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2019年07月18日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <14 プロポーズ>
プロポーズ
姉が本当に僕と結婚する気があるかどうかを確かめたものは誰もいない。これが一番大切なことだった。だいたい姉は僕が聡一叔父さんの実子だということも知らない。僕と愛し合うこと自体を避けて、あの不幸な結婚をしてしまったんだ。それを誰が、どんなふうに説明するんだ?姉の気持ちを考えると胸が痛んだ。
僕は、それから度々東京へ帰るようになった。東京へ帰れば以前と同じような4人家族だった。姉もゆっくりだが元気になってきた。だが姉は以前のように無頓着ではなくなった。いままでのような弟扱いではない。距離を感じるようになった。そのことが嫌ではなかった。
両親に僕への気持ちを話してしまった以上、今までと同じ態度というわけにはいかないだろう。姉が僕に対して距離を置いていることが僕を男としてみてくれている証に感じた。なにか、今までとは違うウキウキした気分になった。
逆に姉は、いよいよ独立に向けて動き出しそうだった。僕が足しげく実家に帰ることが会社を継ぐ準備のように感じるようだった。話を早めなければいけないが、少し怖くもあった。もし姉が僕と結婚をする気がないのなら、僕はこの家に居てはいけない。もし断られたら再渡米しようと考えていた。
その日、両親は二人とも外出していた。姉が一人でいるときに僕が帰った。いつも通り、さりげなく距離を置きながらもコーヒーをいれてくれた。
「姉ちゃん、隆、結婚決まったんだよ。」というと姉は「あら、よかったわね。お祝いしなくちゃね。」といった。相手の人は、田原興産の専務の娘さんで、いずれは田原興産を継ぐらしいといった、普通の世間話だった。
僕が、「隆と一緒にいると、もう、その話しか出ないんだ。僕もそろそろ家庭を持ちたくなってきた。」というと姉は「純もいい人いないの?」と聞いた。「いるよ。」と答えると姉は少しさびしそうにした。「じゃあ、頑張んなきゃ。パパやママを安心させなきゃね。こっちも、そろそろ跡継ぎの話がでてよさそうなもんだよね。」と答えた。
「僕、でも、気になることがあってさ。そのことが解決するまで、跡継ぎの話はできないよ。」というと、姉は「私は心配いらないよ。ちゃんと正職員になれたし、この家から出ても大丈夫なぐらいの収入はあるんだよ。姉ちゃん、意外に甲斐性持ちなんだよ。そろそろ独立しようかと思ってもパパやママが怒るのよ。純の話がまとまるんだったら私も出やすいし。安心して、その人にプロポーズして頂戴。」といった。
「ありがとう、姉ちゃんにそういわれると、僕もやりやすいよ。すぐにでもプロポーズするよ。」というと、姉は部屋を出ようとした。あわててドアを押さえて、「結婚しよう。」といった。姉は、きつねにつままれたような顔をして、棒立ちになっていた。姉を改めてソファーに座らせて、「結婚しよう。」といった。
続く
姉が本当に僕と結婚する気があるかどうかを確かめたものは誰もいない。これが一番大切なことだった。だいたい姉は僕が聡一叔父さんの実子だということも知らない。僕と愛し合うこと自体を避けて、あの不幸な結婚をしてしまったんだ。それを誰が、どんなふうに説明するんだ?姉の気持ちを考えると胸が痛んだ。
僕は、それから度々東京へ帰るようになった。東京へ帰れば以前と同じような4人家族だった。姉もゆっくりだが元気になってきた。だが姉は以前のように無頓着ではなくなった。いままでのような弟扱いではない。距離を感じるようになった。そのことが嫌ではなかった。
両親に僕への気持ちを話してしまった以上、今までと同じ態度というわけにはいかないだろう。姉が僕に対して距離を置いていることが僕を男としてみてくれている証に感じた。なにか、今までとは違うウキウキした気分になった。
逆に姉は、いよいよ独立に向けて動き出しそうだった。僕が足しげく実家に帰ることが会社を継ぐ準備のように感じるようだった。話を早めなければいけないが、少し怖くもあった。もし姉が僕と結婚をする気がないのなら、僕はこの家に居てはいけない。もし断られたら再渡米しようと考えていた。
その日、両親は二人とも外出していた。姉が一人でいるときに僕が帰った。いつも通り、さりげなく距離を置きながらもコーヒーをいれてくれた。
「姉ちゃん、隆、結婚決まったんだよ。」というと姉は「あら、よかったわね。お祝いしなくちゃね。」といった。相手の人は、田原興産の専務の娘さんで、いずれは田原興産を継ぐらしいといった、普通の世間話だった。
僕が、「隆と一緒にいると、もう、その話しか出ないんだ。僕もそろそろ家庭を持ちたくなってきた。」というと姉は「純もいい人いないの?」と聞いた。「いるよ。」と答えると姉は少しさびしそうにした。「じゃあ、頑張んなきゃ。パパやママを安心させなきゃね。こっちも、そろそろ跡継ぎの話がでてよさそうなもんだよね。」と答えた。
「僕、でも、気になることがあってさ。そのことが解決するまで、跡継ぎの話はできないよ。」というと、姉は「私は心配いらないよ。ちゃんと正職員になれたし、この家から出ても大丈夫なぐらいの収入はあるんだよ。姉ちゃん、意外に甲斐性持ちなんだよ。そろそろ独立しようかと思ってもパパやママが怒るのよ。純の話がまとまるんだったら私も出やすいし。安心して、その人にプロポーズして頂戴。」といった。
「ありがとう、姉ちゃんにそういわれると、僕もやりやすいよ。すぐにでもプロポーズするよ。」というと、姉は部屋を出ようとした。あわててドアを押さえて、「結婚しよう。」といった。姉は、きつねにつままれたような顔をして、棒立ちになっていた。姉を改めてソファーに座らせて、「結婚しよう。」といった。
続く
2019年07月17日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <13 実父>
実父
大阪の祖母の家に帰った時には、叔父、僕の実の父が待っていた。たぶん僕は少し憔悴していただろう。
「お帰り。疲れたやろ。いっぱいどうや。」とビールを進めてくれた。僕は、酒は強かった。ビールを飲んでも酔わなかった。「辛い話したそうやな。兄貴から電話があった。怒ってた。わざわざ特別養子にして幸福に育ててたのに、なんで今頃こんな話せないかんのか腹立ったんやろな。真梨ちゃんは電話にも出てくれへんかった。お前も怒ってるやろな。」といった。父から空港ホテルでの話のあらましが叔父にも報告されていたらしい。僕が姉と結婚したいと答えたことを知っているのだろう。
僕はふてくされて返事をしなかった。祖母は部屋には入ってこなかった。「ふくれっ面か。可愛いな。そんな顔見れてうれしい。お前は僕の第一子や。おじいちゃんやおばあちゃんにとっても可愛い孫や。絶対幸福になる方法を見つけたかった。それが、あの家やった。経済的にもしっかりしてて人間的にも信用できる。最初は、真一叔父さんが養子にするって言うてくれたんや。そやけど真梨ちゃんが承知せんかった。自分の養子にするって聞かんかったんや。兄貴は即座に賛成して特別養子の手続きをしたんや。申し訳なかったな。」と謝った。僕は一言も発することができなかった。
「いったん手放した子を自分の方に引き寄せられると思たけど、そんなに甘いことなかったな。ちょっと寂しいわ。これは、兄貴には内緒の話や。絵梨ちゃんと結婚したら、結局のところ兄貴の手元に残ることになる。兄貴と真梨ちゃんには大きな恩がある。絶対に絵梨ちゃんを幸福にしてくれ。図々しいけど頼む。」と白髪頭のツムジがみえるぐらいに頭をさげた。
僕は「お母さんという人はどんな人?その人とは愛し合ってた?」と聞いた。「お母さんとは、サラリーマンの時に知り合って愛し合った。本気やった。ただ、美奈子との縁談は断れん縁談やった。山下家の本家は浅田家や。浅田家はは田原興産の恩人や。浅田家の資産をつこうて田原興産が倒産を免れた時代があった。それで、お前のお母さんとは別れた。美奈子と結婚して美奈子が隆を身ごもってた時期にお前が生まれた。お母さんは僕を愛してくれてて僕に内緒でお前を生んだんや。お母さんの親から連絡をもらって初めて知った。それで、しばらくは、お前のお母さんと美奈子と両方で家庭を持ってた。一生そのままで行こうと思ってた。今思たら無茶な話やが、僕はお前やお前のお母さんと別れることはでけへんかった。お前も隆もどっちも大事やった。そやけど、そんな生活長続きするもんやないな。お前のお母さんが交通事故で亡くなった。それで、お前はお母さんの兄という人に引き取られたんやが、お前が幸福になる気がせんかった。それで、真一叔父さんに相談持ち込んだんや。」
僕は隆も可愛そうだと思った。美奈子叔母さんも可愛そうだと思った。「この話、美奈子叔母さんは知ってるの?」と聞くと「知ってる。お前がこの家に出入するようになってから、僕と兄貴との話を聞いてしもたんや。まあ美奈子は太っ腹や。僕の家は風はちょっと吹いたけど今は平和や。心配してくれてありがたい。嬉しいな。」といった。叔父はほろ酔いになって、うっすらと涙を浮かべていた。
翌日は美奈子叔母さんが来てくれた。晴れやかな顔をしていた。「純君、よかった。何としても絵梨ちゃん幸せにしてほしいのよ。私の大失態のおかげで絵梨ちゃんかわいそうなことしてしもて、なんとか絵梨ちゃんの幸福の道、探したかったんよ。純君やったら間違いないし真梨さんも純君と別れんで済むし。腑に落ちひんこともあるかもしれんけど、いっちばんいい方法で話がまとまるのよ。」と喜んでいた。姉と長谷川の結婚は美奈子叔母さんの親戚から持ち込まれた話だった。
確かに、そうなのだ。姉と僕が結婚すると悲しむ人が出ないのだ。僕は、気分的には腑に落ちないが理屈ではいい方向へ向いているということがわかってきた。「タカシはこのこと知ってますか?」と聞くと、「法律のこと調べたんは隆よ。もう純君のこと兄ちゃんって呼んでるわよ。」といった。
続く
大阪の祖母の家に帰った時には、叔父、僕の実の父が待っていた。たぶん僕は少し憔悴していただろう。
「お帰り。疲れたやろ。いっぱいどうや。」とビールを進めてくれた。僕は、酒は強かった。ビールを飲んでも酔わなかった。「辛い話したそうやな。兄貴から電話があった。怒ってた。わざわざ特別養子にして幸福に育ててたのに、なんで今頃こんな話せないかんのか腹立ったんやろな。真梨ちゃんは電話にも出てくれへんかった。お前も怒ってるやろな。」といった。父から空港ホテルでの話のあらましが叔父にも報告されていたらしい。僕が姉と結婚したいと答えたことを知っているのだろう。
僕はふてくされて返事をしなかった。祖母は部屋には入ってこなかった。「ふくれっ面か。可愛いな。そんな顔見れてうれしい。お前は僕の第一子や。おじいちゃんやおばあちゃんにとっても可愛い孫や。絶対幸福になる方法を見つけたかった。それが、あの家やった。経済的にもしっかりしてて人間的にも信用できる。最初は、真一叔父さんが養子にするって言うてくれたんや。そやけど真梨ちゃんが承知せんかった。自分の養子にするって聞かんかったんや。兄貴は即座に賛成して特別養子の手続きをしたんや。申し訳なかったな。」と謝った。僕は一言も発することができなかった。
「いったん手放した子を自分の方に引き寄せられると思たけど、そんなに甘いことなかったな。ちょっと寂しいわ。これは、兄貴には内緒の話や。絵梨ちゃんと結婚したら、結局のところ兄貴の手元に残ることになる。兄貴と真梨ちゃんには大きな恩がある。絶対に絵梨ちゃんを幸福にしてくれ。図々しいけど頼む。」と白髪頭のツムジがみえるぐらいに頭をさげた。
僕は「お母さんという人はどんな人?その人とは愛し合ってた?」と聞いた。「お母さんとは、サラリーマンの時に知り合って愛し合った。本気やった。ただ、美奈子との縁談は断れん縁談やった。山下家の本家は浅田家や。浅田家はは田原興産の恩人や。浅田家の資産をつこうて田原興産が倒産を免れた時代があった。それで、お前のお母さんとは別れた。美奈子と結婚して美奈子が隆を身ごもってた時期にお前が生まれた。お母さんは僕を愛してくれてて僕に内緒でお前を生んだんや。お母さんの親から連絡をもらって初めて知った。それで、しばらくは、お前のお母さんと美奈子と両方で家庭を持ってた。一生そのままで行こうと思ってた。今思たら無茶な話やが、僕はお前やお前のお母さんと別れることはでけへんかった。お前も隆もどっちも大事やった。そやけど、そんな生活長続きするもんやないな。お前のお母さんが交通事故で亡くなった。それで、お前はお母さんの兄という人に引き取られたんやが、お前が幸福になる気がせんかった。それで、真一叔父さんに相談持ち込んだんや。」
僕は隆も可愛そうだと思った。美奈子叔母さんも可愛そうだと思った。「この話、美奈子叔母さんは知ってるの?」と聞くと「知ってる。お前がこの家に出入するようになってから、僕と兄貴との話を聞いてしもたんや。まあ美奈子は太っ腹や。僕の家は風はちょっと吹いたけど今は平和や。心配してくれてありがたい。嬉しいな。」といった。叔父はほろ酔いになって、うっすらと涙を浮かべていた。
翌日は美奈子叔母さんが来てくれた。晴れやかな顔をしていた。「純君、よかった。何としても絵梨ちゃん幸せにしてほしいのよ。私の大失態のおかげで絵梨ちゃんかわいそうなことしてしもて、なんとか絵梨ちゃんの幸福の道、探したかったんよ。純君やったら間違いないし真梨さんも純君と別れんで済むし。腑に落ちひんこともあるかもしれんけど、いっちばんいい方法で話がまとまるのよ。」と喜んでいた。姉と長谷川の結婚は美奈子叔母さんの親戚から持ち込まれた話だった。
確かに、そうなのだ。姉と僕が結婚すると悲しむ人が出ないのだ。僕は、気分的には腑に落ちないが理屈ではいい方向へ向いているということがわかってきた。「タカシはこのこと知ってますか?」と聞くと、「法律のこと調べたんは隆よ。もう純君のこと兄ちゃんって呼んでるわよ。」といった。
続く
2019年07月16日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <12 種明かし>
種明かし
今まで絶対に手を触れてはいけない女、中学生の時から恋焦がれた女が長い間自分に恋をしていたといわれたら考えることは何もなかった。とにかく、その女を確保しようと焦った。とにかく、その女と結婚したいと恥も外聞もなく父に言った。
そして姉との結婚話には予想もしない種明かしがついていた。僕はあの家の養子で姉とは実の兄弟ではないという話。だから結婚してはどうかという話。急に言われても、それが自分の話だとは思えなかった。
面白くもなんともないような話だった。その夜はよく眠れなかった。父は怒りも笑いもしていなかった。嬉しそうでも悲しそうでもなかった。なにか、他人の噂話をしたような不思議な気分だった。
翌日も父に会った。同じホテルで今度は和食屋の個室だった。父は少し怖い顔をしていた。怒っているわけではないが、全く楽しくない不機嫌な顔だった。その日聞いた話は衝撃だった。なにか、今までのすべてのことがひっくり返るような話だった。
僕は大阪の叔父さんの隠し子だった。母はもう亡くなったという。僕が今まで母と信じてきた人は叔母に当たるらしい。僕が、この年になるまで全く気付かなかったのは、あの母が、この父が本当の愛でいつくしんでくれたからに違いない。
僕がまだ小さい時、子守唄を歌いながら眠ってしまった人。姉と僕が浴槽を泡だらけにしたのを見て怒りのあまり浴室中にシャンプーを撒いた人。香水の匂いをぶんぶんさせて帰った僕の服をはぎ取って、ついでに女にもらった腕時計まで洗濯機にぶち込んだ人。教育熱心で口うるさくて、優しくて愛情いっぱいに育ててくれたあの人が母じゃなかったなんて信じられるか?
父はこの話をするとき、僕のことを君と呼んだ。そんな他人行儀な呼び方をされたくはなかった。僕が育った家は、いい年をした子供が両親をパパママと呼ぶ家だ。両親も姉も僕を純とか純一とか呼び捨てにした。君って誰のことなんだ?
大阪の叔父夫婦が僕を大切にしてくれる理由が分かった。僕を預けっぱなしにしていて気が引けるからだ。僕を好きだからじゃなかった。タカシは弟だ。彼は僕が兄だということを知っているのだろうか?
実母とはどんな人だったのだろう。亡くなっているらしいけれど、父を本気で愛していたんだろうか? 僕は誰かの愛の結晶なんだろうか?それとも、望まないのにできてしまった子供なのだろうか?
姉と結婚できることと、セットになっている話は僕にとっては過酷だった。その夜は、昨日の疲れもあって早々に寝落ちしてしまった。考えるのに疲れていた。そして、まだ暗いうちに目覚めて頭痛がするほどいろいろなことを考えた。
僕は何度か自分の戸籍謄本を見ている。それでも気づかなかった。戸籍謄本には養子という言葉は一言も書かれていなかった。ただ一度中学校の時に違和感を感じたことがあった。
僕の戸籍謄本を見た先生が、「うん?」と言って一瞬手が止まった。ただそれだけだったが、なんとなくその時のことが記憶の底に残っていた。
両親は叔父と叔母で、叔父は実父だった。僕は混乱していた。ただ一人、大阪の祖母だけは、いままでも、これからもおばあちゃんだ。
続く
今まで絶対に手を触れてはいけない女、中学生の時から恋焦がれた女が長い間自分に恋をしていたといわれたら考えることは何もなかった。とにかく、その女を確保しようと焦った。とにかく、その女と結婚したいと恥も外聞もなく父に言った。
そして姉との結婚話には予想もしない種明かしがついていた。僕はあの家の養子で姉とは実の兄弟ではないという話。だから結婚してはどうかという話。急に言われても、それが自分の話だとは思えなかった。
面白くもなんともないような話だった。その夜はよく眠れなかった。父は怒りも笑いもしていなかった。嬉しそうでも悲しそうでもなかった。なにか、他人の噂話をしたような不思議な気分だった。
翌日も父に会った。同じホテルで今度は和食屋の個室だった。父は少し怖い顔をしていた。怒っているわけではないが、全く楽しくない不機嫌な顔だった。その日聞いた話は衝撃だった。なにか、今までのすべてのことがひっくり返るような話だった。
僕は大阪の叔父さんの隠し子だった。母はもう亡くなったという。僕が今まで母と信じてきた人は叔母に当たるらしい。僕が、この年になるまで全く気付かなかったのは、あの母が、この父が本当の愛でいつくしんでくれたからに違いない。
僕がまだ小さい時、子守唄を歌いながら眠ってしまった人。姉と僕が浴槽を泡だらけにしたのを見て怒りのあまり浴室中にシャンプーを撒いた人。香水の匂いをぶんぶんさせて帰った僕の服をはぎ取って、ついでに女にもらった腕時計まで洗濯機にぶち込んだ人。教育熱心で口うるさくて、優しくて愛情いっぱいに育ててくれたあの人が母じゃなかったなんて信じられるか?
父はこの話をするとき、僕のことを君と呼んだ。そんな他人行儀な呼び方をされたくはなかった。僕が育った家は、いい年をした子供が両親をパパママと呼ぶ家だ。両親も姉も僕を純とか純一とか呼び捨てにした。君って誰のことなんだ?
大阪の叔父夫婦が僕を大切にしてくれる理由が分かった。僕を預けっぱなしにしていて気が引けるからだ。僕を好きだからじゃなかった。タカシは弟だ。彼は僕が兄だということを知っているのだろうか?
実母とはどんな人だったのだろう。亡くなっているらしいけれど、父を本気で愛していたんだろうか? 僕は誰かの愛の結晶なんだろうか?それとも、望まないのにできてしまった子供なのだろうか?
姉と結婚できることと、セットになっている話は僕にとっては過酷だった。その夜は、昨日の疲れもあって早々に寝落ちしてしまった。考えるのに疲れていた。そして、まだ暗いうちに目覚めて頭痛がするほどいろいろなことを考えた。
僕は何度か自分の戸籍謄本を見ている。それでも気づかなかった。戸籍謄本には養子という言葉は一言も書かれていなかった。ただ一度中学校の時に違和感を感じたことがあった。
僕の戸籍謄本を見た先生が、「うん?」と言って一瞬手が止まった。ただそれだけだったが、なんとなくその時のことが記憶の底に残っていた。
両親は叔父と叔母で、叔父は実父だった。僕は混乱していた。ただ一人、大阪の祖母だけは、いままでも、これからもおばあちゃんだ。
続く
2019年07月15日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <11 姉の恋>
姉の恋
縁談が来なくなって僕はほっとしていた。それはいいのだが、その日を境にして叔父夫婦やタカシの態度がなんとなく、おかしい。不機嫌でもなく意地悪でもない。いつも通り親切で明るいのだが、なんとなく僕の顔色をうかがうような感じがする。何とはなしに落ち着かない気分でいたところへ父から電話が来た。
「金曜の夜、帰ってこい、空港のホテルのロビーで夜8時に行く、いいな?」ってなんで外で会わなければならないのだろう。しかも、家族には内緒だと念を押された。何か深刻なことが起きているのだろうか?心配だった。
僕は金曜日の夕方の便で東京へ向かった。空港ホテルを予約した。東京のホテルに泊まるのは初めてだった。
ホテルのロビーで父が待っていた。僕は少し緊張した、父が家族に内緒で息子を呼び出して話す話とは何だろうと不安だった。この前の縁談だろうか?だとしたら、はっきり断るしかないと心に決めていた。父と気まずくなるのを覚悟した。
父は難しい顔をしている割には世間話しかしない。やっと話し出したと思ったら恋愛の話がしたいといわれた。何を好んで父と息子が家族に内緒で恋愛の話をするのか訳が分からなかった。
父が「純一、実は絵梨の恋愛の話なんだ。」と切り出した。「絵梨が長い間一人の男のことを思い詰めていたらしい。その恋男が誰かわかるか?」僕の心臓がキリキリ痛んだ。僕は帰ろうとした。もう聞きたくなかった。「長谷川と結婚したのは、その男を忘れるためだったらしい。」といわれて動作が止まってしまった。「何を馬鹿なことしてるんだ。」と思った。
父はもう一度「その恋男が分かるか?」と聞いた。僕はなにかものすごい無茶なクイズを仕掛けられた気がした。「答えは、純一、お前だよ。絵梨はお前を忘れるために長谷川と結婚したんだ。わざと遠くへ行こうとしたんだよ。」父は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。正解を聞いて体中が熱くなった。言葉が出なかった。
2週間前に大阪の叔父夫婦から僕の両親に僕の縁談が持ち込まれた。形式ばって筋を通したのは、その縁談は一旦進めれば断れない話だからだ。しかし大阪の叔父夫婦は姉の態度を見て縁談を進めるのをやめた。
その縁談を聞いた姉がはた目からわかるぐらい取り乱したからだ。両親に問い詰められて、もう長い間僕のことで思い詰めていたと打ち明けたらしい。
そういえば、あの時、僕が襲われた日、姉は何度も「純わかるよね?わかるよね?」と聞いた。僕はあいまいに返事をした。「わかるよね。」は姉の告白だったのだ。
僕は、もうずっと前に一番大事なクイズを考えもせずにパスしていた。姉ちゃん、21の悪ガキに、そのクイズは難問過ぎたよ。
「結婚するなら東京へ帰ってこい。」しないならどこかへ消えてしまえという話だった。それはそうだ。頬に灰色の影を貼り付けた姉に、これ以上辛い思いはさせられなかった。
続く
縁談が来なくなって僕はほっとしていた。それはいいのだが、その日を境にして叔父夫婦やタカシの態度がなんとなく、おかしい。不機嫌でもなく意地悪でもない。いつも通り親切で明るいのだが、なんとなく僕の顔色をうかがうような感じがする。何とはなしに落ち着かない気分でいたところへ父から電話が来た。
「金曜の夜、帰ってこい、空港のホテルのロビーで夜8時に行く、いいな?」ってなんで外で会わなければならないのだろう。しかも、家族には内緒だと念を押された。何か深刻なことが起きているのだろうか?心配だった。
僕は金曜日の夕方の便で東京へ向かった。空港ホテルを予約した。東京のホテルに泊まるのは初めてだった。
ホテルのロビーで父が待っていた。僕は少し緊張した、父が家族に内緒で息子を呼び出して話す話とは何だろうと不安だった。この前の縁談だろうか?だとしたら、はっきり断るしかないと心に決めていた。父と気まずくなるのを覚悟した。
父は難しい顔をしている割には世間話しかしない。やっと話し出したと思ったら恋愛の話がしたいといわれた。何を好んで父と息子が家族に内緒で恋愛の話をするのか訳が分からなかった。
父が「純一、実は絵梨の恋愛の話なんだ。」と切り出した。「絵梨が長い間一人の男のことを思い詰めていたらしい。その恋男が誰かわかるか?」僕の心臓がキリキリ痛んだ。僕は帰ろうとした。もう聞きたくなかった。「長谷川と結婚したのは、その男を忘れるためだったらしい。」といわれて動作が止まってしまった。「何を馬鹿なことしてるんだ。」と思った。
父はもう一度「その恋男が分かるか?」と聞いた。僕はなにかものすごい無茶なクイズを仕掛けられた気がした。「答えは、純一、お前だよ。絵梨はお前を忘れるために長谷川と結婚したんだ。わざと遠くへ行こうとしたんだよ。」父は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。正解を聞いて体中が熱くなった。言葉が出なかった。
2週間前に大阪の叔父夫婦から僕の両親に僕の縁談が持ち込まれた。形式ばって筋を通したのは、その縁談は一旦進めれば断れない話だからだ。しかし大阪の叔父夫婦は姉の態度を見て縁談を進めるのをやめた。
その縁談を聞いた姉がはた目からわかるぐらい取り乱したからだ。両親に問い詰められて、もう長い間僕のことで思い詰めていたと打ち明けたらしい。
そういえば、あの時、僕が襲われた日、姉は何度も「純わかるよね?わかるよね?」と聞いた。僕はあいまいに返事をした。「わかるよね。」は姉の告白だったのだ。
僕は、もうずっと前に一番大事なクイズを考えもせずにパスしていた。姉ちゃん、21の悪ガキに、そのクイズは難問過ぎたよ。
「結婚するなら東京へ帰ってこい。」しないならどこかへ消えてしまえという話だった。それはそうだ。頬に灰色の影を貼り付けた姉に、これ以上辛い思いはさせられなかった。
続く
2019年07月14日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <10 縁談>
縁談
日本へ帰ってから就職した大阪の会計事務所では一生懸命働いた。仕事は確かに、しんどいがそれなりにやりがいも感じた。出世したいような野心も出てきた。仕事に生きるということに少し魅力を感じていた。
それに大阪の親戚は僕にとても親切だった。親戚の多いこの土地なら生涯独身でもやっていけそうな気がしていた。僕は結婚には気が向かなかった。
ところが大阪の暮らしに慣れたころには叔父夫婦は熱心に僕の縁談を探し始めた。この人たちはなぜそんなに僕に結婚させたいのか不思議だった。
タカシは親に心配をかけることもなく、ちゃんと恋をして結婚に向けて動き出していた。
僕は多少うんざりして逃げてばかりいた。大阪の住み心地が少し悪くなってきた。
タカシから叔父夫婦が僕の実家に行ったと聞いた。たぶん本気の縁談だと思った。きっと、お見合いをしたが最後、断れない話だ。僕はもう、その状況だけで拒否反応が出た。
両親が賛成したとしても僕に話が来た時点で断るつもりだった。そうなれば、その後は美奈子叔母さんからは縁談が来ないような気がした。それでいい。
叔父夫婦は翌日には東京から帰ってきたが、その後僕には何の話もなかった。両親が断ったのだろうか?いずれにしても、今後しばらくは縁談が来ないだろう。ほっとしていた。
続く
日本へ帰ってから就職した大阪の会計事務所では一生懸命働いた。仕事は確かに、しんどいがそれなりにやりがいも感じた。出世したいような野心も出てきた。仕事に生きるということに少し魅力を感じていた。
それに大阪の親戚は僕にとても親切だった。親戚の多いこの土地なら生涯独身でもやっていけそうな気がしていた。僕は結婚には気が向かなかった。
ところが大阪の暮らしに慣れたころには叔父夫婦は熱心に僕の縁談を探し始めた。この人たちはなぜそんなに僕に結婚させたいのか不思議だった。
タカシは親に心配をかけることもなく、ちゃんと恋をして結婚に向けて動き出していた。
僕は多少うんざりして逃げてばかりいた。大阪の住み心地が少し悪くなってきた。
タカシから叔父夫婦が僕の実家に行ったと聞いた。たぶん本気の縁談だと思った。きっと、お見合いをしたが最後、断れない話だ。僕はもう、その状況だけで拒否反応が出た。
両親が賛成したとしても僕に話が来た時点で断るつもりだった。そうなれば、その後は美奈子叔母さんからは縁談が来ないような気がした。それでいい。
叔父夫婦は翌日には東京から帰ってきたが、その後僕には何の話もなかった。両親が断ったのだろうか?いずれにしても、今後しばらくは縁談が来ないだろう。ほっとしていた。
続く
2019年07月13日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <8ミス>
ミス
小樽から姉や母と一緒に東京の家へ帰った。そして自分の部屋に入って心臓がドキンと音を立てた。部屋がきれいになっていた。どうも先に帰った父が掃除をしたようだ。僕の大切にしていた写真立てのガラスが割れていた。中身をみられたのかどうか心配だった。
表側を風景写真にして、その中に姉の写真を挟んでいた。その写真は僕が二階の窓から姉を隠し撮りしたものだった。
高校生の頃、姉が外出する時や戻ってきたときなど、タイミングがあえば写真を撮っていた。大きくズームアップしているものもあった。当時の僕のささやかな楽しみだった。遠くの写真屋で現像してもらって、風景写真やバイクの写真の内側にかくしていた。もし、父にこれを見られていたら、ちょっとまずいことになる。
慌てて全部の写真立てから姉の写真を出して自分のカバンの中に隠した。いつも持ち歩いているカバンなら家族に見られる心配はなかった。とても残念なことに、僕はどうしても、それらの写真を捨てることができなかった。
僕は慌てて机の袖の引き出しを確認した。そこには姉がくれた誕生日プレゼントを保管していた。メッセージカードも一緒に置いていた。これは見られなかっただろうか?
長い間家を空けるときに不用意にこんなものを置いていてはまずいとは思っていた。でも、アメリカへ持って行けば無くしてしまうかもしれない不安があった。この部屋は僕の牙城のはずだった。ちょっとミスをしたのかもしれなかった。
父の様子は普段と同じだ。こちらから問いただすことなはない。僕はなんとなく落ち着かない気分だった。それでも表面上は、去年までの4人の生活が戻ってきた。
姉は、ただ苦しくて辛いだけの1年間を送ったたのだ。ピンク色に輝いていた頬には灰色の影がへばりついていた。明るく未来を見ていた瞳は暗く沈んでいた。
姉を家でゆっくりさせてやりたかった。僕はやつれ切った姉を忘れることができなかった。今度二人きりになったら、きっと抱きしめてしまうだろう。もう、一つ屋根の下では暮らせないと思った。
姉が家でゆっくりくつろげるように僕は再渡米した。試験を受けられなかったので留年したのだ。これでよかったと思った。友人たちの話ではシンシアは試験に合格して故郷へ帰ったらしい。故郷の州都で就職が決まったそうだ。僕には連絡がなかった。
僕がアメリカにいる間に姉は保育士として働くようになっていた。正職員を目指しているらしい。そのころ長谷川の病院が倒産したことを知った。祖母の家で働いている宮本さんがメールで教えてくれた。「ざまあみろ」と思った。
続く
小樽から姉や母と一緒に東京の家へ帰った。そして自分の部屋に入って心臓がドキンと音を立てた。部屋がきれいになっていた。どうも先に帰った父が掃除をしたようだ。僕の大切にしていた写真立てのガラスが割れていた。中身をみられたのかどうか心配だった。
表側を風景写真にして、その中に姉の写真を挟んでいた。その写真は僕が二階の窓から姉を隠し撮りしたものだった。
高校生の頃、姉が外出する時や戻ってきたときなど、タイミングがあえば写真を撮っていた。大きくズームアップしているものもあった。当時の僕のささやかな楽しみだった。遠くの写真屋で現像してもらって、風景写真やバイクの写真の内側にかくしていた。もし、父にこれを見られていたら、ちょっとまずいことになる。
慌てて全部の写真立てから姉の写真を出して自分のカバンの中に隠した。いつも持ち歩いているカバンなら家族に見られる心配はなかった。とても残念なことに、僕はどうしても、それらの写真を捨てることができなかった。
僕は慌てて机の袖の引き出しを確認した。そこには姉がくれた誕生日プレゼントを保管していた。メッセージカードも一緒に置いていた。これは見られなかっただろうか?
長い間家を空けるときに不用意にこんなものを置いていてはまずいとは思っていた。でも、アメリカへ持って行けば無くしてしまうかもしれない不安があった。この部屋は僕の牙城のはずだった。ちょっとミスをしたのかもしれなかった。
父の様子は普段と同じだ。こちらから問いただすことなはない。僕はなんとなく落ち着かない気分だった。それでも表面上は、去年までの4人の生活が戻ってきた。
姉は、ただ苦しくて辛いだけの1年間を送ったたのだ。ピンク色に輝いていた頬には灰色の影がへばりついていた。明るく未来を見ていた瞳は暗く沈んでいた。
姉を家でゆっくりさせてやりたかった。僕はやつれ切った姉を忘れることができなかった。今度二人きりになったら、きっと抱きしめてしまうだろう。もう、一つ屋根の下では暮らせないと思った。
姉が家でゆっくりくつろげるように僕は再渡米した。試験を受けられなかったので留年したのだ。これでよかったと思った。友人たちの話ではシンシアは試験に合格して故郷へ帰ったらしい。故郷の州都で就職が決まったそうだ。僕には連絡がなかった。
僕がアメリカにいる間に姉は保育士として働くようになっていた。正職員を目指しているらしい。そのころ長谷川の病院が倒産したことを知った。祖母の家で働いている宮本さんがメールで教えてくれた。「ざまあみろ」と思った。
続く
2019年07月12日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <7 小鳥>
小鳥
小樽へ駆けつけて姉のやつれた顔を見たとたんに涙がこぼれた。姉は僕が日本を離れている間に傷だらけの小鳥のようになっていた。
「純、お帰り。帰ってきちゃったのね。心配かけちゃったね。ごめんね。姉ちゃん、うまくやれなかった。姉ちゃん、夫に愛されなかったの。それでも、赤ちゃんができれば、純より大切な人ができて幸福になれるんじゃないかと思ったの。なのに、なのに亡くしちゃったの。罰かもしれない。だまして結婚した女に神様が罰を与えたのかもしれない。」姉は、声を殺して泣いた。
僕のせいだと思った。僕がいなければ姉は普通の恋をして幸福な家庭を作っただろう。幸福な家庭で育った穏やかな性格の女だった。ただ、とても美しい。その美しさや、優しさに僕がのぼせたからいけなかった。
僕が馬鹿な遊び方をしなければ普通の仲のいい兄弟で暮らせたはずだ。姉の忍び泣きが余りにも辛かった。放っておくことができなかった。
「姉ちゃん、僕ちょっと大人になったよ。馬鹿なことしないから大丈夫だよ。いろんなことがあったんだろ。全部僕に話してよ。嫌なことは全部僕が引き受けてやる。姉ちゃん、すっきりして東京へ帰ろう。東京で、また、幸福なお嬢さんに戻ってくれよ。僕、姉ちゃんの辛かったこと全部引き受けてやるよ。大丈夫だよ、落ち着いたらアメリカに帰る。もう一年行かなきゃだめだ。姉ちゃん、東京でパパとママと落ち着いて暮らしてくれよ。僕、日本に帰ったら東京以外で就職するよ。絶対姉ちゃんにつらい思いをさせないよ。」
姉は、しばらく泣いていた。「ごめんね。純にそんな悲しい決心させちゃって。」といって毛布で顔を隠してしまった。「パパにもママにも話せないの。こんな話をしたらパパもママも本当に卒倒しちゃう。誰にも話せない恥ずかしい話よ。純だけよ。お願い誰にも言わないでくれる?」と念を押した。
姉は毛布で顔を覆ったまま話し出した。「夫は、ただ、食事をして姑と話して眠るためだけに家に帰ってきたの。そして、寝室に入った時だけ私に笑いかけて、きれいだよっていうのよ。いつも同じセリフよ。最初はそれが本心だと思ったわ。でも、だんだんそれは夫のルーチンワークだとわかってきたの。ただ、それをするためだけに言うのよ。決まった時間に決まったようにそれをするのよ、純。決まった時間に終わるの。ただ跡取りを作るためだけの作業だったの。どんなに嫌がっても、泣いても聞き入れてくれなかった。余りてこずらせると平手が飛んできた。腫れた顔で朝食の準備をしたのよ。お手伝いさんと二人で。」姉は、そのまま顔から毛布を外すことは無かった。
「野郎、殺してやる。」と思った。姉は僕が絶対手を触れてはいけない女だった。どんなに自分のものにしたくても手を出してはいけない女だった。その女を凌辱して大切な子供、姉の子供を殺しやがった。
僕がトイレに立って戻ったときには、姉がソファーに座って目を閉じていた。泣きはらした目だった。一言もしゃべらない。僕もだまってPCを開いた。重苦しい沈黙の中でただモニターを眺めているだけだった。
父からも姉の結婚生活が悲惨なものだったことを知らされた。それを知らせてくれたのが当時、長谷川家のお手伝いさんだった宮本さんだった。宮本さんは、見るに見かねて父に手紙をくれたのだった。その手紙を見た父が、すぐに姉を救い出して離婚の手続きに入った。
僕は小樽にいる間に宮本さんと連絡を付けた。どのみち長谷川家で働いていてもいいことなんかないはずだった。実際、長谷川さんは姉が家を出たのをきっかけにして解雇された。
僕は大阪の祖母に相談して、大阪の家のお手伝いさんとして宮本さんを雇ってもらった。誰にも相談しなかった。誰にも報告しなかった。僕が姉のことに深入りするのを家族に知られてはいけなかった。
続く
小樽へ駆けつけて姉のやつれた顔を見たとたんに涙がこぼれた。姉は僕が日本を離れている間に傷だらけの小鳥のようになっていた。
「純、お帰り。帰ってきちゃったのね。心配かけちゃったね。ごめんね。姉ちゃん、うまくやれなかった。姉ちゃん、夫に愛されなかったの。それでも、赤ちゃんができれば、純より大切な人ができて幸福になれるんじゃないかと思ったの。なのに、なのに亡くしちゃったの。罰かもしれない。だまして結婚した女に神様が罰を与えたのかもしれない。」姉は、声を殺して泣いた。
僕のせいだと思った。僕がいなければ姉は普通の恋をして幸福な家庭を作っただろう。幸福な家庭で育った穏やかな性格の女だった。ただ、とても美しい。その美しさや、優しさに僕がのぼせたからいけなかった。
僕が馬鹿な遊び方をしなければ普通の仲のいい兄弟で暮らせたはずだ。姉の忍び泣きが余りにも辛かった。放っておくことができなかった。
「姉ちゃん、僕ちょっと大人になったよ。馬鹿なことしないから大丈夫だよ。いろんなことがあったんだろ。全部僕に話してよ。嫌なことは全部僕が引き受けてやる。姉ちゃん、すっきりして東京へ帰ろう。東京で、また、幸福なお嬢さんに戻ってくれよ。僕、姉ちゃんの辛かったこと全部引き受けてやるよ。大丈夫だよ、落ち着いたらアメリカに帰る。もう一年行かなきゃだめだ。姉ちゃん、東京でパパとママと落ち着いて暮らしてくれよ。僕、日本に帰ったら東京以外で就職するよ。絶対姉ちゃんにつらい思いをさせないよ。」
姉は、しばらく泣いていた。「ごめんね。純にそんな悲しい決心させちゃって。」といって毛布で顔を隠してしまった。「パパにもママにも話せないの。こんな話をしたらパパもママも本当に卒倒しちゃう。誰にも話せない恥ずかしい話よ。純だけよ。お願い誰にも言わないでくれる?」と念を押した。
姉は毛布で顔を覆ったまま話し出した。「夫は、ただ、食事をして姑と話して眠るためだけに家に帰ってきたの。そして、寝室に入った時だけ私に笑いかけて、きれいだよっていうのよ。いつも同じセリフよ。最初はそれが本心だと思ったわ。でも、だんだんそれは夫のルーチンワークだとわかってきたの。ただ、それをするためだけに言うのよ。決まった時間に決まったようにそれをするのよ、純。決まった時間に終わるの。ただ跡取りを作るためだけの作業だったの。どんなに嫌がっても、泣いても聞き入れてくれなかった。余りてこずらせると平手が飛んできた。腫れた顔で朝食の準備をしたのよ。お手伝いさんと二人で。」姉は、そのまま顔から毛布を外すことは無かった。
「野郎、殺してやる。」と思った。姉は僕が絶対手を触れてはいけない女だった。どんなに自分のものにしたくても手を出してはいけない女だった。その女を凌辱して大切な子供、姉の子供を殺しやがった。
僕がトイレに立って戻ったときには、姉がソファーに座って目を閉じていた。泣きはらした目だった。一言もしゃべらない。僕もだまってPCを開いた。重苦しい沈黙の中でただモニターを眺めているだけだった。
父からも姉の結婚生活が悲惨なものだったことを知らされた。それを知らせてくれたのが当時、長谷川家のお手伝いさんだった宮本さんだった。宮本さんは、見るに見かねて父に手紙をくれたのだった。その手紙を見た父が、すぐに姉を救い出して離婚の手続きに入った。
僕は小樽にいる間に宮本さんと連絡を付けた。どのみち長谷川家で働いていてもいいことなんかないはずだった。実際、長谷川さんは姉が家を出たのをきっかけにして解雇された。
僕は大阪の祖母に相談して、大阪の家のお手伝いさんとして宮本さんを雇ってもらった。誰にも相談しなかった。誰にも報告しなかった。僕が姉のことに深入りするのを家族に知られてはいけなかった。
続く
2019年07月11日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <6 流産>
流産
姉の妊娠の知らせから一カ月もたたないのに姉が流産したと連絡がきた。しかも離婚の話を進めているという。流産で離婚?金持ち夫は流産した姉をいたわってやらないのか?嫌な感じがした。
この時期僕は資格取得に向けて試験勉強の真っ最中だった。それなのに居てもたってもいられなかった。僕が東京行の飛行機を予約しようとしたとき、シンシアは激しく怒って僕を止めた。
「純、あなたは間違っている。お姉さんは流産したのよ。あなたが帰っても何もすることは無い。流産を慰めるのは夫の仕事よ。あなたの仕事じゃない。あなたが今すべきことは試験に合格することよ。試験を受けてから帰ってもお姉さんを慰めることはできるのよ。あなたは今帰るべきじゃない!もう少し賢い人かと思ってた。」と激しくなじられた。
「シンシア、僕は思春期から今まで賢かった時なんてないんだよ。ずっと姉に恋をしているバカ者なんだ。」と僕が言うとシンシアの顔色が変わった。いままで見たこともないような冷たい顔だった。シンシアは突然僕の知らない他人になった。
「純、私が生まれ育った町は田舎で、いろんな差別があるの。でも私の両親は差別意識が少ない文化人よ。私も差別なんかとは無縁に育てられたわ。人種も職業も同性愛も差別してはいけないと教育されたの。でも兄弟はだめよ。セクシュアルなパートナーになれない。私の父は国籍にのこだわるような人じゃないけど、東洋人は止めた方がいいって言ったの。東洋人は分からないって。でも、私はそんなこと気にしなかったの。貴方はハンサムだし頭もいい、きっと有能なビジネスマンになる。私達は素敵なパートナーになれると思っていたの。でも私の父は正しかった。純、私はあなたが分からない。悲しいわ」と青ざめた顔をして帰っていった。
「兄弟はダメよ。セクシュアルなパートナーになれない」という言葉が重くのしかかっていた。わざわざ言われなくてもよく分かっていた。「だから今、ここにいるんだ。」と言ってやりたかった。
初めて経験した屈託のない恋。知的で明るくて優しくて、その上セクシーな恋人。みんなから祝福される恋を無くしたくなかった。シンシアはたった一人の恋人だった。
僕はそれでも矢も楯もたまらずに東京へ戻ってしまった。東京に戻れば以前の僕が戻ってきた。アメリカでの僕はアメリカでしか生きられなかった。東京へ戻ったとたんに移住の気持ちやシンシアへの思いは心の奥底に沈んでしまった。
続く
姉の妊娠の知らせから一カ月もたたないのに姉が流産したと連絡がきた。しかも離婚の話を進めているという。流産で離婚?金持ち夫は流産した姉をいたわってやらないのか?嫌な感じがした。
この時期僕は資格取得に向けて試験勉強の真っ最中だった。それなのに居てもたってもいられなかった。僕が東京行の飛行機を予約しようとしたとき、シンシアは激しく怒って僕を止めた。
「純、あなたは間違っている。お姉さんは流産したのよ。あなたが帰っても何もすることは無い。流産を慰めるのは夫の仕事よ。あなたの仕事じゃない。あなたが今すべきことは試験に合格することよ。試験を受けてから帰ってもお姉さんを慰めることはできるのよ。あなたは今帰るべきじゃない!もう少し賢い人かと思ってた。」と激しくなじられた。
「シンシア、僕は思春期から今まで賢かった時なんてないんだよ。ずっと姉に恋をしているバカ者なんだ。」と僕が言うとシンシアの顔色が変わった。いままで見たこともないような冷たい顔だった。シンシアは突然僕の知らない他人になった。
「純、私が生まれ育った町は田舎で、いろんな差別があるの。でも私の両親は差別意識が少ない文化人よ。私も差別なんかとは無縁に育てられたわ。人種も職業も同性愛も差別してはいけないと教育されたの。でも兄弟はだめよ。セクシュアルなパートナーになれない。私の父は国籍にのこだわるような人じゃないけど、東洋人は止めた方がいいって言ったの。東洋人は分からないって。でも、私はそんなこと気にしなかったの。貴方はハンサムだし頭もいい、きっと有能なビジネスマンになる。私達は素敵なパートナーになれると思っていたの。でも私の父は正しかった。純、私はあなたが分からない。悲しいわ」と青ざめた顔をして帰っていった。
「兄弟はダメよ。セクシュアルなパートナーになれない」という言葉が重くのしかかっていた。わざわざ言われなくてもよく分かっていた。「だから今、ここにいるんだ。」と言ってやりたかった。
初めて経験した屈託のない恋。知的で明るくて優しくて、その上セクシーな恋人。みんなから祝福される恋を無くしたくなかった。シンシアはたった一人の恋人だった。
僕はそれでも矢も楯もたまらずに東京へ戻ってしまった。東京に戻れば以前の僕が戻ってきた。アメリカでの僕はアメリカでしか生きられなかった。東京へ戻ったとたんに移住の気持ちやシンシアへの思いは心の奥底に沈んでしまった。
続く
2019年07月10日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <5 変化>
変化
暴力事件の後から僕はつまらない遊びをしなくなった。さすがに怖くなった。それに留学という解決方法を見出していたからだ。姉への恋心の呪縛から逃れられるかもしれないと思っていた。
留学のことを父に相談した。父はもともとは外資系のサラリーマンだった。留学を希望したことを喜んでくれた。僕の遊びが治まっていたことも、父から快諾を得る要因になったようだ。
その年の9月には、アメリカの大学に編入できた。もともと英語はある程度できたので、苦労はしたが不可能では無かった。
僕が住んだアメリカの街は留学生も多く東洋人にも住みやすい街だった。留学生仲間は大きく三つに分かれた。留学という箔をつけに来ているグループと、本気で研究目的で来ているグループ、僕のように資格取得が目的で来ているグループだった。そして、勉強するグループとしないグループに分かれた。僕は勉強するグループにいた。
僕が渡米して半年ぐらいして姉の結婚の連絡がきた。その半年後には妊娠の連絡も来た。
好きな女が金持ち男と結婚して妊娠したという連絡に喜ぶ男はいない。陰ながら喜ぶといった品のいい思考回路は僕にはなかった。おめでとうと返信するのがやっとだった。胸くそが悪くてしょうがなかった。
そんな僕にも部屋に遊びに来てくれるガールフレンドができた。彼女の名前はシンシアといった。アメリカ中部の街から来ていた。初めて経験する普通の恋愛だった。シンシアは毎日来ては一緒に勉強をして食事をして愛し合った。週の半分は泊って行った。試験が済んだら一緒に暮らそうと話していた。そのあとのことは決めていなかった。僕は結婚の可能性も感じていた。
明るくて何の屈託もない付き合い、周りの誰に言ってもみんなが認めてくれる普通の恋愛だった。両親には申し訳ないけれど、住む世界を変えてよかったと思った。姉が結婚して幸福になるなら、僕だって、ここで幸福になれそうな気がしていた。
食事が常にワンパターンで当たり前だが洋食ばかりなのには辟易した。それでも、慣れれば悪くないかもしれない。こういう場所へ移住してもいいかもしれないと思っていた。
続く
暴力事件の後から僕はつまらない遊びをしなくなった。さすがに怖くなった。それに留学という解決方法を見出していたからだ。姉への恋心の呪縛から逃れられるかもしれないと思っていた。
留学のことを父に相談した。父はもともとは外資系のサラリーマンだった。留学を希望したことを喜んでくれた。僕の遊びが治まっていたことも、父から快諾を得る要因になったようだ。
その年の9月には、アメリカの大学に編入できた。もともと英語はある程度できたので、苦労はしたが不可能では無かった。
僕が住んだアメリカの街は留学生も多く東洋人にも住みやすい街だった。留学生仲間は大きく三つに分かれた。留学という箔をつけに来ているグループと、本気で研究目的で来ているグループ、僕のように資格取得が目的で来ているグループだった。そして、勉強するグループとしないグループに分かれた。僕は勉強するグループにいた。
僕が渡米して半年ぐらいして姉の結婚の連絡がきた。その半年後には妊娠の連絡も来た。
好きな女が金持ち男と結婚して妊娠したという連絡に喜ぶ男はいない。陰ながら喜ぶといった品のいい思考回路は僕にはなかった。おめでとうと返信するのがやっとだった。胸くそが悪くてしょうがなかった。
そんな僕にも部屋に遊びに来てくれるガールフレンドができた。彼女の名前はシンシアといった。アメリカ中部の街から来ていた。初めて経験する普通の恋愛だった。シンシアは毎日来ては一緒に勉強をして食事をして愛し合った。週の半分は泊って行った。試験が済んだら一緒に暮らそうと話していた。そのあとのことは決めていなかった。僕は結婚の可能性も感じていた。
明るくて何の屈託もない付き合い、周りの誰に言ってもみんなが認めてくれる普通の恋愛だった。両親には申し訳ないけれど、住む世界を変えてよかったと思った。姉が結婚して幸福になるなら、僕だって、ここで幸福になれそうな気がしていた。
食事が常にワンパターンで当たり前だが洋食ばかりなのには辟易した。それでも、慣れれば悪くないかもしれない。こういう場所へ移住してもいいかもしれないと思っていた。
続く
2019年07月09日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <4 襲撃>
襲撃
ある日僕は駅で当時付き合っていた女の車を待っていた。雨だから迎えに来てくれるという話だった。ところが待ち合わせ場所に来たのは男3人だった。男たちに路地に追いこまれて殴られた。一人が羽交い絞めにして二人で殴ったりけったりした。待ち合わせをしていた女の男友達だった。
殴られている最中に、女の悲鳴が聞こえた「きゃー、おまわりさん。おまわりさ〜ん。」と何度も何度も大声で叫んでいた。姉の声だった。人が集まってきて男たちは雲の子を散らすように逃げて行った。警官が来て僕を助け起こしてくれた。ふと見ると姉が路地の入口で顔をひきつらせたまま固まっていた。
「姉ちゃん、逃げなきゃだめじゃないか。なんかあったらどうすんだよ!」僕は助けてもらったのを棚に上げて姉に怒っていた。警官につれられて交番へ着いて、やっと姉は落ち着いたようだった。警官から被害届を出すように言われたが出さなかった。そのことで両親からやいのやいのといわれるのがうっとおしかった。
家には、こっそり帰った。姉の部屋で顔を拭いて傷の手当てをしてもらった。着替えてからこっそり風呂に入った。その時の姉のハンカチを捨てられなかった。
「純、純、姉ちゃんは純が大切なの。純が誰よりも大切なんだよ。だから純、将来に傷をつけるようなことをしちゃいけない。わかるよね。姉ちゃんの言うことわかるよね。純、わかるよね。」と姉が何度も念を押すので、僕はとりあえずうなずいていた。
でも本当は分からなかった。何をわかれというんだろうか?「何もわかってないのは、あんたなんだよ。」と心の中でうめいた。
「純、留学しなさい。しばらく日本を離れなさい。純が留学している間に姉ちゃん結婚するよ。どっか遠くへお嫁に行っちゃうよ。わかるよね。」といわれた。何か、ひっかかる話だったが僕は納得した。襲われた恐怖感と姉の熱っぽい雰囲気の両方で思考力が飛んでいた。
留学は妙案だと思った。環境を変えれば他に好きな女ができるかもしれない。そしたら、もっと楽になるかもしれないと思った。
続く
ある日僕は駅で当時付き合っていた女の車を待っていた。雨だから迎えに来てくれるという話だった。ところが待ち合わせ場所に来たのは男3人だった。男たちに路地に追いこまれて殴られた。一人が羽交い絞めにして二人で殴ったりけったりした。待ち合わせをしていた女の男友達だった。
殴られている最中に、女の悲鳴が聞こえた「きゃー、おまわりさん。おまわりさ〜ん。」と何度も何度も大声で叫んでいた。姉の声だった。人が集まってきて男たちは雲の子を散らすように逃げて行った。警官が来て僕を助け起こしてくれた。ふと見ると姉が路地の入口で顔をひきつらせたまま固まっていた。
「姉ちゃん、逃げなきゃだめじゃないか。なんかあったらどうすんだよ!」僕は助けてもらったのを棚に上げて姉に怒っていた。警官につれられて交番へ着いて、やっと姉は落ち着いたようだった。警官から被害届を出すように言われたが出さなかった。そのことで両親からやいのやいのといわれるのがうっとおしかった。
家には、こっそり帰った。姉の部屋で顔を拭いて傷の手当てをしてもらった。着替えてからこっそり風呂に入った。その時の姉のハンカチを捨てられなかった。
「純、純、姉ちゃんは純が大切なの。純が誰よりも大切なんだよ。だから純、将来に傷をつけるようなことをしちゃいけない。わかるよね。姉ちゃんの言うことわかるよね。純、わかるよね。」と姉が何度も念を押すので、僕はとりあえずうなずいていた。
でも本当は分からなかった。何をわかれというんだろうか?「何もわかってないのは、あんたなんだよ。」と心の中でうめいた。
「純、留学しなさい。しばらく日本を離れなさい。純が留学している間に姉ちゃん結婚するよ。どっか遠くへお嫁に行っちゃうよ。わかるよね。」といわれた。何か、ひっかかる話だったが僕は納得した。襲われた恐怖感と姉の熱っぽい雰囲気の両方で思考力が飛んでいた。
留学は妙案だと思った。環境を変えれば他に好きな女ができるかもしれない。そしたら、もっと楽になるかもしれないと思った。
続く