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2019年03月25日

THE FIRST STORY 真一と梨花

不快な相談

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ある日聡から電話があった。「兄ちゃん、ちょっと折り入って相談があんねん。時間取れる?」

「取れるよ。こっちへ来て、ゆっくりすれば?こっちのおすすめグルメスポットを紹介するよ。」

「僕はしがないサラリーマンやから、土日しかあかんねん。次の金曜の夜いってもええ?」

「おう、来いよ。」

「いいバーへ連れて行くよ。」

「いいよ、兄ちゃん。二人で歩いてたら目立つから。家へ行く。落ち着いて話したいねん。高級な酒とおつまみ用意しといて。飯は、寿司でいいわ。」

割と厚かましいオーダーを受けたが相変わらず聡のことは好きだった。

聡は金曜日の夜10時を過ぎたころにやってきた。「遅なってごめんな。これでも目いっぱい急いで来てんで。」と謝った。寿司を食べながら飲んだ。聡はなかなか要件を切り出さなかった。差しさわりのない世間話が30分以上も続いた。

その中には梨花の噂話も入っていた。最近男と別れたらしい。聡のクライアントが梨花を見染めて始まった付き合いでもう1年になるそうだ。資産家の息子で世間でいう釣り合いの取れた相手だった。

僕には、手の届かない話だった。梨花は機嫌よく付き合っていたらしいが、最近になって、急に別れてしまったらしい。飽きてしまったの一点張りだそうだ。ひょっとしたら僕への思いがあるからではないか?僕は虫のいい希望を抱いていた。

聡がやっと、話を切り出した。

「結婚したい人がおんねんけど、兄ちゃんならどう思うかと思って。」

「僕がどう思うって、関係ないだろう?ママがどう思うかの方が重要だろう。」

「ママは、その人のこと好きなんや。会社の事務員でママのお気に入りや。ママの挨拶状とか全部代筆してる。筆耕ができるんや。時々姉も毛筆の表書きとか頼んでる。前からママもねえもその人のこと好きやねんけど。」

「全く問題ないだろ?ママと姉ちゃんが気に入ってるんだったら他に誰が文句言うんだ?」

「その人の夫が言うかもしれん。」

「えっ、その人既婚?」

「そう、子供もいる。男の子、今4歳。付き合い始めて1年ぐらいになる。」

「もともと、四国の人やのに、家出して子供連れて大阪に住んでる。普通のOLやから暮らしは楽じゃない。これ不自然やろ?普通、親のそばに住めへん?」

「そりゃあ、親元にいられない事情があるのかもしれないなあ。」

「どんな事情や思う?」

「本人に聞くしかしょうがないよね。ここで空想しても何にもならない。」

「兄ちゃん、怒らんといてほしいんやけど・・・・・・。こういう場合、子供はどう思うんやろなあ。」

聡に聞かれて僕はむっとなって黙った。

「母親の恋愛ってどんな感じやった? 失礼な質問ってよくわかってるんやけど。でも兄ちゃんには絶対相談せなあかんと思たんや。」

「お前はホントに失礼だなあ。なんか腹立ちすぎて怒る元気もなくなるわ。」

「ごめん、でも意見聞く相手は兄ちゃん以外には考えられへんかった。」

僕は、自分の苦々しい記憶に嫌でも向き合わなくてはならなかった。


続く


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2019年03月24日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花

真知子

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噂話はやがて忘れられて行って仕事量が戻りつつあった。が、今までのように、なんでも食いつくようなことができなくなっていた。「なんだ、その手のひら返しは!」という気持ちと「もう自分を大事にしなければならない年だ。」という気持ちが働いていた。

食えるだけ稼げばいい。有名でなくてもいい。貧しくてもいい。そんな気持ちが芽生えていた。今までの角張った栄達欲がしぼんでいた。「いかん、老化だ。」と思う気持ちと「老化してどこが悪い?」という気持ちがあった。友人たちは、家庭を持って、あくせくしながら幸福そうだった。

そんな時に真知子から連絡がきた。今から部屋に行くという。なぜ電話してくれなかったんだと泣かれてしまった。会わなくなって半年がたっていた。今ちょっと立て込んでいて会えないと断って、そのまま働いた。

僕には、もともと家庭は無理なのかもしれない。家庭を持たないなら、あくせくする必要もないのだ。のんびり不幸せをかみしめて生きるのもいいのかもしれない。悩みは、軽くなったり重くなったりした。頭の中で梨花の姿が見え隠れした。封印できなかった。

2時間ぐらいして真知子が部屋へ来た。また泣かれてしまった。部屋へ入れるんじゃなかったと後悔したが、もう遅かった。帰る気はなさそうだった。真知子はぼくの部屋では、かいがいしく家事をする。その日も何か食材を持ってきて夕飯を作ってくれた。

なんとなく、ずるずるとその夜は泊めてしまった。梨花のように別室へ行くわけもなかった。また引き際を探しながら、いい加減な付き合いが始まった。

梨花は、好きでも手を出してはいけない女、目の前にいるのは結婚を熱望してくれる女だった。

ただ、一つ言えるのは、この女が欲しがっているのは僕自身ではなくて僕が演じている男だった。この女は僕と郊外の一戸建てに住み、可愛いカーテンやおしゃれな家具に囲まれて暮らすのを夢見ている。僕がもっと有名になって、やがては自分が有名人の妻として暮らすのを夢見ているのだ。

この女は僕が妾の子で収入が不安定で、しかも僕自身が今の暮らしに少し嫌気がさしていることを知らない。僕は、やはり引き際をさがすだけだった。なぜ、ずるずると部屋へ入れてしまったのだろう。梨花を帰したあの日の「惜しいことをした」という隠避な思いがしつこくくすぶっていた。


続く





2019年03月23日

家族の家 THE FIRST STORY 真一と梨花

直言

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聡の姉ちゃんはいい女だった。面倒見がよくて美人だ。たった4時間介抱されただけで惚れてしまった。介抱されて恋に落ちる話は少女漫画の中の作り話と思っていた。それでも、スーパーへ行くみたいな気軽さで大阪から東京まで車を飛ばしてきてくれたら、どんな男でも惚れてしまうと思った。

それから3日ぐらいは家にいたが一週間ぐらいで完全に回復していた。ある夜、高校時代の友達から電話が入った。彼は新聞社の記者として働いている硬派だった。

「先生、ずいぶんボロクソに言われているじゃないか。有名税か?」

「そんなもん払うほど有名じゃないし儲かってない。このまま仕事が減れば生活にかかわる。」

「その時は言ってくれ。何か回せるかもしれん。」

「ありがとう。」

「嫌に素直じゃないか。まだ、結婚しないのか?」

「この状況でできるわけがないだろう。」

「好きな女もいないのか?」

「いても、まとまらん話だよ。良家の娘に片思いだ。」

「良家の娘?そんな言葉を聞いたのは久しぶりだ。金持ちの娘か?」

「ああ、金持ちで名門の娘だ。釣り合いが取れなくて話にもならんよ。」

「釣り合い?」

「また珍しい言葉を聞いたもんだ。なあ、島本、これがいい機会じゃないか?ちょっと仕事のやり方を変えたほうがいいんじゃないか?昔の女のことで、こんなにごたごた言われるような仕事、遅かれ早かれなくなるぜ。今の、やり方はお前を無駄に消耗させているだけなんだよ。」

「なんで急に、そういう心臓をぶち抜くような話するんだよ。そんなこと、僕が一番わかっていることだろうが。」

「いい機会じゃないか、今の仕事から距離を置いて地道に行けよ。それには、金持ち娘との結婚は意味があるよ。」

「さすが社会部、社会の仕組みに詳しいね。」

「多少の打算も人生には必要だよ。」

「いや、実は僕は出生がよくないんだ。相手はちゃんとした家のちゃんとした娘だよ。しかも本人もちゃんとした仕事をしてる。」

「出生?今日は前時代的な言葉をよく使うなあ。いったいどうしたんだよ。」

「うん、打算出来ないんだ。」

「はあ?先生本気で惚れちゃったってわけか?」

「いい加減なことをしていい相手じゃないんだ。遠縁の娘なんだよ。親戚の連中も巻き込む話なんだ。」

「先生、仕事なら何とか工面してやるから地道な道を探せよ。その、良家の娘にサポートしてもらえ。それが最善の方法だよ。」

「そう簡単にいくか!」と電話を切った。さすがに、自分の働き方に厳しい指摘を受けたのには参った。

続く

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2019年03月22日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花

恋心

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姉ちゃんはその日は泊まっていくことになった。「目覚まし時計、貸してくれる?」といって僕のベッドサイドの目覚まし時計を持って隣の部屋へ入っていった。僕は「悪いな、散らかった部屋で。」といって自分のベッドにもどった。

僕がベッドに入ったのを見計らってキッチンで洗い物をする音が聞こえた。昔、家族と暮らしていたころ、布団の中で台所の音を聞いた。祖母が朝ごはんを作る音だった。昔のことを思い出しながら眠ってしまった。

翌朝、姉ちゃんはコンビニへ買い物に行ってくれた。サンドイッチと牛乳とスープの素も買ってきていた。その他に、アンパンとカステラも買ってきていた。

コーヒーを淹れかけたら、がっつり怒られてしまった。「胃い悪いのに、そんなん飲んだらまた戻す!何考えてんのん!」オヤジ節がさく裂した。サンドイッチを食べようとしたら、また「そんな消化の悪いもん食べられへんよ。牛乳でスープ作るから、それ飲んで。お腹が頼りなかったら、カステラ食べて。」といって怒られた。

「スープとカステラは合わない。」「スープがご飯でカステラがデザートやないの!」僕は納得できなかったが圧倒的に不利な立場なので言われるとおりにした。少しむくれていたかもしれなかった。サンドイッチは姉ちゃん自身のためのものだった。

久しぶりに、アンパンを食べながら牛乳を飲んだ。彼女は「これこそが人生の楽しみや。」といって、サンドイッチもカステラもアンパンも食べたのだった。ダイニングチェアーの上に体育座りをしていた。姉ちゃんが「この部屋寒い」といったとき、僕はまた、姉ちゃんを抱きしめたくなった。

でも、もう一つの心で、この女には手を出してはいけない。いい加減なことはできないと思った。変人だが良家の娘だ。いずれは釣り合いの取れた男の嫁になるのだろう。それまでは妹として付き合わなければいけないと覚悟を決めた。

手を出したが最後、大阪のユーモラスな親戚との付き合いが終わってしまう。今、あの愉快で善良な親戚との縁が切れるのはとてもつらいことだった。

1時間ぐらい、げらげら笑いながらおしゃべりをした。また小学生のように見えた。こんなに馬鹿笑いをしたのは何年ぶりだろう。僕は学生の頃、友人と馬鹿話をして大声で笑っていても、心の中では、いつも冷静に友人の品定めをしていた。

だが、今は風邪のしんどさも手伝っていたかもしれないが、ゴタゴタものを思うのが嫌だった。この楽しい時間を充分に堪能したかった。僕は、少し、ふらついていたが回復していた。

彼女にスーパーの場所を説明して食材や風邪薬を買ってきてもらった。レシートを見て1万円渡して1円単位までお釣りをもらった。丼勘定ではない。きちんとした家庭で育った、きちんとした女だった。

「ママに電話して昨夜の通りに説明しといたってほしい。本気で心配してるから。」

「そうする。君が来てくれてうれしかった。」彼女の帰り際、言いようのない淋しさに襲われた。

玄関ドアを閉めるときに力を入れて彼女の腕を引き寄せた。しばらく力を抜くことができなかったが、ゆっくりと手を離した。白い腕に僕の指跡が残った。

彼女は「今、抵抗でけへんかった。あと3秒引っ張られてたら、このまま、部屋に戻ってしもたと思う。・・・・またね。」といって帰っていった。僕は、惜しいことをしたと自分の運のなさを恨んだ。あと3秒粘ればよかったと。

たった、一晩、いや正味4時間介抱されたら、ものの見事にほれてしまった。「聡よ。お前の姉ちゃんのクライアントが多いのは、オッサントークのせいじゃないんだ。いい女だからなんだ。」


続く


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2019年03月21日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花

風邪

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仕事が減ったからといっても何もないわけではなく何となく仕事をしていた。その日は風邪を引いたらしく熱があったので朝から寝ていた。昼前に珍しくオヤジ姉ちゃんから電話がかかってきた。

「どうしてるのん?ご飯ちゃんと食べてる?」と聞かれたので、「調子が悪いから、今日は食べてない」と答えた。「どうしたん?風邪?」「多分」と答えたその瞬間に、ひどい吐き気がして電話口で「おえっ、おえっ」とえずいてしまった。「しっつれいやなあ。」と姉ちゃんは怒った。

「誰も来てくれる人ないのん?彼女いてへんのん?」「今、どういう噂が立ってるか知ってるんだろう。来てくれるわけないだろうが。」力なくうめくと、電話口から「しゃあないなあ。今から行くわ。」といったかと思うとぷつっと切れた。朝から何も食べていないのだから吐くものもない。なんだかわからないまま寝てしまった。

ピンポンピンポンとインターホンが鳴ったので、よろよろと立ち上がった。ふらふらするのは空腹のためだ。インターホンのモニターには大きなサングラスをかけた女が写っていた。姉ちゃんだった。本当に来たのだ。

もう夜になっていた。慌てて一階のエントランスのドアを開けた。しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると髪の長い女がずかずかと入ってきた。強面のサングラスに革ジャンとジーンズだった。まあ、スエットでないだけましだった。

姉ちゃんは、いつもの荒っぽい関西弁で「吐いた?」「いや吐いてない。吐くものがない。」「なんで?」「朝から何も食ってない」「そら、治るもんも治らんわ。寝ててちょうだい。冷蔵庫開けていい?」「うん」と答えて、僕はその場にぼんやり突っ立ていた。

「何もないから、このオムスビおかゆにするよ。お鍋使うよ。お茶碗どこ?台ふきんどれ?鍋敷きどこ?」オヤジ姉ちゃんはポンポンと質問をして、さっさと仕事を進めた。

突然、気が緩んで膝から崩れてしまった。昔から風邪をひかなかった。今年になって急に風邪をひいたのは、この家族と仲良くなったからかもしれない。姉ちゃんは、昼前から夜まで車をすっ飛ばしてやってきたのだ。

カーペットの上で心地よく気絶した。姉ちゃんは起こそうとしてくれたが、大の男が起きる気もなく寝転がっているのだから起こせるはずもなかった。僕は、姉ちゃんの腕を引っ張って引き寄せたい気持ちになったが力も気力もなかったので、ただ気絶していた。

20分位したら、おかゆの匂いがしてきた。なつかしい匂いだ。祖母が亡くなってからおかゆというものに縁がなかった。「冷蔵庫、なんにもないねえ。コンビニオムスビ炊いたから不思議な味かもしれん。」そうだった、朝飯用に買っておいたものだった。

匂いにつられて気絶をやめて、ほとんど一気飲みのようにコンビニおかゆのような雑炊のようなものを平らげた。その様子を見た姉ちゃんは「もう一個あるけど、食べる?」と聞いた。「うん」彼女はキッチンへ行ってもう一つのオムスビもおかゆにしてくれた。今度はすこし落ち着いて食べて、「おいしかった。ありがとう。」と礼を言った。

「ねえ、気分悪かったんは、病気じゃなくて単なる空腹?」「いや、朝は熱があった。」「毎回熱出たらこんな感じ?」「そんなことあるか!来てくれる女がいるんだよ、普段は。今は、ろくでもない昔話のせいで構ってくれる女がいないだけだ。」「ふ〜ん、うまいこと言い訳するねえ。」と笑った。

小学生の女の子のように眉毛を八の字にして笑う姉ちゃんを抱きしめそうになった。サングラスを外した化粧っ気のない顔は意外に童顔で陶器のように色白だった。

構ってくれる女がいたというのは嘘ではなかった。付き合って2年目に入ろうとする女がいた。ぼくが世話になっていた歯科の先生の娘だ。たまたま父親の医院の受付をしていて知り合った。付き合い始めたときには、わからなかったが強い結婚願望を持っている女だった。

僕は、結婚というものに不信感を持っていたので最近は気分的なすれ違いも多かった。なにしろ攻勢が凄くてしょっちゅう雑貨店やインテリアショップで家庭的なものを見せられていた。引き際が見つからなくて困っていた。

それが、このスキャンダルが知られるようになった途端に電話がかかってこなくなった。僕は、僕の経済状態が不安定になったので見切りをつけられたのだと悟った。

姉ちゃんは「ママが本気で心配してる。なんで、いの一番にこっちに頼れへんのよって怒ってる。」といった。「うん。ごめん。嫌な話なんで気まずい。」「気まずいぐらい、ちゃんと説明したらなんでもないやん。あんな噂誤解でしょ?」

「う〜ん」思わずうめき声をあげてしまった。「ごめん、ホントなんだ。」「うそ!男妾やったん?」いきなり、どぎつい言葉が出てきて、その立場を嫌っているのがよくがわかった。

「弁解のしようがないんだ。だから、君たちに甘えたり、愚痴をこぼしたりできなかった。知ってるだろうけど、僕は妾の子だ。僕がしたことは、僕が一番軽蔑していることだ。あの頃、世の中を拗ねていた。ふてくされて生きていたんだ。」

甘ったるい、セクシーな気分は吹っ飛んだ。まだ、よろよろしながら「君、今日は泊まっていけ。」と言いながら、物入から毛布と枕を引っ張り出した。「いいよ、言ってくれたら自分で出すから。」姉ちゃんは、男の部屋の押し入れを開けるのを躊躇しなかった。
神経質ではないのだ。まあ、デリカシーがないといった方がしっくりした。

彼女にママから電話が入った。「大丈夫、風邪ひいてヨロヨロやからとりあえずごおかゆ作って食べてもらった。うん、泊めてもらう。私も睡眠不足やから今から運転したら危ないし。大丈夫、大丈夫。そんな気力なさそうよ。今、心も体もヨレヨレの、ただのおっちゃんになってる」ハハハとおかしそうに説明していた。僕の目の前でだ。

また、眉が八の字になった。妙に無邪気な笑顔だった。そうだ僕は彼女から見たら、よれよれのオッサンだ。

続く







2019年03月20日

THE FIRST STORY 真一と梨花

醜聞


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最近、僕はちょっとした窮地に追い込まれていた。大学の講師の仕事は今年の契約は更新されなかった。講義に問題があったわけではない。新しい仕事の依頼も激減してしまった。

原因は過去のスキャンダルだった。僕は長い間その女のことを忘れていた。思い出すと胸くそが悪くなるような嫌な経験だったので思い出したくなかった。

いまから8年前、僕は推理小説で小さな賞を受けた。しかし、その内容が僕の職場を刺激して退職せざるを得なくなってしまった。その職場とは警察だった。僕としては法的に問題ないレベルのことしか書いていないつもりだったがマークされる存在になったのは確かだった。居づらくなってやめてしまった。若くて職場のしきたりには鈍感だった。

作家として食べていけるはずもなく、いきなり職を無くして不安と不満に満ちた日々を送っていた。

その頃、アルバイトで働いていたスナックのママに可愛がられた。誘われるままに関係をもった。といっても半年程度で終わってしまった。双方とも遊びと割り切った仲だった。交際というほどのこともなかったので別れたという認識もなかった。それぐらい、あっさりした関係だった。

問題は、その時にその女から金を受け取っていたことだ。その女は会うたびに食事に連れていき服とか靴とかを買ってくれた。関係を持って別れ際に金をくれた。要はヒモのような暮らしをしていたのだ。

その女は僕にいろいろなものを買うために、2,3人のお客と関係を持っていた。関係のたびに、なにがしか金銭を受け取るのだ。僕はそれを知っていた。それでも知らんぷりを決め込んで、その女に甘えた。

その女はスナックのオーナーの妻だった。その女との関係が、そろそろ周りにもばれてきたころ店の別の女から退職金といって金を受け取った。その日限りでその店にはいかなかった。そのあとは警備会社で働いた。

その女の夫は、その後亡くなってしまって結局その女がすべてを手に入れた。そして、もともと商売上手だった女はキャバレーの経営者して成功していた。

時々テレビの深夜番組に顔を出して自分の恋愛遍歴を平気でしゃべった。最近話題になった作家との浮気話は、その女にしてみれば武勇伝のようなものなのだろう。それが僕の足を引っ張ることになっている。

自分が、スナックのママ時代に今話題のある作家といい仲だった。「さあ、ある作家とは誰でしょう?ヒントは元警察官!」という具合だ。そんなことは経歴を調べるとすぐわかる。

なんだ、あいつは正義漢面してスナックのママのヒモだったのかと一気に好感度を下げてしまった。

さすがに影響の大きさにおどろいた女は僕の名前を出さないまま沈黙を通してくれているが、もう後の祭りである。別に犯罪を犯したわけではないけれど僕の熱い男っぽいイメージが大きく壊れてしまっていた。

僕自身が妾の子で、いいこともないままに成長した身だった。不倫を軽蔑していた。にもかかわらず世の中を拗ねてそういう関係をもった。今思っても胸くそが悪くなる。

このことは大阪の親戚にも聞こえていた。聡は心配して時々電話をかけてきてくれる。しかしママとオヤジ姉ちゃんからは何も言ってこない。普通ならママから電話がかかってくるはずだ。

が、今度の話は女性から最も嫌われる話だ。やっぱり妾の子はだめだと思われているかもしれない。親族の恥だと思われているかもしれない。

とは、いうものの、そんなことが一回位あったからって、そんなに毛嫌いしなくてもよさそうなものじゃないか。と理不尽な腹立ちも湧いてきた。

父の代わりに僕を守ってくれるはずだった小さな仏像は、要するにただの金属の工芸品だった。そういうものを頼りにしていた自分がアホらしくなって書棚の一番上の棚に追いやってしまった。さすがに粗末に扱うことはできなくて、きれいに箱に戻して高級な風呂敷に包んだ。

続く





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2019年03月19日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花

父の仏像

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僕が遠縁の関係だとわかったとたんに大阪の田原家から頻繁にメールや電話がくるようになった。聡がママに言われて色々な用事を連絡してくる。寒くなったから冬布団を出した方がいい。パジャマはシルクがいいから送った。規則正しい食事をしなさい。ビタミンCのサプリメントを飲みなさい。聡が辟易しているのがわかった。

ある夜、聡から電話がかかってきた。「要はおかんは、また会いたいんや。そっちへおかん連れて行っていい?」「いいけど、ごめん、長い時間とれないんだよ。今ものすごく忙しい。」「おお、最近新聞広告出てるな。また、なんかあるん?」「うん、まあな。」「活躍してるな、うれしいわ。なあ、いっぺん、家に行ってもいい?おかん、兄ちゃんの暮らしぶり凄い心配してんねん。」

「暮らしぶりって、そんなにいいわけないだろうが!」「何ゆうてんの?自虐趣味もあったんか。とにかく都合のいい日おしえてほしいんや。とにかく、ちょっとでも顔見たら、あとは、歌舞伎座へ連れて行ったら、それで得心しよるから。」

とりあえず、食事をするということで僕の部屋に来てもらうことにした。面倒なことになったと思ったが、最初で最後のつもりで了承した。食事はママのお持たせである。僕は、自分の飯を作ることはあるが人に食べさせるほどのものを作る能はなかった。上等のあられとお茶を準備した。恐ろしく緊張したものだ。

当日はママのお持たせの寿司をつまんで、結局ママにお茶を入れてもらっておしゃべりをした。食事が終わると、ママが「暮らしぶりをみて安心しました。落ち着いた暮らしぶりやね。男の一人暮らしとしては上等やわ。聡やったらこうはいけへん。」といわれてホッとした。

「実は、真ちゃんのお父さんからの預かりもんがあるねんよ。落ち着いた暮らしぶりやから渡しても大丈夫と思うわ。」といって、小さな風呂敷包みを出した。風呂敷包みの中には、古いがしっかりした木箱が入っていた。ママは合掌してから、おずおずと箱を開けた。箱の中には小さな仏像が納められていた。

「あんたのお父さんから、私の父が預かったものやねん。あんたのお父さんは、あんたのことが心配で心配でしょうがなかったけど、病気になってからは自由に家から出ることもでけへんかったんよ。私の父が、お家の方へお見舞いに行ったときに、真一に渡してほしいって預かったんがこの仏さんなんよ。」僕も聡も、「ふ〜ん」としか言いようがなかった。

「私も、仏像のことはようわからへんから、材質も値段もわからへん。まあ金属やとは思うけど。売って、どのくらいになるもんかもわからへんけど、できたら一緒に暮らしてほしいのよ。この仏さんが、あんたを守りはるから。真ちゃんのお父さんやから」

僕は、「そうですか。そうします。」と答えただけだった。言葉が出なかった。暮らしぶりを見たかったのは、仏像を売り飛ばされないかの確認だった。

ママと聡が帰ってから、僕は、しげしげと仏像を眺めた。僕は母方の仏壇を預かっていた。父の形見をこの仏壇に納めていいものかどうかもわからない。とりあえずは寝室のベッドサイドに置くことにした。守ってもらえるのなら、一番そばにいてほしいと思った。

30年の時を経て、突然に僕の人生に舞い降りてきた、父の思い、血族の人々。この人たちは、僕の人生にどのように影響するのだろう。面倒なしがらみになるのか?力強い味方になるのか?どちらでもないのか?

ただ、今は、ただ、ただ、温かくて温かい、優しい血流が体をめぐっていた。

続く





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2019年03月18日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花

眠れない夜

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大阪の聡の家で父の写真を見せられて動揺してしていた。祖父母が亡くなって天涯孤独の身だと思っていた僕に親戚がみつかった。しかも僕を好いてくれているように感じた。彼らは、なんだかユーモラスで温かい。

翌日、大学で講義を済ませた後は東京に帰った。仕事をしなければならなかった。東京へ戻ってみれば、昨日のことが夢のように思えた。本当にあったことなんだろうか?不思議な夢を見たのだろうか。なんだか落ち着かないまま深夜まで起きていた。

父を思い出していた。なぜ自分の父親はいつも家にいないのだろうと子供心に不思議だったあのころ。ほのかにタバコの匂いがしていた。優しい太い声がよみがえってきた。父は、小学校に上がる僕のために黒い革のランドセルを買ってくれた。なのに、小学校へ入学する季節には僕たちの家へやってくることは無くなっていた。

3月のまだ寒い日に母と二人で病院に行った。人目を忍んだ見舞いだった。僕が父を見たのは、その日が最後だった。それから一週間ぐらいして父が亡くなったと聞いた。

もうとっくに忘れていた、悲しい思い出だった。うら悲しい思いのまま眠ってしまった。

続く


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2019年03月17日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花

聡の姉

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なんとなく涙っぽい雰囲気になっているときに、玄関から「ただいま」という声が聞こえて気持ちが現実に引き戻された。そうだ、オヤジ姉ちゃんが帰ってきたのだ。しばらくしてキッチンで何か音がしたかと思うと、一人でごそごそ食事をする音が聞こえた。

ママが「梨花、ごあいさつしなさい。島本さん来たはるよ。」というと、うぐぐっというような声が聞こえて、「うっそお!化粧落としてしもたやん。」という声が聞こえた。「ええから、とりあえずご挨拶しなさい!」そう言われて、やってきたのは、目鏡をかけたスエットの女だった。

「こんばんは、こんなかっこですんません。」ワアッとかオヨッとかいう声を出して、「そっくりやんか。びっくりしたア。姉の梨花です。以後お見知りおきを」といってキッチンへ消えた。腹が減って挨拶どころではない気持ちが見て取れた。

聡が「ねっ、オヤジでしょ。並みの女ちゃうから、気い使うこともないんですわ。」なるほど、気は使わないが、何か珍しい生物に出会ったような気になった。乱雑な関西弁+スウェット+デカメガネだ。まるで昭和の漫画のキャラクターじゃないか。

これがきっかけでこの日の話はお開きになった。夜中の12時を過ぎていた。「ごちゃごちゃいわんと泊まんなはれ。」ママは急になれなれしくなっていた。不快ではなかった。

通された部屋は、10畳ぐらいの和室でベッドもセッティングされていた。聡が洗面所や風呂に案内してくれた。

洗面所でオヤジ姉ちゃんとあった。「ゆっくりしてね。明日何時に起こしてほしい? 朝ごはんパン食でいい?普段は8時に食べるねんけど、島本さんの都合にあわせるよ。」と声をかけてくれる。「8時で結構です。」「じゃあ、7時半に起こすわ。」「ありがとうございます」親切なんだが単刀直入で色気というものが全くなかった。

オヤジ姉ちゃんが去った後、聡が「オッサンみたいでしょ?」と笑った。姉ちゃんの足音が一瞬止まったので戻ってくるのかと思ってドキッとした。

翌朝、約束通りオヤジ姉ちゃんがドアをトントントンとノックして起こしてくれた。「ツナサラダ嫌いじゃないよね。」と怒鳴って階下へ降りて行った。腹がすいていた。ツナサラダを楽しみにしながら階下へ降りた。

ママに、「悪いけど、ご飯の前にオブッタン拝んでくれへん?」といわれてママの後ろについていくと、立派な仏間に通された。「おじいさんに、うちの子見つかったって報告せなあかん。」

うちの子、何年ぶりに、そんな呼び方をされただろう。昨夜、喧嘩腰で自分の素性をぶちまけてやろうと思っていたのが嘘のようだった。

朝食はツナサラダとトーストとコーヒー、キウィ、普通の朝食だが驚くほど量が多い。トーストが分厚い。オヤジ姉ちゃんは、しっかり平らげて朝食後には出勤の準備で姿を消した。

オヤジ姉ちゃんは、腕っこきの営業で33歳だそうだ。オッサントークができるのでクライアントをたくさん抱えているらしい。確かに、あの女にはオッサン要素がたくさんある。玄関から「行ってきます。」と声がして出勤していった。大きなエンジン音がした。

ママが、「女だてらに大きな車に乗って、朝からうるさいことや。」といった。


続く


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2019年03月16日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花


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いきなり見せられたアルバムには父に抱かれた僕の写真があった。何が何だかわからないけれども、この家の人は僕の存在を喜んでいるようだ。

「似すぎなんよ。鼻の形。耳の形。首の太いとこ、皆、聡と同じやもんね。梨花とも顔の形にてるしね。あなた、副鼻腔炎あるでしょ?うちは皆副鼻腔炎なんよ。ほんで、口呼吸するから、唇凄く乾くでしょ。遺伝なんよ。」 ママは占い師のように僕の体質を言い当てた。

「まあまあ急にいろんなこと言うてもわからへんわね。とにかく、いっぱい飲みなはれ。」固辞する気力もなかった。少し酔いが回って気分が落ち着いたところで、この家の由来や父との関係をきいた。

この家の本家は東京だった。本家の長男が僕の父で次男がママのお父さんだった。次男であるママのお父さんが大阪で不動産業を立ち上げて今のこの家の家業になっている。東京の本家は旧家で代々土地持ちだった。父はその家の長男だった。

東大の理学部を出て、ある島の自然環境の研究に私財をつぎ込んだそうだ。そのせいで東京の本家は逼塞してしまった。父は研究者でありながら常に愛人がいたらしい。その最後の愛人が僕の母だったというわけだ。

本家には娘が一人いたが、今はイギリス住まいだそうだ。夫が不動産業で成功していて、日本に帰る予定はないらしい。姉がいることは母から聞かされて知っていた。

「せやから、結局、田原の本家は途絶えた状態になってるのよ。貴方のお父さんにしてみたら、幼い一人息子、ホントに気がかりやったと思うのんよ。お母さん、ずいぶん若かったらしいしね。」

「祖父母に育てられました。母親は水商売でしたから。」「そうお、おじいちゃんとおばあちゃん可愛がってくれはったんやね。」母のことは聞かれなかった。ひょっとしたら知っているんだろうか?さすがに、少し嫌な気分がした。

「寂しいことやったねえ。おじいちゃんとおばあちゃんは?」祖父は僕が高校生の時に、祖母は僕が警察官になったその年に亡くなっていた。


続く







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