2021年02月14日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,51
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,51
そして激しく鉛筆を叩きつけて、その帳面をナオミの前に突き返すと、ナオミは固く唇を結んで、真っ青になって、上目遣いに、じ―ッと鋭く私の眉間をねめつけました。
と、何と思ったか彼女はいきなり帳面を鷲掴みにして、ピリピリに引き裂いて、ぽんと床の上に投げ出したきり、再び物凄い眸を据えて私の顔を穴の開くほど睨(ね)めるのです。
「何するんだ!」
一瞬間、その猛獣のような気配に壓(お)されて、アッケに取られていた私は、暫くたってからそう言いました。
「お前は僕に反抗する気か。学問なんかどうでもいいと思っているのか。一生懸命に勉強するの、偉い女になると言ったのは、ありゃ一体どうしたんだ。どういうつもりで帳面を破ったんだ。
さ、謝れ、謝らなけりゃ承知しないぞ!もう今日限りこの家を出て行ってくれ!」
しかしナオミは、まだ強情に押し黙ったまま、その真っ青な顔の口元に、一種泣くような薄笑いを浮かべているだけでした。
「よし!謝らなけりゃそれでいいから、今すぐここを出て行ってくれ!さ、出て行けと言ったら!」
そのくらいにして見せないととても彼女を威嚇(おど)かす事は出来まいと思ったので、ついと私は立ち上がって、脱ぎ捨ててある彼女の着替えを二三枚、手早く圓(まろ)めて風呂敷に包み、二階の部屋から紙入れを持ってきて十圓札を二枚取り出し、それを彼女に突きつけながら言いました。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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