アゴラより、
「42万人死ぬ」シミュレーションはどこが間違っていたのか
2020年05月18日 18:00
池田 信夫
アゴラ研究所所長(学術博士)
http://agora-web.jp/archives/2046128.html
記事より、
きのうの東京の新規感染者は5人、大阪はゼロである。もう感染は収束したといっていいだろう。緊急事態宣言の「8割削減」の提唱者である西浦博氏は、きのう宮坂昌之氏の批判に答えて、彼の予測が間違っていたことを認めた。
「基本再生産数Ro=2.5で感染爆発する」という彼の予測の根拠は、もともとはっきりしなかったが、きのうは明確にRo=2.5で人口の60%が免疫を獲得するまで感染が拡大するという集団免疫理論が「架空のもの」だと認めた。
その理論は多くの強い仮定にもとづいているが、その最たるものは感染が単純な微分方程式で記述できるというSIRモデルである。ここでは感染の初期から収束まで同じRoで感染が拡大すると想定しているので、それが収束するのは多くの人が集団免疫を獲得したときしかない。
この理論を明快に書いたのが、ニール・ファーガソンなどの書いたインペリアルカレッジの報告書だった。その結論は「Ro=2.4で感染爆発して何もしない場合、イギリスで51万人、アメリカで220万人がコロナで死亡する」という予測だった。これは世界に衝撃を与え、イギリス政府の方針は二転三転した。
西浦氏の「何もしないと42万人死ぬ」というシミュレーションは、ファーガソンの理論とほぼ同じものだ。いまだにその計算式は公開されていないが、Ro=2.5で集団免疫が成立する閾値は1−1/Ro=0.6だから、日本人の60%(7500万人)が感染する。次の図はそういうシミュレーションの一例である。
重症化率を1%とすると75万人が重症になり、人工呼吸器の能力を超える40万人ぐらいが死ぬ。これは簡単な計算で、集団免疫理論を認めるとこういう結論しか出ない。
なぜ死者42万人が700人になったのか
ここから政治的には、二つの選択肢がある。
ゆるやかな自粛で集団免疫が成立するまで待つロックダウンで徹底的にウイルスを封じ込める
このうち人口の60%が感染することを容認する1は政治的にとりえないので、答は2しかない。西浦氏はイギリスのようなロックダウンをすべきだと考えていたようだが、それは日本では法的に不可能なので「8割削減」が出てきたわけだ。
しかしきょう現在の死者は累計で744人。彼の理論が正しいとすれば、8割削減どころか自粛だけで死者が1/500以下になったわけだが、そんなことを信じる人はいないだろう。彼も認めたように、この計算には致命的な誤りがあったのだ。
それはRo=2.5で単調に感染が拡大するというSIRモデルが成り立たなかったことだ。イギリスでは感染初期に実効再生産数Rtが7〜8と非常に高かったが、それは2週間程度でおさまった。
今はほぼヨーロッパ全域でRt<1だが、域内の60%が免疫を獲得したわけではない。抗体陽性率は10%程度である。日本に至っては、抗体陽性率1%以下で収束に向かっている。ファーガソンや西浦氏の理論は反証されたのだ。それはなぜだろうか。
宮坂氏も指摘するように、最大の原因は自然免疫だろう。世界中のすべての人がコロナウイルスに対して同じ「感度」(susceptibility)をもっているわけではなく、予防接種や結核で人々の非特異的な免疫機能が活性化されている国では、ヨーロッパのように大流行しないのだ。
西浦氏のシミュレーションは自然免疫をまったく考慮しないものだったが、彼も年齢などの異質性が大きいと集団免疫理論は成り立たないと認めた。そういう異質性を入れたシミュレーションができるようになったのは最近だという。
こういう学問的な議論をするのは結構だが、そういう不備があることを知りながら42万人死ぬという荒唐無稽な話をマスコミに売り込み、8割削減などという根拠のない数字を政府に採用させて全国民を混乱に陥れたのは、研究者の倫理に反する。
西浦氏が誤りを認めたのはいいが、それを文書や記者会見で公式に説明する責任がある。そしてなぜこんな誤った数字を(専門家会議を飛び超えて)政府に売り込んだのか、政府の誰がそれを採用したのかという責任の所在を明らかにすべきだ。
BCG接種がコロナに効果があるかどうかはまだ証明されていないが、免疫機能において自然免疫が重要なことは確立された理論である。宮坂氏も指摘するように、それをみないで獲得免疫だけを考える感染症対策が誤っていたのだ。
学問的には、おおむね決着がついた。自然免疫がどう機能しているのかは未知だが、獲得免疫だけで日本の驚異的に低い死亡率を説明できないことは明らかだ。政府は理論的にも実証的にも根拠がないことを提唱者が認めた緊急事態宣言を全面的に解除し、8割削減を撤回すべきである。
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