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2017年03月30日

狙いはハジメ 古より響く闇の嘶きD (ナオシーさん作・学校の怪談二次創作)




 こんばんは。土斑猫です。
 些か間が空いてしまい、申し訳ありません。
 ナオシーさん作・学校の怪談二次創作第5話掲載です。
 物語はいよいよその深層に突入します。
 じっくりとお楽しみを・・・・・・。



IMG_20170312_0001.jpg




土曜日。

迎えたその日は、朝から快晴であった。
まさに絶好の弁当日和…もとい、サッカー日和である。

天の川小学校の校庭では、赤いユニフォームと青いユニフォームを着た、それぞれ20名前後の少年達が整列している。

赤が本日ゲストチームとして招かれる、北天の川小学校のサッカー部員、対する青がホームグラウンドで試合を迎える天の川小学校のメンバー達である。

「試合は前半30分、お昼休みを挟み、後半30分の合計60分で行う。それでは、正々堂々、怪我や喧嘩のないようにプレーをするように。」

審判を務める天の川小学校の体育担任が簡単な宣誓を行うと、お願いします、と同時に挨拶がなされ、選手達は各持ち場に散っていく。

「いよいよ始まりますわね。」

楽しみですわ、と桃子は手を叩いて喜んでいる。

「ええ、絶好の観戦シートも確保できましたし、朝早くから並んでいた甲斐がありました。」

ハジメの応援にやって来た四人は、会場を一望出来る場所を陣取り、レジャーシートに腰を下ろしている。かなり良い場所と言ってよい。

他にも選手達の家族や友人らも同じようにレジャーシートを張って応援に駆けつけており、なかなか熱い観戦ムードだ。

「よく考えたら、私サッカーのルールあんまり知らないけど、大丈夫かな?」
「私もですわ、さつきちゃん。レオさん、ハジメさんはどちらのポジションでしょうか?」
「ええっと、ハジメはMF(ミッドフィールダー)ですね。攻撃と守備、どちらも行う攻守の要、遊撃隊のようなポジションです。」
「凄いなぁハジメ兄ちゃん!けど、大丈夫かなぁ…。」

久しぶりに再会し、顔を綻ばせながら桃子の膝の上で抱かれていた敬一郎が、心配そうに呟く。
敬一郎の言葉に、他三人も同様に表情に暗い影を落とした。

敬一郎の心配の原因は、今日のハジメの体調にあった。

ハジメは今日も殆ど寝ていないのである。

三日連続の不眠に、朝家から出てきた時のハジメは、さつきもこれまで見たことが無いほどに焦燥していた。

女傑であるハジメの母も、さすがに息子の衰弱した姿を見て休むよう諭したが、明日は一日丸々休みだからと、彼は無理を押して大会に出場している。

現在は試合モードに入り、先程まで準備運動を兼ねたアップを重ねていたこともあって、普段通りの動きを取り戻しきていたものの、時折パスボールを取りこぼすなど軽いミスが目立った。

昨日、学校へ登校した後、ハジメは枕も布団も使わなかったが、結局同じ気味の悪い鳴き声の聴こえる夢を見たと言っていた。

むしろ、硬い床で寝たのでよく寝れなかったのかもしれないと、むしろ笑っていたのだが。

いよいよ、本格的に不安を感じたさつきとレオは、例の男の事を桃子に電話で相談していた。

桃子には不思議な力が宿っている。

邪な気配や、霊という存在に対し、神山の血を引くさつきよりも圧倒的に敏感であった。

「桃子ちゃん、何かハジメから感じたりする?」

その力にすがるように、さつきは今ハジメに何か取り憑いていないかと伺ってみたが、いいえ、と桃子は横に首を振った。

「ごめんなさい。でも、ハジメさんからも、この会場からも特に気になる気配は…。」
「僕も昨日帰ってから色々と調べてみましたが、夢で不気味な声が聴こえる、寝れない、といった症状の現れる心霊現象は、今までに確認されていないようです。」

桃子の能力を持っても、レオの知識を持っても。
ハジメに取り憑く異様な力を解明することが出来ない。

「そっか…。」

一昨日の夜から、天邪鬼も家に帰っていない。
猫の本能に負けているのか、それとも元々放浪癖があるのかは分からないが、時折天邪鬼はふらっと1日や2日いなくなることがある。
普段であれば特に気ににも止めないが、こんな時は一番頼りになるのがオバケの彼である。

"俺は少し調べてみる"

憎まれ口を叩きつつも、そう天邪鬼は言っていた。
もしかしたら、もう何かを掴んで行動を始めているのかもしれない。

今のさつきには、そう信じる以外に方法が無かった。



コートでは既に、先発の選手達が、それぞれのポジションにつき、キックオフを今か今かと待ち構えている。

「お、おいハジメ、顔色悪いぞ?大丈夫か?」

そんな中、FW(フォワード。攻撃専門)を任されるハジメのクラスメイトの敬太が、ハジメの顔色に気付き、声をかけた。

「敬太…悪い悪い。心配すんなって、ただの寝不足だからさ。さあ、もう試合が始まるぜ。」

ハジメはそんな敬太の胸を拳でトンと小突き、笑顔を見せる。

(少しはいい所、見せないとな。)

ハジメの胸に去来するのは、いつも自分を兄と慕ってくれる泣き虫の二年生に、わざわざ試合を見に来てくれた、優しく微笑んでいる藤色の髪を持つ美少女、それに最も付き合いの長い、心霊研究家を名乗る親友。

そして、今もコートの外で心配そうな表情を浮かべる、隣に住む赤茶髪の少女。

(そんな顔すんなよ。)

そちらを一瞥し、ハジメは心の中でそう呟くと、再び敬太の方に向き直る。

無理やり笑顔をつくっているのが分かるだけに、敬太も心配なったが、ここで交代を申し出る彼でないことは友人としてよく分かっていたので、それ以上は何も言わないことにした。

「頼むぜ、"キャプテン"。いいパス待ってるからな。」
「ああ、外すんじゃねえぞ。」

ピィーーー!!

二人が言葉を交わすと同時に、キックオフの笛が鳴り響いた。




両チームへの応援の歓声が鳴り止まない中で、試合は佳境を迎えていた。

開始当初は一進一退に思われたが、まず試合が動いたのは開始後5分が経過した頃。

ハジメの出したパスを上手く受けた敬太が、ゴール前でシュートを決め、天の川小学校の先制点を奪取する。
そのまた5分後には、ハジメがコート中盤より自らドリブルで防御陣をスルスルとかわして上がり、そのままゴールネットへとボールを叩き込んだ。

天の川チーム、2点先取。うちハジメは1アシスト、1ゴールである。開始からの時間を考えれば、素晴らしいプレーであると言える。


「ハジメ兄ちゃん、やっぱり凄いや!」

2点目獲得時には、敬一郎は思わず感嘆の声を上げ、桃子とともに手を取り合って喜ぶ。

レオも天の川に得点が入る度に、うぉっしゃー!!やら、うおおおぉぉぉ!!やら、周りが引くのではないかと思えるほど奇声をあげている。
どうやら彼は試合を見ると必要以上に興奮するタイプのようだ。

そんなレオに対して若干引き気味で苦笑い。
さつきはもう一度コートを見る。

(…でも、本当に凄い。)

思わず心の中で呟く。
サッカーのルールはいまいち理解出来ていないが、それでも彼が凄いことはよく分かる。
さつきもまた、ハジメの動きから目を離すことが出来なかった。


しかし、北天の川小学校も、周辺では強豪で鳴らすチームだ。

更にもう1点、ハジメに強烈な弾丸シュートを決められ、3点も先取されたにも関わらず、一歩も退く様子は無い。

ある起点に気付き、頑強に抵抗を始めたのだ。


「どうしたんだろう、うちのチームの攻撃が鈍くなってない?」

先程まで、ガンガンいこうぜ、とばかりに攻め立てていた天の川チームが、急に守勢に回り始めた。

「どうやら北天の川のチームは、ハジメにマークを固めています。あれだけマークされては、ハジメにボールが渡りません!」

さつきの疑問に対し、解説者の如くレオが説明を行う。
なるほど、先程からハジメにボールが回ってきていない。
複数人がハジメに対しマークを行っているため、チームメイトも彼にパス出来ないのだ。

見かねてハジメが自らボールを取りにあっても、すぐに相手複数人に囲まれ、もみ合いになり、ボールを奪われてしまう。
無論、敬太や他のメンバーがフォローに入るが、なかなか上手くいかない。

そんな攻守の要を奪われ、攻撃が鈍り、動揺が見えた瞬間を強豪校の選手陣は見逃さなかった。

試合開始から20分が経った頃、北天の川チームが遂に得点をあげる。相手チーム応援側からも、ワッと大きな歓声が上がった。
そして天の川チームは試合終了間際にもう1点、追加点を許してしまう。

直後に、前半戦終了の笛が鳴り響いた。

結果は3-2で天の川小学校がリードであるが、流れは間違いなく、北天の川にある。

この流れをなんとかしなければ負けるぞ!

試合終了後に監督に喝を入れられ、簡単なミーティングの後、両チームは一度昼食のため、解散となった。


「お疲れ様です、ハジメさん。」

四人の前に、ミーティングを終えたハジメが戻ってきた。

「すいません桃子さん…折角来てくれたのに、不甲斐ない姿見せてしまって。」

申し訳無さそうに言うものの、顔は若干ニヤけてしまっているハジメ。運動の直後だからなのか、顔が火照っており、眠気や焦燥は忘れられたかのようだった。

「いえいえ、立派なご活躍でしたわ。私たちも思わず手に汗握ってしまいました。」


本当ですかー!?と手放しで喜ぶハジメの耳をつねりあげ、ジト目でさつきは睨みつけた。

「もう、お昼時間なんでしょ?早く食べないと時間なくなっちゃうわよ。」

そう言うと、レジャーシートの上に、大きな重箱の弁当箱をトンと置いた。


お弁当を作る為にさつきが起きたのは、朝の5時過ぎであった。

何を作ろうか迷いに迷った挙句、とりあえずたくさんおかずがある方が良いだろうと、とにかく得意な料理を次々と作り上げる。

そんなさつきの作った、重箱の中に詰まった数々の品々を見て、四人とも漏れなく嘆息した。

ハンバーグに卵焼き、ポテトサラダに、肉じゃが、ミニトマト、タコさんウインナー、唐揚げ、おひたし、きんぴらごぼう……等々。人参は入っていない(実は所々入っている)が、お弁当の主役を冠するおかずが、これでもかとひしめく。

1段目は色彩鮮やかなおかずの段に、2段目は大きなおにぎりの入った段。

「さつきちゃん…これ、お一人で?」

桃子も、自分が提案したことも忘れて、その品々に目を奪われてしまった。

「うん。急いで作ったから美味しいかは分からないけど…。」
「いや、本当に凄いですよ、さつきさん!」

レオや、弟の敬一郎ですら、ここまでたくさんのおかずが揃うのを見たことは無いのだろう。きらきらと目を輝かせている。

若干恥ずかし気に、うつむくさつきは、横目で彼の方を見た。

他の三人に等しく、ハジメも驚いた顔もさることながら、空腹でもう待ちきれぬとばかりに、もうおにぎりに手を出そうとしていた。

「待って!あんたはこっち。」

慌ててその手を制止すると、さつきはもう一つ小さな箱を取り出す。

「ああ?なんで俺だけ小さいんだよ?」
「あんたはおにぎりじゃないの。開けてみなさいよ。」
「?」
「いいから!」

薄く頬を染めながら、軽く睨むような瞳に押され、取り出した箱を、ハジメが開けてみると。

いくつかのカツサンドが箱の中に綺麗に収められていた。

「カツサンドですか!さつきさん、考えましたね。」
「縁起物ですね。これならきっと試合も後半で盛り返せますわ。」

試合にカツ。
さつきの心遣いに、二人は手放しで彼女に賞賛を送る。

ハジメも、その中から一つカツサンドを取り出し、パクッと口の中に放り込んだ。

もぐもぐと咀嚼する時間が、さつきにとって、とても長い時間であるような気がした。

カツサンドを作るのは、初めてだったのだ。

カツが油っぽくなり過ぎず、タレがパンに染み込み過ぎず…
意外と難しい工程に、いくつも失敗をして、やっと上手くいったのが、これだけの数。
本当はおにぎりの段に、詰め込む予定だったのに。

ごくん、と飲み込む音がして、さつきは思わず、どう?と聞いてしまった。


「…うまい。」


飛び上がって喜びたい気持ちを何とか抑え。
ふぅ、と思わず胸にたまったものを吐き出す。

「ちゃんと勝ちなさいよ?」

ようやく紡いだ言葉を聞いたのか聞かなかったのか。
ハジメは猛烈な勢いで、カツサンドを頬張り始めた。

「ちょ、ちょっと!もっと味わって食べなさいよ!」
「悪い!腹減ってしょうがねえんだ!」

ガツガツと食べるハジメの顔は、何処となく赤く。

「頂きます!」

そんな彼の食べっぷりに触発されたのか、敬一郎も待てないとばかりに、ウインナーに手を伸ばす。
「敬一郎!ちゃんと手を拭いてから食べなさい!こら!ウインナーばっかり食べるな!」

そのやり取りはもう、家族、と言っても差し支えない程で。
そんな三人を尻目に、こっそり、レオと桃子だけは密かに顔を見合わせた。

(成功、ですわね。)
(ええ、こっちが緊張してしまいましたよ。)

互いにそんな事を言うようにして、二人も箸を取った。

「「頂きます。」」


30分後には、さつきの持ってきた重箱の中は、綺麗さっぱり何も無くなった。

特にハジメの食べっぷりは凄まじく、一人で半分は食べたのでは無いかと思われた。

「ふいー食った、食った!ごちそうさまー!」
「はい、お粗末さま。」

ハジメはゴロンとその場に寝転がり、少しウトウトとし始める。

「凄い食べっぷりでしたね。体調が悪いとは思えないくらいです。」
「人間は、一つの欲求が満たされないと、それを満たすために、他の欲求が大きくなると聞いたことがあります。睡眠不足のハジメさんにとって、今は食欲を満たすことが健全な形なのでしょう。」
「へぇ、そうなんだ。」

なら一層、作った甲斐があったかもしれない。
そんな、とりとめも無い話をしながら、さつきは水筒から食後のお茶を入れ、皆に配る。

「ほら、あんたも飲みなさいよ。」

ハジメは今一度体を起こし、差し出されたお茶をに口をつける。

(ん?この味…。)

麦茶がさらさらと喉に流れていく。
保温で温かい麦茶であったが。

この麦茶の味は、どこかで…。

ふと頭に浮かんだのは。
夜、ランニングから帰ってきた時に、玄関に置いてあった、あの冷たい麦茶。

ハジメはさつきの方を見た。
食事で汚れた敬一郎の口を、ハンカチで拭き取るさつき。その顔は、本当にどこまでも優しい。

まるで、あの時、自分が想像した時の彼女の姿そのもので。

ぶんぶんと雑念を振り払うように頭を回し、ハジメは再び横になる。

「食べてすぐ寝たら、太るわよ?」
「どうせ、すぐ動くんだからいいんだよ。」

あくびをするふりをして、気恥ずかしい気持ちを隠すようにして、さつきに背を向けて再び横になる。

さつきも口ではそういうものの、寝れるのであれば、寝て欲しいというのが本音であった。

わずかな時間でも。自分たちの前で。


その時、五年生の女子と思われる、ハジメの取り巻き(?)が、さつきたちのレジャーシートへとやって来た。それも日に日に数が増えている気がする。

途端、気持ちにぐっと暗い影が宿る。

「青山先輩、2得点もあげれらるなんて、今日も大活躍ですね!」
「これ、私たちからなんですけど…よかったら食べてください。」

代表するように、先頭の子から差し出されたのは、箱にこれまた綺麗に詰められた、サンドウィッチ。

色合いもよく、所々の盛り付けや飾り付けが、年頃の女子らしさをよく表している。

それを見た、レオはやたら緊張した面持ちになる。余計なことをするな!と、叫びたいくらいだ。

何せ、ハジメはこの手のやり方に弱い。

特に相手の気持ちを深く考えず、好意とばかりに受け取る天然ジゴロなところがある。

それで傷付く者が、すぐ近くにいることに気付くことなく。

桃子も心配げな表情を浮かべた。


しかし、そんな心配も他所に、当のハジメは身体を起こすこともなく。

「ごめんな、もう腹一杯なんだ。それ皆んなで食べてくれ。気持ちだけ受け取っておくよ。」
「えっ、でも…。」
「悪いけど、昨日あんまり寝れてなくてな、今すげー眠いんだ。ちょっと眠らせてくれ。」

話は終わりとばかりに、ハジメは目を閉じてしまう。
彼女達もそれ以上問いかけることもなく、残念そうに引き上げて行った。

やれやれと、安堵するレオと桃子。

一番その成り行きを気にかけていたさつきは、誰にも気付かれないように、けど、ほんの少しだけ顔を綻ばせ、食事の後片付けを行った。




ーーー

ーーーーー


またあの音が聴こえる。

深い、深い、暗闇の中に、ハジメは一人立っていた。

(また、この夢か…。いい加減、ウンザリだぜ…。)

人は時に、寝ているのか、起きているのか、分からなくなる時がある。

夢の中にも関わらず、これが夢だと分かってしまい、それでいて自分の意思で起きることが出来ない。

ここ数日、ハジメが見るのは、この同じ夢ばかりである。

暗く、周りも何もないただ、闇の中でぽつりと立ち尽くす。

何度も見ているから分かる。
右に左に走り回っても、出口がある訳ではない。
眼が覚めるまで、ジッとしているしかないのだ。

加えて、あの気味の悪い音が絶えずハジメの耳に響き、相変わらずカンに障る。

「だー!!何なんだ一体!!俺に何をしたいんだ!!」

夢の中であるが、苛立ちの募る夢に、ハジメは誰に向かってでもなく、その場で大声をあげた。



ーーー魂(たましい)だーーー



そんなハジメの声に応えるように、どこからとも無く、低い声が響き渡った。

答えなど返ってくる訳がないと思っていたが、思わぬ返答に、どきりとして、ハジメは辺りを見渡す。

無論、誰もいない。相変わらず深淵の闇の中で一人だ。

ヒョー …… ヒョー……

あの音だけが、絶えずに聴こえてくる。

「た、魂だと?!魂が何だって言うんだ!」

何処にいるかも分からない声の主に、再びハジメは大声で問うた。

それに応えるかの如く、再び闇の向こうから声が聞こえる。


ーーーどんな恐れにも屈しない強靭さーーー

ーーーひたむきな想いの強さーーー

ーーー逞しき心身ーーー

ーーーそして、自らを犠牲にしても、大切なものを守る勇気ーーー

ーーーおまえの魂は、極上ぞーーー



突然、ハジメの背後にギラリと二つの赤い光りが現れる。

これまで夢では感じたの事ない感覚に、思わず後ろを振り返る。

暗闇の中にくっきりと浮かぶ、赤々と光るそれは、まるで何かの眼のようであった。

(か、身体が、動かねえ…)

その邪悪な眼差しは貫くように鋭く、未知なる力によって、まるで金縛りにあったように身体が動かない。

その眼の下に、また新たに光りが現れる。

先程の光りが眼だとするのであれば、あれは口のようだ。
ギザギザと、牙のようなものが生え揃っているのが、闇の中でもよく見える。

ーー我の中で永遠に生きよーー

その口が、ゆっくりと、ハジメを飲み込まんとするほど、大きく開かれた。

思わず、眼をつむった。



ーーーもうすぐだーーー



そこで覚醒する。

カッと眼を開き、身体を跳び起こした。

突然のことに、四人も驚く。

呼吸することも出来ていなかったのか、肺が新しい酸素を求めて止まない。

はぁはぁと、呼気が荒く、顔色は真っ青である。額には脂汗が滲んでいた。

「は、ハジメ…?」

不安げなさつきの問いかけにも、暫く応えることが出来なかった。

落ち着いて深呼吸を繰り返し、身体の血液に酸素を送り出す。
そうすることで、意識に遅れて、身体が生きる感覚を取り戻していった。

「ハジメ…大丈夫ですか?」

さつきの問いかけにも返答のないハジメに、レオは彼の肩を揺する。

「大…丈夫だ。さつき、お茶…貰っていいか?」

ようやく声を出すことが出来たハジメは、唾も出ないほど枯れた喉を潤すべく、さつきに麦茶を求める。
さつきから差し出されるお茶をがぶがぶと、二杯立て続けに飲んだ。

「ハジメさん、顔が真っ青ですわ…。」

尋常ではない彼の雰囲気に、保健室に行った方がよろしいのでは、と桃子は促す。
いえいえ、大丈夫ですと、ハジメは笑顔で返すが、その顔色は良くないままだ。

「またあの夢を見たの?」
「あ、ああ。けど大丈夫。全然、元気だぜ。」

悪い予感は当たっていた。
しかし、そんな彼らの心配を他所に、ハジメは立ち上がる。
後半開始の時刻が迫っている。
チームメイトたちも昼休みを切り上げ、監督の下へと集まり始めていた。

軽くストレッチを行い、息を吸い込みながら、身体をゆっくり動かしてみる。

大丈夫だ。問題ない。

そう思ったハジメは、脱いでいたスパイクを履き、靴紐を結び始める。


「待ちなさいよ!」

突然、ぐっと肩を掴まれた。
驚いて振り返ると、不安げに、しかしとても怒った顔でさつきが自分を睨んでいる。

「なんで?なんで何も言ってくれないの?今のあんた、どう見ても普通じゃないのよ?」

怒りながらも、少し潤んだその瞳が、ハジメに二の句を告げさせなかった。


「あんたはいつもそう…笑って誤魔化してるだけで。相談出来ないくらい、私たちそんなに頼りないの?」




とても、悲しかった。


辛い時は、辛いと言って欲しい。
助けて欲しい時は、素直に声をあげて欲しい。

でも、肝心な時は大丈夫と笑うだけで。

力になりたかった。

彼は何度も身を挺して、自分を救ってくれた。

私だけが助けられてるばかりなんて、嫌だ。


挑むような視線で睨んでくるさつき。
その意志は固く、適当な言い訳は出来そうにない。

さつきだけではない。
敬一郎も、レオも桃子も、もれなく心配そうな表情をしている。
みんな気持ちは同じなのだ。

(だから、そんな顔するなって。)

ハジメは苦笑してしまう。

「何笑ってんのよ!こっちは本気で…!」
「分かってるよ。…ありがとうな。」

思わず拳を振り上げたが、素直にお礼を言われると、さつきも拍子抜けしてしまう。

しかし、再び彼の顔を見ると、その顔は真剣そのものだった。

「…魂だ。」
「え…?」

ポツリと呟いたハジメの言葉に、皆が耳目を集中する。

「さっき、夢の中でよく分からねえ奴に、魂をもらうみたいなこと言われた。今まではあの変な音が聴こえてただけで、それ以外は特に何もなかったけど、今回は違った。向こうから話しかけてきた。」
「魂を貰うって…。」

さつきは顔を青くする。
魂をもらう、それが結果的に何を示しているのか、考えなくても分かる。

「は、ハジメ。それを言ってきたのはどんな奴だったんです?」
「だからよく分からねえ奴だよ。男でもねえし…大人でもねえ。姿形が見えなかったんだ。ただ…」

ただ?とレオが緊張気味に聞き返す。

「でっけえ眼と口みたいなのが、暗〜い闇の中で、浮いててな。なんか、人っていうよりは、獣って感じだったな。牙みたいなのもあったし。」
「獣のような顔…不気味な鳴き声…悪夢…。」

心霊研究家のプライドに賭け、レオは脳漿を振り絞り、そのようなオバケがいなかったかを自分の知識に訴えかける。

「やっぱり、枕返しの仕業なのかしら?」

先日レオから聞いたオバケ。中には命を奪う邪悪なものもいるという。
しかし、さつきは枕返しがどんな姿をしているかを知らない。

こんな時に、オバケ日記があれば。

さつきは、母の書き記した日記を思い出す。

佳倻子の遺したオバケ日記は、かつて何度も自分達を救ってくれた。
もしかしたら、ハジメを苦しめるそのオバケのことも書いてあったかもしれない。

しかし、逢魔を封印して以来、日記の内容は全て消えてしまっている。

「どうでしょう…。伝承の枕返しは、獣というよりは、小鬼に近いような姿で描かれることが多いです。それに、もし枕返しであっても、霊眠の方法が分かりません。」


レオもあれから枕返しのことをインターネットなどを使い、自分で調べていた。しかし、具体的な霊眠方法などは分かっていない。
それこそ、枕を使わないこと、ということも幾つかの心霊サイトには書いてあったが、これは既にハジメは実践している。効果がなかったのは周知の事実だ。

さつきは肩を落とす。

あんな大見栄を叩いたのに、結局何も出来ないない。助けになっていない。

それが分かっていたから、彼はあえて何も話さなかったのではないか。

分からないことだらけの状況の中。
着実に焦りだけが増していた。




「そいつは、枕返しの仕業じゃねえよ。」


重苦しい沈黙を破るように、突然、五人の上から、聞き慣れたあの声がした。

「カーヤ!」
「天邪鬼…!」

黒猫が、既に葉が黄色くなり始めた銀杏の木の上に腰を下ろしていた。

「枕返しは鳴き声なんて出しやしねぇ。」
「あんた、一体今までどこに…」

彼が帰ってきたことに安堵と、今まで何をしてたのかと、軽い怒りが入り交じった気持ちになる。
しかし、そんなさつきの気持ちを知ってか知らずか、全てを言い終わる前に、木からぴょんとと飛び降りた天邪鬼は、ハジメの下へと歩み寄る。

「おい、おまえの聴いたその鳴き声ってのはどんなんだった?」
「え?どんなんって言ってもなぁ…。」

考え込んだハジメだが、そうだ、と思い出したようにさつきを見る。

「さつき、おまえこの前口笛吹いてただろ?本当にそんな感じの音だった。」

天邪鬼はさつきの方を向きなおる。

「おいさつき、吹けるのか?」
「え?あ…うん。」

やってみろよ、と天邪鬼はあくまで真剣に促す。

さつきは目をつむり、もう一度あの音を思い出す。

闇の中で低く響く、あの酷く不気味な音を。


ヒョー… ヒョー…


さつきの紡ぐ口笛に、誰もが沈黙し、耳を傾ける。
当然、もう笑いなど起きない。


「…どう?何か分かるの?」

吹き終えたさつきは、再び天邪鬼に問うた。

「ああ。思った通りだ。その鳴き声は、トラツグミの鳴き声そっくりだ。」

「トラツグミ?なぁにそれ?」

聞いたことのない言葉に、敬一郎は首をかしげる。
無論、他の者も聞いたことがないという顔をしている。

ただ、一人を除いて。

「トラツグミだって…?!そうだ、思い出した。その鳴き声はトラツグミだ!」

柿の木レオだけが、天邪鬼の言葉を理解していた。天邪鬼はそれを聞いて不敵に笑う。

レオが何を言わんとしているのか、分かるのだ。

「レオくん、知っているの?」
「ええ、トラツグミは鳥の一種です。雀に似たような小さな鳥で、先程、さつきさんが奏でたような鳴き声で、夜鳴きをすると聞いたことがあります。」
「なんだよ、じゃあ俺は鳥の鳴き声を聞いて苦しんでたってことかよ?」

思いの外、単純な生き物が犯人なのかと、ハジメは憮然とした表情になった。
しかし、レオの顔は真剣であり、むしろ少し青い顔になっている。

「…トラツグミ自体は小さな鳥ですが、この鳥の鳴き声は、別の意味で有名なのです。」
「別の意味…ですか?」

確信が持てないのか、それとも認めたくないのか。桃子の疑問にも応えず、レオは天邪鬼に聞いた。

「天邪鬼…。まさか…まさかハジメを狙うオバケっていうのは…。」
「ああ、おまえの想像している通りだ。」

天邪鬼はそれを肯定するように応えた。レオはさらに顔を青くする。
もう、天邪鬼も笑っていない。
真剣な顔で、再びハジメに向かいなおる。


「ハジメ、おまえを狙っているのは、鵺(ぬえ)だ。」


                                 続く

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