2019年04月16日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <34 噴火>
翌週には男の父親という人から示談の申し入れがあって、ホテルの会議室で話し合いを持った。先方は、男本人、父親、弁護士、こちらは聡と僕の二人だった。
男は一目見て高級品とわかるスーツを着ていた。あの時は気づかなかったが長身でモデルのようにきれいな男だった。その男を見た途端に僕の頭のねじが吹っ飛んでしまった。
「てめえ、このばかやろう、次、顔見たらぶっ殺すからな。出ていけ、ばかやろう。このくそ野郎」などと恐ろしく汚い言葉で怒鳴り散らしてしまった。
聡と弁護士が、ほとんど羽交い絞めにするように僕を椅子に押さえ込んだ。男は泡を食って逃げ出した。父親という人は僕がわめき散らしている間ずっと頭を下げていた。
多少の慰謝料の準備もしていたようだが念書だけを受け取って話は終わった。僕は恥ずかしさで一言も言葉を発することができなかった。
聡は、「兄ちゃん、どえらい迫力やった。僕あんなに怒鳴ってる人初めて見た。ドラマみたいやった。あれやったら、うちの姉ちゃんにも勝てるかもしれん。」と訳の分からないことで感心してくれた。僕だって、あんなに大きな声で人に悪態をついたのは初めてだった。
とにかく、梨花とママに内緒にするように頼んだ。聡は「そやな〜。依子のことで世話になったし、しゃあないな。でも、子供のこと考えたら、当然のキレ方やで。兄ちゃん、けっこうええ人や。」と笑った。それでも、僕は自分を恥じた。
僕は中肉中背で、あの男のように長身ではない。あんな高級そうなスーツも持っていない。あんなに彫りの深い顔でもない。どう見ても普通ならあの男の方を選ぶだろう。
あの男の父親は、下品な言葉でわめき散らかす男に頭を下げ続けた。息子がかわいいからだ。僕には、あんな父親はいなかった。僕の頭のねじを吹き飛ばしたのは、嫉妬心と劣等感だった。
家に帰って梨花に念書を見せた。その時一緒にいた聡は「姉ちゃん、兄ちゃん凄いぞ。相手にきっちりいうこと言うたから、もう安心や。怖くて近づかれへんわ。」と梨花に報告した。僕はあの噴火状態をしゃべられるのが恥ずかしかったので聡の話をさえぎった。聡は妙に僕を尊敬してくれた。
ママは苦虫をかみつぶしたような表情で、「梨花、これは、あんたの不徳の致すところや。二度とこんなことないようにしなさい。私の時代やったら、この時点で離婚騒動や。」と釘を刺した。
続く
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