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2019年04月16日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <34 噴火>
翌週には男の父親という人から示談の申し入れがあって、ホテルの会議室で話し合いを持った。先方は、男本人、父親、弁護士、こちらは聡と僕の二人だった。
男は一目見て高級品とわかるスーツを着ていた。あの時は気づかなかったが長身でモデルのようにきれいな男だった。その男を見た途端に僕の頭のねじが吹っ飛んでしまった。
「てめえ、このばかやろう、次、顔見たらぶっ殺すからな。出ていけ、ばかやろう。このくそ野郎」などと恐ろしく汚い言葉で怒鳴り散らしてしまった。
聡と弁護士が、ほとんど羽交い絞めにするように僕を椅子に押さえ込んだ。男は泡を食って逃げ出した。父親という人は僕がわめき散らしている間ずっと頭を下げていた。
多少の慰謝料の準備もしていたようだが念書だけを受け取って話は終わった。僕は恥ずかしさで一言も言葉を発することができなかった。
聡は、「兄ちゃん、どえらい迫力やった。僕あんなに怒鳴ってる人初めて見た。ドラマみたいやった。あれやったら、うちの姉ちゃんにも勝てるかもしれん。」と訳の分からないことで感心してくれた。僕だって、あんなに大きな声で人に悪態をついたのは初めてだった。
とにかく、梨花とママに内緒にするように頼んだ。聡は「そやな〜。依子のことで世話になったし、しゃあないな。でも、子供のこと考えたら、当然のキレ方やで。兄ちゃん、けっこうええ人や。」と笑った。それでも、僕は自分を恥じた。
僕は中肉中背で、あの男のように長身ではない。あんな高級そうなスーツも持っていない。あんなに彫りの深い顔でもない。どう見ても普通ならあの男の方を選ぶだろう。
あの男の父親は、下品な言葉でわめき散らかす男に頭を下げ続けた。息子がかわいいからだ。僕には、あんな父親はいなかった。僕の頭のねじを吹き飛ばしたのは、嫉妬心と劣等感だった。
家に帰って梨花に念書を見せた。その時一緒にいた聡は「姉ちゃん、兄ちゃん凄いぞ。相手にきっちりいうこと言うたから、もう安心や。怖くて近づかれへんわ。」と梨花に報告した。僕はあの噴火状態をしゃべられるのが恥ずかしかったので聡の話をさえぎった。聡は妙に僕を尊敬してくれた。
ママは苦虫をかみつぶしたような表情で、「梨花、これは、あんたの不徳の致すところや。二度とこんなことないようにしなさい。私の時代やったら、この時点で離婚騒動や。」と釘を刺した。
続く
2019年04月14日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
暴漢
僕が大阪にいる日、梨花と2人で外食に出た。久しぶりで、ちょっとうわっついていた。僕はほんの少しだけワインを飲んでほろ酔いだった。親族全員、酒は好きだが強くはない。
家の前で梨花が先にタクシーから降りた。1分ぐらい歩いたかと思ったところで梨花の悲鳴が聞こえた。梨花が男につかみかかられていた。男は刃物を持っていた。僕は一瞬何が起きたかわからなかったが、とにかく一目散に走って梨花と男の間に割り込んだ。男は衝撃で梨花を離したが梨花はその場でへたり込んでしまった。
男の目が血走っていた。「裏切りもん 殺したる」そうわめいていた。男と衝突したときに僕の足に嫌な衝撃があった。
梨花の悲鳴で人が集まってきた。タクシーの運転手が警察を呼んでいた。僕の足元にはサバイバルナイフが落ちていた。男はその場で呆然としていたが駆けつけてきた警官に取り押さえられた。
僕は救急車で運ばれたが大したケガではないようで、ひどく痛いだけだった。梨花は半狂乱になって嗚咽が止まらなかった。「子供がいるんです。おなかに子供がいるんです。」と僕が何度も叫ばなければならなかった。
病院に着いても梨花はただ、「真ちゃんごめん、真ちゃんごめん」と何度も何度も呟いていたが、いつまでも震えが止まらなかった。僕は子供への影響が怖かった。梨花は何度も、医者や看護師にベッドに横になるように説得されたが僕のベッドのそばから離れなかった。
ママと聡が来て1時間ぐらいたって梨花は自分から検査をしてほしいといった。子供の無事が分かったところで、やっと、いつもの声が戻ってきた。
僕は入院することもなく、そのまま田原の家に帰った。部屋で二人きりになると、いろいろ確かめたいことが出てきた。
続く
僕が大阪にいる日、梨花と2人で外食に出た。久しぶりで、ちょっとうわっついていた。僕はほんの少しだけワインを飲んでほろ酔いだった。親族全員、酒は好きだが強くはない。
家の前で梨花が先にタクシーから降りた。1分ぐらい歩いたかと思ったところで梨花の悲鳴が聞こえた。梨花が男につかみかかられていた。男は刃物を持っていた。僕は一瞬何が起きたかわからなかったが、とにかく一目散に走って梨花と男の間に割り込んだ。男は衝撃で梨花を離したが梨花はその場でへたり込んでしまった。
男の目が血走っていた。「裏切りもん 殺したる」そうわめいていた。男と衝突したときに僕の足に嫌な衝撃があった。
梨花の悲鳴で人が集まってきた。タクシーの運転手が警察を呼んでいた。僕の足元にはサバイバルナイフが落ちていた。男はその場で呆然としていたが駆けつけてきた警官に取り押さえられた。
僕は救急車で運ばれたが大したケガではないようで、ひどく痛いだけだった。梨花は半狂乱になって嗚咽が止まらなかった。「子供がいるんです。おなかに子供がいるんです。」と僕が何度も叫ばなければならなかった。
病院に着いても梨花はただ、「真ちゃんごめん、真ちゃんごめん」と何度も何度も呟いていたが、いつまでも震えが止まらなかった。僕は子供への影響が怖かった。梨花は何度も、医者や看護師にベッドに横になるように説得されたが僕のベッドのそばから離れなかった。
ママと聡が来て1時間ぐらいたって梨花は自分から検査をしてほしいといった。子供の無事が分かったところで、やっと、いつもの声が戻ってきた。
僕は入院することもなく、そのまま田原の家に帰った。部屋で二人きりになると、いろいろ確かめたいことが出てきた。
続く
プラセンタ10000にはローズヒップが含まれています。
ローズヒップのお茶は美しいローズ色とさわやかな酸味が特徴です。
この酸味はビタミンCの味です。
ビタミンCは昔からお肌にいいビタミンだといわれています。
一体どうしてなんでしょうか?
実はビタミンCはコラ^減を生成するのになくてはならない成分なんです。
プラセンタに含まれるアミノ酸がコラーゲンに変化するのをビタミンCがサポートします。
ビタミンCがなければコラーゲンは生成できません。
プラセンタ10000はサプリメントですから、お肌の奥深い部分のコラーゲンの生成を助けます。
真から丈夫でハリのある肌を作るのです。
ローズヒップのお茶は美しいローズ色とさわやかな酸味が特徴です。
この酸味はビタミンCの味です。
ビタミンCは昔からお肌にいいビタミンだといわれています。
一体どうしてなんでしょうか?
実はビタミンCはコラ^減を生成するのになくてはならない成分なんです。
プラセンタに含まれるアミノ酸がコラーゲンに変化するのをビタミンCがサポートします。
ビタミンCがなければコラーゲンは生成できません。
プラセンタ10000はサプリメントですから、お肌の奥深い部分のコラーゲンの生成を助けます。
真から丈夫でハリのある肌を作るのです。
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <前の男>
「あいつ誰なんだ?」少し強い声になった。梨花は「あの人、前に付き合ってた人。でも、もう別れたんよ。今はホントに何にもないねんよ。」といった。
「裏切者ってどういう意味だ?」僕は詰問していた。梨花は「好きやったから付き合ったし、付き合ってるときには愛してるっていうやんか。でも、はっきり、ほかに好きな人ができたって話したんよ。」と弁解したが顔が青ざめていた。
「真ちゃんの部屋へ初めて行ったとき殺風景でびっくりした。めっちゃ大きなテーブルと椅子が置かれてて小さい観葉植物あって自転車が家の廊下に置かれてて、冷蔵庫からっぽで」梨花が言った。
僕は、少し卑屈になっていた。「そりゃ、僕は貧乏だよ!」というと、梨花が「真ちゃん貧乏じゃないやん。聡の普段着見たらわかるでしょ。安いもんしか着てないやん。自分の給料で買えるもんって、あんなんやし、それで充分やん。真ちゃん、同年代の人の中では収入多い方と思うよ。自分の力で稼いでるやんか。そんな人の部屋へ初めて行って夢中になって、いかんかった?」最後は怒り口調になっていた。
梨花は「自分で生きてきた人の部屋ってこんなんやなあって思ったら、なんか、お坊ちゃんのスタイリッシュな部屋がアホらしくなってきたの。あの人の部屋には、お母さんが買った大型のソファーがあって、イタリア製のセンターテーブルがあって。親の会社の専務さんやって。アホらしくなったんよ。」と言った。僕は話の流れがつかめなくなっていた。
「真ちゃんの部屋の冷蔵庫に私が買った牛乳やチーズが入って、真ちゃんの部屋の小さいチェストに私が買った風邪薬が入って、あのチェストに私の買った靴下やら下着入れたいと思ったんよ。それで、あの人とは別れたんよ。前に付き合ってた人のこと報告せなあかんかった?」梨花にちょっと嫌味な感じで聞かれた。
僕は「いや、そんなことはないけど。なんで襲うほど恨んでるんだ?」と、また詰問口調になった。
「そんなこと私にわかるわけないやないの。どっちにしてもホントにごめん。真ちゃんの子供、危ない目に合わせて。あの時、真ちゃんが突進してけえへんかったら危なかった。」梨花はまた泣き出してしまった。
僕はしまったと気が付いて今度はなだめなければならなかった。「僕はどんなことをしても、君と子供は守るんだけど、それには条件があるんだ。」というと、梨花はびっくりして僕を見た。
「あの男にした時よりも、もっともっと優しくしてもらわないと割に合わないよ。」と梨花の耳元で言った。「もっと優しくって、どういうこと?私は、真ちゃんに優しくするために生まれてきたんよ。」梨花も耳元でささやいてきた。
まただ、この殺し文句はいったいどこから出てくるのだろう?「そういうセリフ、あの男にも言った?」「言うわけないやん。私が本気で一緒に死にたいのんは真ちゃんだけよ。」 僕は、この時点でうまく丸め込まれてしまった。
「この続きは生まれてから。子供がびっくりしたらいけないからね。」ということでその日は幕引きだった。
ああいうセリフを言った女が他の男と結婚すれば、僕だって裏切者と言いたくなる。嫉妬心や猜疑心は、これから時間をかけて梨花に鎮めてもらわなくてはならなかった。
続く
2019年04月12日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
婚姻届け
最近は僕は大阪でも仕事をした。必要な資料はコンパクトにまとめて持ってきていた。仕事の資料には金目のものがないので常時車に積んでいた。少しぐらいなら滞在しても仕事ができる。
依子さんは退院して田原の家で暮らすことになった。そろそろ、梨花を東京へ連れて帰る時が来た。
「そろそろ、東京へ帰ろうか?依子さんもここへ来るし。」僕は何気なく、ママと梨花の前でそういった。ママは激怒した。出産は里帰りしてするものだ。なんでわざわざ東京で生む必要がある?今ここにいるのに、なぜ東京へ行く必要がある?と一歩も譲らない。
梨花も東京へ行くのは怖い、もういい年だから流産でもしたらどうするのだと、やはり大阪での出産を望んだ。
僕は、梨花と子供を早く自分の領分に連れて帰りたくてしょうがなかった。それでも、出産は大阪ですることになった。僕は大阪と東京の二重生活を余儀なくされたのだった。
依子さんが来て、大阪の家は騒々しかった。僕は根を詰めなければならないときには東京へ帰った。東京でコンビニ食と外食を繰り返していた。あと半年もすれば、この暮らしも終わるとおもうと感慨深いものがあった。
婚姻届けを一人で出してきた夜、梨花に報告の電話をした。「いやあ、今日から私、真ちゃんの奥さんやね。嬉しい。せやけど苗字変われへんから、ちょっと盛り上がりに欠けるねえ。ママにも言っとく。」
「盛り上がりに欠けるって、こっちも譲歩したんだよ。」僕は憤慨した。
梨花は、「ごめんごめん、近いうちに、親戚集まって軽い宴会することになると思う。まあ、パパとママの兄弟の家族だけやから気は使うことはないんよ。ていうか、面白い人ばっかりやから。」梨花は僕が怒っても全く意に介しなかった。
ああ、やっぱり面倒なことになってきたと思った。僕は親戚づきあいというものを知らない。どうふるまえばいいのかわからない。しかし、親戚に紹介もされないのも問題だ。きちんと挨拶しなきゃ子どもが親せきに認められなくなるじゃないかと自分の尻を叩いた。
その夜、例の新聞社の友人から電話がかかってきた。彼のおかげで書評やコラムの仕事があった。一応名前は知られていたので多少の収入にはなった。ショートストーリーのようなものも書いていた。
「先生、元気かい?」友人は相変わらず僕を先生と言ってからかった。
「ありがとう元気だよ。双風社からも順調に仕事をもらってる。大新聞からの紹介は手堅いね。助かったよ。」僕は彼の好意に礼を言った。
「また忙しそうにしているから、ああいう儲からん仕事は断りたいのかなと思って電話した。実は先方はお前のことを気に入っている。もうちょっと続けて欲しいらしいんだが。」うれしい言葉を聞いた。その出版社は僕の仕事を評価してくれている。
「もちろん、続けさせてもらうよ。」好きな仕事がつながってホッとした。
「そりゃあよかった。なんだか落ち着いたなあ、先生。」と言われた。
僕は「実は結婚したんだよ。例の遠縁の娘と。」と報告した。
「そりゃあ、おめでとう。思い人と一緒になれたんだ。落ち着くはずだ。載せてもいいかい。」「おう、地味に頼む。」ここでも一件落着した。
翌日の夕刊に本当に地味に出ていた。「推理作家、島本真一氏結婚」新聞記事が出た夜、真知子から電話があった。自分も結婚するという話だった。僕は心の底から喜んだ。結婚すれば自分の過去の男のことで損害賠償などしないだろう。狡い計算をしていた。
翌日仕事関係の電話がかかって本当か?と確認された。本当だと答えて終わった。その翌日も電話がかかってきたので、本当だと答えて終わった。
この時点で田原梨花の名前はどこにも出ていない。家族と親戚と親しい友人しか知らない地味な結婚だった。僕は地味なことが好きなんだということを最近自覚した。
続く
最近は僕は大阪でも仕事をした。必要な資料はコンパクトにまとめて持ってきていた。仕事の資料には金目のものがないので常時車に積んでいた。少しぐらいなら滞在しても仕事ができる。
依子さんは退院して田原の家で暮らすことになった。そろそろ、梨花を東京へ連れて帰る時が来た。
「そろそろ、東京へ帰ろうか?依子さんもここへ来るし。」僕は何気なく、ママと梨花の前でそういった。ママは激怒した。出産は里帰りしてするものだ。なんでわざわざ東京で生む必要がある?今ここにいるのに、なぜ東京へ行く必要がある?と一歩も譲らない。
梨花も東京へ行くのは怖い、もういい年だから流産でもしたらどうするのだと、やはり大阪での出産を望んだ。
僕は、梨花と子供を早く自分の領分に連れて帰りたくてしょうがなかった。それでも、出産は大阪ですることになった。僕は大阪と東京の二重生活を余儀なくされたのだった。
依子さんが来て、大阪の家は騒々しかった。僕は根を詰めなければならないときには東京へ帰った。東京でコンビニ食と外食を繰り返していた。あと半年もすれば、この暮らしも終わるとおもうと感慨深いものがあった。
婚姻届けを一人で出してきた夜、梨花に報告の電話をした。「いやあ、今日から私、真ちゃんの奥さんやね。嬉しい。せやけど苗字変われへんから、ちょっと盛り上がりに欠けるねえ。ママにも言っとく。」
「盛り上がりに欠けるって、こっちも譲歩したんだよ。」僕は憤慨した。
梨花は、「ごめんごめん、近いうちに、親戚集まって軽い宴会することになると思う。まあ、パパとママの兄弟の家族だけやから気は使うことはないんよ。ていうか、面白い人ばっかりやから。」梨花は僕が怒っても全く意に介しなかった。
ああ、やっぱり面倒なことになってきたと思った。僕は親戚づきあいというものを知らない。どうふるまえばいいのかわからない。しかし、親戚に紹介もされないのも問題だ。きちんと挨拶しなきゃ子どもが親せきに認められなくなるじゃないかと自分の尻を叩いた。
その夜、例の新聞社の友人から電話がかかってきた。彼のおかげで書評やコラムの仕事があった。一応名前は知られていたので多少の収入にはなった。ショートストーリーのようなものも書いていた。
「先生、元気かい?」友人は相変わらず僕を先生と言ってからかった。
「ありがとう元気だよ。双風社からも順調に仕事をもらってる。大新聞からの紹介は手堅いね。助かったよ。」僕は彼の好意に礼を言った。
「また忙しそうにしているから、ああいう儲からん仕事は断りたいのかなと思って電話した。実は先方はお前のことを気に入っている。もうちょっと続けて欲しいらしいんだが。」うれしい言葉を聞いた。その出版社は僕の仕事を評価してくれている。
「もちろん、続けさせてもらうよ。」好きな仕事がつながってホッとした。
「そりゃあよかった。なんだか落ち着いたなあ、先生。」と言われた。
僕は「実は結婚したんだよ。例の遠縁の娘と。」と報告した。
「そりゃあ、おめでとう。思い人と一緒になれたんだ。落ち着くはずだ。載せてもいいかい。」「おう、地味に頼む。」ここでも一件落着した。
翌日の夕刊に本当に地味に出ていた。「推理作家、島本真一氏結婚」新聞記事が出た夜、真知子から電話があった。自分も結婚するという話だった。僕は心の底から喜んだ。結婚すれば自分の過去の男のことで損害賠償などしないだろう。狡い計算をしていた。
翌日仕事関係の電話がかかって本当か?と確認された。本当だと答えて終わった。その翌日も電話がかかってきたので、本当だと答えて終わった。
この時点で田原梨花の名前はどこにも出ていない。家族と親戚と親しい友人しか知らない地味な結婚だった。僕は地味なことが好きなんだということを最近自覚した。
続く
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
3人の父親
聡の方は弁護士と一緒に元夫と面会しながら話を進めていた。最初から金の話で進めているらしい。元夫は急に軟化して一度会おうという話になった。僕は約束通り四国まで同行することになった。弁護士が作った念書を持っていった。
本山という男は漁港の近くで水産工場を経営していた。工場で会ったが工場の大部分が業務をしていなかった。既に近所の大きな工場に買い取ってもらう話を進めているといっていた。
最初から金銭的な解決方法を提案したのがよかったのか態度が柔らかだった。依子さんにけがをさせたことをずいぶん詫びられた。そして俊君のことを泣いて頼まれた。無理もなかった。
これから恋人の子供の父になろうとしている男、実子の親権を手放そうとしている男、これから自分の子供が生まれようとしている男、三人三様の父親としての生き方に思いをはせた。子供を手放す父親の気持ちを思うと胸が痛くなった。
以前は、みじめな立場の人が嫌いだった。自分がみじめな思いをたくさんしていたからだ。しかし俊君の父親には、いたく同情した。
ママは俊君に愛情を注いでくれるだろうか?聡は実子と区別せずに俊君を愛してくれるのだろうか? 俊君の行く末も気になった。自分に父性というものが芽生えてきているのが分かった。
僕の父は僕たちがこっそり見舞いに行った時、どんな気持ちだったのだろうか。これから小学校へ上がる一人息子を置いて逝かなければならない気持ちはどんなものだったのだろう。きっと、その夜はひどく泣いたのだろう。そんな憶測をした。
梨花はあまり心配をしていなかった。「うまいことまとまりそうでほっとした。これで、俊君を落ち着いた環境で育てられるわ。今になってわかったけど、依子さんがあの人から逃げたんはDVが原因やったんやわ。それが結局お金で解決付くんやから、よかったような、わびしいような話やねえ。これを俊君には言わんようにせなあかん。せやけど、俊君知ってるかもしれんねえ。ママが何で逃げ出したか。怖い思いもしたかもしれんねえ。」いろいろ、思うことはたくさんあった。
続く
聡の方は弁護士と一緒に元夫と面会しながら話を進めていた。最初から金の話で進めているらしい。元夫は急に軟化して一度会おうという話になった。僕は約束通り四国まで同行することになった。弁護士が作った念書を持っていった。
本山という男は漁港の近くで水産工場を経営していた。工場で会ったが工場の大部分が業務をしていなかった。既に近所の大きな工場に買い取ってもらう話を進めているといっていた。
最初から金銭的な解決方法を提案したのがよかったのか態度が柔らかだった。依子さんにけがをさせたことをずいぶん詫びられた。そして俊君のことを泣いて頼まれた。無理もなかった。
これから恋人の子供の父になろうとしている男、実子の親権を手放そうとしている男、これから自分の子供が生まれようとしている男、三人三様の父親としての生き方に思いをはせた。子供を手放す父親の気持ちを思うと胸が痛くなった。
以前は、みじめな立場の人が嫌いだった。自分がみじめな思いをたくさんしていたからだ。しかし俊君の父親には、いたく同情した。
ママは俊君に愛情を注いでくれるだろうか?聡は実子と区別せずに俊君を愛してくれるのだろうか? 俊君の行く末も気になった。自分に父性というものが芽生えてきているのが分かった。
僕の父は僕たちがこっそり見舞いに行った時、どんな気持ちだったのだろうか。これから小学校へ上がる一人息子を置いて逝かなければならない気持ちはどんなものだったのだろう。きっと、その夜はひどく泣いたのだろう。そんな憶測をした。
梨花はあまり心配をしていなかった。「うまいことまとまりそうでほっとした。これで、俊君を落ち着いた環境で育てられるわ。今になってわかったけど、依子さんがあの人から逃げたんはDVが原因やったんやわ。それが結局お金で解決付くんやから、よかったような、わびしいような話やねえ。これを俊君には言わんようにせなあかん。せやけど、俊君知ってるかもしれんねえ。ママが何で逃げ出したか。怖い思いもしたかもしれんねえ。」いろいろ、思うことはたくさんあった。
続く
2019年04月10日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
姓
依子さんが退院して1週間がたって僕は一旦東京へ帰ることにした。仕事の資料を持ってくる必要もあったが入籍も済ませたかった。
本当は二人で東京で入籍したかったが、これにはママが大反対をした。「不安定な時期に何考えてるのん。なんかあったらどうするのん!」と激怒されてしまった。
この時にママから言われたことは姓の話だった。東京へ住むのは構わない。二人の東京生活には協力する。ついては田原姓を名乗ってくれないかという話だ。もともと、東京の本家の息子なのだから田原を名乗ってもおかしな話ではないというのだ。僕はそういうことには無知だった。
姓がどうの名前がどうのという育ちではないから、特段どちらの姓を名乗りたいといった思いもないけれど、姓が変わるとは一度も考えたことがなかった。
戸惑いもある。それに、今思えば僕を育ててくれたのは母方の祖父母だ。その人たちはどう感じるのだろうかという思いもある。
婚姻届けには、どちらの姓を名乗るか記載するところがある。ぼくにはずいぶん悩ましい問題なのだが書類はレ点一つで届けるのである。そりゃ、そうだ。役所からしたら姓など単なる符牒なのだから、はっきりしてさえあればそれでいいのだ。
住所はとりあえずは僕の現住所にしておいた。この部分を書く時には多少興奮したものだ。あの狭い部屋に嫁さんが来る。しかも、おなかにはもう子供だっている。去年のいまごろ、こうなることを誰が想像しただろう。人生は、ある日突然変化する。
僕は梨花の気持ちを優先することにした。「どうしてほしい?どの姓で暮らしたい?」聞いても梨花は真ちゃんの好きな方がいいという。夫婦がどちらでもよくて義母が田原を名乗ってほしいのなら、義母の希望を聞いてあげればいいだけだ。僕は田原姓を名乗ることを了承した。
そのことを梨花に伝えた夜、梨花は悪い顔をして僕に言った。「ふふん。これで真ちゃんは私ひとりのものや。真由美さんもマヤさんも真知子さんも、もう絶対真ちゃんには近づかんようになる。」とほくそ笑んだ。笑顔は相変わらず小学生のように無邪気だったが僕の心臓はグルンと一回転した。
「びっくりした?ママが真ちゃんのこと全部調べたらしい。そしたら、女の人三人名前が出てきたんよ。ママが、真ちゃんモテてたみたいやけど重なって付き合ってないから安心したって。まあ若い時の失敗は大目に見なしょうがないって。それに、借金もないし暴力沙汰もないから心配いらんって。だから、田原姓の話が出たんよ。」
僕は背筋が凍るような気がした。金持ちとはこんなものだ。明日少しママに抗議しよう。形だけでもしておいた方がいい。
梨花は「真ちゃんにどんな過去があろうと絶対私が守ってあげるから。私、結構強いのんよ。ママが何言っても真ちゃんとしか結婚でけへんし。」梨花はまた殺し文句を言ってくる。
僕はほかの人がいるところでは結構はっきり意見を言った。相変わらず男っぽい熱っぽい雰囲気を心がけていた。ところが梨花と二人っきりになると、梨花は「守ってあげる、私がいるから大丈夫。」という。
僕は高校を卒業するころから梨花に出会うまで一度も「守ってあげる」といわれたことはない。ついでに言えば、梨花のほかの女からは、むしろ守ってほしいといわれていたのだ。梨花はなぜ僕を守りたがるのだろう?
翌朝、僕はママに身上調査のことに抗議した。「聞いてくれたらなんでも正直に答えます。黙って調べるのはマナー違反です。」ママは面と向かって抗議されて、目を見開いて驚いていた。
「怒った顔がうちのおじいちゃんによう似てる。娘を嫁に出すのに調べへんなんて親として怠慢でっせ。まして東京に住むのやったら余計ですやろ。」とママが答えた。悪びれた様子はなかった。
そのあとで田原姓を名乗ることを告げるとママはずいぶん喜んで「これで、東京のおじさんも安心しはったと思う。これからイギリスの方とお墓の話もせなあかんけど。」といった。
こうなると、ちょっと面倒な気もしてきた。イギリスの方というのは一度もあったことがない年の離れた姉だ。本妻の子供である姉は妾の子である弟と一度も会おうとしなかった。多分憎んでいるのだろう。
この部分はママにお任せだ。僕は自分がどんな墓に入るかには全く興味がなかった。まして確執のある姉と相談なんてまっぴらだった。それよりも部屋の片づけの方が気にかかった。婚姻届けは二人で書いて区役所へは一人で行くつもりだった。
続く
依子さんが退院して1週間がたって僕は一旦東京へ帰ることにした。仕事の資料を持ってくる必要もあったが入籍も済ませたかった。
本当は二人で東京で入籍したかったが、これにはママが大反対をした。「不安定な時期に何考えてるのん。なんかあったらどうするのん!」と激怒されてしまった。
この時にママから言われたことは姓の話だった。東京へ住むのは構わない。二人の東京生活には協力する。ついては田原姓を名乗ってくれないかという話だ。もともと、東京の本家の息子なのだから田原を名乗ってもおかしな話ではないというのだ。僕はそういうことには無知だった。
姓がどうの名前がどうのという育ちではないから、特段どちらの姓を名乗りたいといった思いもないけれど、姓が変わるとは一度も考えたことがなかった。
戸惑いもある。それに、今思えば僕を育ててくれたのは母方の祖父母だ。その人たちはどう感じるのだろうかという思いもある。
婚姻届けには、どちらの姓を名乗るか記載するところがある。ぼくにはずいぶん悩ましい問題なのだが書類はレ点一つで届けるのである。そりゃ、そうだ。役所からしたら姓など単なる符牒なのだから、はっきりしてさえあればそれでいいのだ。
住所はとりあえずは僕の現住所にしておいた。この部分を書く時には多少興奮したものだ。あの狭い部屋に嫁さんが来る。しかも、おなかにはもう子供だっている。去年のいまごろ、こうなることを誰が想像しただろう。人生は、ある日突然変化する。
僕は梨花の気持ちを優先することにした。「どうしてほしい?どの姓で暮らしたい?」聞いても梨花は真ちゃんの好きな方がいいという。夫婦がどちらでもよくて義母が田原を名乗ってほしいのなら、義母の希望を聞いてあげればいいだけだ。僕は田原姓を名乗ることを了承した。
そのことを梨花に伝えた夜、梨花は悪い顔をして僕に言った。「ふふん。これで真ちゃんは私ひとりのものや。真由美さんもマヤさんも真知子さんも、もう絶対真ちゃんには近づかんようになる。」とほくそ笑んだ。笑顔は相変わらず小学生のように無邪気だったが僕の心臓はグルンと一回転した。
「びっくりした?ママが真ちゃんのこと全部調べたらしい。そしたら、女の人三人名前が出てきたんよ。ママが、真ちゃんモテてたみたいやけど重なって付き合ってないから安心したって。まあ若い時の失敗は大目に見なしょうがないって。それに、借金もないし暴力沙汰もないから心配いらんって。だから、田原姓の話が出たんよ。」
僕は背筋が凍るような気がした。金持ちとはこんなものだ。明日少しママに抗議しよう。形だけでもしておいた方がいい。
梨花は「真ちゃんにどんな過去があろうと絶対私が守ってあげるから。私、結構強いのんよ。ママが何言っても真ちゃんとしか結婚でけへんし。」梨花はまた殺し文句を言ってくる。
僕はほかの人がいるところでは結構はっきり意見を言った。相変わらず男っぽい熱っぽい雰囲気を心がけていた。ところが梨花と二人っきりになると、梨花は「守ってあげる、私がいるから大丈夫。」という。
僕は高校を卒業するころから梨花に出会うまで一度も「守ってあげる」といわれたことはない。ついでに言えば、梨花のほかの女からは、むしろ守ってほしいといわれていたのだ。梨花はなぜ僕を守りたがるのだろう?
翌朝、僕はママに身上調査のことに抗議した。「聞いてくれたらなんでも正直に答えます。黙って調べるのはマナー違反です。」ママは面と向かって抗議されて、目を見開いて驚いていた。
「怒った顔がうちのおじいちゃんによう似てる。娘を嫁に出すのに調べへんなんて親として怠慢でっせ。まして東京に住むのやったら余計ですやろ。」とママが答えた。悪びれた様子はなかった。
そのあとで田原姓を名乗ることを告げるとママはずいぶん喜んで「これで、東京のおじさんも安心しはったと思う。これからイギリスの方とお墓の話もせなあかんけど。」といった。
こうなると、ちょっと面倒な気もしてきた。イギリスの方というのは一度もあったことがない年の離れた姉だ。本妻の子供である姉は妾の子である弟と一度も会おうとしなかった。多分憎んでいるのだろう。
この部分はママにお任せだ。僕は自分がどんな墓に入るかには全く興味がなかった。まして確執のある姉と相談なんてまっぴらだった。それよりも部屋の片づけの方が気にかかった。婚姻届けは二人で書いて区役所へは一人で行くつもりだった。
続く
2019年04月09日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
稼業
依子さんの入院先から俊君を引き取ってきた。俊君は不安と寂しさでほとんどしゃべらなかった。夕飯に何が食べたいかと聞かれるとエビフライと答えた。もちろん、その日の夕飯はエビフライだった。
その日の夜、梨花は信じられないぐらい優しい声で俊君に話しかけていた。「心配せんでもええよ。ここ、俊君の家やで。ママが退院するまで寂しいけど、おばちゃんとおばあちゃんと結核ばろね。」
「ママはまだ帰って来ないのん?」俊君は不安そうに聞いた。
「直ぐ帰れるようになるからね。それまで毎日おばちゃんが病院へ連れて行ってあげるからね。」梨花は笑顔で返事をしていた。
やっぱりだ。梨花の面倒見の良さを僕は実感として知っていた。俊君と毎日病院へ行こうとしていた。
来てよかった。放っておけば梨花は俊君の面倒を率先してみるだろう。何しろ、今は母性本能が梨花を支配している。無理をしてしまうかもしれない。僕がブレーキをかけなければいけないという判断は正しかった。
「梨花、俊君の送り迎えは僕がする。君は仕事があるだろう?早く休みが取れるように段取りを整えるんだ。いいね。」僕は強い口調で命令した。
ママにも僕はいろいろ強引に頼んだ。俊君の世話係はママだということ。梨花は、とにかく退職に向けて動くこと。僕は仕事をしながら聡を手伝う。聡は弁護士と話し合いを進めること。俊君の送り迎えは僕と聡が担当すること。
少し嫌味かなと思いながら仕切ってしまった。とにかく早く解決して梨花を落ち着いた環境で過ごさせたかった。
この家の中では僕は異質だった。言葉が違う。その上、家全体が先の見える仕事を持っているのに、僕と言ったら先の見えない中途半端な作家だった。それなのになぜかこの家族は僕が主張することに同調する。
「梨花、僕自分の都合に合わせて君たちにいろんなことを言ってるけど不満ない?」と聞くと、梨花は「特にないよ。なんで?」と答える。
「前から私らみんなで話してたんやけど、真ちゃん、おじいちゃんに似てるのよ。ママのお父さんに。うちは、パパがなくなった後、おじいちゃんとママで経営してきたからね。おじいちゃんが私らの司令塔やったの。そのおじいちゃんと真ちゃん似てるのよ。聡もおじいちゃんとおんなじ顔してるけど、真ちゃんもよく似てる。真ちゃん、物腰がおじいちゃんとそっくりやの。ママできることなら真ちゃんに、ある程度、商売覚えてほしいみたいよ。聡ひとりやったら可愛そうやし。」梨花に意外なことを言われた。
「商売って不動産関係だろ?僕にそんなこと無理に決まってるじゃないの。何言ってるの。」僕はあっさり断った。
「昔は、売り買いで利ザヤ稼ぐ商売やったけど、今は賃貸ビルとマンション管理だけやから地道な仕事なんよ。」
「じゃあ、聡がやればいいじゃないか。僕は聡と揉めたくはないんだ。」
「聡が言い出したんよ。お兄ちゃんと一緒にやりたいって。私の分の経営するのは荷が重いのよ。当たり前でしょ。利益落としたら責任とらなあかんねんから。お兄ちゃんにやってもらったら責任関係がはっきりするっていうのよ。」
「君の分?」
「そお、私の分。もちろん私もするけど、結局、妊娠子育てと続くと、私もしんどいのよ。」
田原の家の中では、僕が知らないうちにいろいろなことが話されていたようだった。
「あの、今更聞くのも何なんだけど、それどのくらいのもの?」
「どれくらいって、う〜ん、時価で8億ぐらい。大阪の中心部じゃないから、そんなに価値ないけど駅前なんよ。今はうまく運営してるけど、油断してると負債化するのよ。聡と私だけでは大変なんよ。ママがもう引きたがってるし。」と梨花は普通の顔で言った。
「僕ママにサラッと結婚しますって言ったけど、ずいぶん厚かましい話だなあ。」と思わず本音が出た。
「うん。そう思う。でも子供のパパやから、しゃあない。身を削って尽くしてもらうしかないね。」梨花は例の八の字眉毛で笑いをかみ殺していた。
残念ながら僕はこの笑顔には抵抗できなかった。怒れない。それでも梨花の冗談を軽く受け流すことはできなかった。
「私、真ちゃんが嫌がるんやったら資産なんか放り出してもいいと思ってたんよ。」梨花は、時々こういう殺し文句をぶち込んできては、僕をどんどん取り込んでいった。僕はこのごろは完全にのぼせ上っていた。しかも、梨花と僕は相性が良かった。
「そやけど実際に子供を産むとなったら、やっぱりお金は大事やと思うようになったんよ。この子に、ちゃんと引き継がなあかんって思ってるんよ。」と梨花に言われた。
そうだった、せっかく金持ちの女のおなかにいるのだ。金持ちの子として生まれて育ててやりたかった。
続く
依子さんの入院先から俊君を引き取ってきた。俊君は不安と寂しさでほとんどしゃべらなかった。夕飯に何が食べたいかと聞かれるとエビフライと答えた。もちろん、その日の夕飯はエビフライだった。
その日の夜、梨花は信じられないぐらい優しい声で俊君に話しかけていた。「心配せんでもええよ。ここ、俊君の家やで。ママが退院するまで寂しいけど、おばちゃんとおばあちゃんと結核ばろね。」
「ママはまだ帰って来ないのん?」俊君は不安そうに聞いた。
「直ぐ帰れるようになるからね。それまで毎日おばちゃんが病院へ連れて行ってあげるからね。」梨花は笑顔で返事をしていた。
やっぱりだ。梨花の面倒見の良さを僕は実感として知っていた。俊君と毎日病院へ行こうとしていた。
来てよかった。放っておけば梨花は俊君の面倒を率先してみるだろう。何しろ、今は母性本能が梨花を支配している。無理をしてしまうかもしれない。僕がブレーキをかけなければいけないという判断は正しかった。
「梨花、俊君の送り迎えは僕がする。君は仕事があるだろう?早く休みが取れるように段取りを整えるんだ。いいね。」僕は強い口調で命令した。
ママにも僕はいろいろ強引に頼んだ。俊君の世話係はママだということ。梨花は、とにかく退職に向けて動くこと。僕は仕事をしながら聡を手伝う。聡は弁護士と話し合いを進めること。俊君の送り迎えは僕と聡が担当すること。
少し嫌味かなと思いながら仕切ってしまった。とにかく早く解決して梨花を落ち着いた環境で過ごさせたかった。
この家の中では僕は異質だった。言葉が違う。その上、家全体が先の見える仕事を持っているのに、僕と言ったら先の見えない中途半端な作家だった。それなのになぜかこの家族は僕が主張することに同調する。
「梨花、僕自分の都合に合わせて君たちにいろんなことを言ってるけど不満ない?」と聞くと、梨花は「特にないよ。なんで?」と答える。
「前から私らみんなで話してたんやけど、真ちゃん、おじいちゃんに似てるのよ。ママのお父さんに。うちは、パパがなくなった後、おじいちゃんとママで経営してきたからね。おじいちゃんが私らの司令塔やったの。そのおじいちゃんと真ちゃん似てるのよ。聡もおじいちゃんとおんなじ顔してるけど、真ちゃんもよく似てる。真ちゃん、物腰がおじいちゃんとそっくりやの。ママできることなら真ちゃんに、ある程度、商売覚えてほしいみたいよ。聡ひとりやったら可愛そうやし。」梨花に意外なことを言われた。
「商売って不動産関係だろ?僕にそんなこと無理に決まってるじゃないの。何言ってるの。」僕はあっさり断った。
「昔は、売り買いで利ザヤ稼ぐ商売やったけど、今は賃貸ビルとマンション管理だけやから地道な仕事なんよ。」
「じゃあ、聡がやればいいじゃないか。僕は聡と揉めたくはないんだ。」
「聡が言い出したんよ。お兄ちゃんと一緒にやりたいって。私の分の経営するのは荷が重いのよ。当たり前でしょ。利益落としたら責任とらなあかんねんから。お兄ちゃんにやってもらったら責任関係がはっきりするっていうのよ。」
「君の分?」
「そお、私の分。もちろん私もするけど、結局、妊娠子育てと続くと、私もしんどいのよ。」
田原の家の中では、僕が知らないうちにいろいろなことが話されていたようだった。
「あの、今更聞くのも何なんだけど、それどのくらいのもの?」
「どれくらいって、う〜ん、時価で8億ぐらい。大阪の中心部じゃないから、そんなに価値ないけど駅前なんよ。今はうまく運営してるけど、油断してると負債化するのよ。聡と私だけでは大変なんよ。ママがもう引きたがってるし。」と梨花は普通の顔で言った。
「僕ママにサラッと結婚しますって言ったけど、ずいぶん厚かましい話だなあ。」と思わず本音が出た。
「うん。そう思う。でも子供のパパやから、しゃあない。身を削って尽くしてもらうしかないね。」梨花は例の八の字眉毛で笑いをかみ殺していた。
残念ながら僕はこの笑顔には抵抗できなかった。怒れない。それでも梨花の冗談を軽く受け流すことはできなかった。
「私、真ちゃんが嫌がるんやったら資産なんか放り出してもいいと思ってたんよ。」梨花は、時々こういう殺し文句をぶち込んできては、僕をどんどん取り込んでいった。僕はこのごろは完全にのぼせ上っていた。しかも、梨花と僕は相性が良かった。
「そやけど実際に子供を産むとなったら、やっぱりお金は大事やと思うようになったんよ。この子に、ちゃんと引き継がなあかんって思ってるんよ。」と梨花に言われた。
そうだった、せっかく金持ちの女のおなかにいるのだ。金持ちの子として生まれて育ててやりたかった。
続く
2019年04月08日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
殺人未遂
梨花の妊娠で僕の気持ちは盛り上がったり迷ったりへこんだり右往左往していた。田原の家はママが大張り切りで出産準備をした。
このどさくさの中で聡の恋人が大けがをした。夫にやられたらしい。全治一か月。僕は警察官時代の経験から暴力沙汰で全治一カ月のけがが尋常ではないことが分かっていた。
一瞬かっとなって殴ったレベルでは、そんな大けがはしない。刃物で刺されたか鉄パイプのようなもので殴られたか、とにかく、多分、殺そうとしたのだ。このことを子供に知らせてはいけない。それが僕の思いだった。
僕はママや聡に頼んだ。破談になるのはしょうがない。でも子供には母親が父親に大けがをさせられたことを悟らせないでほしい。泣きたい気持ちで頼んだ。一方で、梨花にこの話にかかわらせないでほしいとも頼んだ。とにかく、のんびり機嫌よく過ごしてほしかった。体を大事にしてほしかった。
僕は急いで大阪へ行った。梨花は面倒見がいい。聡の恋人が大けがをしたのだ。梨花が深入りするのは目に見えていた。
大阪の家に着いてから聡に電話をかけた。聡は「命に別状はない。意識もしっかりしてる。そやけど精神的なショックが大きい。俊也、子供を見るもんがおらんから家に連れて帰る。破談にはせえへんよ。兄ちゃん、依子と俊也、うちへ引き取るわ。二人っきりではほっとかれへん。」といった。
「わかった。協力するから何でも言ってくれ。」と僕が答えると「兄ちゃん、病院へ来られるかな?家で話したら姉が聞くやろ。あいつかっとなりよるから。」という。聡も梨花が深入りするのを心配していた。
依子さんには田原の家で一度会っていた。一度会ったら忘れないような美人だった。一瞬ラテン系のハーフかと思ったものだ。しかし、その日の依子さんは、やつれて目の周りにはクマが出ていた。
半泣きで「そんなことできません。これ以上ご迷惑かけられません。」といったが聡は「俊也、安全な場所で暮らせるようにせなあかんやろ。君も怪我が治ったらうちへきたらいい。」と優しくいった。それでも、依子さんは絶対に行けないと拒んだ。
僕は「依子さん、感情的な話じゃないんですよ。俊也君の生活をどうして守るかが先決です。」ちょっと厳しくいった。依子さんは、言葉を継げなくなって了承した。
「あなたが動けるようになるまで、僕もこちらにいます。大丈夫ですから安心してください。僕と聡で、お宅へ行って当面の荷物をもってきましょう。僕ね、元警察官なんです。柔道3段です。」というと聡が驚いた顔をしていた。
「俊也君はこのまま、田原の家に行って、おばあちゃんに見てもらおうね。」と僕がいうと俊君は不安そうにうなづいた。子供にしてみれば嫌だと答えることなどできなかっただろう。そう思うだけで僕は胸が痛くなった。僕は孤独な子供を捨ててはおけなかった。
帰り道で聡は「ああいうとき、兄ちゃんのいい方は説得力あるわ。びっくりした。」と言った。
僕は「依子さんはお前以外の人の了解が欲しかったんだよ。お前だけの了解じゃ家に来にくいだろ?お前を家の中で孤立させたくなかったんだ。」と聡に言った。きっと、依子さんは僕のことを怖いオッサンだと思ったことだろう。
聡と僕の2人になった時に、聡は「警察沙汰になってしもたから本山君は今拘束されてる。今は心配いらん。俊也にこのことがわからんようにしたりたい。」といった。
依子さんの夫という人は四国で水産会社を経営していて、経営が傾きだしてから夫婦仲も悪くなったらしい。依子さんにつらく当たって暴力も振るったということだ。
僕は意外と金で解決がつくんじゃないかと思った。その男は先行きがはっきりしなくて不安でしょうがないのだ。先行きのめどさえつけば案外簡単に納得するのではないかという気がした。
聡に「弁護士を通じて最初から金の話にした方がいいじゃないか?」と提案してみた。「本来は払う必要のない金だけど、俊也君のことを考えると、話は早く終わらせた方がいい。それに父親が借金まみれで放り出されるようなことにはしてはいけない。」とも提案した。結局は、金が一番あとくされのない解決方法だと思った。
聡は「本山、金に困って捨て鉢になったんや。それまでは、普通にいいやつやったみたいや。金が一番早い方法やと思う。」と言った。
「あとくされがないようにできるか?」と聞くと、「依子が家出てしもてから会社も経営行き詰ってる。多分つぶれる。こんな事件起こしたら無理や。お義父さんも病気で経営は無理や。お義父さんの病院なんかの解決付いたら落ち着くと思うんや。」と答えた。
「どの程度の金なんだ?」
「わからん。それを話し合わないかん。兄ちゃん、柔道3段やったら同行してくれる?」といわれたので、一緒に四国へ行くことにした。
続く
梨花の妊娠で僕の気持ちは盛り上がったり迷ったりへこんだり右往左往していた。田原の家はママが大張り切りで出産準備をした。
このどさくさの中で聡の恋人が大けがをした。夫にやられたらしい。全治一か月。僕は警察官時代の経験から暴力沙汰で全治一カ月のけがが尋常ではないことが分かっていた。
一瞬かっとなって殴ったレベルでは、そんな大けがはしない。刃物で刺されたか鉄パイプのようなもので殴られたか、とにかく、多分、殺そうとしたのだ。このことを子供に知らせてはいけない。それが僕の思いだった。
僕はママや聡に頼んだ。破談になるのはしょうがない。でも子供には母親が父親に大けがをさせられたことを悟らせないでほしい。泣きたい気持ちで頼んだ。一方で、梨花にこの話にかかわらせないでほしいとも頼んだ。とにかく、のんびり機嫌よく過ごしてほしかった。体を大事にしてほしかった。
僕は急いで大阪へ行った。梨花は面倒見がいい。聡の恋人が大けがをしたのだ。梨花が深入りするのは目に見えていた。
大阪の家に着いてから聡に電話をかけた。聡は「命に別状はない。意識もしっかりしてる。そやけど精神的なショックが大きい。俊也、子供を見るもんがおらんから家に連れて帰る。破談にはせえへんよ。兄ちゃん、依子と俊也、うちへ引き取るわ。二人っきりではほっとかれへん。」といった。
「わかった。協力するから何でも言ってくれ。」と僕が答えると「兄ちゃん、病院へ来られるかな?家で話したら姉が聞くやろ。あいつかっとなりよるから。」という。聡も梨花が深入りするのを心配していた。
依子さんには田原の家で一度会っていた。一度会ったら忘れないような美人だった。一瞬ラテン系のハーフかと思ったものだ。しかし、その日の依子さんは、やつれて目の周りにはクマが出ていた。
半泣きで「そんなことできません。これ以上ご迷惑かけられません。」といったが聡は「俊也、安全な場所で暮らせるようにせなあかんやろ。君も怪我が治ったらうちへきたらいい。」と優しくいった。それでも、依子さんは絶対に行けないと拒んだ。
僕は「依子さん、感情的な話じゃないんですよ。俊也君の生活をどうして守るかが先決です。」ちょっと厳しくいった。依子さんは、言葉を継げなくなって了承した。
「あなたが動けるようになるまで、僕もこちらにいます。大丈夫ですから安心してください。僕と聡で、お宅へ行って当面の荷物をもってきましょう。僕ね、元警察官なんです。柔道3段です。」というと聡が驚いた顔をしていた。
「俊也君はこのまま、田原の家に行って、おばあちゃんに見てもらおうね。」と僕がいうと俊君は不安そうにうなづいた。子供にしてみれば嫌だと答えることなどできなかっただろう。そう思うだけで僕は胸が痛くなった。僕は孤独な子供を捨ててはおけなかった。
帰り道で聡は「ああいうとき、兄ちゃんのいい方は説得力あるわ。びっくりした。」と言った。
僕は「依子さんはお前以外の人の了解が欲しかったんだよ。お前だけの了解じゃ家に来にくいだろ?お前を家の中で孤立させたくなかったんだ。」と聡に言った。きっと、依子さんは僕のことを怖いオッサンだと思ったことだろう。
聡と僕の2人になった時に、聡は「警察沙汰になってしもたから本山君は今拘束されてる。今は心配いらん。俊也にこのことがわからんようにしたりたい。」といった。
依子さんの夫という人は四国で水産会社を経営していて、経営が傾きだしてから夫婦仲も悪くなったらしい。依子さんにつらく当たって暴力も振るったということだ。
僕は意外と金で解決がつくんじゃないかと思った。その男は先行きがはっきりしなくて不安でしょうがないのだ。先行きのめどさえつけば案外簡単に納得するのではないかという気がした。
聡に「弁護士を通じて最初から金の話にした方がいいじゃないか?」と提案してみた。「本来は払う必要のない金だけど、俊也君のことを考えると、話は早く終わらせた方がいい。それに父親が借金まみれで放り出されるようなことにはしてはいけない。」とも提案した。結局は、金が一番あとくされのない解決方法だと思った。
聡は「本山、金に困って捨て鉢になったんや。それまでは、普通にいいやつやったみたいや。金が一番早い方法やと思う。」と言った。
「あとくされがないようにできるか?」と聞くと、「依子が家出てしもてから会社も経営行き詰ってる。多分つぶれる。こんな事件起こしたら無理や。お義父さんも病気で経営は無理や。お義父さんの病院なんかの解決付いたら落ち着くと思うんや。」と答えた。
「どの程度の金なんだ?」
「わからん。それを話し合わないかん。兄ちゃん、柔道3段やったら同行してくれる?」といわれたので、一緒に四国へ行くことにした。
続く
2019年04月06日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
父の心構え
人生は突然変化する。ずっと一人で世間に虚勢を張って生きてきた僕が、ここへきて急に父親になる。父親、父親、なんと優しい響きだろう。
母が結婚する時、亡くなった時、僕にはなぜ父親がいないのだろうと自分の運命を呪っていた。こんな時に父親がいてくれたら、どんなに助けられただろうと、いつも父親がいないことを悲しく思っていたが祖父母には言えなかった。彼らは一人娘を亡くして僕を生きがいにしていたのだから。
それが、どうだ。今、僕は父親になろうとしている。運命は、無意識のときに本人には知らせずに、そっと動く。
その日は泊まらずに帰った。すませなければならない仕事があった。もう、いい加減なことはできない。生活の形を整えなくてはいけない。電話で引っ越しのスケジュールを打ち合わせようと思っていた。
それまでに部屋の準備をしなくてはいけない。いやいや、梨花に経済的な話をしなければならない。梨花は納得するだろうか?いや納得させなければならない。子供のことが最優先だ。幸福感を味わえる家庭にしなくてはいけない。
家庭?それってなんだ?僕は普通の家庭の味を知らない。そんな人間に家庭がもてるか?
僕は父親の味をあまり知らない。父親ってどんな風にふるまうんだ?自分らしく振舞えばいいのか?いや違う。自分らしくてはだめだ。立派な行動をとらなくてはならない。喜びと迷いは毎日交錯した。
聡は本気で喜んでくれた。「兄ちゃん、ホンマモンの兄弟になんねんなあ。こうなるって、あの日、初めて会った日、想像もつかへんかった。人間の縁ってわからんなあ。」と感慨にふけってくれるのだ。本当にいいやつだった。
続く
人生は突然変化する。ずっと一人で世間に虚勢を張って生きてきた僕が、ここへきて急に父親になる。父親、父親、なんと優しい響きだろう。
母が結婚する時、亡くなった時、僕にはなぜ父親がいないのだろうと自分の運命を呪っていた。こんな時に父親がいてくれたら、どんなに助けられただろうと、いつも父親がいないことを悲しく思っていたが祖父母には言えなかった。彼らは一人娘を亡くして僕を生きがいにしていたのだから。
それが、どうだ。今、僕は父親になろうとしている。運命は、無意識のときに本人には知らせずに、そっと動く。
その日は泊まらずに帰った。すませなければならない仕事があった。もう、いい加減なことはできない。生活の形を整えなくてはいけない。電話で引っ越しのスケジュールを打ち合わせようと思っていた。
それまでに部屋の準備をしなくてはいけない。いやいや、梨花に経済的な話をしなければならない。梨花は納得するだろうか?いや納得させなければならない。子供のことが最優先だ。幸福感を味わえる家庭にしなくてはいけない。
家庭?それってなんだ?僕は普通の家庭の味を知らない。そんな人間に家庭がもてるか?
僕は父親の味をあまり知らない。父親ってどんな風にふるまうんだ?自分らしく振舞えばいいのか?いや違う。自分らしくてはだめだ。立派な行動をとらなくてはならない。喜びと迷いは毎日交錯した。
聡は本気で喜んでくれた。「兄ちゃん、ホンマモンの兄弟になんねんなあ。こうなるって、あの日、初めて会った日、想像もつかへんかった。人間の縁ってわからんなあ。」と感慨にふけってくれるのだ。本当にいいやつだった。
続く
2019年04月05日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
順番違い
翌日は朝早く出かけた。10時には新大阪に着いて梨花に電話した。「真ちゃん、心配せんでいいよ。真ちゃんが喜んでくれるんやったらママなんてちょろいもんよ。」梨花は時々ものすごいオヤジ臭くなる。
11時過ぎには田原の家に着いた。ママは「真ちゃん、いらっしゃい。急用って何?なにかあったん?」と聞いた。「梨花ちゃんは?」と聞くと「調子悪くて部屋で寝てる。仕事も休んだんよ。鬼の霍乱やわ。もうご飯やから、お茶だけにしとくよ。」そう言ってリビングに入っていった。
ママの後ろからリビングに入ると梨花が真顔でソファに座っていた。顔が青ざめていた。「しんどかったら寝てなさい。風邪かな?」ママが言った。
「ママ、いやお義母さん、すみません。急な報告になってしまいますが。」と僕が口火を切った。「お母さん?どうしたん?あんた私のいとこやから、お母さんとはちがうよ。まあ年齢的にはお母さんの方が近いけど。」「あの〜、実は、」僕は次の言葉がなかなか出なかった。
「ママ、私、つわりでしんどいねんよ。」梨花は直球だった。「すみません。順序を間違えました。お母さんに先にお願いに上がらなければならなかったんですが。授かりました。」僕は耳触りが大好きな言葉をつかって、場を和らげようとしていた。
ママは、不思議そうな顔をして黙っていた。そして、いきなり、テーブルをバンとたたいて、「順番が違うやないの!何、アホの高校生みたいなことしてんのよ!」と一喝した。本気で怒っているのだろうけれど、何とはなしにコメディタッチだった。
梨花は、「ごめん。せやけど怒ってもしゃあないやんか。生むし、当然結婚するし。」とさらりと言った。僕はアホの高校生のように、ただ直立して頭を下げて「お願いします。」とだけ言った。
「そらそうや、怒ってもしゃあないな。それは確かや。大人のすることにごちゃごちゃいう気もないし。勝手にしなはれ。絶対、幸福に育てる覚悟があるなら、まあ、怒ってもしゃあない話や。」ママは不機嫌に答えた。
「すみません。結婚させてもらいます。とにかく、父親と母親は一緒に暮らさないといけませんから。」僕は言いながら脇の下が汗ばんでいるのがわかった。女の実家へあいさつに行くとは、こういうことか、こんなに、意味不明の緊張をすることなのかと思い知った。
話は単純なのだから時間はかかっていない。12時過ぎには寿司がとどいて食事になった。気まずい空気が流れたが梨花は驚くほどたくさん食べた。
突然ママが「あんた、そんなに生もん食べて!自覚が足らん。しっかりしなさい!」と梨花をしかりつけた。「お寿司とったんママやんか!」と梨花が歯向かうと「知らんかってんからしょうがないやないの!」と親子喧嘩がはじまった。
梨花が「ママこそ分かってる?孫が生まれるっていう自覚ある?」というと、ママはきょとんとなって「孫?孫やなあ、初孫や。」なんとなく口元が緩んだ。本当にママはちょろかった。
梨花、君のクライアントが多いのは君が結構悪知恵が働くからだ。その時やっと本当のことが分かった。ママはもう一度「初孫やなあ。」とつぶやいた。
とにかく、反対はされてはいない。あとは、いつ東京へ引っ越してこられるかだけだ。入籍は東京ですればいい。いや、それより先に、引っ越しだ。いや、そんなに豪華な部屋を借りるだけの金もない。梨花にはある程度我慢するように話さなければならない。少し憂鬱になった。
続く
翌日は朝早く出かけた。10時には新大阪に着いて梨花に電話した。「真ちゃん、心配せんでいいよ。真ちゃんが喜んでくれるんやったらママなんてちょろいもんよ。」梨花は時々ものすごいオヤジ臭くなる。
11時過ぎには田原の家に着いた。ママは「真ちゃん、いらっしゃい。急用って何?なにかあったん?」と聞いた。「梨花ちゃんは?」と聞くと「調子悪くて部屋で寝てる。仕事も休んだんよ。鬼の霍乱やわ。もうご飯やから、お茶だけにしとくよ。」そう言ってリビングに入っていった。
ママの後ろからリビングに入ると梨花が真顔でソファに座っていた。顔が青ざめていた。「しんどかったら寝てなさい。風邪かな?」ママが言った。
「ママ、いやお義母さん、すみません。急な報告になってしまいますが。」と僕が口火を切った。「お母さん?どうしたん?あんた私のいとこやから、お母さんとはちがうよ。まあ年齢的にはお母さんの方が近いけど。」「あの〜、実は、」僕は次の言葉がなかなか出なかった。
「ママ、私、つわりでしんどいねんよ。」梨花は直球だった。「すみません。順序を間違えました。お母さんに先にお願いに上がらなければならなかったんですが。授かりました。」僕は耳触りが大好きな言葉をつかって、場を和らげようとしていた。
ママは、不思議そうな顔をして黙っていた。そして、いきなり、テーブルをバンとたたいて、「順番が違うやないの!何、アホの高校生みたいなことしてんのよ!」と一喝した。本気で怒っているのだろうけれど、何とはなしにコメディタッチだった。
梨花は、「ごめん。せやけど怒ってもしゃあないやんか。生むし、当然結婚するし。」とさらりと言った。僕はアホの高校生のように、ただ直立して頭を下げて「お願いします。」とだけ言った。
「そらそうや、怒ってもしゃあないな。それは確かや。大人のすることにごちゃごちゃいう気もないし。勝手にしなはれ。絶対、幸福に育てる覚悟があるなら、まあ、怒ってもしゃあない話や。」ママは不機嫌に答えた。
「すみません。結婚させてもらいます。とにかく、父親と母親は一緒に暮らさないといけませんから。」僕は言いながら脇の下が汗ばんでいるのがわかった。女の実家へあいさつに行くとは、こういうことか、こんなに、意味不明の緊張をすることなのかと思い知った。
話は単純なのだから時間はかかっていない。12時過ぎには寿司がとどいて食事になった。気まずい空気が流れたが梨花は驚くほどたくさん食べた。
突然ママが「あんた、そんなに生もん食べて!自覚が足らん。しっかりしなさい!」と梨花をしかりつけた。「お寿司とったんママやんか!」と梨花が歯向かうと「知らんかってんからしょうがないやないの!」と親子喧嘩がはじまった。
梨花が「ママこそ分かってる?孫が生まれるっていう自覚ある?」というと、ママはきょとんとなって「孫?孫やなあ、初孫や。」なんとなく口元が緩んだ。本当にママはちょろかった。
梨花、君のクライアントが多いのは君が結構悪知恵が働くからだ。その時やっと本当のことが分かった。ママはもう一度「初孫やなあ。」とつぶやいた。
とにかく、反対はされてはいない。あとは、いつ東京へ引っ越してこられるかだけだ。入籍は東京ですればいい。いや、それより先に、引っ越しだ。いや、そんなに豪華な部屋を借りるだけの金もない。梨花にはある程度我慢するように話さなければならない。少し憂鬱になった。
続く