2019年03月21日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
風邪
仕事が減ったからといっても何もないわけではなく何となく仕事をしていた。その日は風邪を引いたらしく熱があったので朝から寝ていた。昼前に珍しくオヤジ姉ちゃんから電話がかかってきた。
「どうしてるのん?ご飯ちゃんと食べてる?」と聞かれたので、「調子が悪いから、今日は食べてない」と答えた。「どうしたん?風邪?」「多分」と答えたその瞬間に、ひどい吐き気がして電話口で「おえっ、おえっ」とえずいてしまった。「しっつれいやなあ。」と姉ちゃんは怒った。
「誰も来てくれる人ないのん?彼女いてへんのん?」「今、どういう噂が立ってるか知ってるんだろう。来てくれるわけないだろうが。」力なくうめくと、電話口から「しゃあないなあ。今から行くわ。」といったかと思うとぷつっと切れた。朝から何も食べていないのだから吐くものもない。なんだかわからないまま寝てしまった。
ピンポンピンポンとインターホンが鳴ったので、よろよろと立ち上がった。ふらふらするのは空腹のためだ。インターホンのモニターには大きなサングラスをかけた女が写っていた。姉ちゃんだった。本当に来たのだ。
もう夜になっていた。慌てて一階のエントランスのドアを開けた。しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると髪の長い女がずかずかと入ってきた。強面のサングラスに革ジャンとジーンズだった。まあ、スエットでないだけましだった。
姉ちゃんは、いつもの荒っぽい関西弁で「吐いた?」「いや吐いてない。吐くものがない。」「なんで?」「朝から何も食ってない」「そら、治るもんも治らんわ。寝ててちょうだい。冷蔵庫開けていい?」「うん」と答えて、僕はその場にぼんやり突っ立ていた。
「何もないから、このオムスビおかゆにするよ。お鍋使うよ。お茶碗どこ?台ふきんどれ?鍋敷きどこ?」オヤジ姉ちゃんはポンポンと質問をして、さっさと仕事を進めた。
突然、気が緩んで膝から崩れてしまった。昔から風邪をひかなかった。今年になって急に風邪をひいたのは、この家族と仲良くなったからかもしれない。姉ちゃんは、昼前から夜まで車をすっ飛ばしてやってきたのだ。
カーペットの上で心地よく気絶した。姉ちゃんは起こそうとしてくれたが、大の男が起きる気もなく寝転がっているのだから起こせるはずもなかった。僕は、姉ちゃんの腕を引っ張って引き寄せたい気持ちになったが力も気力もなかったので、ただ気絶していた。
20分位したら、おかゆの匂いがしてきた。なつかしい匂いだ。祖母が亡くなってからおかゆというものに縁がなかった。「冷蔵庫、なんにもないねえ。コンビニオムスビ炊いたから不思議な味かもしれん。」そうだった、朝飯用に買っておいたものだった。
匂いにつられて気絶をやめて、ほとんど一気飲みのようにコンビニおかゆのような雑炊のようなものを平らげた。その様子を見た姉ちゃんは「もう一個あるけど、食べる?」と聞いた。「うん」彼女はキッチンへ行ってもう一つのオムスビもおかゆにしてくれた。今度はすこし落ち着いて食べて、「おいしかった。ありがとう。」と礼を言った。
「ねえ、気分悪かったんは、病気じゃなくて単なる空腹?」「いや、朝は熱があった。」「毎回熱出たらこんな感じ?」「そんなことあるか!来てくれる女がいるんだよ、普段は。今は、ろくでもない昔話のせいで構ってくれる女がいないだけだ。」「ふ〜ん、うまいこと言い訳するねえ。」と笑った。
小学生の女の子のように眉毛を八の字にして笑う姉ちゃんを抱きしめそうになった。サングラスを外した化粧っ気のない顔は意外に童顔で陶器のように色白だった。
構ってくれる女がいたというのは嘘ではなかった。付き合って2年目に入ろうとする女がいた。ぼくが世話になっていた歯科の先生の娘だ。たまたま父親の医院の受付をしていて知り合った。付き合い始めたときには、わからなかったが強い結婚願望を持っている女だった。
僕は、結婚というものに不信感を持っていたので最近は気分的なすれ違いも多かった。なにしろ攻勢が凄くてしょっちゅう雑貨店やインテリアショップで家庭的なものを見せられていた。引き際が見つからなくて困っていた。
それが、このスキャンダルが知られるようになった途端に電話がかかってこなくなった。僕は、僕の経済状態が不安定になったので見切りをつけられたのだと悟った。
姉ちゃんは「ママが本気で心配してる。なんで、いの一番にこっちに頼れへんのよって怒ってる。」といった。「うん。ごめん。嫌な話なんで気まずい。」「気まずいぐらい、ちゃんと説明したらなんでもないやん。あんな噂誤解でしょ?」
「う〜ん」思わずうめき声をあげてしまった。「ごめん、ホントなんだ。」「うそ!男妾やったん?」いきなり、どぎつい言葉が出てきて、その立場を嫌っているのがよくがわかった。
「弁解のしようがないんだ。だから、君たちに甘えたり、愚痴をこぼしたりできなかった。知ってるだろうけど、僕は妾の子だ。僕がしたことは、僕が一番軽蔑していることだ。あの頃、世の中を拗ねていた。ふてくされて生きていたんだ。」
甘ったるい、セクシーな気分は吹っ飛んだ。まだ、よろよろしながら「君、今日は泊まっていけ。」と言いながら、物入から毛布と枕を引っ張り出した。「いいよ、言ってくれたら自分で出すから。」姉ちゃんは、男の部屋の押し入れを開けるのを躊躇しなかった。
神経質ではないのだ。まあ、デリカシーがないといった方がしっくりした。
彼女にママから電話が入った。「大丈夫、風邪ひいてヨロヨロやからとりあえずごおかゆ作って食べてもらった。うん、泊めてもらう。私も睡眠不足やから今から運転したら危ないし。大丈夫、大丈夫。そんな気力なさそうよ。今、心も体もヨレヨレの、ただのおっちゃんになってる」ハハハとおかしそうに説明していた。僕の目の前でだ。
また、眉が八の字になった。妙に無邪気な笑顔だった。そうだ僕は彼女から見たら、よれよれのオッサンだ。
続く
仕事が減ったからといっても何もないわけではなく何となく仕事をしていた。その日は風邪を引いたらしく熱があったので朝から寝ていた。昼前に珍しくオヤジ姉ちゃんから電話がかかってきた。
「どうしてるのん?ご飯ちゃんと食べてる?」と聞かれたので、「調子が悪いから、今日は食べてない」と答えた。「どうしたん?風邪?」「多分」と答えたその瞬間に、ひどい吐き気がして電話口で「おえっ、おえっ」とえずいてしまった。「しっつれいやなあ。」と姉ちゃんは怒った。
「誰も来てくれる人ないのん?彼女いてへんのん?」「今、どういう噂が立ってるか知ってるんだろう。来てくれるわけないだろうが。」力なくうめくと、電話口から「しゃあないなあ。今から行くわ。」といったかと思うとぷつっと切れた。朝から何も食べていないのだから吐くものもない。なんだかわからないまま寝てしまった。
ピンポンピンポンとインターホンが鳴ったので、よろよろと立ち上がった。ふらふらするのは空腹のためだ。インターホンのモニターには大きなサングラスをかけた女が写っていた。姉ちゃんだった。本当に来たのだ。
もう夜になっていた。慌てて一階のエントランスのドアを開けた。しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると髪の長い女がずかずかと入ってきた。強面のサングラスに革ジャンとジーンズだった。まあ、スエットでないだけましだった。
姉ちゃんは、いつもの荒っぽい関西弁で「吐いた?」「いや吐いてない。吐くものがない。」「なんで?」「朝から何も食ってない」「そら、治るもんも治らんわ。寝ててちょうだい。冷蔵庫開けていい?」「うん」と答えて、僕はその場にぼんやり突っ立ていた。
「何もないから、このオムスビおかゆにするよ。お鍋使うよ。お茶碗どこ?台ふきんどれ?鍋敷きどこ?」オヤジ姉ちゃんはポンポンと質問をして、さっさと仕事を進めた。
突然、気が緩んで膝から崩れてしまった。昔から風邪をひかなかった。今年になって急に風邪をひいたのは、この家族と仲良くなったからかもしれない。姉ちゃんは、昼前から夜まで車をすっ飛ばしてやってきたのだ。
カーペットの上で心地よく気絶した。姉ちゃんは起こそうとしてくれたが、大の男が起きる気もなく寝転がっているのだから起こせるはずもなかった。僕は、姉ちゃんの腕を引っ張って引き寄せたい気持ちになったが力も気力もなかったので、ただ気絶していた。
20分位したら、おかゆの匂いがしてきた。なつかしい匂いだ。祖母が亡くなってからおかゆというものに縁がなかった。「冷蔵庫、なんにもないねえ。コンビニオムスビ炊いたから不思議な味かもしれん。」そうだった、朝飯用に買っておいたものだった。
匂いにつられて気絶をやめて、ほとんど一気飲みのようにコンビニおかゆのような雑炊のようなものを平らげた。その様子を見た姉ちゃんは「もう一個あるけど、食べる?」と聞いた。「うん」彼女はキッチンへ行ってもう一つのオムスビもおかゆにしてくれた。今度はすこし落ち着いて食べて、「おいしかった。ありがとう。」と礼を言った。
「ねえ、気分悪かったんは、病気じゃなくて単なる空腹?」「いや、朝は熱があった。」「毎回熱出たらこんな感じ?」「そんなことあるか!来てくれる女がいるんだよ、普段は。今は、ろくでもない昔話のせいで構ってくれる女がいないだけだ。」「ふ〜ん、うまいこと言い訳するねえ。」と笑った。
小学生の女の子のように眉毛を八の字にして笑う姉ちゃんを抱きしめそうになった。サングラスを外した化粧っ気のない顔は意外に童顔で陶器のように色白だった。
構ってくれる女がいたというのは嘘ではなかった。付き合って2年目に入ろうとする女がいた。ぼくが世話になっていた歯科の先生の娘だ。たまたま父親の医院の受付をしていて知り合った。付き合い始めたときには、わからなかったが強い結婚願望を持っている女だった。
僕は、結婚というものに不信感を持っていたので最近は気分的なすれ違いも多かった。なにしろ攻勢が凄くてしょっちゅう雑貨店やインテリアショップで家庭的なものを見せられていた。引き際が見つからなくて困っていた。
それが、このスキャンダルが知られるようになった途端に電話がかかってこなくなった。僕は、僕の経済状態が不安定になったので見切りをつけられたのだと悟った。
姉ちゃんは「ママが本気で心配してる。なんで、いの一番にこっちに頼れへんのよって怒ってる。」といった。「うん。ごめん。嫌な話なんで気まずい。」「気まずいぐらい、ちゃんと説明したらなんでもないやん。あんな噂誤解でしょ?」
「う〜ん」思わずうめき声をあげてしまった。「ごめん、ホントなんだ。」「うそ!男妾やったん?」いきなり、どぎつい言葉が出てきて、その立場を嫌っているのがよくがわかった。
「弁解のしようがないんだ。だから、君たちに甘えたり、愚痴をこぼしたりできなかった。知ってるだろうけど、僕は妾の子だ。僕がしたことは、僕が一番軽蔑していることだ。あの頃、世の中を拗ねていた。ふてくされて生きていたんだ。」
甘ったるい、セクシーな気分は吹っ飛んだ。まだ、よろよろしながら「君、今日は泊まっていけ。」と言いながら、物入から毛布と枕を引っ張り出した。「いいよ、言ってくれたら自分で出すから。」姉ちゃんは、男の部屋の押し入れを開けるのを躊躇しなかった。
神経質ではないのだ。まあ、デリカシーがないといった方がしっくりした。
彼女にママから電話が入った。「大丈夫、風邪ひいてヨロヨロやからとりあえずごおかゆ作って食べてもらった。うん、泊めてもらう。私も睡眠不足やから今から運転したら危ないし。大丈夫、大丈夫。そんな気力なさそうよ。今、心も体もヨレヨレの、ただのおっちゃんになってる」ハハハとおかしそうに説明していた。僕の目の前でだ。
また、眉が八の字になった。妙に無邪気な笑顔だった。そうだ僕は彼女から見たら、よれよれのオッサンだ。
続く
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