2018年01月12日
天つ巻 第29帖
この方オオカムツミノΘとして書き知らすぞ。
病あるか無きかは手まわして見ればすぐわかるぞ、自分の身体中どこにも手届くのざぞ、手届かぬところありたら病のところすぐわかるであろうが。
臣民の肉体の病ばかりでないぞ、心の病も同様ぞ、心と身体と一つであるからよく心得ておけよ、国の病も同様ぞ。
頭は届いても手届かぬと病になるのぞ、手はどこへでも届くようになりていると申してあろが、今の国々の御姿見よ、御手届いているまいがな、手なし足なしぞ。
手は手の思うように、足は足ぞ、これでは病治らんぞ、臣民と病は、足、地についておらぬからぞ。
足、地につけよ、草木はもとより、犬猫もみなお土に足つけておろうがな。
三尺上は神界ぞ、お土に足入れよ、青人草と申してあろうがな、草の心で生きねばならぬのざぞ。
尻に帆かけて飛ぶようでは神の御用つとまらんぞ、お土踏まして頂けよ、足を綺麗に掃除しておけよ、足汚れていると病になるぞ、足からお土の息が入るのざぞ、臍の緒(へそのお)のようなものざぞよ。
一人前になりたら臍の緒切りて、社(やしろ)に座りておりて三尺上で神に仕えてよいのざぞ、臍の緒切れぬうちは、いつもお土の上を踏まして頂けよ、それほど大切なお土の上固めているが、今にみな除きてしまうぞ、一度はいやでも応でも裸足でお土踏まなならんことになるのぞ、Θの深い仕組ざから、有り難い仕組ざから、喜んでお土拝めよ、土にまつろえと申してあろうがな。
何事も一時に出て来るぞ、お土ほど結構なものないぞ、足の裏、殊に綺麗にせなならんぞ。
Θの申すよう素直に致されよ。
この方、病治してやるぞ、この神示読めば病治るようになっているのざぞ、読んでΘの申す通りに致して下されよ、臣民も動物も草木も、病なくなれば、世界一度に光るのぞ、岩戸開けるのぞ。
戦も病の一つであるぞ、国の足の裏、掃除すれば国の病治るのぞ、国、逆立ちしてると申してあること忘れずに掃除してくれよ。
上の守護神どの、下の守護神どの、皆の守護神どの、改心してくれよ。
いよいよとなりては苦しくて間に合わんことになるから、くどう気つけておくのざぞ。
病ほど苦しいものはないであろうがな、それぞれの御役忘れるでないぞ。
天地唸(うな)るぞ、でんぐり返るのざぞ、世界一度に揺するのざぞ。
Θは脅すのでないぞ、迫りておるぞ。
九月十三日、一二Θ。
またまた、不思議な文章が出て来ました。
「病あるか無きかは手まわして見ればすぐわかるぞ、自分の身体中どこにも手届くのざぞ、手届かぬところありたら病のところすぐわかるであろうが。」
背中や身体の中には手が届きませんね。どこでも手が届くというのはどういうことでしょう。
「かゆいところに てがとどく」ということわざがありますが、意味は、「細かいところまで、心が使われ、よく行き届いていて、すべきことが全て、 なされていることのたとえ」ということです。
つまり、「なすべきことをなしてない」所が病気のところということでしょうか。
「臣民の肉体の病ばかりでないぞ、心の病も同様ぞ、心と身体と一つであるからよく心得ておけよ」
「国の病も同様ぞ。」
「今の国々の御姿見よ、御手届いているまいがな、手なし足なしぞ。」
なすべきことがなされていないから、今の混乱が生じているということでしょう。
「足、地につけよ、草木はもとより、犬猫もみなお土に足つけておろうがな」
「お土に足入れよ、青人草と申してあろうがな、草の心で生きねばならぬのざぞ。」
「お土踏まして頂けよ、足を綺麗に掃除しておけよ、足汚れていると病になるぞ、足からお土の息が入るのざぞ、臍の緒(へそのお)のようなものざぞよ。」
土を、綺麗に掃除された素足で踏むことが大事だということです。
「三尺上は神界ぞ」
「一人前になりたら臍の緒切りて、社(やしろ)に座りておりて三尺上で神に仕えてよいのざぞ、臍の緒切れぬうちは、いつもお土の上を踏まして頂けよ」
三尺上は約1mでしたね。神界は意外と低い場所にあるのですね。(笑)
「それほど大切なお土の上固めているが、今にみな除きてしまうぞ、一度はいやでも応でも裸足でお土踏まなならんことになるのぞ」
現代社会はアスファルトやコンクリートで固められた地上を靴を履いて歩きまわっていますが、全部取り除いて、土に戻すということのようです。
「Θの深い仕組ざから、有り難い仕組ざから、喜んでお土拝めよ、土にまつろえと申してあろうがな。」
「何事も一時に出て来るぞ、お土ほど結構なものないぞ、足の裏、殊に綺麗にせなならんぞ。Θの申すよう素直に致されよ。」
「この方、病治してやるぞ、この神示読めば病治るようになっているのざぞ、読んでΘの申す通りに致して下されよ、臣民も動物も草木も、病なくなれば、世界一度に光るのぞ、岩戸開けるのぞ。」
病も「悪」の一つであると分かります。しかも、人間だけでなく、動物や草木もです。
「戦も病の一つであるぞ、国の足の裏、掃除すれば国の病治るのぞ、国、逆立ちしてると申してあること忘れずに掃除してくれよ。」
国も底辺の一般庶民を大事にして、始めて、戦争を起こさないですむということでしょう。
「上の守護神どの、下の守護神どの、皆の守護神どの、改心してくれよ。いよいよとなりては苦しくて間に合わんことになるから、くどう気つけておくのざぞ。」
「病ほど苦しいものはないであろうがな、それぞれの御役忘れるでないぞ。」
「天地唸(うな)るぞ、でんぐり返るのざぞ、世界一度に揺するのざぞ。Θは脅すのでないぞ、迫りておるぞ。」
病あるか無きかは手まわして見ればすぐわかるぞ、自分の身体中どこにも手届くのざぞ、手届かぬところありたら病のところすぐわかるであろうが。
臣民の肉体の病ばかりでないぞ、心の病も同様ぞ、心と身体と一つであるからよく心得ておけよ、国の病も同様ぞ。
頭は届いても手届かぬと病になるのぞ、手はどこへでも届くようになりていると申してあろが、今の国々の御姿見よ、御手届いているまいがな、手なし足なしぞ。
手は手の思うように、足は足ぞ、これでは病治らんぞ、臣民と病は、足、地についておらぬからぞ。
足、地につけよ、草木はもとより、犬猫もみなお土に足つけておろうがな。
三尺上は神界ぞ、お土に足入れよ、青人草と申してあろうがな、草の心で生きねばならぬのざぞ。
尻に帆かけて飛ぶようでは神の御用つとまらんぞ、お土踏まして頂けよ、足を綺麗に掃除しておけよ、足汚れていると病になるぞ、足からお土の息が入るのざぞ、臍の緒(へそのお)のようなものざぞよ。
一人前になりたら臍の緒切りて、社(やしろ)に座りておりて三尺上で神に仕えてよいのざぞ、臍の緒切れぬうちは、いつもお土の上を踏まして頂けよ、それほど大切なお土の上固めているが、今にみな除きてしまうぞ、一度はいやでも応でも裸足でお土踏まなならんことになるのぞ、Θの深い仕組ざから、有り難い仕組ざから、喜んでお土拝めよ、土にまつろえと申してあろうがな。
何事も一時に出て来るぞ、お土ほど結構なものないぞ、足の裏、殊に綺麗にせなならんぞ。
Θの申すよう素直に致されよ。
この方、病治してやるぞ、この神示読めば病治るようになっているのざぞ、読んでΘの申す通りに致して下されよ、臣民も動物も草木も、病なくなれば、世界一度に光るのぞ、岩戸開けるのぞ。
戦も病の一つであるぞ、国の足の裏、掃除すれば国の病治るのぞ、国、逆立ちしてると申してあること忘れずに掃除してくれよ。
上の守護神どの、下の守護神どの、皆の守護神どの、改心してくれよ。
いよいよとなりては苦しくて間に合わんことになるから、くどう気つけておくのざぞ。
病ほど苦しいものはないであろうがな、それぞれの御役忘れるでないぞ。
天地唸(うな)るぞ、でんぐり返るのざぞ、世界一度に揺するのざぞ。
Θは脅すのでないぞ、迫りておるぞ。
九月十三日、一二Θ。
またまた、不思議な文章が出て来ました。
「病あるか無きかは手まわして見ればすぐわかるぞ、自分の身体中どこにも手届くのざぞ、手届かぬところありたら病のところすぐわかるであろうが。」
背中や身体の中には手が届きませんね。どこでも手が届くというのはどういうことでしょう。
「かゆいところに てがとどく」ということわざがありますが、意味は、「細かいところまで、心が使われ、よく行き届いていて、すべきことが全て、 なされていることのたとえ」ということです。
つまり、「なすべきことをなしてない」所が病気のところということでしょうか。
「臣民の肉体の病ばかりでないぞ、心の病も同様ぞ、心と身体と一つであるからよく心得ておけよ」
「国の病も同様ぞ。」
「今の国々の御姿見よ、御手届いているまいがな、手なし足なしぞ。」
なすべきことがなされていないから、今の混乱が生じているということでしょう。
「足、地につけよ、草木はもとより、犬猫もみなお土に足つけておろうがな」
「お土に足入れよ、青人草と申してあろうがな、草の心で生きねばならぬのざぞ。」
「お土踏まして頂けよ、足を綺麗に掃除しておけよ、足汚れていると病になるぞ、足からお土の息が入るのざぞ、臍の緒(へそのお)のようなものざぞよ。」
土を、綺麗に掃除された素足で踏むことが大事だということです。
「三尺上は神界ぞ」
「一人前になりたら臍の緒切りて、社(やしろ)に座りておりて三尺上で神に仕えてよいのざぞ、臍の緒切れぬうちは、いつもお土の上を踏まして頂けよ」
三尺上は約1mでしたね。神界は意外と低い場所にあるのですね。(笑)
「それほど大切なお土の上固めているが、今にみな除きてしまうぞ、一度はいやでも応でも裸足でお土踏まなならんことになるのぞ」
現代社会はアスファルトやコンクリートで固められた地上を靴を履いて歩きまわっていますが、全部取り除いて、土に戻すということのようです。
「Θの深い仕組ざから、有り難い仕組ざから、喜んでお土拝めよ、土にまつろえと申してあろうがな。」
「何事も一時に出て来るぞ、お土ほど結構なものないぞ、足の裏、殊に綺麗にせなならんぞ。Θの申すよう素直に致されよ。」
「この方、病治してやるぞ、この神示読めば病治るようになっているのざぞ、読んでΘの申す通りに致して下されよ、臣民も動物も草木も、病なくなれば、世界一度に光るのぞ、岩戸開けるのぞ。」
病も「悪」の一つであると分かります。しかも、人間だけでなく、動物や草木もです。
「戦も病の一つであるぞ、国の足の裏、掃除すれば国の病治るのぞ、国、逆立ちしてると申してあること忘れずに掃除してくれよ。」
国も底辺の一般庶民を大事にして、始めて、戦争を起こさないですむということでしょう。
「上の守護神どの、下の守護神どの、皆の守護神どの、改心してくれよ。いよいよとなりては苦しくて間に合わんことになるから、くどう気つけておくのざぞ。」
「病ほど苦しいものはないであろうがな、それぞれの御役忘れるでないぞ。」
「天地唸(うな)るぞ、でんぐり返るのざぞ、世界一度に揺するのざぞ。Θは脅すのでないぞ、迫りておるぞ。」
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