2019年04月09日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花
稼業
依子さんの入院先から俊君を引き取ってきた。俊君は不安と寂しさでほとんどしゃべらなかった。夕飯に何が食べたいかと聞かれるとエビフライと答えた。もちろん、その日の夕飯はエビフライだった。
その日の夜、梨花は信じられないぐらい優しい声で俊君に話しかけていた。「心配せんでもええよ。ここ、俊君の家やで。ママが退院するまで寂しいけど、おばちゃんとおばあちゃんと結核ばろね。」
「ママはまだ帰って来ないのん?」俊君は不安そうに聞いた。
「直ぐ帰れるようになるからね。それまで毎日おばちゃんが病院へ連れて行ってあげるからね。」梨花は笑顔で返事をしていた。
やっぱりだ。梨花の面倒見の良さを僕は実感として知っていた。俊君と毎日病院へ行こうとしていた。
来てよかった。放っておけば梨花は俊君の面倒を率先してみるだろう。何しろ、今は母性本能が梨花を支配している。無理をしてしまうかもしれない。僕がブレーキをかけなければいけないという判断は正しかった。
「梨花、俊君の送り迎えは僕がする。君は仕事があるだろう?早く休みが取れるように段取りを整えるんだ。いいね。」僕は強い口調で命令した。
ママにも僕はいろいろ強引に頼んだ。俊君の世話係はママだということ。梨花は、とにかく退職に向けて動くこと。僕は仕事をしながら聡を手伝う。聡は弁護士と話し合いを進めること。俊君の送り迎えは僕と聡が担当すること。
少し嫌味かなと思いながら仕切ってしまった。とにかく早く解決して梨花を落ち着いた環境で過ごさせたかった。
この家の中では僕は異質だった。言葉が違う。その上、家全体が先の見える仕事を持っているのに、僕と言ったら先の見えない中途半端な作家だった。それなのになぜかこの家族は僕が主張することに同調する。
「梨花、僕自分の都合に合わせて君たちにいろんなことを言ってるけど不満ない?」と聞くと、梨花は「特にないよ。なんで?」と答える。
「前から私らみんなで話してたんやけど、真ちゃん、おじいちゃんに似てるのよ。ママのお父さんに。うちは、パパがなくなった後、おじいちゃんとママで経営してきたからね。おじいちゃんが私らの司令塔やったの。そのおじいちゃんと真ちゃん似てるのよ。聡もおじいちゃんとおんなじ顔してるけど、真ちゃんもよく似てる。真ちゃん、物腰がおじいちゃんとそっくりやの。ママできることなら真ちゃんに、ある程度、商売覚えてほしいみたいよ。聡ひとりやったら可愛そうやし。」梨花に意外なことを言われた。
「商売って不動産関係だろ?僕にそんなこと無理に決まってるじゃないの。何言ってるの。」僕はあっさり断った。
「昔は、売り買いで利ザヤ稼ぐ商売やったけど、今は賃貸ビルとマンション管理だけやから地道な仕事なんよ。」
「じゃあ、聡がやればいいじゃないか。僕は聡と揉めたくはないんだ。」
「聡が言い出したんよ。お兄ちゃんと一緒にやりたいって。私の分の経営するのは荷が重いのよ。当たり前でしょ。利益落としたら責任とらなあかんねんから。お兄ちゃんにやってもらったら責任関係がはっきりするっていうのよ。」
「君の分?」
「そお、私の分。もちろん私もするけど、結局、妊娠子育てと続くと、私もしんどいのよ。」
田原の家の中では、僕が知らないうちにいろいろなことが話されていたようだった。
「あの、今更聞くのも何なんだけど、それどのくらいのもの?」
「どれくらいって、う〜ん、時価で8億ぐらい。大阪の中心部じゃないから、そんなに価値ないけど駅前なんよ。今はうまく運営してるけど、油断してると負債化するのよ。聡と私だけでは大変なんよ。ママがもう引きたがってるし。」と梨花は普通の顔で言った。
「僕ママにサラッと結婚しますって言ったけど、ずいぶん厚かましい話だなあ。」と思わず本音が出た。
「うん。そう思う。でも子供のパパやから、しゃあない。身を削って尽くしてもらうしかないね。」梨花は例の八の字眉毛で笑いをかみ殺していた。
残念ながら僕はこの笑顔には抵抗できなかった。怒れない。それでも梨花の冗談を軽く受け流すことはできなかった。
「私、真ちゃんが嫌がるんやったら資産なんか放り出してもいいと思ってたんよ。」梨花は、時々こういう殺し文句をぶち込んできては、僕をどんどん取り込んでいった。僕はこのごろは完全にのぼせ上っていた。しかも、梨花と僕は相性が良かった。
「そやけど実際に子供を産むとなったら、やっぱりお金は大事やと思うようになったんよ。この子に、ちゃんと引き継がなあかんって思ってるんよ。」と梨花に言われた。
そうだった、せっかく金持ちの女のおなかにいるのだ。金持ちの子として生まれて育ててやりたかった。
続く
依子さんの入院先から俊君を引き取ってきた。俊君は不安と寂しさでほとんどしゃべらなかった。夕飯に何が食べたいかと聞かれるとエビフライと答えた。もちろん、その日の夕飯はエビフライだった。
その日の夜、梨花は信じられないぐらい優しい声で俊君に話しかけていた。「心配せんでもええよ。ここ、俊君の家やで。ママが退院するまで寂しいけど、おばちゃんとおばあちゃんと結核ばろね。」
「ママはまだ帰って来ないのん?」俊君は不安そうに聞いた。
「直ぐ帰れるようになるからね。それまで毎日おばちゃんが病院へ連れて行ってあげるからね。」梨花は笑顔で返事をしていた。
やっぱりだ。梨花の面倒見の良さを僕は実感として知っていた。俊君と毎日病院へ行こうとしていた。
来てよかった。放っておけば梨花は俊君の面倒を率先してみるだろう。何しろ、今は母性本能が梨花を支配している。無理をしてしまうかもしれない。僕がブレーキをかけなければいけないという判断は正しかった。
「梨花、俊君の送り迎えは僕がする。君は仕事があるだろう?早く休みが取れるように段取りを整えるんだ。いいね。」僕は強い口調で命令した。
ママにも僕はいろいろ強引に頼んだ。俊君の世話係はママだということ。梨花は、とにかく退職に向けて動くこと。僕は仕事をしながら聡を手伝う。聡は弁護士と話し合いを進めること。俊君の送り迎えは僕と聡が担当すること。
少し嫌味かなと思いながら仕切ってしまった。とにかく早く解決して梨花を落ち着いた環境で過ごさせたかった。
この家の中では僕は異質だった。言葉が違う。その上、家全体が先の見える仕事を持っているのに、僕と言ったら先の見えない中途半端な作家だった。それなのになぜかこの家族は僕が主張することに同調する。
「梨花、僕自分の都合に合わせて君たちにいろんなことを言ってるけど不満ない?」と聞くと、梨花は「特にないよ。なんで?」と答える。
「前から私らみんなで話してたんやけど、真ちゃん、おじいちゃんに似てるのよ。ママのお父さんに。うちは、パパがなくなった後、おじいちゃんとママで経営してきたからね。おじいちゃんが私らの司令塔やったの。そのおじいちゃんと真ちゃん似てるのよ。聡もおじいちゃんとおんなじ顔してるけど、真ちゃんもよく似てる。真ちゃん、物腰がおじいちゃんとそっくりやの。ママできることなら真ちゃんに、ある程度、商売覚えてほしいみたいよ。聡ひとりやったら可愛そうやし。」梨花に意外なことを言われた。
「商売って不動産関係だろ?僕にそんなこと無理に決まってるじゃないの。何言ってるの。」僕はあっさり断った。
「昔は、売り買いで利ザヤ稼ぐ商売やったけど、今は賃貸ビルとマンション管理だけやから地道な仕事なんよ。」
「じゃあ、聡がやればいいじゃないか。僕は聡と揉めたくはないんだ。」
「聡が言い出したんよ。お兄ちゃんと一緒にやりたいって。私の分の経営するのは荷が重いのよ。当たり前でしょ。利益落としたら責任とらなあかんねんから。お兄ちゃんにやってもらったら責任関係がはっきりするっていうのよ。」
「君の分?」
「そお、私の分。もちろん私もするけど、結局、妊娠子育てと続くと、私もしんどいのよ。」
田原の家の中では、僕が知らないうちにいろいろなことが話されていたようだった。
「あの、今更聞くのも何なんだけど、それどのくらいのもの?」
「どれくらいって、う〜ん、時価で8億ぐらい。大阪の中心部じゃないから、そんなに価値ないけど駅前なんよ。今はうまく運営してるけど、油断してると負債化するのよ。聡と私だけでは大変なんよ。ママがもう引きたがってるし。」と梨花は普通の顔で言った。
「僕ママにサラッと結婚しますって言ったけど、ずいぶん厚かましい話だなあ。」と思わず本音が出た。
「うん。そう思う。でも子供のパパやから、しゃあない。身を削って尽くしてもらうしかないね。」梨花は例の八の字眉毛で笑いをかみ殺していた。
残念ながら僕はこの笑顔には抵抗できなかった。怒れない。それでも梨花の冗談を軽く受け流すことはできなかった。
「私、真ちゃんが嫌がるんやったら資産なんか放り出してもいいと思ってたんよ。」梨花は、時々こういう殺し文句をぶち込んできては、僕をどんどん取り込んでいった。僕はこのごろは完全にのぼせ上っていた。しかも、梨花と僕は相性が良かった。
「そやけど実際に子供を産むとなったら、やっぱりお金は大事やと思うようになったんよ。この子に、ちゃんと引き継がなあかんって思ってるんよ。」と梨花に言われた。
そうだった、せっかく金持ちの女のおなかにいるのだ。金持ちの子として生まれて育ててやりたかった。
続く
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