2017年03月24日
狙いはハジメ 古より響く闇の嘶きC (ナオシーさん作・学校の怪談二次創作)
こんばんは。土斑猫です。
今宵も絶好調のナオシーさん作・学校の怪談二次創作!!
第四幕、お楽しみくださいませ♪
翌朝。
学校に登校する際、常なら一緒に登校する彼は、その日、いつもの時間になっても現れなかった。
「お姉ちゃん、遅刻しちゃうよ?」
「うん、そうね…。」
少し待ってみたものの、敬一郎の催促に、さつきは待つ事を諦めて兄弟二人で学校に向かった。
教室に着いても、まだ彼の姿はなかった。
その彼が教室に飛び込んできたのは、始業前ギリギリの時間。
遅刻にはならなかったものの、もう教室に入っていた坂田先生の軽いお小言を受け、フラフラとハジメは席に着いた。
「何よ、寝坊したの?」
「うるせえぇぇ…。」
六年生になっても腐れ縁。相変わらず隣同士の席。
ドサッとだるそうに腰を下ろすハジメの顔を見て、さつきは驚いた。
目の下に軽くクマができ、健康的に日焼けした彼の顔色は、少し青くなっているようだ。
「ど、どうしたの?」
どうもただならぬハジメの雰囲気に、さすがにさつきも彼の寝坊を詰る気にはなれなかった。
「なんか昨日よく寝れなくてな…。なんか寝るたびに同じような変な夢ばっかりで…起きたり寝たりの繰り返しだぜ。参った参った…。」
そう言うと、大きくハジメは欠伸をする。
この様子では殆ど寝ていないのであろう。
「わ、悪い。やっぱダメだ…。少し寝るわ…さつき、あとは頼む……」
「ちょ、ちょっとハジメ…」
さつきの制止も聞こえないのか、机につくとほぼ同時に、そのまま机に突っ伏してしまう。
しかし、そうは問屋が下ろさない。
「こらー!青山!遅刻ギリギリまで寝てたやつが、学校に着いた瞬間に寝る奴があるか!」
授業開始一番、坂田の注意が飛ぶと、ハジメは思わず飛び起きる。
釣られて周りからクスクスと笑う声が聞こえる。
普段ならさつきも、ほら怒られた、とばかりに周りと共に笑うのだが。
この日はそんな気になれなかった。
単に、疲れているだけなのだろうか?
頭によぎるのは、昨夜、ハジメの家を凝視していたあの黒スーツの男。
"あいつが馬鹿な目に遭わないように、見張ってるんだな"
あの天邪鬼の言葉も、気掛かりであった。
休み時間、完全に寝てしまったハジメを横に、さつきはレオを呼んで、昨夜の話をした。
待ってましたと言わんばかり。自称心霊研究家を名乗る彼の分厚いメガネがギラリと光る。
「ま、まだオバケの話って決まった訳じゃないんだけど…。」
さつきが話をする前からエンジン全開。ぐんぐん身を乗り出して話にのめり込むレオに、さつきも少し引いてしまった。
「それは、"枕返し"の仕業ではないでしょうか?」
「"枕返し"?」
初めて聞く言葉にさつきも首をかしげる。
「オバケの一種ですよ。寝ている人間の枕や布団をひっくり返して、悪夢を見せたり、起きた人間を驚かす、というような悪戯をするオバケです。」
「なにそれ、変なオバケ…。」
「古来、日本人は夢と現実の境界線が枕にあると考えていて、寝ている時は魂が別世界に飛んでいっているとされていたんです。そんな時に枕を返されるので、悪夢を見たりするんでしょう。一説では、座敷童子の仕業とする説もあるようです。」
「座敷童子って、あの家にいる子供のオバケのこと?」
さつきもこちらは聞いたことがあった。
悪戯好きの座敷童子が居座る家には、幸福が訪れるとも聞いたことがある。
「ええ、なので本当に悪戯の一環でハジメを寝不足にさせただけなのかもしれないですよ。」
そうなんだ、と少し安堵するさつき。
しかし、レオは話を続ける。
「枕返しの中には、凶悪な輩もいるようです。中には枕を返すことで、別世界から帰ってくる魂の帰る場所を無くしてしまう、などという伝承もあります。」
「うそ…」
ホッとしたのも束の間、さつきは絶句する。
むしろ今聞いた話の方が、昨夜の男や、天邪鬼の言葉にも当てはまる気がする。
黒スーツの青年。
言いようのない悪寒。
そして、あの天邪鬼が、並の妖怪ではないと断定する、"何か"。
どうも伝承に聞く、座敷童子などとはイメージが一致しない。
レオの言う"凶悪な枕返し"の仕業なのか。
無論、あの不気味な嘶きも。
あっ!と、それで思い出したように、
「ねえレオ君、枕返しって鳴き声って出すの?」
と、さつきは心霊研究家に尋ねた。
「鳴き声…ですか?うーん、そんな話は聞いたことが無いですね。まあ実在するのであれば、声くらい出すかもしれないですが…鳴き声がどうかしたんですか?」
「うん、その男の人が関係あるかは分からないけど、そいつを見た時、辺りに気味の悪い鳴き声が聴こえたんだ。」
「それは興味深い。どんな鳴き声ですか?」
どんなって言われてもなぁと、さつきは首をかかげて思案する。実際、聞いたことも無いような鳴き声だったのだ。天邪鬼にも説明する事は出来なかった。
「何か似た音はありませんかね。動物の鳴き声とか…もし可能なら口笛で表現してもらっても構いません!」
「口笛で真似するくらいなら出来るけど…。」
「それで良いですよ!さつきさん、是非やってみて下さい。」
「…あんまり口笛自信無いんだけどなぁ。」
少し嫌そうな表情を浮かべるさつきではあるが、諦めたように軽く息を吸い込んだ。
ヒョー ヒョー
ヒョー ヒョー
目を閉じて、出来るだけ、あの時の事を思い出しながら、低く口笛を吹いた。
まるで隙間風が、さらに低くなったようなあの音を。
背筋の凍りそうな、あの嘶きを。
「…どう?何か浮かんだ?」
一通り吹き終えて、さつきはレオの方に向き直る。
「なんとも…不気味な口笛ですね…背筋が凍りそうです。」
「な、なんですってー!?」
そういう口笛を吹いたつもりではあったが、いざ正直に感想を述べられると、さつきは思わず拳を振り上げた。
「ご、誤解ですよ!誤解!僕は正直にその音に対する感想を述べただけで…!」
ドサッ
弁解するレオの殴ろうとするさつきの横で。
寝ていたハジメが椅子から滑り落ちていた。
「い、痛ってえ…!」
「は、ハジメ!大丈夫?!」
慌ててさつきとレオは駆け寄り、彼を起こす。
「つつ…なんなんだよ、今の気味悪い口笛は!まるで俺の夢の中で聴こえる…」
どすっ!!
強烈な正拳突きがハジメの顔面にヒットする。
行き場を失っていたさつきの拳は、結局いつものように、ハジメが受けることになってしまった。
再び、彼はその場に昏倒する。
「全く…何なのよあんたまで!」
憤慨極まるさつきに、難を逃れたレオは恐る恐る彼女に問いかける。
「さ、さつきさん、今ハジメが、さつきさんの口笛を夢の中で聴いたと…」
えっ?と、キョトンとする。
「や、やだ。私ったら、つい…。」
条件反射とはいえ、悪いことをした。
レオの言葉を理解すると、バツが悪そうに顔を赤くしたさつきは、ハジメを再び抱え起した。
「…ったく、眠気が吹っ飛んじまったじゃねえか。」
「な、なら良かったじゃない!寝たらまた起こしてあげる。」
「寝る度にお前のパンチ喰らってたら、顔がいくつあっても足りねえよ。」
こんな時でも普段と変わらない彼に、再び拳を握りそうになるが、すんでのところで今度は気を静めてハジメに聞いた。
「ねえハジメ。あんた、さっき夢の中でもこの音を聴いたって言ってたわよね?間違いない?」
「ん?ああ…昨日見た変な夢の中で、その音がずっと耳の中で響いてた。気持ち悪い音だったから、何度も目を覚ましたんだ。何なんだよ、一体…。」
ハジメはヒリヒリと痛む鼻先をさすりながら答える。
さつきとレオは顔を見合わせた。
恐らく、さつきが聴いたとという鳴き声と、ハジメが聴いた音は同じものだろう。
しかし、一体何者が?
「…やっぱり、"悪い枕返し"がやったのかしら?」
「なんだよ、その枕返しって?」
再びレオが枕返しについてハジメに説明する。
もちろん、男のことは伏せて。
「迷惑な奴だなぁ。一発ぶん殴ってやりたいぜ。」
一通りレオの話聞くと、心底憎そうにハジメは呟く。
対するさつきは、ひどく浮かない顔だ。
レオの話だと、その枕返しがハジメの命を狙っているとも限らない。
もし、明日彼が朝起きてくることなかったら…
いつも通りの毎朝が、やって来なかったら…
そう考えると、幼き頃、母を失ったあの頃の強烈な不安に苛まれる。
そんなさつきに気付いたのか、ハジメはそういってさつきの肩をポンと軽く叩いた。
「心配すんなよ、さつき。俺は枕なんとかなんて奴に負けたりしねえよ。」
「でも…!」
「取り敢えず、そいつは布団とか枕をひっくり返すんだろ?なら枕使わずに、布団で寝なければ良いだけだろ?安心しろよ。」
「おお、ハジメも偶には冴えますね。それは良い考えかもしれませんよ。」
「だから一言余計なんだよお前は!」
なぜこう楽観的なのだろう。
しかし、その彼の一言一言が、張り詰めたさつきの心を解きほぐす。
本当は、私が彼の不安を取り除かなければならないのに。
あっけからんと笑顔を見せる彼を見て、その笑顔に別の意味で苦しくなった。
「とにかく、この話は終わりだ。もう坂田が来るぜ。」
休み時間が、もう終わる。
ハジメは、ここまでと話を切り上げた。
「うん…。」
正直、解決策は見つかっていない。
ハジメにはまだ伝えていないが、天邪鬼の言っていたこともある。本物のオバケなら、こんな事では根本的には何も変わらないかもしれない。
けれど。
ハジメの言葉に、不思議と心が晴れる。
無論、全ての不安が晴れた訳では無いが、それでも。
さつきも席に着く。
レオも席に戻る。
ふと、レオは席に着いてから、思い出すように思案した。
(そう言えば、先程のさつきさんの口笛、どこかで聴いた事があるかもしれない。どこだったかな…。なんだったかな…。)
先程の口笛を頭に巡らせながら、レオは次の授業の教科書を開いた。
放課後。
生徒達は口々に、さようならーと教員に挨拶し、各々の家へ帰って行く。
この後、何処々々に集合な、今日は何して遊ぶ?と放課後の過ごし方について帰る子供たちは、それぞれが話に花を咲かせている。
そんないつもの放課後。
体調不良の身体をおして、ハジメはいつも通り、リレーとサッカーの練習に参加していた。
サッカーの練習は土曜日の試合に向け、いよいよ最終調整段階のようであり、緊張感を持った練習が続いている。
ハジメだけではない。
昨日、リレーの選手に抜擢された敬一郎も、今日から低学年によるリレーの練習に参加している。
高学年程ではないものの、厳しい練習を投げ出す事もなく、汗水垂らしながら敬一郎も校庭を走り込んでいた。
「敬一郎くんも頑張ってますね。」
「うん。でも、そんなに走ることって楽しいかなぁ。」
壊滅的に鈍足なさつきにとって、走ることに楽しみなど見出せない。
昨年、ハジメの指導を受けて足の速くなった敬一郎は、既に姉よりも速くなっている可能性が高い。
しかし、昨年までの泣き虫な弟の成長ぶりには、驚きを隠せないと同時に、当然嬉しくも思った。
一方のハジメは。
これもまた寝不足とは思えぬ程、右に左にと忙しく動き回っている。
誰が見ても嘆息するくらい、素晴らしい動きだ。
相変わらず、黄色い歓声が上げ、そのプレーに一喜一憂する女子たちもいる。
しかし、今日はそんなことは殆ど気にならなかった。
(本当に、大丈夫なの?)
普段と変わらず走り回る彼の姿が、逆にさつきには危うく見えた。
今日のハジメは、普段とは違うのだ。
そんなさつきの心配を他所に、プレーを続けるハジメ。
そして、遅くに家に帰っても、昨夜と同じように、ジャージに身を包み、夜の町に消えていく。
さつきもその夜は、緊張した面持ちで家の中から彼の家を前を覗いていた。
しかし、その夜は、あの青年が現れることもなく、またあの嘶きが聴こえることもなく、何事もなく過ぎた。
しかし、翌日もハジメは待ち合わせの時間には来なかった。
まさか、と言いようの無い不安が再びさつきの胸に迫り、思わず彼の家のチャイムを鳴らした。
すると、家の中からハジメの母が扉を開けてく出てくる。
「あらぁさつきちゃん、おはよう。」
「おはようございます。あ、あのハジメは は…」
「ああ、あの馬鹿ね。どうも寝不足みたいで、ついさっき無理やり叩き起こしたんだよ。迎えに来てくれたのかい?悪いねぇ。…ハジメ!さつきちゃんが迎えに来てるよ!早く準備しな!」
ドタドタと階段を降りる音がする。
玄関に現れたハジメは、慌てて準備した姿もさる事ながら、昨日よりもクマが酷く、どんよりとした顔をしていた。
寝不足なのは明らかだ。
しかし、今は取り敢えず彼が起きていたことに、安堵の方が大きかった。
「さつきおまえ…なんで先に行ってないんだよ?遅刻すんぞ!」
ごちん!とハジメの母が息子の頭にゲンコツを加える。
「なんてこと言うんだい、このバカは!わざわざあんたを迎えに来てくれてるんだよ!」
痛ってえ、と頭を抱える息子を母は家から無理やり引きずり出す。
「ほら、とっとと行った!」
ドンと背中を押され、家から放り出されたハジメ。
時計を見ると、途端顔を青くする。
「やっべ!全力で走らねえと間に合わねえ!」
言うや否や、ハジメはさつきの手を取り、おもむろに学校へ向けて走り始めた。
突然のことに、驚く間も無くさつきは、ハジメに手を引かれたまま、とにかく走る。
「ちょ、ちょっと…!」
「喋るな!とにかく足を動かせ!」
ハジメはぐんぐんスピードを上げる。
「私…足遅いの…知ってるでしょ…!一緒じゃ…あんたも遅刻…するから…!」
早くも、既に息の切れ始めたさつき。
話すどころか、足を動かすのが精一杯であった。
「ふざけんな!待たせるだけ待たせて置いていったら、寝覚め悪いじゃねえか!」
「それは…あんた元々…!」
「うるせえ!とにかく、諦めるのはダメだった後だ!ギリギリまで走れ!」
住宅街を、商店街を、道路を。
通学路を手を繋いだまま疾走する二人。
道行く人々は、カップルにしか見えない二人を見て、微笑みを浮かべたり、ニヤニヤと意地悪く笑う者もいる。
そんな人々の視線に気付いたさつきは、一瞬足の疲れも忘れ、火照った頬を隠す様に、うつむいたまま走り続けた。
結局二人は遅刻。
チャイムが鳴り終わると同時に、手を繋いだまま、全力疾走で教室に飛び込んできた二人。
タイミングの悪いことに、直前に部屋に入った坂田を背中から突き飛ばしてしまった。
クラス中から、どっと大きな笑いが起こる。
背中を痛そうにさする坂田先生に大目玉を(特にハジメは)食らい、しかも遅刻切符を切られるも、二人はもう既に疲れ切っていて、お叱りもほどほどに、フラフラと席に着いた。
クラス中からクスクスと含みのある笑いが、好奇の視線が、さつきの恥ずかしさを増長させた。
(やっぱり走るなんて大嫌い!)
色々な意味で耳まで赤くなったさつきは、ハジメに文句を言ってやろうと隣を見てみる。
しかし、既に彼は机に突っ伏して、既に寝息を立てていた。
試合はいよいよ、明日に迫っていた。
続く
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