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2023年05月17日
ねじれた恋愛小説じゃないと 面白くない。「邪恋」 藤田宜永
主人公は、「私は異様なほど女に
惹かれているくせに、やはり、心底、
女という生き物を信じることができない、
いや、もっと正確に言えば、女を信じるのが
怖いらしい」と思ってる、40代後半の
義肢装具士。
親友の妹とも付き合ってる、まぁ、嫌な男だ。
この男が新しく惹かれた女が、下肢を失った
裕福な人妻。
なんかすでに不穏な空気が流れる設定でしょ(笑)。
僕はこの男とは全く対岸にいる、もてないおじさん
だけど、捻じれてるところだけは似てる。
印象に残ったのは、女性に関する筆記。
さすが、浮名を散々流した作家、文章に
元手がかかってます。
「好きな男ができると、女はいかようにも身を
変えることができるものだ。といっても、女に
主体性がないというのではない。そのとき、女は
本気で変わることができる。アクロバットの芸人の
四肢のような、柔らかい精神構造を持っているのである」
「女という生き物は、事あるごとに”分からない”と言う。
誤魔化そうとして、そう言うのではなく、本当にわからなく
なってしまうらしい。若い頃は、そんな物言いが不誠実に
見えて腹が立ったものである。しかし、いつかしら、
怒りは覚えなくなり、平静な気持ちで聞くことが
出来るようになった」
もちろん女性全般をこうやって一言で表現するのは
「いまどき」と思わないでもないが、でも書けと
言われたら、なかなか書けるものじゃない。
共感するところも多くある。
なかでもこの文章。
「自分のことはさておき、私はいい関係の夫婦を
見るのが好きである。ときめきや情熱とは無縁かも
しれないが、平木夫妻には深い絆が感じられる。
子どもたちの健やかな成長を願い、小さな借金で
頭を痛め、町内に馴染まない余所者の悪口を言い、
時には些細なことで住民運動に参加し、内心腹を
立てていても両親には逆らわず、勧誘者が遠縁
だからという理由だけで、必要もない保険に
入ったりしながら年老いていく。
そして人生の終焉を迎えると、何もかもが懐かしく
涙腺を緩ませてしまうような一生。
ただ日常に流されているだけではないか、と批判
しようと思えばいくらでもできる暮らしだが、
生まれ変われることがあったら、私はそんな暮らしが
してみたいと、本気で思ってる」
読みようによっては、平凡な人生を上から目線で
バカにしているようにも見えるが、
この主人公は、そして作家は本気で書いてると
僕は思った。
暖かいホームドラマを観たら感激するくせに、
家族団らんは苦手という、僕と同じ人がいたら、
この小説をおすすめします(笑)。
惹かれているくせに、やはり、心底、
女という生き物を信じることができない、
いや、もっと正確に言えば、女を信じるのが
怖いらしい」と思ってる、40代後半の
義肢装具士。
親友の妹とも付き合ってる、まぁ、嫌な男だ。
この男が新しく惹かれた女が、下肢を失った
裕福な人妻。
なんかすでに不穏な空気が流れる設定でしょ(笑)。
僕はこの男とは全く対岸にいる、もてないおじさん
だけど、捻じれてるところだけは似てる。
印象に残ったのは、女性に関する筆記。
さすが、浮名を散々流した作家、文章に
元手がかかってます。
「好きな男ができると、女はいかようにも身を
変えることができるものだ。といっても、女に
主体性がないというのではない。そのとき、女は
本気で変わることができる。アクロバットの芸人の
四肢のような、柔らかい精神構造を持っているのである」
「女という生き物は、事あるごとに”分からない”と言う。
誤魔化そうとして、そう言うのではなく、本当にわからなく
なってしまうらしい。若い頃は、そんな物言いが不誠実に
見えて腹が立ったものである。しかし、いつかしら、
怒りは覚えなくなり、平静な気持ちで聞くことが
出来るようになった」
もちろん女性全般をこうやって一言で表現するのは
「いまどき」と思わないでもないが、でも書けと
言われたら、なかなか書けるものじゃない。
共感するところも多くある。
なかでもこの文章。
「自分のことはさておき、私はいい関係の夫婦を
見るのが好きである。ときめきや情熱とは無縁かも
しれないが、平木夫妻には深い絆が感じられる。
子どもたちの健やかな成長を願い、小さな借金で
頭を痛め、町内に馴染まない余所者の悪口を言い、
時には些細なことで住民運動に参加し、内心腹を
立てていても両親には逆らわず、勧誘者が遠縁
だからという理由だけで、必要もない保険に
入ったりしながら年老いていく。
そして人生の終焉を迎えると、何もかもが懐かしく
涙腺を緩ませてしまうような一生。
ただ日常に流されているだけではないか、と批判
しようと思えばいくらでもできる暮らしだが、
生まれ変われることがあったら、私はそんな暮らしが
してみたいと、本気で思ってる」
読みようによっては、平凡な人生を上から目線で
バカにしているようにも見えるが、
この主人公は、そして作家は本気で書いてると
僕は思った。
暖かいホームドラマを観たら感激するくせに、
家族団らんは苦手という、僕と同じ人がいたら、
この小説をおすすめします(笑)。
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本城雅人に外れ無し 「オールドタイムズ」
ミステリー、ユーモア、シリアスと
縦横無尽に書き分ける。
ジャンルも、競馬、野球、業界ものと
広いが、やはり新聞社ものが面白い。
さすが元記者だけあって、ディティールに
リアリティがあるのだ。
本書も、夕刊紙のエース記者だった男が
リストラ対象になり、ウェブのニュース
サイトに左遷され、フェイクニュースを
暴いていくことで、記者として再生して
いく話です。
主人公の「耳当たりのいい言葉にこそ眉に
唾をつけて考えよう」という姿勢。
「メディアは決して大衆迎合してはいけない。
世の中がその通りだと納得した時にこそ、これには
なにか裏が隠されているかもしれないと、
疑ってかかるべきだと思うんだよ」の言葉に
共感。
尊敬する立川談志師匠の
「美談なんて嘘つけと思いますよ。ほんとうの
美談は恥ずかしくて世の中に出てこないですよ」
を思い出した。
今、本城さんのやはり新聞社もの
「ミッドナイトジャーナル」読んでますが、
これも面白い!
だから結論。
本城雅人に外れ無し。
縦横無尽に書き分ける。
ジャンルも、競馬、野球、業界ものと
広いが、やはり新聞社ものが面白い。
さすが元記者だけあって、ディティールに
リアリティがあるのだ。
本書も、夕刊紙のエース記者だった男が
リストラ対象になり、ウェブのニュース
サイトに左遷され、フェイクニュースを
暴いていくことで、記者として再生して
いく話です。
主人公の「耳当たりのいい言葉にこそ眉に
唾をつけて考えよう」という姿勢。
「メディアは決して大衆迎合してはいけない。
世の中がその通りだと納得した時にこそ、これには
なにか裏が隠されているかもしれないと、
疑ってかかるべきだと思うんだよ」の言葉に
共感。
尊敬する立川談志師匠の
「美談なんて嘘つけと思いますよ。ほんとうの
美談は恥ずかしくて世の中に出てこないですよ」
を思い出した。
今、本城さんのやはり新聞社もの
「ミッドナイトジャーナル」読んでますが、
これも面白い!
だから結論。
本城雅人に外れ無し。
価格:1,980円 |
「落語の凄さ」 橘連二
演芸写真家の第一人者が
人気落語家に聞いた落語の魅力。
なかなか素敵なので、
ご紹介。
「世の中いろんなことがあるけれど、
幸せそうなことだけ見つめて生きてる
人たちの物語じゃないですか」
春風亭昇太
「たった一人の人間が座ったまんま、
なんでもできる、どこにも行ける。
ドラえもんの四次元ポケットみたいな
ものですよ」
桂宮治
「落語の強さは、寄席に出る人全員が
自分の役割をわかって、最後のトリに
渡していくところ。そんなええリレーは
ないですよ」
笑福亭鶴瓶
「SNSや人とのコミュニケーションにつかれた人
っつうのが落語聴くと、共感したりしみるものが
あると思います」
春風亭一之輔
「落語には、ぶっちゃけ、日本人が一番、
人間らしく、もっと言えば楽に生きられる知恵が、
山のように詰まってる」
立川志の輔
……ほんと、落語を知ると楽になるんですよね。
僕が初めて落語を聞いたのは、小学校4年くらいかな。
そして5年生のときにクラス会か何かで
初めて人前で、落語「初天神」をやった。
以来、50年以上聞いてますが、
素晴らしい芸能だと思う。
いつの間にか寄席のプロデュースや
落語のDVDなどを作ることになって
仕事のひとつになったけど、
楽しいんですよね。
とくに噺家さんの幅がこんなに広く
いろんなタイプの落語が聞けるのは、
今の時代ならでは。
ぜひぜひ、落語はまだあんまり、という
方はユーチューブあたりから聞いてみて
ください。
人気落語家に聞いた落語の魅力。
なかなか素敵なので、
ご紹介。
「世の中いろんなことがあるけれど、
幸せそうなことだけ見つめて生きてる
人たちの物語じゃないですか」
春風亭昇太
「たった一人の人間が座ったまんま、
なんでもできる、どこにも行ける。
ドラえもんの四次元ポケットみたいな
ものですよ」
桂宮治
「落語の強さは、寄席に出る人全員が
自分の役割をわかって、最後のトリに
渡していくところ。そんなええリレーは
ないですよ」
笑福亭鶴瓶
「SNSや人とのコミュニケーションにつかれた人
っつうのが落語聴くと、共感したりしみるものが
あると思います」
春風亭一之輔
「落語には、ぶっちゃけ、日本人が一番、
人間らしく、もっと言えば楽に生きられる知恵が、
山のように詰まってる」
立川志の輔
……ほんと、落語を知ると楽になるんですよね。
僕が初めて落語を聞いたのは、小学校4年くらいかな。
そして5年生のときにクラス会か何かで
初めて人前で、落語「初天神」をやった。
以来、50年以上聞いてますが、
素晴らしい芸能だと思う。
いつの間にか寄席のプロデュースや
落語のDVDなどを作ることになって
仕事のひとつになったけど、
楽しいんですよね。
とくに噺家さんの幅がこんなに広く
いろんなタイプの落語が聞けるのは、
今の時代ならでは。
ぜひぜひ、落語はまだあんまり、という
方はユーチューブあたりから聞いてみて
ください。
価格:1,100円 |
やっぱり、本城に外れ無し 「ミッドナイト・ジャーナル」
著者得意の新聞社もの。
なかでもこれは傑作。
7年前に誤報を出し、地方に
飛ばされた記者、関口が
7年後同じような事件が発生。
もしかするとあのときの記事は
誤報ではなかったのでは。
だとするとあのときの事件は
まだ終わっていない。
執念で調べ上げたその結果は。
というお話です。
相変わらずのリアリティあふれる
新聞社のディテールとぐいぐい
読ませるストーリー。
第38回吉川英治新人文学賞を
受賞したのも、うなずけます。
本城氏の小説未見の方は、
この作品からがいいかもしれません。
なかでもこれは傑作。
7年前に誤報を出し、地方に
飛ばされた記者、関口が
7年後同じような事件が発生。
もしかするとあのときの記事は
誤報ではなかったのでは。
だとするとあのときの事件は
まだ終わっていない。
執念で調べ上げたその結果は。
というお話です。
相変わらずのリアリティあふれる
新聞社のディテールとぐいぐい
読ませるストーリー。
第38回吉川英治新人文学賞を
受賞したのも、うなずけます。
本城氏の小説未見の方は、
この作品からがいいかもしれません。
ミッドナイト・ジャーナル (講談社文庫) [ 本城 雅人 ] 価格:924円 |
またまた本城雅人 「紙の城」
いやー、相変わらずの筆力、
ストーリー。
今回は、IT会社に新聞社が
乗っ取られようとし、記者魂を
かけて闘うというお話。
著者の元サンスポの記者時代のエピソードが
解説にあり、面白かったので
ひきます。
日本シリーズのとき、出られなかった野村
監督に取材に行き、二人で日本シリーズを
見ながら、悔しさが混じった本音を聞く。
本城曰く、「負けた瞬間、完璧に見えた人間が
衰えていく瞬間に、初めてその人の懐の深さが
表れる。そこでいきがっている人はダメ」
「負けた瞬間、自分のもとから人がさーと
引いていくのがわかると言うんですよね。
僕が自身が、そこで引く人間と見られたくないと
いう、ある種の美学みたいなものもありました。
本当は新しいものを常に捕まえるのが記者の
仕事なんでしょうけど」
著者の話を聞いて、彼の書く小説が面白いわけに
納得。素敵な作家です。
ストーリー。
今回は、IT会社に新聞社が
乗っ取られようとし、記者魂を
かけて闘うというお話。
著者の元サンスポの記者時代のエピソードが
解説にあり、面白かったので
ひきます。
日本シリーズのとき、出られなかった野村
監督に取材に行き、二人で日本シリーズを
見ながら、悔しさが混じった本音を聞く。
本城曰く、「負けた瞬間、完璧に見えた人間が
衰えていく瞬間に、初めてその人の懐の深さが
表れる。そこでいきがっている人はダメ」
「負けた瞬間、自分のもとから人がさーと
引いていくのがわかると言うんですよね。
僕が自身が、そこで引く人間と見られたくないと
いう、ある種の美学みたいなものもありました。
本当は新しいものを常に捕まえるのが記者の
仕事なんでしょうけど」
著者の話を聞いて、彼の書く小説が面白いわけに
納得。素敵な作家です。
価格:880円 |
女性の気持ちが分かる本。 「自転しながら公転する」 山本文緒
主人公、32歳の都はアパレル勤務。
中卒の寿司職人、寛一と付き合いはじめるが、
あれこれ悩み、決断できない。
職場はセクハラ、頼りない店長と
問題だらけ。
タイトル通り、彼女はぐるぐると自転、
思い悩む。
そして都がたどり着いた結論とは……。
結構長い小説だったが、一気に読了。
話自体はなんてことないけど、
うだうだ考えている32歳女性の
心理描写がとてもリアルで
女性にファンが多いのがよくわかる。
印象的な場面は解説にも書いてあったが、
店の飲み会でひどいセクハラを受けた都が、
後輩のそよかと彼に話を聞いてもらい
帰宅したあと、心情を吐露するシーン。
「羨ましくて爆発しそうだった。
ああいう男性と付き合ってるそよかが
心底羨ましかった。高学歴で、いい会社に勤めていて、
優しくて大人で、冷静に女の人を守ってくれる。
でも自分はああいう人と巡り合える気がしなかった。
自分が巡り合ったのは、寛一だ」
著者はかつて、
「一番残酷なのは普通の人かもしれない」と
いう言葉を記している。
よくわかるよねー。
この小説はそんな作家の視点で描かれているから、
少し痛くて滑稽で傲慢で、でも不安で揺れ動いて、
自信がもてない、どこにでもいる普通の女性を
優しく包み込む力がある。
著者は昨年がんでなくなったそうだが、
作品は残る。
もう少し彼女の小説を読もうと思います。
中卒の寿司職人、寛一と付き合いはじめるが、
あれこれ悩み、決断できない。
職場はセクハラ、頼りない店長と
問題だらけ。
タイトル通り、彼女はぐるぐると自転、
思い悩む。
そして都がたどり着いた結論とは……。
結構長い小説だったが、一気に読了。
話自体はなんてことないけど、
うだうだ考えている32歳女性の
心理描写がとてもリアルで
女性にファンが多いのがよくわかる。
印象的な場面は解説にも書いてあったが、
店の飲み会でひどいセクハラを受けた都が、
後輩のそよかと彼に話を聞いてもらい
帰宅したあと、心情を吐露するシーン。
「羨ましくて爆発しそうだった。
ああいう男性と付き合ってるそよかが
心底羨ましかった。高学歴で、いい会社に勤めていて、
優しくて大人で、冷静に女の人を守ってくれる。
でも自分はああいう人と巡り合える気がしなかった。
自分が巡り合ったのは、寛一だ」
著者はかつて、
「一番残酷なのは普通の人かもしれない」と
いう言葉を記している。
よくわかるよねー。
この小説はそんな作家の視点で描かれているから、
少し痛くて滑稽で傲慢で、でも不安で揺れ動いて、
自信がもてない、どこにでもいる普通の女性を
優しく包み込む力がある。
著者は昨年がんでなくなったそうだが、
作品は残る。
もう少し彼女の小説を読もうと思います。
価格:1,045円 |
将棋小説の傑作。 「覇王の譜」 橋本長道
いやー、面白かった。
将棋小説は数あるけど、これは
トップクラスです。
僕は麻雀を知らない。でも、
阿佐田哲也の「麻雀放浪記」は
楽しめる。
同じように、将棋を知らない人でも
この小説は、十二分に面白い。
なかでも特筆すべきは、対局のシーン。
棋士たちが闘いのときにどんなことを
考えているのか、その心理と
いかに対局がスリリングですごいものかを
教えてくれる。
さすが、元奨励会会員、プロを目指した
作家ならではだ。
いくつかひきますね。
「先を見通すことができない闇の世界が
長く続けば続くほど、ゲームとしての将棋を
離れ、人間や人生が立ち現れてくる」
「ぶるっと背を身震いが走り抜けた。
恐れではなく、武者震いのようなものだ。
本能を忘れた身体が、危うさを喜んでいるのである。
頭脳だけをいたずらに働かせて、身体を動かす
ことは少ない競技だ。
死闘を繰り広げているはずなのに、身体は傷ついて
いない。そのギャップを埋めようとする働きが
震えとして現れるのである」
「将棋というゲームは、残り時間が少なくなれば
なるほどに、頭脳競技という性格が薄れていき、
格闘技や持久走のような性質を帯びてくる」
「直江先生、残り一分です」
もう滅多なことでは席を立つことはできない。
共に息を荒らげ、時に呻きやぼやきを吐き、
身体を揺らし、扇子で自身に鞭を入れながら
将棋盤に齧り付いている。
すまし顔の礼節は傍らで死体になって転がっている。
そこには着物を剥げば裸の源次的な人間がいる
だけだった。
木の板を動かし続ける二匹の猿である。」
……ねぇ、すごいでしょ。
数年前かな、雑誌アエラと文春の仕事で、
藤井聡太さんにインタビューしたことがある。
恥ずかしがり屋で淡々と小声で喋る彼に
僕は「すいません。もう少し大きい声で」と
お願いした。
でもこんなすごい世界でトップに君臨してた
人だったんだなぁ。
天才おそるべし。
将棋小説は数あるけど、これは
トップクラスです。
僕は麻雀を知らない。でも、
阿佐田哲也の「麻雀放浪記」は
楽しめる。
同じように、将棋を知らない人でも
この小説は、十二分に面白い。
なかでも特筆すべきは、対局のシーン。
棋士たちが闘いのときにどんなことを
考えているのか、その心理と
いかに対局がスリリングですごいものかを
教えてくれる。
さすが、元奨励会会員、プロを目指した
作家ならではだ。
いくつかひきますね。
「先を見通すことができない闇の世界が
長く続けば続くほど、ゲームとしての将棋を
離れ、人間や人生が立ち現れてくる」
「ぶるっと背を身震いが走り抜けた。
恐れではなく、武者震いのようなものだ。
本能を忘れた身体が、危うさを喜んでいるのである。
頭脳だけをいたずらに働かせて、身体を動かす
ことは少ない競技だ。
死闘を繰り広げているはずなのに、身体は傷ついて
いない。そのギャップを埋めようとする働きが
震えとして現れるのである」
「将棋というゲームは、残り時間が少なくなれば
なるほどに、頭脳競技という性格が薄れていき、
格闘技や持久走のような性質を帯びてくる」
「直江先生、残り一分です」
もう滅多なことでは席を立つことはできない。
共に息を荒らげ、時に呻きやぼやきを吐き、
身体を揺らし、扇子で自身に鞭を入れながら
将棋盤に齧り付いている。
すまし顔の礼節は傍らで死体になって転がっている。
そこには着物を剥げば裸の源次的な人間がいる
だけだった。
木の板を動かし続ける二匹の猿である。」
……ねぇ、すごいでしょ。
数年前かな、雑誌アエラと文春の仕事で、
藤井聡太さんにインタビューしたことがある。
恥ずかしがり屋で淡々と小声で喋る彼に
僕は「すいません。もう少し大きい声で」と
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価格:825円 |
文章の上手さに驚き。 「メイド・イン・オキュパイド ジャパン」 小坂一也
昭和20年占領下の日本。
10歳だった少年は、高校時代に
カントリー&ウェスタンのバンドの
一員となり、進駐軍のキャンプを巡り
19歳には気が付くとアイドルスターに
なっていた。
まるで古い日本映画を見ているような
楽しさで一気に読了。
何しろ著者の文章が上手く飽きない。
戦後の日本の風景を見事に描いてくれる。
たとえば、
昭和26年の新宿前広場。
進駐軍に向かうミュージシャンたちが
ごった返している。
「トロンボーン、ひとり!いないかあ」
大声で人混みをぬって行くのは、
三流芸能社のマネージャだろう。
「トロンボーン、ひとりひとり!」
「……あのう……テナーは?」
おずおずと近づいた男を一べつすると、
「おー、あんたか。あんたはダメだ」
言い捨ててーもう雑踏にまぎれてしまった。
進駐軍のクラブ内部の飾りつけは、
どこでも似たようなものだった。
ずらりと吊るされた提灯の列、
野だての傘、桜の造花、壁には額入りの
浮世絵、赤い鳥居のミニチュアが各テーブルに
あってそれにメニューがぶら下がっているのも
見たことがある。
(中略)
あまりにもこういったインテリアを見すぎたせいか、
今でも私はこの種のものに、それが純然たる
日本のものであるにもかかわらず、どうしても
”アメリカ”を感じてしまう妙な習性がついて
しまっている。
自分の思いとは裏腹にスターになっていく
様子をこう書く。
その年の暮れ近くに発売されたわれわれの
デビューレコードが、少しずつ売れてきて
いるとコバヤシさんから知らされた。
だがそのときはまだブームを起こすとは、
私も含めバンドの誰もが思ってもみなかった。
それはまるで、裏庭の八つ手の葉っぱを、
ポツリポツリとかすかにゆらしていた
降り始めの雨が、突然、雷をともなう激しい
夕立に変わったような勢いでやってきた。
もうそのときすでに私たちは、引き返すことの
できない”芸能界”という底無し沼にひざ近く
まではまりこんでしまっていたのだ。
著者は十朱幸代、松坂慶子などと浮名を流した
元祖アイドル。
彼が所属していた「ワゴン・マスター」には、
シャボン玉ホリデーやゲバゲバ90分など
日本のバラエティーの先駆者、井原忠高や、
ホリプロの創始者、堀威夫、
元スパイダーズのリーダー、田邊昭知など
錚々たるメンバーがいた。
ちなみにタイトルにある、「メイド・イン
オキュパイト」とは、敗戦から講和条約が
成立する1951年まで、日本からの輸出品に
打たれた刻印、占領下の日本を示すもの。
著者はこの本を、「アメリカびいきの、
アメリカコンプレックスの悲しい性」を
描いたと語っている。
でも僕には、今はない、熱いエネルギーに
溢れていた日本を、音楽シーンを魅せてくれた
一編の小説のように思えた。
いやー、楽しかったなぁ。
10歳だった少年は、高校時代に
カントリー&ウェスタンのバンドの
一員となり、進駐軍のキャンプを巡り
19歳には気が付くとアイドルスターに
なっていた。
まるで古い日本映画を見ているような
楽しさで一気に読了。
何しろ著者の文章が上手く飽きない。
戦後の日本の風景を見事に描いてくれる。
たとえば、
昭和26年の新宿前広場。
進駐軍に向かうミュージシャンたちが
ごった返している。
「トロンボーン、ひとり!いないかあ」
大声で人混みをぬって行くのは、
三流芸能社のマネージャだろう。
「トロンボーン、ひとりひとり!」
「……あのう……テナーは?」
おずおずと近づいた男を一べつすると、
「おー、あんたか。あんたはダメだ」
言い捨ててーもう雑踏にまぎれてしまった。
進駐軍のクラブ内部の飾りつけは、
どこでも似たようなものだった。
ずらりと吊るされた提灯の列、
野だての傘、桜の造花、壁には額入りの
浮世絵、赤い鳥居のミニチュアが各テーブルに
あってそれにメニューがぶら下がっているのも
見たことがある。
(中略)
あまりにもこういったインテリアを見すぎたせいか、
今でも私はこの種のものに、それが純然たる
日本のものであるにもかかわらず、どうしても
”アメリカ”を感じてしまう妙な習性がついて
しまっている。
自分の思いとは裏腹にスターになっていく
様子をこう書く。
その年の暮れ近くに発売されたわれわれの
デビューレコードが、少しずつ売れてきて
いるとコバヤシさんから知らされた。
だがそのときはまだブームを起こすとは、
私も含めバンドの誰もが思ってもみなかった。
それはまるで、裏庭の八つ手の葉っぱを、
ポツリポツリとかすかにゆらしていた
降り始めの雨が、突然、雷をともなう激しい
夕立に変わったような勢いでやってきた。
もうそのときすでに私たちは、引き返すことの
できない”芸能界”という底無し沼にひざ近く
まではまりこんでしまっていたのだ。
著者は十朱幸代、松坂慶子などと浮名を流した
元祖アイドル。
彼が所属していた「ワゴン・マスター」には、
シャボン玉ホリデーやゲバゲバ90分など
日本のバラエティーの先駆者、井原忠高や、
ホリプロの創始者、堀威夫、
元スパイダーズのリーダー、田邊昭知など
錚々たるメンバーがいた。
ちなみにタイトルにある、「メイド・イン
オキュパイト」とは、敗戦から講和条約が
成立する1951年まで、日本からの輸出品に
打たれた刻印、占領下の日本を示すもの。
著者はこの本を、「アメリカびいきの、
アメリカコンプレックスの悲しい性」を
描いたと語っている。
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一編の小説のように思えた。
いやー、楽しかったなぁ。
価格:748円 |
競輪と人生 。 「きみは誤解している」 佐藤正午
いささか常套句だが、
人間は二通りに分かれる。
ギャンブルをする人間としない人だ。
僕は競馬を少々だから、前者だ。
この小説は競輪を題材にしギャンブルをめぐる
人間模様を描く短編集。
これまで何度読み返したか、わからないほどの
名作だ。
なんやかんやと理由をこねて競輪をやめないダメ男とそれを
たしなめようとする女を描いた「君は誤解している」
色恋沙汰をギャンブルというテーマで描き、男よりも競輪が
うまくなる女ギャンブラーの物語、「遠くへ」
周期的に”沈み込み”という無気力の症状に見舞われるのに
競輪だけは負けないという特技を持つ男と、その金をせびる
同級生の男との風変わりな友情ストーリー、「この退屈な人生」
軟弱な無頼派の主人公と、その妻と恋に落ちた生真面目な競輪選手との
やりとりがどこかユーモラスな、「女房はくれてやる」
天性のギャンブルの才能を持った女子高生の恋を描く、「うんと言ってくれ」
競輪に取り憑かれたどうしようもない兄と、レースは見るのに車券は買わない
訳ありの弟をスリリングに魅せてくれる、
「人間の屑」など、六編収録。
出会いと別れ、切ない人生に輝く一瞬と
普遍的な人間心理を、競馬場を舞台に透明感
と苦いユーモアあふれる文章で綴った作品集・
いい小説というのは作者の元手がかかってる。
この本もそうとうだろう(笑)
人間は二通りに分かれる。
ギャンブルをする人間としない人だ。
僕は競馬を少々だから、前者だ。
この小説は競輪を題材にしギャンブルをめぐる
人間模様を描く短編集。
これまで何度読み返したか、わからないほどの
名作だ。
なんやかんやと理由をこねて競輪をやめないダメ男とそれを
たしなめようとする女を描いた「君は誤解している」
色恋沙汰をギャンブルというテーマで描き、男よりも競輪が
うまくなる女ギャンブラーの物語、「遠くへ」
周期的に”沈み込み”という無気力の症状に見舞われるのに
競輪だけは負けないという特技を持つ男と、その金をせびる
同級生の男との風変わりな友情ストーリー、「この退屈な人生」
軟弱な無頼派の主人公と、その妻と恋に落ちた生真面目な競輪選手との
やりとりがどこかユーモラスな、「女房はくれてやる」
天性のギャンブルの才能を持った女子高生の恋を描く、「うんと言ってくれ」
競輪に取り憑かれたどうしようもない兄と、レースは見るのに車券は買わない
訳ありの弟をスリリングに魅せてくれる、
「人間の屑」など、六編収録。
出会いと別れ、切ない人生に輝く一瞬と
普遍的な人間心理を、競馬場を舞台に透明感
と苦いユーモアあふれる文章で綴った作品集・
いい小説というのは作者の元手がかかってる。
この本もそうとうだろう(笑)
価格:680円 |
上質なメロドラマ 。 「二人の嘘」 一雫ライオン
美貌と才能を持ち合わせた
エリート判事と、彼女が裁いた
元服役囚の恋物語。
こう書くといかにもベタな
設定だが、裁判官がどういうものか、
細かいトリビアが効果を出し、
ヒロインのキャラクターに深みを
持たせている。
主人公、片陵礼子(かたおかれいこ)は、
8歳のときに母親に捨てられる。
その場面が胸に残る。
夏の名残が残る9月。
礼子は母親と焼きとん屋に入る。
娘は捨てられるかもしれないと
いう不安を抱きながら、母に勧められた
ご飯を恐る恐る食べる。
お腹いっぱいになって眠くなるのが怖いからだ。
けれど母は安酒を何杯も飲み、酔う。
そしてぽつりと、「私間違ってないから」
二人は店を出る。
心配は無用かと思った。
「しばらく歩いて、疲れた礼子は母親の
背を見つめ歩いた(略)。時々ある赤提灯の
光だけが闇に浮かんでいた。あと、その光を
浴びる真っ赤なワンピースを着た母の背中も。
母親が角を曲がったそのときだった。
なんだか胸騒ぎがして走って角を曲がると、
もう母親の後ろ姿はなかった。
距離を考えると、あの人は角を曲がったあと、
全速力で走ったのだと思う」
こうして母に捨てられた礼子は
ひとり親指の爪をぎぎぎぎ、がしがしと
噛む癖を隠しながら、
伯母の元で過ごし、東大を出て判事になる。
ここからトリビアが記される。
判事という仕事は、家に帰ってからも
ひたすらに判決文を書くという。
ー主文、被告人永谷公一を懲役十年に処する。
ー主文、被告人岡田リサを懲役三年に処する。
主文……。とい風に。
裁判官の人数と公判の件数があわないので、
休日もひたすら仕事に追われる。
だから司法囚人と自嘲する。
「我々裁判官は自らを律し、律し、律しつづけ、
過ちは決して許されず、なおも見えぬ手綱を
誰かに巻かれて生きていく。
もしかすると、仮釈放された囚人よりも囚人かも
しれない」
弁護士の夫と暮らしていても愛を感じていない
礼子は、やがて門前の人を見かける。
「門前の人とは、いわゆる訴訟狂と呼ばれる人々で、
裁判所の玄関前に陣取り、じぶんに不利な判決を
下した裁判官の実名を挙げ糾弾する人種のことだ」
けれどその男は何も言わず、ただ哀し気な目で
裁判所を見つめるだけだった。
調べると男は、かつて礼子が裁いた
元服役囚、蛭間隆也だった。
なぜ彼は門前の人になっているのか。
もしかすると私の裁判にミスがあったのか。
真実を追いかけていくうちに
隠された秘密が徐々に明らかになっていく……。
帯にある「感涙のミステリー」というコピーは
この小説をうまく言い表している。
久しぶりに上等なメロドラマを観たという
思いで、本を閉じた。
エリート判事と、彼女が裁いた
元服役囚の恋物語。
こう書くといかにもベタな
設定だが、裁判官がどういうものか、
細かいトリビアが効果を出し、
ヒロインのキャラクターに深みを
持たせている。
主人公、片陵礼子(かたおかれいこ)は、
8歳のときに母親に捨てられる。
その場面が胸に残る。
夏の名残が残る9月。
礼子は母親と焼きとん屋に入る。
娘は捨てられるかもしれないと
いう不安を抱きながら、母に勧められた
ご飯を恐る恐る食べる。
お腹いっぱいになって眠くなるのが怖いからだ。
けれど母は安酒を何杯も飲み、酔う。
そしてぽつりと、「私間違ってないから」
二人は店を出る。
心配は無用かと思った。
「しばらく歩いて、疲れた礼子は母親の
背を見つめ歩いた(略)。時々ある赤提灯の
光だけが闇に浮かんでいた。あと、その光を
浴びる真っ赤なワンピースを着た母の背中も。
母親が角を曲がったそのときだった。
なんだか胸騒ぎがして走って角を曲がると、
もう母親の後ろ姿はなかった。
距離を考えると、あの人は角を曲がったあと、
全速力で走ったのだと思う」
こうして母に捨てられた礼子は
ひとり親指の爪をぎぎぎぎ、がしがしと
噛む癖を隠しながら、
伯母の元で過ごし、東大を出て判事になる。
ここからトリビアが記される。
判事という仕事は、家に帰ってからも
ひたすらに判決文を書くという。
ー主文、被告人永谷公一を懲役十年に処する。
ー主文、被告人岡田リサを懲役三年に処する。
主文……。とい風に。
裁判官の人数と公判の件数があわないので、
休日もひたすら仕事に追われる。
だから司法囚人と自嘲する。
「我々裁判官は自らを律し、律し、律しつづけ、
過ちは決して許されず、なおも見えぬ手綱を
誰かに巻かれて生きていく。
もしかすると、仮釈放された囚人よりも囚人かも
しれない」
弁護士の夫と暮らしていても愛を感じていない
礼子は、やがて門前の人を見かける。
「門前の人とは、いわゆる訴訟狂と呼ばれる人々で、
裁判所の玄関前に陣取り、じぶんに不利な判決を
下した裁判官の実名を挙げ糾弾する人種のことだ」
けれどその男は何も言わず、ただ哀し気な目で
裁判所を見つめるだけだった。
調べると男は、かつて礼子が裁いた
元服役囚、蛭間隆也だった。
なぜ彼は門前の人になっているのか。
もしかすると私の裁判にミスがあったのか。
真実を追いかけていくうちに
隠された秘密が徐々に明らかになっていく……。
帯にある「感涙のミステリー」というコピーは
この小説をうまく言い表している。
久しぶりに上等なメロドラマを観たという
思いで、本を閉じた。
価格:913円 |