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2019年07月08日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨  <3 恋心>

恋心
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僕は運よく大阪に本社のある会計事務所に就職した。会計事務所としては大手だったし僕が得意な海外法人の会計も多く扱っていた。意外なことに給料も思っていたよりも多くて助かった。いい年をして親がかりで生活していた僕にはありがたいことだった。

僕の大阪生活は快適だった。僕が祖母の家に暮らすようになってから叔父夫婦も祖母の家によく来るようになった。叔父は僕の父の弟だ。祖母は再婚で僕の父は祖母の連れ子だ。結局、僕の父が東京の田原家に養子に入って姉と僕が生まれた。

叔父夫婦は僕にとても親切だった。そして僕の縁談に熱心だった。就職して1年そこそこで結婚を考えるのは面倒だった。それにどうしても姉のことが頭から離れなかった。できることなら結婚に縛られたくなかった。

姉のことが本当に好きだった。物心ついたときには、いつも姉が僕のそばにいた。姉がいると安心できた。ところが、中学生になったころから姉がそばに来ると気分が落ち着かなくなった。じりじりする感じだった。こういう気持ちが恋心だと気が付いたのは高校に入ってからだった。

恋は同級生や知り合いのお姉さんにするものだと思っていた。まさか自分の姉に恋心を持つとは夢にも思っていなかった。それは、いけない恋、実らない恋だということは分かっていた。

姉は僕より4歳年上だ。僕が中学生のころには、もう大学生だった。女性として、ますます美しくなる時期だ。

朝、姉が起きてくる時のパジャマ姿をみて恐ろしく動揺した。下着をつけていない胸が揺れていた。無防備に近づいてくる姉に当惑した。何かといえば、顔を近づけてきて僕の頬や鼻をつまんだ。ずっと昔からそうだった。子供の時には、姉に触られるのが大好きだった。頬を合わせて写真を撮っていた。おでこを合わせた写真もある。

姉はずっと変わらなかった。変わったのは僕だった。姉に近づくのが怖くなっていた。胸や唇を触ってしまわないかと不安だった。抱きしめたい気持ちや、首元にむしゃぶりつきたい気持ちを抑えるのに必死だった。僕の思春期は性欲との戦いだった。

姉が初デートから帰ってきた日、浮かれてはしゃいでいた。僕は、そのころまだ嫉妬心という物を知らなかったが、その時のイライラした気分は今も忘れない。姉が男子学生と飲みに行った、バーベキューをしたという話を聞くたびにイライラが止まらなくなった。

「やるせない」という言葉を知ったのは大人になってからだった。今もずっとやるせない思いをひきずっていた。

家に居なくても済むように飲食店やコンビニでアルバイトをした。一番最初の経験はアルバイト先の女経営者だった。小遣いをくれたし何よりも長居させてくれることがありがたかった。家には寝に帰った。

最初の経験が年上の女だったからかもしれないが、その後も年上の女との関係が絶えることがなかった。僕はいつの間にか女癖の悪いスれた悪ガキになっていた。性欲のはけ口が解決したと思ったら今度は自己嫌悪との戦いだった。いつも、ふてくされていた。

特に姉にはつらく当たった。姉は毎年ささやかな誕生日プレゼントをくれた。必ず翌日には、それよりも高価なものを身に着けて姉に見せつけた。姉は、時々悲しそうな辛そうな顔をした。母も嫌な顔をした。それでも勉強ができた。文句を言われようものなら屁理屈でねじ伏せた。



続く



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2019年07月07日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨  <2 お手伝いさん>

お手伝いさん
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僕は、アメリカ留学を終えて就職試験を受けていた。日本のいわゆる新卒枠からは外れていたので大企業よりも中堅の企業への就職となった。僕は東京を離れて就職しなければならなかった。

東京の実家には、姉の絵梨が離婚して帰ってきていた。僕は、もう姉と一つ屋根の下で暮らすことはできない。姉もそのつもりだ。僕が東京に居れば姉が東京を離れかねない。辛い結婚生活から逃げ出して両親のもとでやっと落ち着いた姉を外に出すわけにはいかなかった。

出来ることなら、もう結婚なんかやめて生涯両親とともに暮らしてほしかった。姉の老後を引き受ける覚悟はあった。

姉に東京で落ち着いた暮らしをさせるために僕は東京以外で就職する決心をした。できれば大阪で就職したかった。大阪では祖母が広い家にお手伝いさんと二人で住んでいた。祖母も僕が、その家に住めば喜んでくれるだろう。

お手伝いさんの宮本さんは姉の恩人だった。元は小樽の長谷川家に居た人だ。長谷川家は姉の嫁ぎ先だった。姉は長谷川家でひどい嫁いびりと夫のDVで流産に追い込まれていた。その事実を僕の両親に教えてくれたのが宮本さんだ。

宮本さんが手紙で教えてくれなかったら姉が精神的にも肉体的にも限界がきていることを僕たち家族は知る由もなかった。姉を地獄の底から救い出してくれたのは宮本さんだった宮本さんはこのことが原因で長谷川家から解雇されていた。

僕が祖母に宮本さんを家政婦として雇うように頼んだ。それまで、祖母は広い屋敷で一人暮らしをしていた。

小樽で宮本さんに会った時には白髪頭で60歳ぐらいかと思った。大阪へ来て祖母と一緒に美容院へ行くようになって、彼女がまだ40代後半だということが分かった。彼女は白髪頭だったが大阪で祖母の勧めで髪を染めた。そして別人のように若返ったのだ。祖母は宮本さんが自分の娘と同年代だとわかってずいぶん可愛がった。

僕は宮本さんを祖母の家にあっせんしたことを家族に内緒にしていた。僕が姉のことに入れ込み過ぎることを家族には隠さなければならない。宮本さんからはもっといろいろなことを聞き出さなければならない。場合によっては姉の子供の仇を打たなければならない。大阪の祖母の家が、今の僕には一番落ち着ける場所だと思っていた。


続く



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2019年07月06日

家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <1 よく似た男>

家族の木
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家族の木が豊かに茂る時、連綿と繰り返されていくのが夫婦の出来事。誰にも知られないところで静かに夫婦は愛の出来事をくりかえしています。あるときは予想もしない出来事が、ある時はまるでデジャブのように。何代も何代も繰り返されてきた出会いと別れ。家族の物語は時がたてば忘れられていくもの。あなたの後ろにも、あなたの知らない愛の物語が繰り広げられてきました。


THE THIRD STORY 純一と絵梨
いつも不機嫌で女癖の悪い弟の純一。美貌の持ち主なのに幸福をつかめなかった姉の絵梨。二人が真実の愛をつかみ取るまでの家族の物語


THE THIRD STORY 純一と絵梨 <1 よく似た男>

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僕は一人になると仏頂面をした不愛想な男だった。その日も、ふくれっ面をしてウトウトしていた。出来るだけ誰にも話しかけられないように不機嫌を前面に押し出している。

隣の席に誰か座ったようだ。離陸まで数分あるだろうか?と、隣の男が、僕の肩をトントンとたたいた。「すんません。すんません。」と声をかけてくる。関西なまりだ。めんどくさいと思いながら隣を見て一瞬で目が覚めた。

目の前には、驚くほど僕によく似た男がほほ笑んでいた。「ひょっとして純一君?」と聞かれて、僕もすぐに「隆君?」と聞き返した。

田原隆は大阪の父方の従妹だった。なんとなく疎遠な関係なのでめったに会うこともなかった。こんなに親し気に話しかけられるのが意外な気がした。不思議なことに、僕たちは同じブランドの色違いのスーツを着ていた。

どう見ても、双子がママにおそろいの服を着せられているようにしか見えない。僕は慌ててジャケットを脱いだ。ふと隣を見れば隆君もごそごそとジャケットを脱いでいた。僕たちは眼を見合わせて笑いをこらえた。こらえてもこらえても笑いが込み上げた。久しぶりに腹の底から笑った。

隆君は上品でいかにも育ちがよさそうに見えた。僕は昔の遊びがたたっていた。いつまでも擦れた感じが抜けなかった。

「久しぶり。何年振りやろな?じいちゃんの法事の時には君アメリカやったしな。」といわれたので、「ほんとは行かなきゃいけなかったんだけど、どうしても帰国できなかった。大事な試験があったんだ。」と言い訳した。

本当は父が行かなくてもいいといったのだ。父は大阪の従妹と僕が接触するのをなんとなく快く思っていないような気がしていた。

「気にすんなって。それより、また、ばあちゃんとこで泊まるんか?」と聞かれたので、そのつもりだと答えた。「面接大変やな。大阪で就職するんやて?」となにやかや、近況報告をした。隆君は、確か司法試験に合格したと聞いている。

顔が似ているということは素晴らしいことだと思った。なにしろ、ずっと昔から親しいような気分になれるのだ。

僕は慢性的に悩みを抱えていて、いつも何か面白くなかった。でも、隆君と話しているうちに気分が少し晴れた気がした。その夜は二人で祖母の家に泊まって一杯やった。祖母の家のお手伝いさんの宮本さんは料理上手だった。下手な飲み屋よりもウマイ肴が出た。僕たちはウマがあった。

その日から、僕は大阪へ行くときには隆君を呼び出した。いつのまにか、タカシ、ジュンと呼び合うようになっていた。タカシのお母さんである美奈子叔母さんも、よく祖母の家へ来るようになった。僕は大阪暮らしも悪くないと思いはじめていた。


続く




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2019年07月05日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <46 白いばら>

白いばら

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僕は最近になって悪性のリンパ腫が見つかった。皮肉なことに実父と同じ病に取り付かれてしまった。病気は苦しいし悔しいが、それでも納得はしている。もう、77歳だ。孫たちの将来も見えてあまり心配事もない。

このごろ頻繁に昔のことを思い出すようになった。母につれられて母の実家に戻った日、僕はいつもの通りおやつを貰ったらそのまま母と家に帰るものと思っていた。母の実家には優しいおじいちゃんとおばあちゃんがいて、いつもおやつをもらう癖がついていた。

いつもは母は長居をしない。少ししゃべるとすぐに「ああ、早よ帰らんとまたお義父さんに怒られる。」とそそくさと帰ったものだ。それが、その日は夜になっても帰らなかった。僕はその日から僕の運命が大きく変わりだすことを知らなかった。

その日から母の実家で暮らした。それから1週間ぐらいたったある日、タクシーで港まで行ってフェリーに乗った。それから大阪で小さなアパートを借りて母と二人で暮らした。いったこともない保育園に通うようになった。

そんな時によく家に出入りするようになったのが大阪の継父だった。この人に巡り会わなかったら僕は今のような落ち着いた暮らしはできなかっただろう。母が継父と愛し合って再婚しなかったら真梨に会うこともなかっただろう。真梨に巡り合って僕は幸福な家庭人として終わることができそうだ。

あちらに行ったらまずは継父に挨拶をしよう。義理の仲の僕に愛情をもって養育してくれた。まぎれもなく僕の人生の大恩人だ。

その次には叔父と叔母に会いに行こう。二人は仲良く一緒にいるに違いない。僕の家庭生活を支えてくれた二人だ。

最後に僕の実父に会いに行こう。縁の薄い親子だったが僕の幸福を祈りながら暮らしてくれた。忘れてはいけない。

母にも挨拶が要るだろう。母には特別な挨拶が必要だ。あの長谷川の一件を問いたださなければ。いやいや、そんなことはもうどうでもいいことだ。継父と仲良くしているか、それだけを確かめよう。

できることなら叔父のように妻を看取ってから逝きたいと思っていた。寂しくて辛い思いをするのは僕でいい。だが、そうもいかないようだ。できることなら真梨の認知症が進んでほしい。僕の死に気付かないまま少女時代のように可憐なまま老いて、やがては僕のいるところへ来てほしい。あまり長い時間待たされるのはかなわない。

あっちの挨拶を済ませたら真梨を迎えに来よう。真梨が大好きな白いバラを持って迎えに来たら喜んでくれるだろうか?

白いバラは香りが強い。雨が降った後はなおさらだ。見た目が清楚な割には濃厚な香りを放つ。君は白いバラに似ている。



THE THIRD STORY 純一と絵梨 に続く



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2019年07月04日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <45 旧家の蔵>

旧家の蔵

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大阪では隆君が美奈子さんの親戚の地盤を継いで選挙に出るようだ。美奈子さんは大反対だったが隆君が強く希望したらしい。聡一もずいぶん気落ちしている。結局、大阪の田原興産は聡一が頑張るしかない状態だ。

最近はこちらへの相談事も多い。何かといえば夫婦でやってきては愚痴をこぼして帰る。それなりに仲のいい夫婦になっていた。純一への頼み事も増えていた。

美奈子さんの父親の山下氏の家の整理を頼まれた。もともとは浅田隆一氏が住んでいたところを建て直したものだ。浅田氏は梨花叔母と真梨に何かと贈り物をしてくれていた人だ。我が家とは縁の深い家だった。家の方は建て直したというものの、もう廃屋になっていた。

それよりは築100年にもなろうかという蔵の方が堅牢だった。しかも昔の道具類が残されている。こちらの整理は大変だろうと思った。何があるかわからないので細かく見て回った。まるで金目の物をあさっている古道具屋のようなものだ。

それでも高価な骨董品があれば無視はできない。美奈子さんに目録を作るしかないだろう。本業とは全く違う仕事だった。純一も少し辟易していた。

純一や社員達が大きな文箱を見つけた。鎌倉彫の立派なものだが経年で表面は剥げていた。僕たちが驚いたのは、その中身だった。

真梨と梨花叔母と浅田隆一の3人が写った記念写真には「真梨成人式」と書かれていた。そして裏には、真梨、梨花とペンで書かれている。これには純一もこだわった。なぜ呼び捨てなんだろうと。

そのほかにも、真一叔父の身上書が2通。そして僕が何よりも驚いたの文箱の底には僕の身上書があったことだ。なぜ、ここにこんなものが?僕と真梨は従妹結婚だ。だれも僕のことなど調べなかった。調べる必要など誰も感じていなかったのだ。

にも拘わらずなぜ浅田隆一は僕を調べたのだろう。僕はあわてて自分の身上書を隠した。絵梨や純一には僕の実父に犯罪歴があることを話していない。今更大きな問題になることは無いだろうが、それでも、わざわざ知らせる事でもないだろう。

僕の実父と母の離婚の原因を蒸し返せば長谷川の話も蒸し返すことになる。余計な事を知らせる必要はなかった。

そのほかにも僕たちの祖母に当たる田原莉恵子からの手紙もある。その手紙には梨花叔母の結婚がきまったこと、相手は島本真一であることが報告されている。そして島本真一の身上書、叔父の身上書は田原姓に代わってからのものもあった。

なぜ、こんなに叔父に関心があったのだろう?なぜ、浅田隆一は田原家の婿のことをこんなにも詳しく調べたのだろう?確かに浅田隆一は親族の出世頭だ。それでも田原家と浅田家は親族ではない。なにか不自然な感じのする文箱だった。

この話は、聡一にも美奈子さんにも話したが事情はよくわからなかった。昔の政治家は親族にいろいろな頼まれごとをしたのだろうと憶測するだけだった。僕は自分の身上書があったことは美奈子さんにも聡一にも秘密にしていた。


続く





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2019年07月03日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <44 梨沙と梨央>

梨沙と梨央
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絵梨は2人の娘を授かった。梨紗、梨央は、それぞれ個性的でおもしろかった。多分美人になるだろう。純一は今から悪い男に騙されないように気を配っているらしい。僕は田原家の伝統から行けば、この子たちはそれぞれいい男を見つけて恋に落ちるのだろうと思っている。その男たちは孫娘たちの魅力に取りつかれて、まるで魔法にかかったように一生懸命働いて孫たちを守るのだろう。将来が楽しみだ。

「梨紗ちゃん、梨紗ちゃん、少し重くなったね。よく笑うようになったね。大きくなったら美人になるだろうね。君達も健康で実直で孤独な男を捕まえなさい。甘くて深い、いい罠を用意するんだよ。罠はあったかくしておくんだ。そしたらね、あったかさを知らずに育った男は、その罠から抜け出せなくなるんだよ。その罠にはまってしまった男はね、多少こき使っても機嫌よく働くんだよ。なにしろ、甘い蜂蜜で脳がしびれているからね。」と小さな孫娘に言い聞かせた。

その次に生まれた梨央にも同じように言い聞かせた。今はにこにこして聞いていても意味は分からない。でも、年頃になったらきっと直感が働いて孤独で寄る辺なくて愛に飢えた男を見つけ出すだろう。そして、有無をも言わさず甘い罠に落とすだろう。

この家の女たちは多少人使いは荒いが男を不幸にはしないだろう。僕は、真梨と僕の終幕はどんなふうになるんだろうと甘い夢を見ていた。


続く



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2019年07月02日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <43 ひき逃げ>

ひき逃げ

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絵梨が無事に妊娠4カ月をむかえたころ、小樽から刑事がやってきた。なんでも長谷川が深夜の高速道路ではねられて亡くなったそうだ。酔って高速道路を歩いていたらしい。ひいた車は見つかっていないということだ。自死か事故死か、いずれにしてもひき逃げ事件だった。

刑事は「申し訳ありません。とりあえず関係者の方全員にお話を伺っています。こちらのお嬢さんが以前離婚されているようなので、事情をお伺いしたいと思いまして。」といった。

僕は「たしかに娘は長谷川さんに嫁いでいましたが離婚してから、もう5年になります。今はもう関係者じゃありません。」と断った。刑事は。「よく承知しています。ただ、離婚の経緯を伺いまして、こちらのお嬢様は長谷川さんを恨んでおられるのではないかと思いまして。」ときたので、「私どもは家族で長谷川さんを恨んでおります。亡くなられたと聞いても別段悲しくもありません。ただ、そんなことで時間を割くほど暇でもありません。」と少し気色ばんでしまった。

そして「娘は今は再婚しております。妊娠4カ月目です。以前のこともありますので、ご質問は私どもだけでお願いしたい。娘には余計なストレスを与えたくありません。もう二度と以前のような辛い思いはさせたくないんです。」といった。

横で聞いていた真梨も「どうぞ、ご質問には何でもお答えいたします。娘はどうぞ、そっとしておいてくださいませ。よろしくお願いいたします。」と丁寧に頭をさげた。

刑事は「もちろんです。お嬢様に余計な心配をおかけするのは私の方でも本意ではありません。どうも、お門違いに寄せていただいたようですな。お幸せの最中につまらないこともなさいませんよね。」と言って座を立ちかけた。

その時、刑事は急に何かを思い出したようで「奥さん、お恥ずかしいんですが、ちょっと筆を貸していただけませんか?筆を忘れてきてしまいました。」といった。唐突な頼まれごとで真梨は虚をつかれたようだった。「筆ペンでよろしいですか?私どもは不調法で筆はおいておりませんのよ。筆ペンなら薄墨用もございますよ。」と答えた。

刑事は「いや、奥さん失礼いたしました。なければ結構です。実はウチが調べているのは、これなんですよ。」と言って一枚の紙を見せられた。脅迫状のコピーだった。毛筆で「お前のせいで死んだ。お前を絶対に許さない。」と呪文のように何度も書かれていた。

おぞましさに顔が引きつった。刑事は「嫌なものをお見せしてすみません。」と謝った。もちろん思い当たることは無いと答えた。「お嬢さんは毛筆は?」と聞かれたので「いや、まったくできないと思います。習わせたこともないので。」と答えた。

刑事は簡単に納得して帰った。さほど熱心に捜査する気もなさそうだった。長谷川は医療過誤の訴訟問題も抱えているといっていた。刑事が帰って、なんとなく真梨も僕も疲労感に襲われて黙っていた。

僕は脅迫状に心当たりがあった。ひどい嫁いびりにあって流産を経験している女を知っている。流産後に逃げるように大阪へ出た。その女は筆耕という毛筆の技術を買われて田原興産に事務員として採用された。そして田原興産の息子と恋に落ち、その妻になった。絵梨はその女の孫だった。

母と純一は1年弱同居している。その間にずいぶん親しくなっていったようだった。純一は長谷川への恨み言を母に打ち明けていた。その恨み方が激しすぎることで大阪の人間が純一の絵梨への恋心に気が付いたのだ。それが結局純一と絵梨の結婚に結びついた。

この時期母は、もし、純一と長谷川が出会うようなことが合ったら、ただでは済まないと心配していた。母は女を虐待するタイプの男は執着心が強いことも熟知していた。実際、自分が前夫に重傷を負わされていた。絵梨の身に危険を感じていたのかもしれない。

僕の母は自分と同じ目にあった孫の復讐をしようと企てたのだ。長谷川が不慮の死を遂げたのは母の執念かと思えた。いや、単なる復讐心ではなかったかもしれない。身重の孫の木を守るために何かをしたのかもしれなかった。最悪のことを考えて、わざと目立つ毛筆にしたのだ。自分が刑に服す覚悟を決めていたのだろう。

「ママ、ぎりぎりセーフや。心臓がガチャンと音を立てて割れそうになった。びっくりさせたらいかん。」と心の中でつぶやいた。



続く


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2019年07月01日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <43 妊娠と急逝>

妊娠と急逝
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絵梨と純一が結婚して8カ月ぐらい経ったころ、夫婦でケーキを持って遊びに来た。2週間に一度ぐらいの割で遊びに来ては夕食をして帰るのが習慣になっていた。

その日は絵梨の目の下にうっすらと隈が出ていた。それに少しばかりやせた気もする。こっそり純一を捕まえて、少し慎むように言うと直立して神妙に「すんません。」といった。思わず苦笑いしてしまった。内心「人のことが言えた義理か!」と新婚時代の自分を責めた。

幸福な日々が続いた。ある夕方、純一たちの家の夕食に招待された。食事は近所のイタリア料理店からのテイクアウトだった。招待しておいて店屋物か?と拍子抜けしてしまった。「すいません。絵梨は自分で作るといったんだけど僕が止めたんだ。無理しちゃいけないと思って。」と純一が言った。「無理?どうした?体調が悪いのか?」と聞くと絵梨が「まあ、ひどくはないんだけど、ちょっとむかつくかな?」と答える。

また純一を責めそうになったが真梨が嬉しそうにしていた。「いつ分かったの?」「一昨日の夜、お医者さんに行ったの。3カ月だって。」という母子の会話でやっと話の流れが分かった。ワインを進められたが早めに帰った。絵梨の負担にならないようにした。

家に帰ってから真梨に「純一に慎むように注意したんだが的外れだったな。」と話すと真梨は「慎んでたらできないじゃないの。キャッハッハ」と少し卑猥な感じで笑った。僕もつられて、ギャハハと破廉恥な笑い方をしてしまった。有頂天とはこのことだった。

だが有頂天はその夜限りで、真梨は神経質と思えるぐらい絵梨のそばを離れなかった。おかげで、こちらは飯も手抜きになってしまった。純一も毎日「ママ頼みます。」と声をかけて出勤した。家族全員で絵梨とおなかの子供を気遣っていた。

絵梨の妊娠を伝えると聡一も大層喜んだ。聡一にとっても僕たち夫婦にとっても初孫だった。不思議なことに美奈子さんまで初孫フィーバーに参加した。もちろん僕の母も初ひ孫に大喜びだった。純一と僕が直接出向いて母に報告した。

母は、その1か月後に狭心症発作を起こして入院した。不幸な結婚生活から子供を連れて逃げ出してから57年の歳月が経っていた。僕が孫を持つような年になるまでよく生きていてくれた。初ひ孫の誕生を心街にしながら、たった12日間の闘病で亡くなった。

純一は僕が見舞いにいけない日も母を見舞った。母と純一は大阪暮らしの間にずいぶん仲良くなっていた。純一は母にはいろいろなことを打ち明けていたようだった。


続く



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2019年06月30日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <42 似た母子>

似た母子

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大阪へ家族で報告に行った。僕の母は涙を流して喜んだ。
純一は、それから3カ月ぐらいは大阪で勤務してから退職することが決まった。
僕の会社を継ぐことになるだろう。
もちろん、僕がきっちり平社員から仕込まれたように純一も平社員からの入社になる。

大阪では結婚式のことで盛り上がった。
母も美奈子さんもセレモニーが大好きだ。
絵梨は洋装が似合うだのブーケは私がこしらえるだのと、気の早い話で湧いた。
真梨もウキウキしているのが分かった。

その日は純一を残して真梨と絵梨と僕が東京へ帰った。
そして、夜も11時を過ぎたころに純一から電話がかかってきた。
「夜遅くすみません。」と他人行儀な話し方だった。
「実は結婚式の話なんだけど。」そう切り出されて、さっそく何か希望でもあるのかと思ったが意外にも「出来たら式はやりたくないんです。姉ちゃんが、いえ、あの絵梨がやりたくないって思ってて。僕もあんまり興味なくて。」という。

確かに絵梨があまり結婚式をしたくない気持ちはわからないでもなかった。
小樽での派手な結婚式の結果が流産から離婚だ。
「でも、純一お前いいのか?」というと、嫁さんが嫌がってるのに結婚式をやりたがる奴なんかいないよ。」という返事だった。

純一から嫁さんという言葉が出て、なんだかこそばゆい気がした。
「ねえ、パパが女性たちにブレーキかけて。今日の盛り上がり方じゃ、とっても言い出せなかったんだよ。」とお願いされてしまった。
僕はいつも、つまらない役を引き受ける運命だった。

直ぐに真梨に電話の件を伝えた。
早く伝えないと、どんどん夢が大きくなっていきそうだったからだ。
だが真梨の不満は結婚式をしないことではなかった。
なぜ絵梨が、わざわざ大阪にいる純一に言わせたかだった。

「なんで一つ屋根の下に居るのに直接言わないのよ。なんでわざわざ大阪から電話がかかってくるのよ。」とご立腹だ。
僕もなんとなく寂しい息がした。でも、これでいいとも思った。
絵梨は初婚の純一の気持ちを確かめたのだ。そして、言いにくいことは純一に言わせた。

真梨、絵梨は君に似ているだけなんだよ。
と正面切って言えないのが僕の性格で、純一の性格だった。
不思議なことに真梨の親である田原真一も妻の梨花の言うことに正面切って反対できなかった。あんなに意思の強そうな人間でも妻には煮え切らない男だった。
ああ、この家の家風は生き続けるのだと実感した夜だった。

結局、絵梨の希望で結婚式はしなかった。そのかわりハネムーンはアメリカの西海岸を観光した。最初に行く街は純一が暮らしていた街だ。2人は3日に一度ぐらいの割で家に電話をくれた。2人で小学生のようにわいわい騒いでいるのが分かった。

真梨が「もう、あれじゃ修学旅行じゃないの。」と言ったので、思わず「することちゃんとやってるのかな?」と言ってしまった。男親の親心だった。真梨に耳をねじ切られそうになった。絵梨が最初の結婚をする前のはつらつとした雰囲気を取り戻して帰ってきた。


続く


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2019年06月29日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <41 進展>

進展

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絵梨は家から出る話は撤回したし真梨との会話もいつも通りだった。ただ食後お茶を飲みながら笑い話をするようなことは無くなった。とにかく、いつも明るく元気だが自室から出てくつろぐ姿を見ることがない。子供たちのバカ話を止めなければならなかった日々が懐かしかった。

大阪の隆君と純一は結婚に向けて話し合いをしていた。隆君が言うには養子と実子の結婚は法的には問題ないという話だ。特別養子の場合には戸籍上は違和感があるが、法的には問題ないらしい。僕たちは、こんなにも心の葛藤をしているというのに、法律はにべもないほど単純な答えだった。

純一は大阪の明るいおめでたムードの影響を受けて考え方がずいぶん前向きになっていた。僕たちも心が決まって本来めでたいことだということが呑み込めてきた。

純一は自分でプロポーズしたいといった。僕もそれが最も順当だろうと思った。親から言う話ではないだろう。

ただ、絵梨は純一が養子だということを知らない。混乱するだろう。簡単に、ありがとうとはいかないだろう。それでも、どう考えても、この方向へ進むのが一番幸福なことだと思った。

僕の母は、もう86歳になるが、まだかくしゃくとしたものだった。話の顛末を聡一から聞いていて純一と絵梨の結婚を心から願ってくれていた。早く進めたほうがいいと思った。

純一は度々家に戻ってくるようになった。家でくつろぐ姿を見て真梨や絵梨も嬉しそうだった。真梨も、この話がまとまれば結局は二人とも自分の手元に残るということが分かってきたのだ。話は前向きに進んだ。

ある日、僕たち夫婦が買い物に出ている間に純一が帰ってきていた。リビングで純一はコーヒーを飲みながら、絵梨は紅茶を飲みながら、ぼんやりテレビをながめていた。刑事ものだった。

普段2人ともテレビを見るときには、お笑い番組で馬鹿笑いをするかDVDを見ている。刑事ものを見ている姿は今が初めてだった。というよりも2人はテレビを見ていない。見ているふりをしているのだ。

何とはなしに何かあったと感じた。昔、自分がわざと無表情を作ってテレビを見た日を思い出した。叔父と叔母の留守中に真梨と関係ができた日だった。まあ、大人同士のことに、つべこべ言うまいと思った。

純一は帰り際に僕に向けてピースサインをした。真梨と絵梨は純一を玄関まで送った。真梨もこちらをみて笑った。絵梨が寝室へ引き上げた後、真梨が「絵梨、今日は玄関まで送って出たわね。」といった。僕は「婚約成立だ。さっき純一のやつピースサインしやがった。」といった。

翌週の土曜日の朝、朝食が終わった直後に「僕たち結婚しようと思います。」と純一がきりだした。絵梨は下を向いて、はにかんでいた。まるで、初デート中の乙女のようだった。「あの、私もそうできたらいいなと思っています。」といった。その日は家族でホテルのレストランを予約して夕食をした。



続く



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