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2021年02月24日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,60


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,60



「どう?譲治さん、子供に負けて悔しかないこと?もう駄目だわよ、何と言ったってあたしに抗(かな)やしないわよ。

まあ、どうだろう、三十一にもなりながら、大の男がこんな事で十八の子供に負けるなんて、まるで譲治さんはやり方を知らないのよ」



そして彼女は

「やっぱり歳よりは頭だわね」とか、

「自分の方が馬鹿なんだから、悔しがったって仕方がないわよ」とか、いよいよ図に乗って、



「ふん」

と、例の鼻の先で得意そうにせせら笑います。



が、恐ろしいのはこれから来る結果なのです。

始めのうちは私がナオミの機嫌を取ってやっている。



少なくとも私自身はそのつもりでいる。ところがだんだんそれが習慣になるにしたがって、ナオミは真に強い自信を持つようになり、今度はいくら私が本気で踏ん張っても、事実彼女に勝てないようになるのです。



人と人との勝ち負けは、理知によってのみ極(きま)るのではなく、そこには「気合」というものがあります。

言い換えれば「動物電気」です。



まして賭け事のばあいにはなおさらそうで、ナオミは私と決戦すると、初めから気を呑んでかかり、素晴らしい勢いで打ち込んで来るので、こっちはジリジリと押し倒されるようになり、立ち遅れがしてしまうのです。



「ただでやったって詰まらないから、いくらか賭けてやりましょうよ」

と、もうしまいにはなおみはすっかり味を占めて、金を賭けなければ勝負をしない様になりました。



すると賭ければ賭けるほど、私の負けは嵩(かさ)んで来ます。ナオミは一文無しの癖に、十銭とか二十銭とか、自分で勝手に単位を決めて、思う存分小遣い銭をせしめます。





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊




次回に続く。






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