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2021年02月18日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,55


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,55



私は無理にそういう風に考えて、それで満足するように自分の気持ちを向けて行きました。

「譲治さんは此の頃英語の時間にも、あんまり私を馬鹿馬鹿ッて言わないようになったわね」



と、ナオミは早くも私の心の変化を看て取ってそう言いました。

学問の方には疎くっても、私の顔色を読むことにかけては彼女は実に敏かったのです。



「ああ、あんまり言うとかえってお前が意地を突っ張るようになって、結果が良くないと思ったから、方針を変えることにしたのさ」

「ふん」



と、彼女は鼻先で笑って、

「そりゃあそうよ、あんなに無暗に馬鹿馬鹿ッて言われりゃ、あたし決して言う事なんか聴きゃしないわ、あたしほんとうはね、大概な問題はちゃんと考えられたんだけれど、わざと譲治さんを困らしてやろうと思って、出来ないふりをしてヤッタの、それが譲治さんには分からなかった?」



「へえ、ほんとうかね?」

私はナオミの言うことが空威張りの負け惜しみであるのを知っていながら、故意にそう言って驚いて見せました。



「当り前さ、あんな問題が出来ない奴はありゃしないわ。それを本気で出来ないと思っているんだから、譲治さんの方がよっぽど馬鹿だわ。あたし譲治さんが怒るたんびに、おかしくッておかしくッて仕方がなかったわ」





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊




次回に続く。


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