2020年05月28日
沖縄のキャンプ場
ある夏、大学のゼミの中で、県外から来てる連中で集まってキャンプに行くことになった。
場所は沖縄本島からさほど遠く無いとある離島。
小さなフェリーに乗って付いた先の港には、迎えのマイクロバスが待っていた。
港とキャンプ場がある村落までの間には何も無い山道。すれ違う車も無い。
キャンプ場に着き荷物を降ろすと、受付らしき小屋にいたおじさんに予約してあった旨を伝える。
おじさんはニコニコしながら貸しテントやバーベキューセット、燃料の薪などを用意してくれた。
「トイレとシャワーはこの小屋の裏、流しもあるから水はそこで汲んだらいいサ」
訛りのキツい口調で、相変わらずニコニコ説明してくれる。
「この道まっすぐ行った先に開けた場所があるから。好きなトコにテント張ってくださいネ」
指差す先には、雑木林の様にこんもりと生い茂る木々の中に、細く切られた未舗装の土の道。
粘土質の土が踏み固められた道は、人一人がやっと通れる幅で、ずっと先まで続いている。
本当にこの先にキャンプ場が?と不思議に思ったが、ボヤボヤしていると遊ぶ時間が無くなると、
皆荷物を担いで駆け足でその道を進んだ。
サンダル越しの土の柔らかさが心地良かった。
木々のトンネルを抜け、日差しの中に飛び出すと皆一斉に歓声を上げた。
道から続く開けた土地は思いの外広く、そのすぐ先には白い砂浜が遥か彼方まで続く。
そして、降り注ぐ太陽にきらめく青い蒼い海。
沖縄と言えど、本島でもお目にかかれない景色だ。
男達がテントの設営や火を熾している間に、女性陣はさっさと水着に着替えて海へ飛び込んだ。
時間はあっと言う間に過ぎた。
食事を終え、酒を飲み、歌い、騒いだ。
日もとっぷりと暮れ、一つだけ灯したランタンと焚き火の明かりだけが皆の顔を照らす。
「見えなかった…の?」
「え?」
「稲川君はアレ見えなかったの?!」
振り向いた彼女の顔色は真っ青で、じっとりと汗ばんでいた。
「アレって何の事です?」
「…ここで話すのはイヤ。とりあえず用を足してから…」
よろよろと立ち上がった彼女は、小屋の裏のトイレへと入って行った。
彼女が用を足し終えて帰る段になり、同じ道を通るのは絶対にイヤだと主張したので、
遠回りに海岸へ出る道を捜して、しばらく辺りをうろうろした。
やっと砂浜へ出て、テントのある方向へ白砂を踏みしめて歩き始めた時、彼女が先程の事を話し始めた。
「木が生えてたでしょ?」
「はい」
と言うより周りは木だらけ、木々の中に道があったのだ。
「暗くて怖いから、ずっと稲川君の背中見て歩いてたの」
「はい」
「でも視界の端には木が見えるのよ」
「はい」
ゆっくりと話す彼女の声、相づちを打つ自分の声、踏みしめる砂の音、波の音、風…
「真っ暗なのに木が見えるの」
確かに、木々の向こうに開けた場所でもあるのかうっすらと明るく、
木々達がシルエットとなり、一層闇を際立たせていた。
「木がね、一本一本真っ黒く、くっきり見えるのよ」
木がそんなに怖かったろうか?と先程の光景を思い起こしたが、異形の木など見た覚えが無い。
ふっと彼女が立ち止まる。
「気が付いたの、違ったのよ」
「え?」
「黒い木じゃなかったの」
うつむいたまま、かすかに震えながら彼女は言葉を続けた。
「白い着物を着た老人が沢山、ずらっと横に並んでこっち見てたの!
お爺さんとかお婆さん達の『隙間』が黒く見えてたの!」
虫でも入ったのか、ランタンがジジっと音を立てた。
その後泣きじゃくる彼女を連れて無事に仲間の元に戻り、寝かしつけた後、悪友らと共に飲み直し、
気が付くと、火の消えた焚き火の傍らでタオルケットに包まれていた。
日はとうに頭上高く登り、セミの鳴き声が喧しく二日酔いの頭に響いた。
朝食兼昼食をもそもそと済ませ、テントを畳み荷物をまとめた。
件の先輩は普段通り元気を取り戻しており、ほっと胸を撫で下ろす。
片付けが済み、最後にもうひと泳ぎして帰る時間となった。
借りた用具を返しに行くと、小屋からおじさんが出て来た。
「皆さんキャンプは楽しめたネ?」
来た時と同じニコニコ顔で迎えてくれる。
「はい!とても楽しかったです。ただ…あの…」
「ん?何ネ?」
少し気になったので訊いてみる事にした。
「あの林の向こうなんですが…」
「あーごめんネぇ。先に言うと皆イヤがるからサ」
「え?」
「あぃ?兄さん林の向こう行ったんじゃないノ?」
「いや、そう言う訳では…」
「あの林の向こうはサ、この村のお墓がある訳ヨ」
「え!?」
「このキャンプ場が後から出来て、お墓の中に道通す訳にはイカンから、この道作ってある訳サ」
動揺を隠せずにおどおどとしていると、おじさんは尚もニコニコしながら言った。
「今の次期はサ、内地で言うお盆?
ご先祖様が帰って来る時期だから、ホントならこのキャンプ場も休みだったけど、 間違って予約受けてしまったからサ」
そう言われて、初めて自分達以外客がいなかった事に気が付いた。
呆然と立ち尽くす自分を尻目に、ケタケタと笑うおじさん。
ふと視線を感じて振り向くと、先輩が泣きそうな顔で立っていた。
<感想>
なぜに老人ばかり?
「ねぇ稲川君」
一つ上の先輩が声をかけてきた。
「おトイレ行きたいんだけど…怖いから付いて来てくれない?」
明るいうちは、シャワーを浴びたり炊事用に水を汲んだりと何度も往復したが、
今はもう真っ暗で、街灯も無いあの道は女性には怖かろう。
女連中で連れ立って行こうにも、酔いつぶれていたり話し込んでいたりで誘い難かったらしい。
幸い手も空いていた自分は、彼女と2人でランタンを手に、暗い森の道へと向かった。
2人並んで歩ける程の道幅はないので、自分が前になり後ろを彼女が付いて来る形になる。
よほど怖いのか、自分のTシャツの裾をぎゅっと掴んで離さない。
ところが、歩く速度が彼女の方が早く、後ろからズンズン押されるようになった。
「ちょっと先輩、危ないっスよ」
言うより早く彼女は自分の脇をすり抜け、もの凄い勢いで走り去って行った。
「ありゃ…?トイレ我慢出来なくなったのかな?」
暗い道で転んではマズいと、慌てて追いかけた。
結局、道の途中では追い付けず、小屋の前でへたり込んでいる彼女を見つけた。
まさか…間に合わなかった…とか?
一瞬、大変な事になったと思ったが、どうにも様子がおかしい。
「先輩、どうしたんスか?大丈夫っスか?」
小屋に一つだけ有る街灯の明かりの中で、うずくまる彼女に声をかけた。
泣いているのか肩がぶるぶる震えている。
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posted by kowaidouga at 09:05| 超怖い話(山・森・田舎編)