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2023年05月21日
女性の気持ちが分かる本 「自転しながら公転する」 山本文緒
主人公、32歳の都はアパレル勤務。
中卒の寿司職人、寛一と付き合いはじめるが、
あれこれ悩み、決断できない。
’
職場はセクハラ、頼りない店長と
問題だらけ。
タイトル通り、彼女はぐるぐると自転、
思い悩む。
そして都がたどり着いた結論とは……。
’
結構長い小説だったが、一気に読了。
話自体はなんてことないけど、
うだうだ考えている32歳女性の
心理描写がとてもリアルで
女性にファンが多いのがよくわかる。
’
印象的な場面は解説にも書いてあったが、
店の飲み会でひどいセクハラを受けた都が、
後輩のそよかと彼に話を聞いてもらい
帰宅したあと、心情を吐露するシーン。
’
「羨ましくて爆発しそうだった。
ああいう男性と付き合ってるそよかが
心底羨ましかった。高学歴で、いい会社に勤めていて、
優しくて大人で、冷静に女の人を守ってくれる。
でも自分はああいう人と巡り合える気がしなかった。
自分が巡り合ったのは、寛一だ」
’
著者はかつて、
「一番残酷なのは普通の人かもしれない」と
いう言葉を記している。
よくわかるよねー。
この小説はそんな作家の視点で描かれているから、
少し痛くて滑稽で傲慢で、でも不安で揺れ動いて、
自信がもてない、どこにでもいる普通の女性を
優しく包み込む力がある。
’
著者は昨年がんでなくなったそうだが、
作品は残る。
もう少し彼女の小説を読もうと思います。
価格:1,980円 |
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天才2人! 「山本直純と小澤征爾」 柴田克彦著
いろんな音楽家から、山本直純さんの天才ぶりは
聞いていたんですが、ここまでとは。
陽気で人懐っこい人物に見えながら、音楽なら
何でもできてしまう天賦の才能を持ち、
それゆえの孤独感を宿した孤高の人が直純さんで、
天賦の才能を持った孤高のマエストロに見えながら
勉強と努力を重ねて頭角を現した、人懐っこい
人情家が、小澤さんであることが、この本を
読むとよくわかります。
なにしろ、小澤さんの指揮の最初の先生が
直純さんだったというから驚きです。
'
小澤さん曰く、
「僕はいつも彼の陰にいました。でも対抗心なんて
全くなかった。彼のほうが圧倒的に上だったんです」
’
さだまさしさん、
「1970年代当時に、世界中の指揮者の中で
ベートーヴェンの1番から9番までの交響曲のスコアが
全部頭に入ってる人は、直純さん以外に何人いただろうか」
’
直純さんが小澤さんに常々言ってたのは、
「俺はクラシックの底辺を広げる仕事をするから
お前はヨーロッパへ行って頂点をめざせ」
直純さんのスゴさが忘れられていると思いもあり
筆者はこの本を書いたのだと思う。
僕も改めて知るために、「オーケストラがやってきた」
のDVD全集を買いました。
観るのが楽しみです。
'
価格:858円 |
2023年05月20日
再読、名著。「俳優のノート」 山崎努
’
演劇関係者はもちろん、表現に関わっている
すべての人に読んで欲しい、名著です。’
名優がリア王の戯曲をどう読み解き、
演技をしていくかをつぶさに描いている。
あとがきで香川照之が「あなたがもし俳優ならば、
あなたは即刻この本を教科書と指定すべでである」
と記しているが、戯曲を読むとはどういうことか、
演技をするというのは何なのか、を深くえぐられ、
唸るほどの名言が散りばめられている、
類まれなる本です。
少し長くなるけど、その一部をご紹介。
「ある感情から次の感情に飛躍することが
日本の俳優の苦手とするところで、これが劇の
ダイナミズムを損なう最も大きな原因である。
ドラマチックということはダイナミックと
いうことであり、ダイナミックでなければ
ドラマチックではない。
感情の沼に溺れ込んで、ぬくぬくべたべた
めそめそと、まるで羊水の中に留まっていれるだけの
自己充足的感情お化け芝居は劇ではない」
「当初から目指していた演技のダイナミズムが
実現しつつあるように思う。感情のアクロバット。
日常ではあり得ない感情や意義の飛躍を楽しむのだ。
しかし、基本にあるのはあくまで日常の感情だ。
日常の感情を煮つめ、圧縮し拡大したものが
舞台上の感情なのである」
「演技の修練は舞台上ではできない。
優れた演技や演出を見て、技術を学ぼうとしても
駄目なのだ。その演技はその人独自なものである。
大切なものは日常にある」
「やはり人は、皆、己の身の丈にあった感動を
持つべきものなのである。
読みかじったり聞きかじったりした知識ではなく、
自分の日常の中に劇のエキスはある。
我々はそのことをもっと信じなければならない」
「四十年も俳優業をやっているのだから、
笑わせたり泣かせたりすることはもう充分に
出来るはずだ。
どのキーを押してどんな音を出すか、充分に
知ったはずだ。
肝心なことは、何のための演技をするかなのだ。
演技をすること、芝居を作ることは、
自分を知るために探索の旅をすることだと思う。
役の人物を掘り返すことは、自分の内を掘り返す
ことでもある。(略)
役を生きることで、自分という始末に負えない
化けものの正体を、その一部を発見すること。
しかし手に入れた獲物はすぐに腐る。
習得した表現術はどんどん捨てて行くこと」
「俳優は馬鹿ではいけない。俳優は演出家の
道具になってはならない。
今、演出家主導の芝居がもてはやされている
ようだが、これはとても悲しく淋しいことだ
我々俳優は森全体を見、そして木を
見なければならない。
自立しなければならない。
そして、演技をひけらかしては
ならない」
「登場人物が、俳優という生身の肉体を与えられ、
舞台の上で生き生きと存在すること、それが
芝居の生命なのだ。
戯曲が素晴らしい、演出が新鮮だ、演技が見事だと
観客に感じさせたらそれは失敗なのである。
舞台上に劇の世界を生き生きと存在させること。
ただそれだけ」
俳優の話をされてるんですが、いろんなことに
置き換えられる深い言葉だなーと思います。
おそらくこれから何度も読み返す、
大事な本です。
未読の方はぜひ。
’「
価格:825円 |
本好きは必読です! 「本のエンドロール」 安藤祐介
子どもの頃から本は必需品だった。
本屋はワンダーランド。
海外に行っても必ず書店巡りを
した。
本屋に勤め、店長をしていたこともある。
作家、編集者、店員さん、
本を作る人、売る人の物語も相当
読んできた。
けれど、本を造る、印刷所の話は
初めてだった。
’
この小説は「印刷会社はメーカー」だと
いう矜持を胸に、いくたびのトラブルに
見舞われながらも、営業を続ける主人公、浦本と
本造りにかかわる人たちの物語だ。
‘
書店員、森田和代が言う。
「昔は黙っていても本が売れたんですけどね、
今はそうはいきません。でも、一矢報いたい」
一矢報いる。その言葉が浦本の胸に刺さった。
「そのために私の立場でやれることは、
素晴らしいと思った本を一冊でも多く
売り場から読者の手へ送り出すことです」
「見習いたいです。私の立場でやれることは
よりよい本を造ることです。
浦本は「本を造ること」と言い切った。
森田は何も言わず頷いた。
「なんだか浦本さんとお話をしていると、
当たり前ですが印刷する方や製本する方も
いるんだあって実感します」
’
本を書く人、作る人、配本する人、そして
売る人がいる。
普段は関わり合いがなくても、浦本と森田の
仕事は一本の道で繋がっている。
そう、実感し、また心強く思えた。
こんな文章読んだら、本好きはたまりません。
胸が熱くなって涙が滲みます。
タイトルは、本の最終ページに載っている
奥付のこと。
読み終わって、初めて奥付を意識して
見ました。
作品の最後にとてもオシャレな演出も
魅せてくれます。
出来れば、読み終わってから見て欲しいです。
’
価格:1,012円 |
2023年05月19日
小気味いい啖呵。 「脳の闇」 中野信子
著者の本は初めて読んだが、
いやー、ここまで気持ちの良い
江戸前とは思わなかった。
専門の脳についての話も
もちろん面白いが、秀逸なのは、
第六章の「やっかない私」と
七章の「女であるということ」。
フレーズが切れてて、毒もあり
べらんめぇの落語を聞いてるようだ。
印象に残った文節をひく。
女の子扱いされることが大嫌いだった。
幼稚園の頃、大人になったら「およめさん」
と書いた子を心底、軽蔑していた。
どちらといえば、というかむしろ明らかに、
自分はかなり気難しい部類に属する人間で
あると思う。
(中略)
毎日が同じ繰り返しを前提としているような
閉塞的な関係は、自分には向いていない。
(中略)
気難しくしようと思ってしているのではなく、
相手に合わせるためのやる気を出すことが
不可能なのである。
「この相手に合わせることによるメリットは
コストに見合わない」と、勝手に脳が判断
するわけだが、その脳に判断されたら、
それ以上のことはできなくなってしまう。
結婚に向いている人がいる以上、
向かない人もいる。
それを多様性というのであって、
どちらかが優れているというのではない。
けれど論理的で頭がよいでもない一部の
人たちは、社会通念に頭を乗っ取られ、
こうあるべきだと他人を追い詰める快楽に
いつの間にか中毒してしまう。
そんなジャンキーたちに奪われるほど、
自分の人生は軽くないはずだと、
多くの人が開き直ることができると
いいと思うけれど。
……いいなぁ、中野、かっこいいっす。
価格:946円 |
実のある小説 。「花は咲けども噺せども −神様がくれた高座」 立川談慶
これまで著者の作品を読んできて、
僕は師匠のことを「知の人」だと
思ってきた。
ロジカルで世の中を斜めに見ながら
シニカルな笑いを発信する。
慶応大学、ワコールという華麗な経歴も
加味して、イメージが増幅したのかもしれない。
けれどこの小説を読んで、「情の人」と
いう魅力が加わった。
もちろんフィクションなので、主人公=著者
ではないが、出てくるエピソードの選び方、
時折著者の声ではないかと思う、生の言葉が
とても優しく、真面目で、しかもセンチメンタルなのだ。
帯の談春師の「不器用をすねらせたような男が芸人に
なった」という意味が読後、よくわかった。
それから、もうひとつ「努力の人」なんだとも
思った。
第一章より、二章、三章と回が進むごとに
筆が洗練され、読みやすくなっていくのだ。
うまい小説はあまたあるが、
この作品には、著者のこれまで流した涙や
悔しさ、喜び、哀しさなど
人生で支払ったすべてが反映され、とても実のある作品に
なっている。
ぐっとくるフレーズも多い。
僕が印象に残ったのは、
「下から目線ってさ、なんだかすべてが自分より
上にいるから、すべてがすげえんだなって思える
目線なのかもな。謙虚とかとは、違うよね、それは」
「上から目線だと相手の顔しか見えないけど、下から
目線だとさ、相手のすべてが見えるんだよ。人生、
下から目線」
「仕事って、迷い込んできた子犬みたいなものだな
って俺なんかは近頃思うんだよな。キツイ、厳しい
仕事でもさ、自分を頼りにクンクンと尻尾振って
やってきたやつだと思うとさ、かわいく思えて
くるような気がしてさ」
こんな台詞、なかなか書けない。
作家が全体重をかけた作品。
人生の元手がかかった一冊。
780円(税別)は安い。
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2023年05月18日
親になるとは、子を持つとは? 「漂う子」 丸山正樹
「デフ・ヴァイス」を書いた著者の
第二作。前作に続いてこれも
深く良質な小説。
テーマは、「居所不明児童」。
住民票などには記載されているのに
居場所が分からず、就学が確認できない
小中学生のことだ。
親が多額債務を抱えて一緒に逃げている、
母が夫のDVから逃れ、身を隠すなどが
要因のひとつとして挙げられる。
いずれにしろ、親の犠牲になった子どもたちだ。
この小説を読んで僕は初めて知ったが、
そんな子が全国に1500人以上もいるらしい。
物語は、一人の少女が失踪したことを知り、
主人公二村直(32歳・カメラマン)が、
彼女を探すはめになったところから始まる。
直に捜索を頼んだのは恋人の祥子(35歳・教師)。
失踪した少女は祥子の教え子だった。
捜索の途中でどんどん明らかになっていく、
虐待や棄児、援助交際などの社会の闇。
果たして教え子は見つかるのか。
家族とは、親になるとはどういうことかを、
何度も問いかけてくる物語だ。
主人公の直のキャラクターがあまりにも
自分に近いので、僕はお尻がむずむずし
落ち着かなくった。
彼は子どもを持つことはひどく恐れている。
「自分の子供をー自分が作り出した分身の
ような存在を、この世に生み出すっていう
ことが怖いんだ。
本当にそんなことをしていいのかって、
そんな神様みたいなことを俺なんかが
してもいいのかってー」
結婚を、子供を持つことを選ばなかった
僕としては、彼のこの台詞が誰よりもよくわかる、
気がする。
いくつになっても大人になれない、バカな自分を
突き付けられたが、この小説は最後の最後に
少しだけ希望の光を魅せてくれる。
丸山正樹。
いやー、素晴らしい作家です。
価格:902円 |
傑作!「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」 丸山正樹
読み始めたらページをめくる
手が止まらず、気が付いたら
朝になっていた。
小説を読む楽しみのひとつに
知らない世界を知るということが
ある。
本作はまさしく新しい知識を
得る喜び、手話の世界を教えてくれる。
なかでも驚いたのは、
手話にはいくつかの種類があるということ。
一般的に知られている、
日本語に手の動きをひとつひとつ当てはめて
いく手法、「日本語対応手話」。
聴者が手話の教室などで学んだり、
手話通訳士が使用する手話も同じ。
これに対しろう者が昔から使っているものは
「日本手話」と呼ばれ、日本語の文法とは
全く違った独自の言語体系を持っている。
これは生まれた時から使っていないと
なかなか習得できず、聴者はもちろん、
難聴者や中途失聴者などは使いこなせい。
逆にろう者が「日本語対応手話」を理解する
にはいちいちそれを頭の中で「日本手話」に
置き換えないといけないので、
「何とか理解はできるもののかなり疲れる」
ということだ。
物語はコーダで生まれた主人公が
手話通訳士となり、その仕事をして
いく中で、殺人事件が起こる。
それは、主人公がかつて関係していた
17年前の殺人事件と重なりあう。
現在と過去が交錯する謎の果てに
あるものとは……。
ラストシーンの台詞に
涙が滲み、胸が熱くなった。
ミステリーとしても文学としても
この作品は、まぎれなく傑作です。
奥付を見てより納得。
2015年の文庫化以来、2020年で
第10刷。
やっぱりいい小説は読み継がれるんだなぁ。
【中古】【古本】デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 丸山正樹/著 文藝春秋 丸山正樹/著【文庫 日本文学 文春文庫】 価格:464円 |
バスタオル問題 「老人初心者の覚悟」 阿川佐和子
このエッセイを読んでたら、
バスタオルはフツー、3日に一度
くらい洗うらしい。
シャワーのあと使うたびに
洗濯機に入れる男性の話が出て女性陣が
「ウソー」
「ホテルじゃあるまいし」
「ホテルだって二日は使うんじゃない」
「彼ってワイルドな顔してるわりに
案外、清潔なんだねー」
と驚いていた。
これを読んでびっくりした。
僕も彼と同じだったし、それがフツーと
思ってたから。
皆さんは、どうですか。
ちなみに阿川さん、ブラジャーを
三週間ぐらい洗わないと書いたら
反響がすごかったらしいです。
老人初心者の覚悟 (中公文庫 あ60-4) [ 阿川佐和子 ] 価格:814円 |
何度も涙が……。 「赤ちゃんをわが子として 育てる方を求む」 石井光太
読み終わるまでに
涙を何度、手で拭ったか、わからない。
本作は、特別養子縁組の法律を勝ち取るために
国を相手に戦った産婦人科医、菊田昇の
評伝小説だ。
僕は初めて知ったが、「特別養子縁組」とは、
実親に育ててもらえない子どもたちが、別の夫婦に
引き取られ、実子同然に育ててもらえる
ことを認める制度のことだ。
主人公、菊田昇は遊郭の家に育ち、
たくさんの女たちの悲劇を見てきた。
彼女たちを救おうと彼は産婦人科医を選び、
故郷で開業する。
しかし一番の稼ぎ口は、中絶手術だった。
なかでも大変なのは、当時はまだ認められていた
妊娠七か月までの掻把。
赤ちゃんの姿そのままに出てくる子を死産の
まま産ませることのつらさ。
さらにもっと悲惨なのは、臨月間近になり
それでもおろさなければいけない場合、
医者は泣き声を上げる赤ちゃんを殺めなければ
いけない。
レイプをはじめ、どうしても産めない事情の
女たちの悲劇を守るためには、医者としては
仕方がない。
菊田は苦悩し、そして決意する。
「八か月以上の女性には出産してもらって、
その赤ん坊を不妊症の夫婦にあげてみては
どうだべ。実子として育てるんだ」
夫婦が血のつながりのない赤ん坊を
自分の子どもとして届けるには、
医師が出生届で偽証しなければならない。
それは明らかな違法行為。
だから看護婦がいう。
「できればいいですけど、それこそ
法律に反しますよね」
菊田が返す。
「そりゃそうだが、妊娠八か月の中絶だって違法だ。
どうせ同じ違法行為をするなら、赤ん坊の命を
助けるためにすべきでねえのか。
誰がどう見たって、赤ん坊をバケツに沈めて
殺すよりマシと思うべ。
俺が赤ん坊を殺すのも、別の医者に殺されるのも
もうたくさんだ。
赤ん坊ば救うには、この方法しかねぇ」
以来彼は、自分の生涯をかけて法律を勝ち取る
まで国を相手に闘いを続ける。
そして昭和63年、特別養子縁組法案は
正式に施行される。
いやー、ほんとうの偉人というのは、
菊田昇医師のような人なんでしょうね。
こんなすごい方、素敵な人生を、
簡潔で明解な文章で小説にしてくれた
著者の石井光太さんにも感謝です。
10年に一度あるかないかのいい小説です。
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