自分がアダルトチルドレンと気がついてから、学んだり、カウンセリングを受けている中で、自分の気づきや、回復のプロセスの中で感じたことを書きたいと思います。
「素人が危なっかしいことを書いて」と思われるかも知れませんが、アダルトチルドレンという一人の人間の学びとして、下記することを許して下さい。
そもそもアダルトチルドレンとは何かということから調べると、アルコール依存症の方が家族におられ、機能不全な家庭の中で育った子供という意味から、現在は機能不全な家庭で育ち、大人になってから生きづらさを感じている人を指すようです。
少なくとも私は、アダルトチルドレンというのは言葉でしかなく、「あなたはアダルトチルドレンです。」といった区分けの為の言葉でなく、自分を見つめ、回復する為のきっかけの一つでしかない「言葉」だと思っています。
私はこれまで、自分が辛いのが当たり前だと思っていたので、自分がストレスで、病気になるまで、自分がアダルトチルドレンだと気がつきませんでした。(笑)
家庭の中で緊張した状態があり、「自分はここにいてよいのだろうか?」と子供心に不安になり、家庭の中で居場所を見つける為、子供の頃から『役割』をもって生きてきたことに原因はあるようです。
大人になってもその役割を持つことで、自分の居場所を必死で見つけようとすることに、生きづらさを覚える。
具体的にどんな役割があるか、大きく分けると下の様になるそうです。
@優等生/家族の誇り
A問題児/いけにえ
Bいないふり/忘れられた子/仲間はずれ
C道化師
Dお世話焼き/なだめ役
それこそ、元々ジャイアンの様な気質を持っている子でしたら、役割への順応は少なくて済むのかも知れませんが、家族の状況にかなり大きく左右されるようです。
そういった方は、アンテナが自分の心ではなく、外に向いている本数がとても沢山になるといった表現を良く目にしますが、自分でも通りだと思います。
ですから、かなり自分のお世話が下手くそですし、自分のニーズ、欲求が何か解らないというのが、大人になってから気がついていきます。(私がそうでした)
そして、(これは私の生きづらさの一つでしたので、この問題が他の人に当てはまるかは解りませんが)世の中には気の合わない人もいる訳で、人間関係が上手くいかないときに、自分を責める傾向にありました。言い方を変えれば自意識過剰です。小さなことでもグジュグジュと気にしていました。原因は常に自分のアイデンティティーの部分を責められているような感覚があったからだと思います。
まず、学びとして、人は環境、行動までしか相手の部分を見ることが出来ない為、自分のアイデンティティー(性格、性質)を責められていると強く感じる必要性はないということです。
また、そもそも自分が自分のことを完ぺきだと思っている部分があるから必要以上に反応してしまう。ACの症状として良く見られる「完ぺき主義」が悪く自分に働くときはそういったときだとも思います。駄目な自分も、愛すべき自分なのです。
そして、10人居たら、苦手な人は2、3人いる訳で、何の理由もなく意地悪な事をいう人もいる訳です。そういった現実を知っていき、どう対処するかを学んでいくことも大変重要なことだと学びました。
インナーチャイルドを癒していくプロセス等、焦らずに、まず初めに行動するのは、自分の事をよく知る作業だと思います。「自分」という存在について肯定していく姿勢を作ることだと私は思います。
「不快」も含めて自分の感情だよ。という言葉が私は大変頭に残っています。
アダルトチルドレンの回復はただ聞くだけのカウンセリングではなく、「生き方の示唆」となるような強く自分を持っている方が、とても重要なカギとなるそうです。勿論、不健康な共依存とは別のものです。
実際、私自身、カウンセラーの方と話していて学ぶこと、目から鱗ということは結構あります。
私の経験上、明日から羽が生えたように幸せに生きれるようになるなんてありえない様な気がします。
少しずつ、アンテナを自分に向ける作業が、本当に大切になっていくと思います。
ACで悩んでおられるみなさん。お互い、自分が何を感じているか、頭でなく心にいっぱい聞いてあげましょう。