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2021年02月26日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,64


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,64



私は多少不愉快だったのは事実ですが、しかしだんだん聞いてみると、その少年が全くそれだけの話をしに来たのであることは、嘘でないように考えられました。



第一彼とナオミが、私の返ってきそうな時刻に、庭先でしゃべっていたという事、それは私の疑いを晴らすのに十分でした。

「それでお前はダンスをやるって言ったのかい」



「考えて置くって言っといたんだけれど、・・・・・・」

と、彼女は急に甘ったれた猫なで声を出しながら、



「ねえ、やっちゃいけない?よう!やらしてよう!譲治さんも倶楽部へ入って、一緒に習えばいいじゃないの」

「僕も倶楽部へはいれるのかい?」



「ええ、誰だって入れるわ。伊皿子の杉崎先生の知っている露西亜人が教えるのよ。何でも西比利亜(シベリア)から逃げて来たんで、お金が無く困っているもんだから、それを助けてやりたいというんで倶楽部を拵えたんですって。



だから一人でもお弟子の多い方がいいのよ。ねえ、やらせてよう!」

「お前はいいが、僕が覚えられるかなア」



「大丈夫よ、直に覚えられるわよ」

「だけど、僕には音楽の素養が無いからなア」





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊




次回に続く。








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