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2023年05月25日

書評−黒医



今回は久坂部羊氏の「黒医」について書いてみます。久坂部氏と云えば
医師で作家という事で、デビュー作の「廃用身」をはじめとして医療関
連の素材を扱った作品には、圧倒的なリアリティと表現力が魅力です。

私も今までは主に「破裂」とか「虚栄」などの長編を読んできましたが、
今回短編集の「黒医」を読んで、その短編の面白さ、質の高さには正直
驚かされました。短編の名手Oヘンリーを少しダークにして皮肉っぽく
した雰囲気がたまりません。

「黒医」は7つの短編集ですが、どれを取ってもありそうな話で、しかも
最後に強烈などんでん返しが待っているという設定です。その中でも私が
特に気に入ったのは「無脳児はバラ色の夢を見るか」「のぞき穴」「老人
の楽しみ」です。

「無脳児」は妊娠検査で子供が無脳のロート症と診断された夫婦の物語で、
旦那は反対、妻は産みたい。しかしどちらも無脳児を育てられるかという
思いと、それでも子供の命を大事にしたいという心の狭間で揺れ動く夫婦
の葛藤を描いたもので、誰でもこういう場面に遭遇すれば悩みますが、そ
の結果がという物語。

「のぞき穴」は男の子なら誰でも、想像したり、経験したりしたちょっと
なつかしくも恥ずかしいテーマです。私もご多分に漏れず色気づいた年ご
ろから、女体に対する興味が尽きませんでした。昔は女子は小学5-6年生に
なると男生徒とは別に、我々からすると非常に怪しげな興味深い性教育が
行われていたようです。もちろん女性は初潮が始まるのでその為なのでし
ょうが、男性にはそんな教育をして、盛りが付きすぎたらよくないという
事だったのか、全くありませんでした。

この物語もちょっとした偶然がきっかけで異様に女性器に興味をもってしま
い、挙句に産婦人科医になり、多くの女性器に出合い、不妊に悩む夫婦の問
題に取り組むうちに、悪魔に身を売ってしまった医者の物語です。

最後は「老人の愉しみ」ですが、私とほぼ同じ年代の国立医療センターを定
年退職した主人公が、暇を持て余し鬱々した毎日を送っている。ある日贔屓
のバーで飲んでいるとアベックの客が来店。何気に心の中でアベックの悪口
を呟くと相手にも通じるらしく、こちらを睨みつけてそそくさと出て行って
しまう。

これに味を占めて地下鉄の中でも客の悪態をついてみると同じ反応。格好の
老後の楽しみが見つかる。その後も贔屓のバーで悪態を楽しんでいると、自
分と同じように念力を使う少女リルが現れる。誘われるままに怪しげな薬を
飲まされ、リルに殺されそうになる。しかしこの死の体験が自分の生き方を
変える起爆剤となり、・・・・・・・。

全編を通してブラックでダークな内容なのだが、人間の根源的な問題に根差し
ており、とても他人事とは思えない癖になる小説です。
それでは又。

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2023年04月25日

書評ー追想の探偵



本当に久しぶりのブログ投稿です。月村了衛氏の「追想の探偵」。かなり
前に読んでいたのですが、最近読んだことを忘れていて又読み返し、改めて
素晴らしい作品だと感じましたので、投稿する気になりました。

人間は特に若い頃は自分のやっていること・仕事の価値に気づかず、ただ
がむしゃらに目標に向かって進みがちですが、段々と身体も不自由になる70
代頃になると、ふと立ち止まって自分の人生の来し方を振り返るに連れ、け
っこう貴重な体験をしていたのだと気づく事があります。今回のこの作品も
映画の特撮の世界という、特殊な舞台ではありますが、自分が経験したテレ
ビや映画の特撮物の記憶と重なり、特に思い入れの深い作品となっています。

構成は6つの短編から成っていますが、いずれを取りましても、映画の作品
作りに多大な情熱と貢献をして来た人達の、想い出のもの語りです。
 @ 日常のハードボイルド
 A 封印作品の秘密
 B 帰ってきた死者
 C 真贋鑑定人
 D 長い友情
 E 最後の一人

どれを取っても、それぞれに思い入れのある作品で、特撮映画創生期の俳優や
スタッフの記憶を足跡を訪ね回るという物語です。

この作品は勿論創作ですが、その時代を知っている私としても、勿論こんな事も
あったんだろうなと思わず頷かずにはいられない秀逸な内容で、本当に読者の心
を鷲掴みにし、遠い自分の素晴らしかった過去の記憶を、呼び戻してくれるもの
です。

本文は特撮旬報という本を出している黎砦社の編集者・神部実花が特集のネタ探
しに、撮影当時の俳優を始めとする関係者を捜しまくり、当時は明らかにされて
いなかった事実や人物像を解き明かしていくという、一貫したストーリーです。
特に奇想天外な筋立てがある訳ではないのですか、本当に仕事に情熱を燃やした
当時の人達の熱感や思い入れ、親の子に対する愛情、愛する人が数十年を経て蘇
る事への葛藤と感動、長い本当の友情、あの時君は若かったという歌を思い出し
ました。

過去は戻らないけれど、誰の中にも、美しい、甘づっばい、泣きたくなるような
想い出はあるものです。

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posted by norch at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評

2023年03月26日

書評−黄金の稲とヘッジファンド



久々の書評です。今回は以前にも紹介した事のある波多野聖氏の「黄金の稲とヘッジファンド」です。
波多野氏はもう皆さんご存じのように、バリバリのファンドマネージャー経験者で、「メガバンク」
や「銭の戦争」シリーズでお馴染みの方も多いと思いますが、私も「銭の戦争」でのめりこまされた
一人です。

本編は第一次産業中央金庫が舞台で、農協、連合会を巻き込み、バブルという時代を含め、国家的経
済危機を乗り切った男の物語です。

主人公の城山良太。一橋大学法学部に入れたものの、入学動機は法学部ってかっこよい程度の認識で
学生生活を大いに満喫し、就職は仕事が楽で給与が良い会社にしたいというお調子者。友達に給与は
銀行が良いとアドバイスされ、長銀、興銀を目指すがどちらもダメで、滑り止めの第一次産業中央金
庫に就職。大阪支店に配属されるが2週間の農協研修でやる気を無くし、この研修が済んだら辞表を出
そうという体たらく。

そんな良太だが大阪支店でM社との取引に大成功し、東京本店資金証券部に移動。ここで伝説のファ
ンドマネージャー神宮薫に出会い、産中がヘッジファンドであることや、株・債権の基礎を徹底的に
仕込まれる。そしてプラザ合意後の日銀の為替誘導も何とか乗り切り、部内移動で証券二班に、相場
と博打の世界に入り込むこととなる。トレーダーとして失敗・成功・ブラックマンデーなども経験し、
そこそこ経験を積んだところで、ニューヨーク研修へ。ここで新たにファンダメンタル手法とシステム
化されたアメリカ流取引手法に感化される。

国内に復帰して後、神宮の勧めで見合い結婚をするが、それも神宮に言わせれば、社内での仕事を妥協
無くやっていく為の保険だそうで、最初は受け身だった良太の心も、妻となる雪村紀子の人柄に魅せら
れる。

一方、神宮の予言どうり、日本経済はバブル崩壊への道を突き進み、戦後長く君臨したメインバンク制
度も終焉に近づいていた。産中もバブル崩壊で多大な打撃を受けたが、良太の株価指数取引により最悪
の状態を防ぐことは出来た。そんな中、理事長が交代し、農水省から堂田喜一郎が赴任する。

早速堂田は神宮を呼び出し、産中の現状とこれからの方向性を会話する中で、神宮より、これから国内
銀行が破綻して行くことと、産中が押しも押されもしない金融機関になる為の増資を提案される。そし
て産中の増資を成功させるためには、受け入れ先の連合会対策として、次長の菅拓郎の力が何としても
必要と説得する。増資を貫徹した神宮は、次にドル建て資産運用の責任者として、良太をニューヨーク
へ送る。

平成元年末で天井を打った日本株価はその後急落し、不動産下落等も引き起こしてバブル崩壊が色々な
現象となって現れ、その後三洋証券、山一証券、拓銀、その上長銀までが経営破綻して潰れた。ニュー
ヨークでその情報を聞いた良太だが、ドル運用による利益確保が、本当の産中の取るべき姿勢なのか疑
問を感じ、神宮からのオーダーを一部無視し、神宮の逆鱗に触れてしまう。

その後は読んでのお楽しみというところです。一組織人が、強大な組織の中で自分を見失わずに、組織
にかかわる人々や組織のあるべき姿を模索しながら進んでいくという事は、本当にしんどい事ですし、
ともすればきれい事を言うなの反発に会いますが、こんな時代だからこそ、そういう青臭さをいつまで
も忘れないでいたいと思います。それでは又。

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43年勤めた会社を退職し、趣味でやっていた株式投資三昧の毎日。そんなに贅沢し美食したわけでもないのに、50歳から痛風予備軍と高血圧症。長年の医者通いにうんざりし、医療費節約も兼ねて、薬の個人輸入を始める。
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