2021年02月17日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,54
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「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,54
自分が選択を誤ったこと、ナオミは自分が期待していたほど賢い女ではなかったこと、もうこの事実はいくら私のひいき目でも否むに由なく、彼女が他日立派な婦人になるであろうというような望みは、今となっては全く夢であったことを悟るようになったのです。
やっぱり育ちの悪い者は争われない、千束町(せんぞくまち)の娘にはカフェエの女給が相当なのだ、柄に無い教育を授けた所で何にもならない。
わたしはしみじみそういうあきらめを抱く様になりました。が、同時に私は、一方においてあきらめ乍ら、他の一方ではますます強く彼女の肉体に惹きつけられていったのでした。
そうです、私は特に『肉体』と言います、なぜならそれは彼女の皮膚や、歯や、唇や、髪や、瞳や、その他あらゆる姿態の美しさであって、決してそこには精神的の何物もなかったのですから。
つまり彼女は頭脳の方では私の期待を裏切りながら、肉体の方ではいよいよますます理想通りに、いやそれ以上に、美しさを増して行ったのです。
「馬鹿な女」「仕様のない奴(やつ)だ」と、思えば思うほど尚意地悪くその美しさに誘惑される。
これは実に私にとって不幸なことでした。
私は次第に彼女を「仕立ててやろう」という純な心持を忘れてしまって、むしろあべこべにずるずる引き擦(ず)られるようになり、これではいけないと気が付いた時には、既に自分でもどうすることも出来なくなっていたのでした。
「世の中の事は全て自分の思い通りに行くものではない。自分はナオミを、精神と肉体と、両方面から美しくしようとした。
そして精神の方面では失敗したけれど、肉体の方面では立派に成長したじゃないか。
自分は彼女がこの方面でこれほど美しくなろうとは思い設けていなかったのだ。
そうして見ればその成功は他の失敗を補って餘りあるのではないか」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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