引いている間に真梨と絵梨は無事タクシーにのったようだった。

精算は早く終わった。流産後の処置以外は何も治療をしていないのだから当然だった。
僕も急いで病院を退散した。それで、この病院とはお別れだった。

新たに別のホテルを予約して3人でそちらに泊まった。もう長谷川の人間には僕たちの居場所は分からない。向こうからやってくることは無い。こちらから向こうの家に出向いて言いたいことを言ってやるだけだった。

真梨がずっと付き添うので絵梨は驚くほどよく眠った。食事もしっかりとることができた。純一にもメールで流産のことを知らせておいた。2時間ほどして純一から電話があったので「余程のストレスがあったようだ。今は精神的に不安定になっている。」と伝えた。

夕食後しばらくして絵梨に離婚の意思を確認した。翌朝には会社で世話になっている弁護士に離婚手続きを依頼した。それで終わりだ。僕は絵梨の体が気になったので病院に行かせたかった。長谷川は地元の名士だ。迂闊な病院に行けば長谷川に連絡が入りかねない。

今回の顛末を報告するために聡一に電話をした。聡一にはザッと説明してから、この近くの病院を知らないかと尋ねた。その質問に応対してくれたのは奥さんの美奈子さんだった。

とても驚いていた。と同時に恐縮もしていた。「そんな話になってるやなんて、ちっとも知らなくて。ホントに絵梨ちゃんに申し訳ない。ホントになんとお詫びしたらいいか。」と恐縮された。しかし僕は、お詫びに対する返事より自分の用事を優先した。いい病院を知らないか聞いてみた。

美奈子さんは、この縁談の元になった知り合いに連絡を取って病院を紹介してくれた。結局一週間もすれば普通の生活ができる。ということだったので一週間後に東京へ戻ることにした。

そのころ、長谷川家でエライ騒ぎになっていたのを知ったのは、ずいぶん後のことだった。
お手伝いさんは解雇されたらしい。もう60歳を過ぎている感じがしていた。



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2019年06月11日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <27 流産>

流産
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絵梨が結婚して半年ぐらいして妊娠したという電話が入った。つわりで多少胸がむかつくらしいが嬉しそうだった。早速、夫婦で小樽まで祝いに出かけた。先方もずいぶん喜んでいる様子だった。姑さんからは跡取りという言葉が何度も出た。婿も大喜びで、その日は、とても楽しい幸福な日になった。純一にも知らせたがメールでひとこと「おめでとう」ときただけだった。

それから一カ月もたたない初夏のある日、真梨から会社にいる僕に一本の電話が入った。
「絵梨が流産したらしいの。」と大声を上げて泣いていた。子供のように泣きじゃくる真梨をなだめることもできなかった。

慌てて家へ帰ると真梨は仏壇の前で、まだ泣いていた。「絵梨から直接電話があったの。消え入りそうな声だった。今、入院しているらしいの。お姑さんもショックで寝込んでいるらしいのよ。一人で病院で寝ているらしいのよ。」といった。

僕たちは翌日の飛行機で北海道へ行った。着いたのは夕方だった。先方の家に着くと通されもしないまま、お手伝いさんから病院の場所を聞いた。お姑さんは寝込んでいるということで出てこなかった。

病院へ着くと絵梨は豪華な個室に入っていた。院長夫人だということで丁重な扱いを受けているようだったが病室に一人っきりだった。真梨がかけよった途端に絵梨の泣き声が聞こえた。しばらく夫婦で絵梨の手を握って黙っていた。僕は「長谷川君に挨拶をしよう。今どこだ?」と聞くと絵梨は悲しそうな声で「今、学会。」と答えた。「学会って、こんな時に何を言ってるんだ。」と思わず大声をあげてしまった。

しばらくすると姑さんがやってきた。「先ほどは失礼いたしました。私も辛くて。せっかくの跡取りが死んでしまいました。」といわれて、思わず「申し訳ありません。」といったものの絵梨はそちらの家で流産したんだと腹が立った。「ご子息は、どちらの学会へ?」と聞くと「東京です。」という答えだった。ムカッときた。

流産の原因は階段からの転落だったらしい。家は三階建てで絵梨たちの寝室が三階だったそうだ。階段の上り下りの途中で、めまいがして転倒してしまったらしい。つわりが激しく食事もできなかったようだった。誰も構ってくれるものはいなかったのか?と腹が立った。

心の中で「くそばばあ」と叫んだ。真梨は最初はお愛想を言っていたが、そのうち何もしゃべらなくなってしまった。病室内に不快な沈黙が流れた。くそばばあは逃げるように帰っていった。絵梨の目からは涙がにじんだ。


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2019年06月10日

THE SECOND STORY 俊也と真梨  <26 留学と結婚>

留学と結婚
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純一は女遊びが派手な割には会計士試験にはきちんと合格していた。誰にも文句を言わせなかった。絵梨は大学院を卒業して僕の会社で運営する幼児教室の講師として働いた。

そんな時、純一から留学の話が出た。アメリカで国際会計の勉強をしたいということだった。特に反対する理由もなかった。その話が出たころから純一は変わった。ルーズな異性関係が治まった。服装も高価なブランドものは着なくなった。やっと大人になったかと真梨と一安心したものだ。

同じ時期には絵梨が結婚したいと言い出した。熱心に取り組んでいた幼児教育講師も一旦やめたいと言い出した。とにかく結婚を前向きに考えてみたいということだった。これもごく普通の話で親としては前向きに協力すると話した。兄弟は時を同じくして地道な大人への道を歩き出した。

大阪の親戚から絵梨の縁談が舞い込んだ。聡一の奥さんの知人の紹介だった。総合病院を経営する家の一人息子の嫁にという話だったが小樽だということで、僕も真梨も気乗りしなかった。東京近郊、せめて関東地区で話を進めたかったが絵梨が乗り気だった。

確かに経済的には恵まれた結婚のようだったが、いくら何でも遠すぎる。絵梨は一人娘だ。
素行もいいし学歴も悪くない。特に大金持ちである必要もない。何もそんなに遠くへ嫁がなくてもいいと思った。近くにいて欲しかった。純一も8月には渡米してしまう。なにも兄弟してそんな遠くへ行く必要はないはずだった。僕たち夫婦は急に寂しい思いをすることになった。

形式ばったお見合いの席が設けられた。実は僕も真梨もそういった事には全く知識がなかった。何もかも大阪へ相談した。当日、絵梨と真梨は和服、僕はダークスーツだった。この時も絵梨の美貌は際立っていた。純一は心なしか寂しそうだった。僕たちもあまり気乗りしていなかった。断られたらいいと思っていた。

しかし先方が絵梨をずいぶん気に入ったらしい。話は性急に進んだ。昔ながらの嫁入り支度が必要な家だった。僕も真梨も初めてのことばかりで常に先方に気兼ねしていた。見合いから半年で絵梨は嫁いでいった。結婚式は小樽のホテルで行われたが、あまりにも盛大だったので少々驚いた。

新婚旅行はハワイで成田に一泊したはずだが、こちらに挨拶はなく小樽に帰ってしまった。真梨はずいぶん寂しがった。僕もなにか割り切れない気がした。純一は結婚式には出席しなかった。この時すでにアメリカへ旅立った後だった。先方では少し気分を壊したようだった。今まで親戚づきあいで気を使った経験がない僕らは、こういうことに幼稚だった。

絵梨からは時々手紙が来ていたが、何ということもない近況報告だった。何も書いていないということはうまくいっているということだと思うしかなかった。真梨は何かと届け物をした。姑さんから丁重な礼状が届いていた。真梨としては精いっぱいのコミニュケーションだった。


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2019年06月08日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <25 放蕩>

放蕩

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真梨は教育熱心で絵梨も純一も幼少期から、さまざまな習い事をしていた。特に純一は学業が優秀で将来への期待も大きかった。

ところが困ったことに純一は高校を卒業するころから異性関係が乱脈になった。同級生と関係を持つようなこともあれば、年上のOLと関係ができたりした。大学に進学してからは年上の水商売の女性との関係がつづいた。

始めは僕たちに内緒にしていたが、最近ではもう僕たちも知っていた。隠せなくなっていた。学業が優秀で金にもきちんとしている。それでも、なんとなく崩れた感じがした。ここへきて真梨ははじめて自分の教育について大きな悩みを抱えることになった。

絵梨は母親と同じく児童心理学を学んでその道で働こうとしていた。地味で目立たない娘だった。化粧もせず、眉も伸び放題、髪も後ろで束ねただけのジーンズ姿が定番だった。

純一は絵梨を軽く扱うようになっていた。実際、純一が相手にする女は絵梨よりも大人で、純一から見ると絵梨は幼稚であか抜けない女だったのだろう。絵梨は弟が自分を小ばかにしたような態度をとるのを辛そうにしていた。

それでも純一をかわいがる気持ちは変わらないようで誕生日にはささやかなプレゼントを用意していた。キーホルダーや財布などで、純一に似合いそうなブランドを自分で決めて贈っているようだった。そう高くもない純一の年相応のものだった。

しかし純一は絵梨から贈られたものは一度も使う様子はなかった。年不相応の高価なものを使っていた。真梨は、それを野暮ったいといって嫌がった。それでも、純一が養子だということは念頭になかった。それよりは自分の教育の問題だと悩んだ。

絵梨が成人式の日に初めて化粧をして振袖を着た。記念写真を撮る間だけのほんの2時間程度のことだったが、普段が普段だけに、その美貌に驚かされた。

僕の母、絵梨の祖母は時々外国人と間違えられるようなエキゾチックな美人だ。絵梨はその血を引いたようだ。母よりも少し小作りで可憐な感じがした。何かと家族行事に反抗的な純一も外出を取りやめて一緒に記念写真におさまった。


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2019年06月07日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <23 記念のワイン>

記念のワイン
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叔父に何度か僕たちの家へ来るように勧めたが、叔父が自分たちの家から離れることは無かった。「まだ梨花がそのあたりにいるだろうから寂しくはない。」と言ってきかなかった。叔父は几帳面で清潔好きだ。洗濯も掃除も自分でしたが食事はいい加減になっていった。

僕たちの家から近いので、なんとなく家族が出入して賄っていた。叔父の大ファンだった純一だけは叔父の家を離れることができずにいた。深夜に叔父の部屋をのぞくこともあったようだ。

叔父は純一に「心配性だね。梨花に似たんだね。」と言って、それなりに喜んでいた。僕たちは叔父のこの言葉を不自然に思わなくなっていた。

叔母の35日法要をすませて二日後の夜、みんなで叔父の家で夕食をした。叔父が叔母の大切にしていたワインを開けるから来てほしいと皆を集めたのだ。叔母が自分たちの金婚式用に取っておいた年代物のワインだ。叔父と二人で開けるのを楽しみにしていた。

普段飲まない叔父が、この日は、おしゃべりをしながらワイングラス一杯を空けた。食事は叔母の好物の寿司だった。「みんなご苦労だったね。色々お世話をかけた。おばあちゃんも喜んでると思うんだ。このワインは梨花から俊也と真梨へのお礼だよ。」といった。

珍しく孫たちに昔の話をした。「おじいちゃんの両親は早く亡くなって、おばあちゃんと出会うまでは、ずっと一人だったんだ。ちっとも寂しくなかったんだよ。でも、おばあちゃんと出会って一緒に暮らして、今じゃ凄い寂しがり屋になっちゃったんだよ。それなのに先に居なくなっちゃうんだから罪だね、おばあちゃんは。」といった。

叔父が叔母に甘いのは子供たちも慣れていた。ただ叔父が、いわゆるお惚気を言うようなことはなかった。ところがこの日、唐突にお惚気を言われて子供たちも少し驚いたようだった。

真梨は見えないところへ行って涙ぐんだ。絵梨はうつむいて何も言わなかった。純一は黙って叔父をみつめた。この時家族全員が、なんとなく叔父も近いうちに逝ってしまう、そんな覚悟めいた感情をもっていた。

叔父は、そのまま自室に入った。その直後に薬を飲んだようだ。なかなか風呂に入らないので呼びに行った純一が見つけた。すぐ救急車を呼んだが、多分ダメだろう事は分かっていた。錠剤を入れていたジップロックとコップと水差し、遺言書が丁寧にセンターテーブルに並べてあった。

僕は救急隊員に「明徳第二病院にお願いいします。叔母がそちらで待っていると思います。」と口走っていた。真梨も同じように「そうなんです。母が待っているんです。」と言っていた。

救急隊員は「多分そうなります。ここからだと一番早いから。」と言って一瞬不思議そうな顔をして「この方の奥さんですか?」と聞いた。それから、慌てて叔父を救急車に搬入した。真梨が同乗して僕と純一と絵梨が車で追いかけた。みんな慌てていたが動転はしていなかった。

叔父が叔母の耳元で「すぐ行く」と言っていたことは家族の中で周知のことになっていた。みな覚悟を決めていた。

叔父は亡くなる前にも、うわごとで「行く、僕が行く、行くから」と何度も言った。叔父の死因は睡眠薬の過剰摂取によるショック死だった。睡眠薬だけなら胃洗浄で何とか持ち直せたかもしれないが高齢の身にワインが効いたようだった。

叔母の死後、叔父は眠れないと訴えて医師から睡眠薬の処方を受けていた。何度も眠れないといっては医師を困らせていた。周到に睡眠薬の調達をしていたのだ。明徳第二病院を選んだのは叔父の意思だ。叔父が僕たち夫婦に言わせたに違いなかった。叔父のすることには抜けがなかった。

叔父は、友人の少ない人だった。妻と娘が何よりも大切、親戚が大事、あとは親しい友人が少し。仕事関係の付き合いは多かったが、それらの付き合いは利害優先で深く付き合うことはなかった。

この周到さや抜けのなさは、時には仕事関係の人間に煙たがられた。こんなに、きっちり段取りをつけてくる人間と付き合うのは誰でもしんどい。友人が少ないのも無理もない話だった。僕が45歳、真梨が42歳の冬だった。

THE SECOND STORY 俊也と真梨  <24 継父の最期>
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叔父が亡くなった時、継父は自分の姉が亡くなった時よりも、もっと落胆した。「終わってもたなあ。おもろい付き合い。」とつぶやいた。その継父も、それから5年後に亡くなった。叔父と同い年で逝った。

継父は遺言書とは別に僕宛てに遺書を残していた。「自分は、俊也と聡一の二人とも可愛かった。俊也が自分に恩義を感じているとしたら、それは筋違いだ。」と書かれていた。

そして、「聡一と仲良くお互いの家族を守ってくれ。」と書かれていた。誰が見てもいいように、はっきりと名前を出してはいなかったが、それが純一のことを指しているのが、僕や真梨にはよくわかった。

僕の母は長命だった。今は亡くなった祖母と似てきたような気もする。祖母と僕の母は嫁と姑で血縁ではないのだが、なんとなく似て見える。神経質そうに見えた母も今は、どっしりとした大奥様になっていた。

真梨のことは下にも置かないように大切にした。真梨の誕生日にプレゼントを欠かすことは無く、季節ごとに高価な食べ物を届けてきた。真梨は、それらの贈り物に秘めたメッセージをしっかり受け止めていた。絶対に言葉に出してはいけないメッセージだった。

続く



いつまでもきれいでいたい、あなたのために



高濃度プラセンタとアスタキサンチンがお肌を内側からケア
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