2023年05月19日
実のある小説 。「花は咲けども噺せども −神様がくれた高座」 立川談慶
これまで著者の作品を読んできて、
僕は師匠のことを「知の人」だと
思ってきた。
ロジカルで世の中を斜めに見ながら
シニカルな笑いを発信する。
慶応大学、ワコールという華麗な経歴も
加味して、イメージが増幅したのかもしれない。
けれどこの小説を読んで、「情の人」と
いう魅力が加わった。
もちろんフィクションなので、主人公=著者
ではないが、出てくるエピソードの選び方、
時折著者の声ではないかと思う、生の言葉が
とても優しく、真面目で、しかもセンチメンタルなのだ。
帯の談春師の「不器用をすねらせたような男が芸人に
なった」という意味が読後、よくわかった。
それから、もうひとつ「努力の人」なんだとも
思った。
第一章より、二章、三章と回が進むごとに
筆が洗練され、読みやすくなっていくのだ。
うまい小説はあまたあるが、
この作品には、著者のこれまで流した涙や
悔しさ、喜び、哀しさなど
人生で支払ったすべてが反映され、とても実のある作品に
なっている。
ぐっとくるフレーズも多い。
僕が印象に残ったのは、
「下から目線ってさ、なんだかすべてが自分より
上にいるから、すべてがすげえんだなって思える
目線なのかもな。謙虚とかとは、違うよね、それは」
「上から目線だと相手の顔しか見えないけど、下から
目線だとさ、相手のすべてが見えるんだよ。人生、
下から目線」
「仕事って、迷い込んできた子犬みたいなものだな
って俺なんかは近頃思うんだよな。キツイ、厳しい
仕事でもさ、自分を頼りにクンクンと尻尾振って
やってきたやつだと思うとさ、かわいく思えて
くるような気がしてさ」
こんな台詞、なかなか書けない。
作家が全体重をかけた作品。
人生の元手がかかった一冊。
780円(税別)は安い。
花は咲けども噺せども 神様がくれた高座 PHP文芸文庫 / 立川談慶 【文庫】 価格:858円 |
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