2017年10月20日
敬語
相変わらずブースでは隣近所に座ったオペレーターさんの声、敬語の遣い過ぎが気になっています。
「お気づきになられていますか?」
これは、
「お気づきですか?」
これで十分でしょう。
もしくは
「気づかれましたか?」
そもそも二重敬語である上に、言葉を長くすれば、それだけ丁寧になると大きな勘違いをしている気もします。
敬語は短く、的確な語句のみ用いてこそ美しいのです。
私の初めての仕事は営業でした。
敬語は切っても切り離せません。
たまたま同業の先輩方がおり、たびたび飲み会をして下さいました。
その中である先輩が言います。
「いいか、敬語はときに壁になるのだ」
と。
初対面からタメ口はどうかと思いますが、親しい間に敬語は不要です。
昔はわかりませんが、今の時代、家族間で敬語を遣うというのは理解できません。
先輩と後輩の仲であっても何十年と付き合いが深まれば、かつての歳の差はやがて微々たるものとなり、
「やあやあ」
となっていくものではありませんか?
営業においては常にお客様は目上ということになりますから、敬語は欠かせない。
でも、どうでしょうか?
神対応のできる営業がいたなら、お客様から
「ありがとうございました。」
と言われるでしょう。
この素晴らしい商品に巡り合う機会をいただいてありがとう。
この商品の価値をしっかりレクチャーいただいてありがとう。など。
実際に、お客様から感謝される営業になるよう研鑽している世界もあります。
「ありがとうございました。」と言うのでなく、言われなくてはダメなんだと。
もし、目上の人に敬語を遣わなかった場合、不快に思われるとしたら、それは対等に見られていないからです。あくまで見下されているということです。
見下されているのに敬語を遣わないのならそれは無礼なだけです。
仕事中、休憩のあとに周知されることがあります。
コールセンターで今日の振り返りと、連絡事項など皆に周知されます。
管理者が周知ごとに交代で皆に報告するのですが、中にはときどき敬語の抜ける管理者がいます。
会社での経験が長いから、ここでは先輩というのもわかりますし、「私は管理者だから」というのもあるのでしょう。
しかし、きっと一回り以上、年下の人間にタメ口をきかれた私は、ただ不快です。
私よりかなり若いその管理者に対して、私は対等に見ていない。見下しているところがあるのでしょう。
敬語は壁になるというのは、あくまで対等に評価される自分になりなさいという意味も隠されているわけです。
恋人同士もそうでしょう。
出逢いは敬語で始まり、親しくなって想いが通じ合う。
そのとき、
一度敬語をなくしてしまうと二度と敬語には戻れないでしょう。
くつがえすようですが、
恋人同士の間には、いつまでも敬語の世界があって良いと思う私はただの変わり者?
それとも夢遊病者?
「お気づきになられていますか?」
これは、
「お気づきですか?」
これで十分でしょう。
もしくは
「気づかれましたか?」
そもそも二重敬語である上に、言葉を長くすれば、それだけ丁寧になると大きな勘違いをしている気もします。
敬語は短く、的確な語句のみ用いてこそ美しいのです。
私の初めての仕事は営業でした。
敬語は切っても切り離せません。
たまたま同業の先輩方がおり、たびたび飲み会をして下さいました。
その中である先輩が言います。
「いいか、敬語はときに壁になるのだ」
と。
初対面からタメ口はどうかと思いますが、親しい間に敬語は不要です。
昔はわかりませんが、今の時代、家族間で敬語を遣うというのは理解できません。
先輩と後輩の仲であっても何十年と付き合いが深まれば、かつての歳の差はやがて微々たるものとなり、
「やあやあ」
となっていくものではありませんか?
営業においては常にお客様は目上ということになりますから、敬語は欠かせない。
でも、どうでしょうか?
神対応のできる営業がいたなら、お客様から
「ありがとうございました。」
と言われるでしょう。
この素晴らしい商品に巡り合う機会をいただいてありがとう。
この商品の価値をしっかりレクチャーいただいてありがとう。など。
実際に、お客様から感謝される営業になるよう研鑽している世界もあります。
「ありがとうございました。」と言うのでなく、言われなくてはダメなんだと。
もし、目上の人に敬語を遣わなかった場合、不快に思われるとしたら、それは対等に見られていないからです。あくまで見下されているということです。
見下されているのに敬語を遣わないのならそれは無礼なだけです。
仕事中、休憩のあとに周知されることがあります。
コールセンターで今日の振り返りと、連絡事項など皆に周知されます。
管理者が周知ごとに交代で皆に報告するのですが、中にはときどき敬語の抜ける管理者がいます。
会社での経験が長いから、ここでは先輩というのもわかりますし、「私は管理者だから」というのもあるのでしょう。
しかし、きっと一回り以上、年下の人間にタメ口をきかれた私は、ただ不快です。
私よりかなり若いその管理者に対して、私は対等に見ていない。見下しているところがあるのでしょう。
敬語は壁になるというのは、あくまで対等に評価される自分になりなさいという意味も隠されているわけです。
恋人同士もそうでしょう。
出逢いは敬語で始まり、親しくなって想いが通じ合う。
そのとき、
一度敬語をなくしてしまうと二度と敬語には戻れないでしょう。
くつがえすようですが、
恋人同士の間には、いつまでも敬語の世界があって良いと思う私はただの変わり者?
それとも夢遊病者?
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