2018年03月14日
不妊治療への伏線B
不妊治療への伏線
不妊治療への伏線Aからの続きです。
3年前、28歳の時
医科歯科大で左の卵管を取った私。
それ以降は不正出血などもなく、平穏といえば平穏な日常を過ごしていました。
ただ、お腹が痛むと
もしかして...
みたいな怖さは度々感じていました。
また、残った右の卵管が機能していないという事も聞いていました。
が、今はまだ子作りも考えていない。
入籍もしていないこともありますが、深く考えていなかった。
なるようになる
とか思っていたのかもしれません。
そんなある日、また痛みが。
忘れもしない、板橋区大山駅前のとあるお店。
その日は朝から腰が重いような気がしてたんですが、特に気にしていませんでした。
携帯電話の機種変更に付き合って、椅子に座って待ってた時の事。
じわじわと下腹部が痛くなって来た...
体勢を変えてみてもダメ。
店内に歩けるスペースなんか無いので、外に出て少し歩いてみるも、何の意味もない。
また店内に戻り、機種変更が終わると同時に家に帰り、横になりました。
この時点では下腹部の痛みよりも、腰の痛みが強くなっていたんです。
次の日の朝になっても痛み具合は変わらず。
でも仕事に行けない程ではなかったので、そのまま職場に向かいました。
もう、この時には「病院に行こう」と決めていました。
1日経っても治らない。
またこれまでの経験から、何かイヤな予感もしていたので。
そして何故か、同僚に聞いていました。
どこか、いい病院はない?
と。
どうして前の病院(平和台とか医科歯科大とか)に行こうと思わなかったのかは分かりません。
未だに謎です...。
そして、何人かに評判がいいと聞いた、板橋にある産婦人科に行く事にしました。
前評判を聞いていたので、外観には惑わされずに受付へ。
そして診察で分かった事。
2度目の子宮外妊娠...
もう、ここまで来ると、何かに取り憑かれているとしか思えない...
うそでしょ?とすら思いませんでした。
愕然とするというか、人生の終わりが来たように感じたというか...
そんな事はお構いなしに、先生が告げます。
入院と手術の予定
そして残っていた右の卵管を取る事を。
この時の、私の負の感情は凄かった。
何で私ばっかり!
とか
私が何かした?何で?
妊娠しないんじゃないの?騙された!!!
と、何回も何十回も思っていました。
子宮外妊娠って、100人が妊娠したら、1人に起こるくらいと言われています。
そんなのが連続で起こり、しかも手術も連続。
本当にありえない...
死ぬほど落ち込んだり、逆に怒り狂ったりしても、全くおかしくないですよね。
こんな感情も、時が経つにつれ薄れていきましたが。
と言っても入院中はイヤな感情が全然拭えませんでした...
手術は前回と同じく腹腔鏡だったので、すぐに動けるように。
診察の為に待合室を横切ったりすると、目に入るのは妊婦さんばかり...
基本、産婦人科なので手術とかする人が少ないんですよね。
ああいう状況の時って、あんな幸せそうな人は見たくありませんでした。
こっちはそれどころじゃないのに...
とか思ってしまう。
お腹がヘコんでいるのは私だけ、とか意識してしまいますし...
そんな我慢からも、とりあえず2日程で解放されました。
腹腔鏡なので退院も早かった。
そしてまた普通の日常に戻り、この3年後結婚。
この6年間が、私が現在不妊治療に取り組んでいる事の理由...きっかけとなったんです。
余談ですが、この2度目の子宮外妊娠の後〜結婚の間、もう一度手術しています。
婦人科系の問題で。
本当にありえないです...
このお話は、また後日。
ブログランキング参加してます☆
よろしければクリック&応援お願いします_(._.)_
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/7424047
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック