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2018年03月28日

雨の巻 第12帖

上面(うわつら)洗えば良くなるなれど、肚の掃除なかなか出来んぞ、道広める者から早う掃除まだまだであるぞ、今度Θから見放されたら末代浮ぶ瀬ないぞ。食い物大切に、家の中キチンとしておくのがカイの御用ざぞ、始めの行ざぞ。出て来ねばわからんようでは、それは神力無いのぞ、軽き輩ぢゃぞ、それで神示読めとくどう申しているのざぞ、Θの申すこと誠ざと思いながら出来んのは、守護神がまだ悪神のイキから放れていぬ証拠ざぞ、イキとはイキ(一キ)であるぞ、気であるぞ。悪Θはいかようにでも変化(へんげ)るから、悪に玩具(おもちゃ)にされている臣民人民可哀想なからこの神示読んで言霊高く読み上げて悪のキ断ちて下されよ。
今のうちに神示じっくりと読んで肚に入れて、高天原となっておりて下されよ。まだまだ忙しくなって神示読む間もないようになって来るのざから くどう申しているのざぞ、悪魔に邪魔されて神示読む気力も無くなる臣民沢山出て来るから気つけておくのぞ。まだまだ人民には見当取れん妙なことが次から次にと湧いて来るから、妙なことこの方がさしているのざから、Θの臣民心配ないなれど、さうなったΘの臣民まだまだであろうがな、掃除される臣民には掃除するΘの心わからんから妙に見えるのも道理ぢゃ。
天の様子も変りて来るぞ。何事にもキリということあるぞ、臣民可哀想と申してもキリあるぞ、キリキリ気つけて下され、人に言うてもろうての改心では役に立たんぞ、我と心から改心致されよ、我でやろうと思ってもやれないのざぞ、それでも我でやって鼻ポキンポキンか、そうならねば人民得心出来んから、やりたい者やってみるもよいぞ、やってみて得心改心致されよ、今度は鬼でも蛇(ぢゃ)でも改心さすのであるぞ。これまでは夜の守護であったがいよいよ日の出の守護と相成ったから、物事誤魔化しきかんのぞ、誠の人よ、よく神示見て下され、裏の裏まで見て下され。
Θ国の誠の因縁わからいで、三千年や五千年の近目ではスコタンぞと申してあろうがな、てんし天下平げて、誠のΘ国に、世界Θ国に致すのざぞ、世界はΘの国、Θの国真中の国は、十万や二十万年の昔からでないぞ、世の元からの誠一つのΘのことわからな益人とは申されんぞ、Θの申すこと一言半句も間違いないのざぞ。人民はその心通りに写るから、小さく取るから物事わからんのさぞ、間違いだらけとなるのぞ、人民が楽に行ける道作りて教えてやっているのに、我出すから苦しんでいるのぞ、Θが苦しめているのでないぞ、人民自分で苦しんでいるのざと申してあろうがな。
十二月七日、ヒつ九のか三神示。


「食い物大切に、家の中キチンとしておくのがカイの御用ざぞ、始めの行ざぞ。」
カイの御用の内容が出て来ました。カ行イ段のキがカイなのでしょう。「食い物大切に、家の中キチンとしておく」ことで神を迎えよということです。カイの御用のキ(気)の御用は神の御用で、人の御用はミ(身)の御用です(マイ=myでしょうか上手くできてますね)(笑)。身魂磨きの第一歩ということでしょう。キについても正しいキ(神)を選んで、悪神のキを入れないように注意せよと述べられています。神示を言霊高く読み上げて悪のキを断てということです。

「悪魔に邪魔されて神示読む気力も無くなる臣民沢山出て来るから気つけておくのぞ。まだまだ人民には見当取れん妙なことが次から次にと湧いて来るから、妙なことこの方がさしているのざから、Θの臣民心配ないなれど、さうなったΘの臣民まだまだであろうがな、掃除される臣民には掃除するΘの心わからんから妙に見えるのも道理ぢゃ。」
人々の見当取れない妙なことが次から次にと湧いて来ています。これは、神がしていることで、掃除される臣民には神の心が分からないので妙に見えるということです。これは、妙に見えることが人間の心の曇りであり、心の曇りがあるから、妙なことが次から次に起こるということです。つまり必然ということです。

「天の様子も変りて来るぞ。何事にもキリということあるぞ、臣民可哀想と申してもキリあるぞ、キリキリ気つけて下され、人に言うてもろうての改心では役に立たんぞ、我と心から改心致されよ、我でやろうと思ってもやれないのざぞ、それでも我でやって鼻ポキンポキンか、そうならねば人民得心出来んから、やりたい者やってみるもよいぞ、やってみて得心改心致されよ、今度は鬼でも蛇(ぢゃ)でも改心さすのであるぞ。」
いよいよキリが近くなっているのかもしれません。

「これまでは夜の守護であったがいよいよ日の出の守護と相成ったから、物事誤魔化しきかんのぞ、誠の人よ、よく神示見て下され、裏の裏まで見て下され。」
戦争中は何でも戦争のせいにして済ますことが出来たが、戦後は人それぞれの自己責任になったぞということでしょう。

「Θ国の誠の因縁わからいで、三千年や五千年の近目ではスコタンぞと申してあろうがな、てんし天下平げて、誠のΘ国に、世界Θ国に致すのざぞ、世界はΘの国、Θの国真中の国は、十万や二十万年の昔からでないぞ、世の元からの誠一つのΘのことわからな益人とは申されんぞ、Θの申すこと一言半句も間違いないのざぞ。」
神国の因縁は十万や二十万年の昔からでないというのは、 現代人(ホモ・サピエンス)の出現以前を示しているのでしょう。6550万年前頃に恐竜絶滅が起こり、霊長類の出現があったということですから、そのことかもしれません。いや、46億年地球誕生以前のビッグバン(138億年前)のことかもしれません。世の元からの誠一つのΘとは、「天之御中主神」のことでしょう。

「Θの申すこと一言半句も間違いないのざぞ。人民はその心通りに写るから、小さく取るから物事わからんのさぞ、間違いだらけとなるのぞ」
身近なことばかりの小さな出来事にとらわれず、もっと大きな視点で物事を考えることが真実に近くづくということでしょう。

「人民が楽に行ける道作りて教えてやっているのに、我出すから苦しんでいるのぞ、Θが苦しめているのでないぞ、人民自分で苦しんでいるのざと申してあろうがな。」
身魂を磨いて、惟神に身をまかせることが「楽に行ける道」なのでしょう。


posted by mydears at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雨の巻
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