2008年09月07日
納棺師の記憶
僕が葬儀屋時代にお付き合いしていた納棺師のイメージは、美装を施工する職人さんって感じでした。
僕たちにとっての美装は葬儀の演出のひとつ。棺に納めたあとの仕切りは僕たちの仕事です。というのも、映画の舞台である山形と違い、納棺が終わるとすぐに式場へと棺を移動する必要があったからです。
しかし葬儀が終わり、お客様の話に上る一番の話題が美装の見事さだったりして、葬儀屋としては『美味しいところを持っていかれてる』というひがみ根性も正直あったりして、何とか彼らの仕事を自分たちの一部に出来ないか?と苦心していたことを思い出します。
僕も、素人ながらに美装の真似事みたいなことをしたことがあります。人前では決して見せられるものではなかったけれども、それなりに一通りのことは出来ました・・・。
とはいえ、お互いにご遺体を扱う現場にいるわけですから、いろんな修羅場も経験しています。そういった点では同士のような戦友のような感覚も持っていました。
納棺師という職業の凄さを何度か経験したことがあります。
人の亡くなり方には色々なケースがあるものです。病院で亡くなった場合は看護婦さんがある程度のことはしてくれますが、お風呂場で、一人暮らしで、自殺で、火事で、事故でetc・・・の場合は話は別。
警察から電話が入った場合や、自宅で亡くなった場合などは要注意な訳です。
そんなとき味方になってくれたのが納棺師でした。ある程度のことならば僕たちでもやりますが、度を越えた場合などはお手上げです。彼らの仕事は、決して映画の中のような儀式ばったものとは限りません。人の死に対面するとはそういうことだと思います。
人が「死」を受け入れ易くするための環境を整えること、そして少しでも早く普段の生活に戻るためのお手伝いをすることが僕らの仕事です。しかし、あまりにも短い時間の中で人の死と真正面から向き合う仕事をする為には、どれほどの気遣いと経験、そして知識が必要になるか・・・
365日、24時間体制でこのような仕事に従事されている人たちは「こんな仕事」と云われてしまうような存在では決してありません。
葬儀たそがれ日記 ⇒ 「納棺のはなし」