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高坂圭
フリーランスの放送作家・脚本家、コピーライター として活動し、33年目を迎えました。 最近は、物語プランナーとして、ストーリーの力で ビジネスをアップするクリエイターとしても活動しています。
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2023年05月16日

三度目の読了 「月の満ち欠け」 佐藤正午

ここ十数年読んだ中で一番

面白かったのは、同じ著者の

「鳩の撃退法」、そして次にこちら。



小説の一番得意な分野というのは、

奇妙な話と時空を自在に超えていく物語だと

思っている。

この作品にはその二つが共存している。

第157回の直木賞受賞作。

有名な作品で映画にもなったので、

内容にはあえて触れないが、

代わりに当時の審査評を

ひいておきます。



浅田次郎

「熟練の小説である。抜き差しならぬ話のわりには

安心して読める大人の雰囲気をまとっており、

文章も過不足なくていねいで、どれほど想像力が

翔いてもメイン・ストーリーを損うことがない。」



伊集院静

「それにしても奇妙な物語である。

まあ本来、小説には奇妙、摩訶不思議な所が

備わっているものであるが、これを平然と、こ

ともなげに書きすすめられる所に、作者の力量、

体力を見せられた気がする。」



北方謙三

「私は、最後の一行というか一場面というか、

本来ならば切れ味と言われるところに、

微妙な作為を感じてしまったのだが、

それが欠点だという確信は持てなかった。」

「私はこの作品を第一に推し、ほかに

推すものを持たなかった。

平明で抑制があり簡潔な文章で、しかも作品の

持つ底力が、私を押してくる。」



林真理子

「群を抜いていた。佐藤さんの作品の中では、

必ずしも最良のものとは思えないが、

構成の巧みさ、何よりも淡々と物語を運んでいく

文章力はさすがであった。」

「とはいうものの、後味の悪い小説である。」

「多分に文学少女的発想だと思われそうだが、

この物語を「嵐が丘」と見た。

ヒースクリフは他のすべてを破局に向かわせながら、

ひたすらキャサリンの幽霊を待っている。

男女の愛の究極の自分勝手さ、理不尽さを

描こうとしたなら「月の満ち欠け」は成功している。」



桐野夏生

「人間の個性や人格というものを敢えて

無視して成立させる、ダークなファンタジーと

いったところか。」

「死んだはずの瑠璃が少女に憑依して、

常に哲彦の元に戻ろうとする設定は、

その執着ゆえに薄気味悪さを伴う。

実に奇妙な小説である。」

「構成は怖ろしく凝っていて巧みだ。」



宮部みゆき

「輪廻転生という仕掛けを使って、

当事者の二人以外は誰も幸せにしない

恋愛というものの暴力性と理不尽さを描いた

小説だと私は思っています。」

「そういう読み方をするのは私の性格が

歪んでいるからだろうかと密かに怯えつつ

選考会に臨みましたら、

各委員から「小説としての完成度は素晴らしいが、

物語としては薄気味悪い」というお声を

聞いて安堵しました。」



東野圭吾

「超常現象に直面した人々の反応に

疑問が残った。」

「生まれ変わった本人の戸惑いが描かれていない

点にも不満が残る。」

「また、最後の章は不要だったのではないか、

と思っている。とはいえ、それ以外の場面では

登場人物一人一人のドラマにリアリティと

味わいがあった。

もっとも楽しんで読めたのは本作である。」

「もちろん佐藤正午さんの受賞を祝うことに

些かの躊躇いもない。」



宮城谷昌光

「人は生まれかわることができる。

それがテーマである。この小説はそれを

事例化したにすぎない。

生きては死に、死んでは生きる、ということを

くりかえすとなれば、氏名は変わってもおなじ

人間しかそこに存在しない。(引用者中略)

最後には、その退屈さに、読み手は厭きるであろう。」

「文章の巧さは、ほかの作品にまさっており、

選考委員諸氏の賛意をうける器は、

この作品だけがととのっていた印象であった」



高村薫

「いかにも小説的な文体のわりに

意外なほど人間の体温に乏しい。

生まれ変わりという主題がそのまま

小説の動力になり、躯体になる一方で、

自分が生まれ変わりだと知った人間の驚きや

苦悩が一切描かれていないことに因るが、

ベテラン作家のこの企みの目的は

奈辺にあるのだろうか。」

「技巧的で、かなり不気味なこの作りものの

世界は、作者の真骨頂ではあるのだろうが――。」



小説好きにはたまらないはずです。



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ちょっとずつ読む楽しみ。 「吉兆味ばなし 一」 湯木貞一

名料亭「吉兆」の創始者が書いた

「家庭料理指南」といったものですが、

いい言葉がたくさん出てくるんですよね。

季節に合わせたお料理の話がいっぱい

なので、僕は四季折々にちょっとずつ

読むようにしています。



ちょうどいまにぴったりなのは、

「初夏は濡れ色をよろこぶ」という言葉。

著者はこう記しています。



初夏になると、なおさら、濡れ色を

よろこびたいと思います。

もみじの葉一つあしらうにも、木の芽を

あしらうにしても、洗い上げ、カゴに

うちあげて、いよいよ盛るときに、

もういちど霧水をふいて、ぬらしてから盛る。

一度洗ったからいいというものではなく、

盛る寸前にぬらす、これが料理の掟です。



お椀の中はおつゆでしょう。

椀だねでも、たき合わせでも、たけのこでも

みんなぬれています。

そこへのせた木の芽が乾いていては

どうしようもありません。

ふたをとる、ぬれた木の芽が目に入る、

鮮やかです、ことに夏はそうですね。



……いい文章だなぁ。こんな風に丁寧に

暮らしたいなぁ。優しくてそっと寄り添うように

語ってくれる言の葉の数々。

沁みます。

「しめり箸」という言葉も新鮮でした。



箸にしても、カラカラに乾いているのは、

置きません。

「しめり箸」というのを使います。

うちでは利休箸を使っていますが、

使うときザーッと水で洗って清めて、

のせることにしています。

といって、手にとったとき、水にぬれて、

ポトポトしたのはいやなものですから、

つまむ先のほうはぬらしたままで、

手に持つあたりはよく拭いておきます。

その程度のしめりの感触、ひいやりした

感触というものは、初夏らしくてよい感じです。

カラカラに乾いた箸は、手にとったとき、

なにかほてった感じで、暑いときはいやですね。



濡れ色、しめり箸。

……豊かだなぁ。

早々にやってみたいと思います。



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