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人が生きるためには


今回から文体を少し真面目な物に変えようと思う。何故文体を変えるかというと、前の文体に飽きたからでたいした理由はない。しかし、気分転換にもなると思うので、挑戦して行こうと思う。

今回はイントゥ・ザ・ワイルドのレビューだ。

この映画は2007年にアメリカで公開された映画である




あらすじ

裕福な家庭に生まれ、大学を優秀な成績で卒業し、アメリカにおける上流階級にいた主人公クリスはハーバードのロウスクールに進学が内定している中、その地位やお金を捨てる旅に出る。
彼は自然と一体となり、世の中の心理を求めアラスカへと旅にでる。
その道中、様々な人と出会いや家族の苦悩、彼自身の過去の物語、そしてアラスカに到着してからの物語が同時に語られる。
構成としては、アラスカについて先の物語とアラスカに着くまでの物語が交互に出るという構成だ。
果して彼が得た真理とは一体何であろうか?


ここからはネタバレをするので注意して欲しい。
非常に考えさせれる映画だ。構成的に無駄な描写も若干あるので長く感じてしまう部分もあるが、ラストを見れば、それも気にならない。

ある意味、映画終わる事で始まる物語と言ってもいい。


映画を鑑賞した後に最初に思った事は「大切な物は無くしてから気付く」という事である。
クリスは気付きたいから、真理を得る為にアラスカに旅立だったのだが。

アラスカへの移動は歩きやヒッチハイクをする。
俗に言うバックパッカーだ。
アラスカに向かう途中に様々なタイプの人々と出会う事になる。

子供を亡くしたヒッピーの夫婦

真摯な愛を求めていた16歳の少女

犯罪を犯しながらもその贖罪の為に誰に優しくしたいと思っているバー経営者

何か驚きを求めているバカカップル。

周りの家族と離散し、1人孤独に生きる老人等

みんな何かを欠けた人達ばかりだ。

クリスは彼らのそれを埋める事のできる人間だった。

死んだ子供の名残を持ち、16歳という女性のセックスアピールを受けながらも決して手をださず、バー経営者の願いをかなえ、カップルに対して非日常的な驚きを与え、老人に本当の家族の大切さを思い出させた。

彼らはクリスに留まることを望んだ。しかし、クリスは頑としてアラスカに旅立つ事を譲らなかった。

これはクリスの家庭環境から生まれた頑固さ、偏屈さのせいだと思う。

クリスは両親を憎んでいた。お金でギリギリ保たれている家庭環境だったから。

クリスにとって両親は資本主義の権化であり、お金そのものだった。

だから、彼はお金を憎み、アラスカのジャングルの奥深くで、生きる事を望む。

アラスカのジャングルの奥深くで、不思議な廃バスを発見したクリスはそこで自給自足の生活をする事になるのだが、私は文明の益とは素晴しいと見ながら再確認してしまった。

彼が持っていったものは猟銃意外は最低限サバイバルできる装備であり、動物を狩ったり、食料を蓄えるとうのは本当に難しいなと見ながら思う。

到着から前半は体力も持ち込んだ食料もある為、非常に楽しい生活を送っているように見える。

しかし、後半になっていくにつれ、食料の確保が難しくなり、体はどんどん痩せていく。ダイレクトに死の危機が迫っていく。俳優の演技がすさまじく、極限まで体を絞っていて、非常にリアルだ。

後半彼はある事に気づき始める「人は1人では生きていけないのでは?」という事だ。
そこで、彼は一度家に戻ろうと決意するのだが、河の氾濫で道が塞がれてしまった事、その後に食べた野草が毒性の高い物で、麻痺や嘔吐などの症状を引き起こし、解毒しなければ、死に陥るという状態になってしまったという事。

クリスは段々と死の恐怖を味わっていく、発狂しながらも体はいう事を聞かず、どんどん衰弱していく。

彼はとうとうその日を迎える。
動かない体に鞭を打ち、自分が「発見」されても恥ずかしく無いようにしっかりと服を着る。そして、近くには全ての人へのメッセージを記して。

彼は死んでしまうのだ。

彼は死という代償でやっと誰かと生きる大切や孤独では生きていけない事を学んだ。

本当はバックパックの旅で学べていた事だった。彼が殆どお金なしで、アラスカへいけたのは先述した人達との奇跡の出会いによるものだった。

1人で自然と闘い、1人で生きることを望んだ彼が、その条件にたつ前ですら、多くの人々の触れあいや助けが無ければ、出来なかった事に彼は気付く事ができていなかった。

本当はすごい簡単な事だと思う。人間というのは誰しもが1人で生きているという状況には無い。人と共存しなければ、生きていけないのだ。
こうやってブログを書いている事も、ご飯を食べたりしている事も至極当たり前の話だ。1人で生きている気になる事はできても、実際はそんな事は無い。

クリスは当たり前の事に疑問を持ってしまった。それは重要な事だけど、彼は何事にも真摯過ぎるため、本当の孤独を求めてしまった。



無理矢理無くしてやっと気付けた。

途中でクリスの両親もクリスがいなくなった事で家族の大切さを理解するのだが。

ちなみにこの映画の語りはクリスの妹だ。クリスと同様の環境をすごし、最大の理解者である彼女が物語を語る形式することで、映画を見ている人間の感情の置き所が定まるようになっている。
妹がクリスほど愚直な行動を行わないのは、クリスは妹を守る立場で守られた事(与えられた事)が無かったから、妹はクリスに守られ与えられて来た立場で既にクリスが求める答えを知っていたからだ。

中盤までは少し物語りが進行が遅く感じる部分がある。しかし、後半になって行くと役者のすばらしい演技の力もあり画面に引き込まれていく。


クリスはクリスを本当に求める人と出会いながらも、ともに生きるチャンスを自ら捨てていく。

逆にアラスカでの生活は本当の孤独に近づいていく。

この二律背反の構成があるからこそ、この物語は非常に説得力のあるものになっているのだ。

人間は1人では生きていけない。簡単で当たり前な事だが、本当の意味でそれを知る為には彼ほどの行動をしなければ、いけないのかもしれない。

しかし、この映画をみれば、クリス程ではないが、それを知る事ができると私は思っている。

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