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2022年05月24日

朝6時ちょうど、家の門をカチャリと開ける音が軽く響き、燈子の一日の始まりを告げ知らせる。今日もまた、その音で目を覚ました弟の善照(よしてる)は大きく欠伸をしながらカーテンを少し開けて、徐々に小さくなっていく姉の背中を見送った。

(おかしい、何かがおかしい…)

姉の燈子が毎朝のジョギングを始めてから、一ヶ月ほどが過ぎようとしていた。もちろん、それだけの事であれば何ら訝しむ要素は無いのだが、日常生活の中のあらゆる言動がそれまでとは大きく変わり、一言で表すなら”怖いぐらいに静か”になったのだ。

だが、静かとは言っても、決して”大人しい”とか”慎ましい”という意味ではない。

チャンピオンへの挑戦権を勝ち取ったボクサーが、タイトルマッチ当日に向けて黙々と練習に励んでいる時のような”鬼気迫るオーラ”を放っているのが感じられ、たとえ姉弟ではあっても以前のように気軽に話しかけられる雰囲気ではなくなったのだ。

40分程が経過して、燈子がタオルで汗を拭いながら帰宅した。家族に「おはよう」と明るく挨拶してからシャワーを浴び、身支度を整える。朝食の席に着き、世間話をしながらトーストを齧る姉の姿に、父母はおそらく何の違和感も感じていないだろう。

なんとも健全な”一家の朝の風景”だ。

家を出て颯爽と学校へ向かう姉の歩調は、やはり、それまでと比べて幾らか速く感じられる。一緒に歩いてはいるのだが、はたして弟が視界に入っているのか、その視線は常に真っ直ぐ前を見ており、脇に振れる事がない。

我妻 燈子・善照

「姉ちゃん、よく続くね、毎朝のジョギング…」
「んー、そうね、やっぱ朝早く起きて身体を動かすのは気持ちいいわね」

「何か、大きな心境の変化とかあった?」
「アンタが何も考えずに毎日をダラダラと生きてるから、そう思うのよ」

全く以て反論はない。実に単純に、姉の変化に対して自分の方が”置いて行かれる焦り”を感じているだけなのではないかとも思うが…

「あっ、でも、一つだけアンタの言い分を認めるわ」
「えっ、何??」

「いつだったか、私に『輪廻転生を信じるか』って聞いたでしょ?アレ、私も信じる事にしたの。まぁ、皆が皆ではないと思うけど、『強い想い』を抱いた魂は再びこの世に生を受けるって、身を以って知ったわ」

「えっ、それってどういう…」
「あっ、カナタと炭彦、おはよう!!」

「やぁ、燈子に善照君、おはよう!!」
「んぁー、おはよう…」

今、姉の心境の変化を象徴する言葉を聞いたような気がしたが、学友との挨拶に遮られてしまった為に、それ以上は突っ込んで聞く事ができなくなってしまった。

授業が終わり、下校の時刻となる。追いかけるようにして姉の姿を探した善照は、”違和感”の最も大きな原因を、この時ハッキリと認識した。ここ一ヶ月ほど、燈子は誰にも付き添わずに必ず一人で下校していたのだ。

(毎日、どこかに一人で通っている??)

不粋である事は承知しながらも、何故か、ここで真相を確かめなければ姉が”この世界”から消えて居なくなってしまうのではないかという予感に駆られ、善照は意を決して追跡を敢行した。

それから30分以上は歩いただろうか、善照がさすがに疲れを覚えた頃、燈子は平屋ではあるが屋根が高く、今時には珍しい木造然とした建物に入って行った。表札や看板の類いは無く、ここが誰の所有物であるかは分からない。

程なくして、建物内部から燈子だと思われる女性の声が響いて外に漏れ出てきた。続けて、バシン!!ドタン!!という、何かを強く叩いたり踏みつけたりするような音や、燈子とは明らかに違う男性の掛け声が響く。

それらの事実から、どうやらここは武道場の類いであり、燈子は何らかの武術を習いに来ているのだという事が察せられた。しかし、たとえそうであったとしても、ここ数ヶ月の姉の発言と今日の行動の間には、何の脈絡もない。

結局、善照は何ら納得できる情報を得られぬまま帰路に就いた。

それから約一時間半後、ようやく燈子が帰宅した。その表情は相変わらず平然としており、夕食時の家族との会話もきわめて自然であったが、放課後の行動に関しては自発的な言及は全くない。

夕食を食べ終えて自室に戻った燈子に、善照は意を決して訊ねてみる事にした。

「姉ちゃん、空手か柔道でも習ってんの?」
「えっ……何で??」

この時、弟の存在など眼中から消えて無くなったかのように振舞っていた姉が、確かに焦りを伴って動きを止めた。

「いや、実は今日、学校帰りに姉ちゃんがどこに行くのか、着いてったんだけどさぁ…アレって何かの道場だよね?」
「見たのね……そうだよ、護身術を習ってんの」

「その事、父ちゃんや母ちゃんは知ってるの?」
「いや、特には話してないよ。別に、授業料とか払ってるわけじゃないしね」

「えっ、タダなの??」
「そっ、病気で引退した先生が、調子のいい時だけ教えてくれてるだけだから」

「護身術…って事は姉ちゃん、まさか痴漢に襲われそうになった事があるわけ?」

「アンタねぇ、たまには社会を見渡してみなさいよ!?今時、自分の身を護る為に柔道や空手を習ってる女の人は、いっぱい居るよ?そういうのって、事が起こってからじゃ遅いわけ。いざ、その時が来てもパニック起こさずに毅然と対処できるように、普段から鍛えておくモンなの!!」

姉の返答は正論も正論であり、それ以上に追求できる点などあろう筈もなかった。

「それから!!余計な心配かけたくないから、お父さん、お母さんには黙っといてよね!?」

そう言いながら真っ直ぐにこちらを睨んだ燈子の眼は、もはや家族を見るものではなくなっていた。まるで、亀裂の入った花瓶から少しずつ水が漏れていくように、善照の足から徐々に力が抜けていく。

「分かった、分かったよ…」

足の力が抜けきって尻餅をついてしまう前に、善照は後ずさりながら燈子の部屋を出た。冷や汗をかきながらベッドに潜り込んだものの、先程の敵意を込めた冷たい視線が脳裏から消える事はなく、両膝を抱えて必死に震えを堪える。

(鬼だ…まるで、鬼みたいじゃないか…)

皮肉な事に、善照は曾祖父である善逸が遺した伝記を日頃から読み、”鬼という生き物”の存在をなまじ信じていたが故に、今の燈子に宿っている”何者かの意志”を鮮烈に感じ取ってしまう結果となった。

第2話「岩の柱」
 第4話「鈴割り」

登場人物:我妻燈子 我妻善照
posted by at 21:13 | Comment(0) | 鬼滅の刃
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