2021年02月24日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,61
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,61
「ああ、三十圓あるとあのきものがかえるんだけれど。・・・・・・又トランプで取ってやろうかな」
などと言いながら挑戦して来る。
たまには彼女が負けることがありましたけれど、そういう時には又別の手を知っていて、是非その金が欲しいとなると、どんな真似をしても、勝たずには置きませんでした。
ナオミはいつでもその「手」を用いられるように、勝負の時は大概ゆるやかなガウンのようなものを、わざとぐずぐずにだらしなく纏(まと)っていました。
そして形勢が悪くなると淫(みだ)りがわしく居ずまいを崩して、襟をはだけたり、足を突き出したり、それでも駄目だと私の膝へ靠(もた)れかかって頬っぺたを撫でたり、口の端を摘まんでぶるぶると振ったり、ありとあらゆる誘惑を試みました。
私は実にこの「手」にかかっては弱りました。就中(なかんずく)最後の手段、これはちょっと書く訳にはいきませんが、をとられると、頭の中が何だかもやもやと曇って来て、急に目の前が暗くなって、勝負のことなぞ何が何やら分からなくなってしまうのです。
「ずるいよ、ナオミちゃん、そんなことをしちゃ・・・・・・」
「ずるかないわよ、これだって一つの手だわよ」
ずーんと気が遠くなって、統べての物が霞んでいくような私の眼には、その声と共に満面に媚びを含んだナオミの顔だけがぼんやり見えます。にやにやした、奇妙な笑いを浮かべつつあるその顔だけが・・・・・・」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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