自分から話したことは, 大きく 3 つ.
鬱に関して一番怖いこと, 苦しい時の対処方法, 鬱との付き合う中で小さな希望が見えたことである.
(1) 自分の鬱の状態は現在は少しずつ回復してきている. それでも波があって, 苦しいときには寝込む.
気分が沈む. 頭の中に灰色の靄が立ち込めていて重い. 体が重くて動けない.
その他に, 過去の記憶が浮かんできてそれについて自分がいかに多くの人に迷惑を掛け, 不快な思いをさせてきたかを延々と糾弾される. 自分は生きているだけで周りに迷惑を掛ける存在であって社会の屑, 生きている価値が無い, 生涯を懸けて迷惑を掛けた人たちすべてに謝罪し償え, できなければ死んでお詫びをしろ, と思ってしまう. これが一番苦しい.
償うことは, 現在も今後も不可能だと思う.
そうした状態で歳を重ね, 体力や精神力が衰えて心が弱くなったときに, 罪の意識や自責の念に負けて自分自身を殺してしまうかも知れない. そうしたくない. 身勝手な話だ.
助けて欲しいということを PSW さんに伝えた.
(2) 昨年の夏に体調を崩して寝込み引き籠もった. 生涯を懸けて償え, 死んでお詫びをしろという思いに苦しんだ.
それ以降も, 似たような経験をする都度にいろいろ考えている中で, ある思考パターンを持てたときには苦しみから束の間だけ逃れられると気付いた.
罪悪感や自責の念は "一生" とか "死" とか大きな基準を持ち出して自分を責める. その巨大さに潰されてしまって動けなくなってしまうのだ.
そんなときに, もっと小さく考える.
少しだけ時間をください 布団の中に居させてください 好きなことを考えさせてください そうしたら罪を償いに行きます, と祈ったことがある. 現実逃避なのだが, 不思議と苦しみから逃れる効果があった.
これが苦しいときの対処方法. 意外と有効だ.
(3) 自分を苦しめている思いの底辺には, ある種の過剰な道徳観・倫理観がある. それらのうち,
・ 一度やり始めたことは最後まで責任を持ってやり通す.
・ 辛いことや苦しいことから逃げない.
・ 言い訳をしない.
という束縛からはもしかしたら解放されるかも知れない.
生涯逃れることはできないと思っていたが...
認知療法を続けてきた中で, 次のように考えるようになった.
上の 3 つは, 大人として社会人として現実に行えれば非常に立派なことであると思う.
けれども, 自分がこの倫理観を持った幼少時の社会環境と比較して, 現在は何にも増して速度と正確さ, 周囲との密接なコミュニケーション, 結果のアピールが要求される複雑な環境になっている.
自分のようなゆっくりとしか進めない人間にとって, このような難しい環境でこれらを一人で実行するのは不可能で, 無理に一人でやり遂げようとしたら絶対死ぬ.
無理なんだから自分の頭の中から外していい.
この 3 つが小さくなるだけでもとても楽になる.
今後, この考え方で大丈夫かどうか体調を見続けること.
これからの進め方は, とにかく話すこと. 自分の中にある汚いもの醜いものを話していくこと. そして PSW さんと自分とで対話していくこと.
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