1972年5月13日、大阪府南区(現・中央区)千日前の千日デパートで火災が発生。
死者118名、負傷者81名を出す大惨事となった。
デパートの経営会社日本ドリーム観光・千日デパート管理部次長、同管理課長、火災当時7階で営業していた「チャイナサロン・プレイタウン」を運営していた千土地観光の代表取締役業務部長、プレイタウンの支配人の4人が起訴された。
なおデパートと言っているが、百貨店ではなく、複数のテナントが入居する雑居ビルのようなものだったらしい。
裁判は長期化し、一審大阪地裁での判決は1984年5月16日。初公判から10年以上も経過していた。1977年に死亡した管理部次長以外の3人全員に無罪判決。
検察は控訴し、控訴審判決は1987年9月28日に言い渡された。大阪高裁は原判決を破棄し、被告人3人全員に執行猶予付きの禁固刑が言い渡され、逆転有罪となった。被告人はこれらを不服として最高裁判所に上告。
二審大阪高裁判決文
1990年11月29日、最高裁判所は被告人3人の上告を棄却する決定をして、被告人3人の有罪が確定した。
17年に及んだ刑事裁判がようやく終結した。
最終的に管理権原者や防火管理者の過失責任が問われることになった。
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