2017年05月12日
狙いはハジメ 古より響く闇の嘶き 最終話 (ナオシーさん作・学校の怪談二次創作)
お待たせしました!ナオシーさん作、学校の怪談二次創作最終話、掲載です。
いやあ、終わっちゃいましたねぇ・・・。いいお話でした。これから、自分も頑張らねば!!
ナオシーさんには、この様な素敵な作品を掲載する機会を頂きまして、改めて感謝いたします。
話によると、新作の作成にも意欲を持っておられるようで。もし、完成したあかつきには、是非ともまた拝読させてくださいね。それでは、本当にありがとうございました。
数日後。
透き通るような青空に、パァン、パァンと軽く乾いた音の空砲が響く。
今日は天の川小学校、秋の大運動会当日。
大勢の父兄達が観戦に訪れており、色とりどりのレジャーシートが校庭の周りを隙間無く敷き詰めるように並べられている。
父親は三脚に、あるいは片手にカメラを持ち、子供達の勇姿を激写しようと、そのシーンを今か今かと待ち構え。
母親は朝早くに起きて作った大きな弁当を持ってきて、シートから子供達にエールを送る。
天気予報は終日快晴。
天気にも恵まれ、熱のこもる雰囲気が、否が応にも運動会を盛り上げていた。
体操着に身を包み、紅白の帽子をかぶる全校生徒が一堂に会し、いよいよ大会が幕をあける。
「我々選手一同は。」
「正々堂々、戦い抜くことを。」
「「誓います!」」
開会式の中、高らかな声で男女のペアによる選手宣誓が行われ、競技が開始される。
全校生徒が大勢の観客の前で、各競技に力一杯
励む。
ソーラン節、組体操、ダンス、玉入れ、玉転し。
騎馬戦に、徒競走、綱引き、くす玉割り。
どの運動会でもある定番の競技が行われ、その都度、大きな歓声が学校中を席巻する。
赤組と白組。
例年の如くその点数差は常に均衡し、最後までどちらが勝つか分からない状況が続く。
さつき、敬一郎、ハジメ、レオは揃って赤組。
手放しで赤組を応援できるのだ。
敬一郎達の低学年リレーを最後に、午前中の競技が終了、お昼休みとなった。
「よくやったな、敬一郎!すごく速かったぞ!」
誇らしげに胸に金メダルをつけた敬一郎の肩を、応援に訪れていた礼一郎が撫でた。
敬一郎はリレーに出場、敬一郎のチームはアンカーこそ三年生が走ったものの、敬一郎も自らの走りで白組の選手を抜き、チームの勝利に大きく貢献していた。
そんな敬一郎の成長を、礼一郎は喜んだ。
「パパ、ありがとう!来年はアンカーになれるように頑張るね!」
走り終え、よい汗を流した敬一郎は、笑顔で来年の目標を述べた。
「本当、敬一郎よく頑張ったね!」
さつきも宮ノ下家のレジャーシートに、お弁当を広げる。
今日もさつきは早起きをして、家族のためにお弁当を作っていた。
そう言うさつきの胸にも、銀色のメダルが掲げられている。
「さつきもよく頑張ったな。徒競走でメダルは初めてじゃないのか?おめでとう。」
なんとさつきも、六年生の徒競走で見事2位を獲得していた。
さつきの走者組では、スタートから間も無く、前を走る一人が転倒、それに巻き込まれる形で数名が転倒した。
スタートから出遅れていたさつきは、そのクラッシュに巻き込まれること無く、とにかく力の限り走った。最後に追いつかれてしまったものの、なんとか2位に食い込むことができたのだ。
「私のは…たまたまよ、たまたま。」
そうは言うものの、生まれて初めての徒競走のメダルに、さつきも満更ではない顔をしている。
最後に、よい思い出を作れたのだ。
また、ハジメとレオは同じ組であり、順位はなんとレオが1位、ハジメが2位であった。
ハジメは午後に高学年リレーを控えている。
恐らく、そちらでの優勝を見据えているのだろう。
徒競走はアップのつもりで軽く走ったのだろうし、最後の運動会でもあるため、長年の親友に勝ちを譲ったのかもしれない。
「午後の目玉は、最後の種目の高学年のリレーだな。いよいよハジメくんの全力が見れるわけだ。」
「うん、ハジメ兄ちゃんは赤組のアンカーなんだよ!」
ほー、と感心する礼一郎。そのまま横目で一人娘にニヤニヤと視線を送る。
「これは応援にも力が入るなぁ、なあさつき。」
へ?!と急に話を振られたさつきは、弁当から取り分けていた卵焼きをお皿から落とした。
「ん?なんだ?どうしたさつき?」
なんか動揺したのか?と、悪戯っぽく聞いてくる父に、さつきは慌てる。
「あ、当たり前でしょ!リレー負けたら、そのまま赤組の負けになるかもしれないんだから!意地でも勝ってもらわなきゃ!」
父の意味ありげな視線を、さつきはそそくさと弁当の仕分けを再開しながら躱す。
その言葉も、その仕草も分かり易いもので。
大人であり、父親である礼一郎に、そんな娘の態度が何を意味するか、分からない訳がない。
その関係が、自分達によく似ていたから。
(お前に似て、少し頑固で、一途で、とても優しい子だ。)
眼を閉じる礼一郎の目蓋の裏に、亡き妻の姿がが思い浮かぶ。
その面影が、今のさつきと重なる。
「なぁに、どうしたのパパ?」
急に物思いに耽った礼一郎に、さつきは怪訝な顔をする。
「いや、さつきは本当に昔のママにそっくりだなと思ってな。」
分けられたお弁当のおかずに箸を伸ばし、満足気に食べる礼一郎。
これからも二人は少しずつ、ゆっくりではあるが、着実に歩みを揃えていくことだろう。
今は、見守ってやればいい。
変なパパ、と首を傾げて呟く娘に、礼一郎は小さく笑った。
昼休みが終わり、幾つかの競技が何事もなく終了する。
現在、校庭では一年生による、ダンスが行われている。
この催しが終われば、次はいよいよ最終種目のリレーの時間だ。
ここまで、赤組白組の得点はほぼ互角。
やはり、天王山はこの高学年リレーといっても過言ではない。
「高学年リレーに参加する選手は、選手入場口
にお集まり下さい。」
一年生の競技が終わると同時に、既にハジメ達リレー参加の選手陣に放送にて呼び出しがかかった。
「いよいよですね…!」
「うん…。」
「アンカーだけは、コースを二週走るんです。スピードだけではなく、体力も求められます。ハジメは二週も走らなきゃならないんですよ。」
レオが落ち着かない面持ちで、観戦席で呟いた。
「なーんでおまえらが緊張してんだよ。」
先ほど放送を聴き、集合場所へと向かって行ったハジメは、特に緊張した様子もなく、笑いながらレオの背中をバシンと叩いていたが。
勝敗が親友の競技に、走りにかかっているということもあるのだろうか。レオはやはり落ち着かない雰囲気であった。
一方、さつきは違う意味で浮かない顔をしている。
「白組のアンカーは2組の大谷くんだって!」
ハジメがいなくなってからすぐに、ふと自分たちの席の後ろで話す同じ六年生の女子たちの会話が耳に入った時のこと。
「大谷くんって、確か青山くんの次に速いって噂の人だよね?」
「うん、陸上部の主将だよ。凄い戦いになりそうだねー。楽しみ〜。」
「私、勝った方に告白しちゃおっかなぁ〜。二人ともカッコいいしね〜!」
やだぁ、とケタケタ笑う年頃の女子たちの会話に、さつきは胸が少し苦しくなった。
あの時、本気で走る彼を見てみたいと思い、坂田の提案を陰ながら喜んでいたが。
あれからというもの、ハジメは実は女子からも人気があるということを知ってしまった。
今となれば、色々な感情が入り乱れ、どのような気持ちでその走りを見ればよいのか分からなくなっていた。
(別に、勝たなくたっていい。)
礼一郎にはあのように述べたが。
本当はただ、自分の知らないその姿を、ただ本気で走るハジメを見たいだけ。
ただ、見れればよいのだ。
それは小さな、小さな望み。
「……いよいよ、次は高学年リレーになります。全校生徒の皆さん、応援にいらした父兄の皆様、最後の種目なので、力一杯応援しましょう。」
放送が流れ、最後を彩るに相応しい勇壮な入場曲と共に、選手達が入場する。
天の川小学校屈指の走者が揃い踏みしているとだけあって、どの顔を見ても、足の速そうな精悍な面々ばかりである。
殆ど皆、靴を履いていない。
裸足で走るのだ。
頭にはそれぞれ帽子ではなく、長い紅白の鉢巻を巻き、次々に入場してくる。
そんな中、赤組の最後列にハジメがいた。
赤い鉢巻きを巻き、裸足であるのは他の選手と同じであるが、アンカーである為か、赤いタスキを肩がけに携えている。
その横には、ハジメの次に速いと噂される、同じように白い鉢巻きにタスキを肩がけにする、大谷という少年。
どちらも、他の選手とは違う雰囲気を持っている。
「おい青山、今年は負けねえぞ。」
隣に並ぶ大谷少年が、ハジメに声をかける。
「ああ?大谷〜そんなに固くなるなよ。肩の力抜けって。」
面倒くさそうにハジメは彼を諭すが、大谷がハジメに敵愾心を燃やすには訳がある。
今年は陸上部主将を務める大谷は、昨年も、一昨年も、徒競走でハジメに敗北していた。
毎年リレーでは圧倒的な力を見せる彼も、徒競走ではハジメに勝てていない。
今年は珍しく、ハジメがリレーをやる気だと聞いて(無論、坂田との間で取引が行われたことなど知る由もない)、闘志を燃やしていた。
(今日こそ、天の川一速いのは俺だって証明するんだ…!)
そんな大谷少年から、やれやれとした表情で目を離し、ハジメはチラリと観客席の方を見る。
その視線の先には、かの少女がいる。
(そーいえばあいつ、俺が走るの見たがってたしな。)
別に走るのは好きではないが、久しぶりに努力したのは、彼女に自分の走りを見せたいが為でもある。
そういうことなら、自分も大谷に負ける訳にはいかない。
ハジメは今一度大きく深呼吸をして、真剣な選手の顔となった。
いよいよ両者全ての選手出揃い、まったなし。
バトンを手にした一番手の選手が、各コースのスタートラインについた。
「位置について…よーい…!」
パァン!!
スタートガンの合図と共に、一斉にスタートする選手。
同時に会場から応援の歓声が起こる。
一番からアンカーの十番まで、計二十名の選手が校庭を全速力で走り回る。
流石に校内随一のメンバー達だけあって、なかなか差がつくことがない。
追い抜き、追い越され、皆が必死に走る。
僅かな距離で行われる攻防に、会場は否が応にも盛り、観客達も力の限り、声援を上げる。
「流石に皆さん速い…!互角ですね…!」
レオも激しい展開に手に汗握る。
そろそろ八番手にバトンが渡る。
今は若干ではあるが赤組がリードしている。
もうすぐ、彼の番だ。
自然、胸の高鳴る自分がいた。
その時、
「あっ!」
誰もが思わず、声をあげた。
極限の戦いの中、赤組の八番手と九番手の選手がバトンを受け渡し、受け取り損ね、落としてしまったのだ。
コロコロと転がるバトンを、慌てて拾う九番手の選手。
その隙に、白組の選手が赤組を抜き、グングン距離を離す。
必死に追いかける九番手の選手。
彼も速いが、一度離れた距離はなかなか詰めることが出来ない。
そのまま白組のバトンは、アンカーの大谷に手渡される。
陸上部主将の大谷は流石に、速い。
他のメンバーとは確かに違うことがさつきの目からもよく分かる。
赤組をどんどん離す大谷。
「青山、悪い!おまえに託す!」
そこで、ようやく赤組のアンカーであるハジメにバトンが渡る。
その時点で、もう勝負は決まったかのように思えた。
しかし、そこから始まるハジメの追い上げに、さつきは、そして会場全体が息を飲むことになる。
凄いスピードで、大谷を追いかけるハジメ。
それは速い、なんて簡単に一言で現わせるものではなかった。
赤い鉢巻きが、俊足の疾風にたなびき、その差を少しずつではあるが埋めて行く。
(くそっ、なんて奴だ!)
大谷は走り始めた時点で既に勝った気でいたが、その猛烈な追い上げに、油断を無くした。
彼もまた、歯を食いしばって走る。
しかし、校庭二週という距離は決して短くはない。
大谷が二週目に入った時には、そのスピードは当初と比べ、やはり落ちていた。
しかし、ハジメのスピードは二週目を周っても殆ど落ちていない。
夜間に天の川の町を長い時間ダッシュやサッカーの練習で培われたハジメの体力は、この時遺憾なく発揮され、ここで差をぐんぐん縮めてゆく。
まだ、勝負はついていない。
このまま逃げ切れ!
もうすぐ追いつく!
観戦する誰もが声を張り上げてアンカーの二人に応援を送る。
「ハジメ!もう少し!もう少しです!」
レオも声を絞って応援する。
最終コーナーに入り、二人の差は当初から見ると随分と縮まっていた。
さつきは、ただ、彼の走りを呆然と見ていることしか出来なかった。
しかし、彼が自分の前を通った時に、その顔がまるでスローになったかのように、その瞳に止まった。
全身から汗を振りまき、それでも前だけを見据え、腕を、足を懸命に動かすハジメ。
その姿に。
さつきはそれまで考えていたモヤモヤした考えや余計なことは全て忘れ、自然に彼の名を口に出して叫んでいた。
少し前方でなびく白い鉢巻きが、タスキが、もう少しというところまで見えてきたが、あと一歩というところで、届かない。
(もう…少しだってのに!)
身体中が、新鮮な空気を求めて止まない。
手も足も動かなくなってきた。
ラストスパートにきて、殆ど二人の距離は変わらなくなってきていた。
ハジメの身体にも疲労が出てきたのだ。
もう追いつかない。
ここまでよく頑張った。
そんな考えが一瞬脳裏で囁く。
そんな時に。
"ハジメ!頑張って!"
喧騒の中、自分がずっと想いを寄せている、少女の声が耳に届く。
まるで、その言葉だけが、周りから切り抜かれたかのように、ハジメの頭に響き渡る。
そうだ。
諦めるのは、ダメだった後。
そう彼女に教えたのは自分ではないか。
好いた人の前でさっさと諦めるのが、青山ハジメなのか。
それは違う。
根性だけは、誰にも負けないのだ。
それが彼女の為なら、尚更だ。
ハジメは再び、腕を、足を無理やりにでも動かす。
(…まだ…来るのかよ…!)
前を走る大谷は、最終ストレートには入って、ラストスパートをかけてきたハジメから懸命に逃げ切ろうと、こちらも、もつれそうな足を必死に動かす。
二人の距離は、頭一つ分というところまで迫っていた。
そして、その僅かな後に、ゴールテープが切られる。
同時に3発の空砲が撃ち鳴らされ、試合終了を告げた…
「わりぃ敬一郎!ダメだった!」
運動会が終わり、空が茜色に染まるその帰り道。
ハジメは、敬一郎に手を合わせて謝っていた。
結局、大谷に追いつくことが出来なかった。
殆ど同着とも思われたが、僅かに前に出ていた大谷が、ゴールテープを切った。
結局、その勝敗が決定打となり、今年の優勝は白組に軍配が上がった。
さつきたちの最後の運動会は、敗北という形で終わってしまった。
リレーで好走を見せた敬一郎にも申し訳なく、ハジメは謝ったのだ。
しかし、敬一郎をはじめ、さつきもレオも彼を責めることなどしない。
「ハジメ兄ちゃんの走り、本当に凄かったよ!僕、感動しちゃった…。僕もあれくらい速くなりたいなぁ。」
純粋に感想を述べる敬一郎は、ハジメの速さに心からそう思っていた。
「ありがとな敬一郎。でも敬一郎なら、俺よりもっと速くなれるさ。」
「本当?!」
「ああ、来年も頑張るんだぞ。」
うん!と嬉しそうに頷く敬一郎。その頭をハジメはくしゃくしゃと撫でて、笑う。
そんなハジメを見て、さつきも想う。
本当に、よい思い出を作ることが出来た。
自らも銀メダルを獲ることが出来たが、それ以上に。
(本当に、速かったな…。)
その力走を見ることが、知らなかった彼の一面を知ることが出来た。
走っている時のハジメは、苦しそうであり、また真剣そのものでありながら、とても生き生きとして見えて。
その表情に、見惚れてしまっていた自分がいる。
しかし。
(…言える、訳ない。)
あの鵺に襲われ、あわや命を落としそうになったあの時。
脳裏に、秘めた想いを伝えることが出来ないまま、人生を終えることにとても後悔した。
だが、いざ再び彼に会えても、そしてその気持ちを改たに強くしても。
やはり、その想いを告げることはまだ出来ていない。
「そういや、さつき。」
「へ?なに?」
突然名前を呼ばれ、さつきは我に帰る。
「おまえこの前、うちの前にお茶置いてったりしたか?」
どきん、と心臓が飛び出しそうになった。
「お、お、おちゃ??さ、さあ、何かあったかしらー…」
唐突なハジメの話と、さつきの白々しい不審な態度にレオは首をかしげる。
「お茶ですか?ハジメ、お茶がどうしたんです?」
「いや、この前夜トレーニングから帰ってきたら、家の前にペットボトルに入った麦茶が家の前に置いてあってな。走り終わって喉乾いてたから有難く貰ったんだけどよ…サッカーの試合の日、さつきの弁当食べたろ?あの時飲んだ麦茶が、なんかその時の味にそっくりだったんだよなぁ。」
それを聞き、レオはなるほど、とニヤニヤとした視線をさつきに向ける。
お膳立てなどしなくても、やることはやってるのではないか。
それが真実かどうかなど、慌てふためき、ゆでだこのように赤くなるさつきの顔を見れば一目瞭然だ。
「そ、そういえば、夜敬一郎が、ハジメが頑張ってるから、何か差し入れようよ、って言ってたことがあったかな!その時麦茶をあんたの玄関先に置いたっけ…。そんなことあったよねー!ね、敬一郎?」
さつきは同意を求めるように敬一郎に視線を送るが、当の本人はキョトンとしている。
「え…お姉ちゃん?そんなことあっ…た…け…」
そこで、敬一郎は思わず言葉を飲み込んだ。
姉が、背後に燃えるような炎を纏い、般若の如く有無を言わせぬ鋭い視線で、敬一郎を睨みつけていたからだ。
ひっ!と、言いかけていた言葉は引っ込んでしまった。
(お姉ちゃんが怖いよ…!!)
訳のわからぬまま、しかし、本能的に敬一郎は姉の言葉にぶんぶんと頷いた。
「へぇ、そうなのか。」
そんな二人のやりとりに気付いたのか、気付かなかったのか。
「まあいいや。麦茶美味かったぞ。ありがとうな!」
「う、うん。どーいたしまして。」
「ど、どういたしてまして…。」
爽やかな笑顔でさらっと礼を述べた彼に、とりあえずごまかせたと思ったのか、さつきは小さく胸をなでおろし、敬一郎は訳の分からないまま応える。
それに対し、レオは盛大に溜息をつく。
素直になれないのも、ここまでいくと病気なのではないだろうか。
それに気付かぬハジメも、また然りである。
この調子では、お互いが素直になれる日がいつになるのか全く分かったものではない。
(もう、みんな分かってるのになぁ。)
自分だけではない。
桃子は当然、敬一郎だって恐らく幼いながらに理解している筈であり。
多分、クラス中のみんなも。
喧嘩するほどなんとやらの二人が、相思相愛なのはよく分かっているだろう。
レオがそんな事を考えていると。
「…今日はお疲れ様…その…お茶余ってるけど…飲む…?」
さつきが、そんなハジメに麦茶が入っていると思われるペットボトルを控えめに差し出した。
おっ、と思ったのはレオだけではない筈だ。
「いいのか?サンキューさつき。」
それを受け取ると、ハジメはごくりごくりと美味しそうに音を鳴らし、喉を潤す。
「ぷはー!やっぱさつきんちの麦茶美味いな。」
「そ、そうかな?」
「ああ、ほんとうめえよ。こんな美味しい麦茶飲んだことないねぇ。」
「そう…なら良かった。」
顔を隠すように、うつむき気味で彼の隣を歩く。
ハジメもそんなさつきと自然に肩を並べて歩く。
それを邪魔することないよう、レオと敬一郎は二人の少し後ろを歩いた。
しかし、ふと、ハジメの目が怪しく光る。
「隙あり!」
ひらり。
「きゃあ?!」
若干、甘い雰囲気に浸っていたのも束の間。
軽い音を立てて、さつきのスカートがふわりと上に舞い、赤帽子ならぬ、情熱の赤い下着が露わになる。
完全に油断だった。
「へー赤組だけに下も赤で決めてきたって訳か。さつきも意外とゲンを担ぐんだなぁ。」
ペットボトルを咥えたまま、しゃがんでマジマジと観察する。
覗かれたさつきの顔は、恥ずかしさと怒りで、下着より真っ赤であり。
「なにすんのよ!この変態!スケベ!バカ!覗き魔!」
手にしていた鞄をヌンチャクのようにブンブン振り回し、ハジメに殴りかかる。
しかし、ハジメはさっさとその射程圏内から離脱し、勝ち誇ったようにニンマリ笑う。
「へへっ、捕まえてみろよ、銀メダリスト!」
「あんただって銀メダルじゃない!こら、逃げるな!待てー!!」
お茶を飲みながら逃げるハジメと、追うさつき。
その距離に足の速さなど関係なく、いつも通りぴったり並走する。
その場に残された二人は、呆れたように笑う。
結局、こうやっていつも通り時間が過ぎていくのだろう。
でも、その時間が、今日のリレーのようにゆっくりであるが着実に彼らの距離を縮めていく。
リレーは決められた道しかないが、人生はもっと長い。
速く走るだけではなく、たまにはゆっくり。
まっすぐ進むだけではなく、たまには寄り道しながら。
それでもいつかは二人でゴールテープを切るんだろうなと、そんな親友二人を見て、レオは思い直した。
(まあ、それまでゆっくり見守ってあげましょうかね。)
紅葉のついた樹々が照らす茜色の通学路に、二人の喧騒がいつまでも続いていた。
完
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このような未熟な作品を載せていただき、本当にありがとうございました。挿絵まで描いていただき、とても嬉しかったです!
この場を借りてお礼申し上げます。
土斑猫さまの作品も楽しみに待っております。
また何卒よろしくお願い致します。